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年末の研究室。僕達の研究は、ようやく結実しようとしていた。
研究所の中には、ホワイトボードがあってテーブルが置かれた場所。
簡易的な教室みたいなものが、この中にあった。
六階にある研究室は、秋の夜空が見えていた。窓から星も見えた。
僕は、ホワイトボードの前に立ってプレゼン。それを見る観客は、夏帆と小泉助教授の二人だけ。
白衣を着ている助教授と、相変わらず大きなリュックを背負う夏帆。
真ん中には、タッチパネルの情報端末。
「それじゃあ、ネットワーク接続するよ」
画面を操作した僕は、無線のスイッチを入れた。既存のファイルがつながって学内ネットワークにつながった。
「おお、つながった」
「つながっていますね」
「やったな、草薙」握手を求めてきた、小泉助教授。
そんな画面を見ながら、僕はあることを考えていた。
「学校のサイト、いろいろ見られるな。ミスコンに、文化祭、後は……」
「『ボスカーヌ』もあるぞ、おおおっ」
なぜか小泉助教授がサイトを調べていると、学校コミュニティを見て感動していた。
「なんですか、『ボスカーヌ』って?」
「『超人戦艦ボスカーヌ』」
小泉助教授は、どこからともなくアニメ雑誌を取り出して僕に見せつけてきた。
雑誌には、CGっぽい戦艦とかっこいい女船長のイラストが書かれていたもの。
僕は、アニメをほとんど見たことがない。
式部島はテレビ局がもともと一つ。ケーブルテレビだけで、アニメはあまりやらないし。
「まさか『超人戦艦ボスカーヌ』を知らないで、草薙は生きてきたっていうのか?」
「ええ、まあ……」
「神アニメの『ボスカーヌ』を知らないのか?」
「またアニメですか、はあ」
「それは、人生の72%損しているぞ」
「72%って随分中途半端ですね」
僕の突っ込みに、小泉助教授はいきなりアニメ雑誌を見てきた。
「これ、アル艦長、こっちがミネリア姫、でこれがメイドの……かわいいだろ!萌えるだろ」
「随分、露出高い服ですね」
明らかに、普通に着たら怪しそうなコスチュームの女性たちがアニメ絵で書かれていた。
戦艦の内装はキラキラしたライト、まるでキャバクラっぽい。
夏帆も、不思議そうな顔で雑誌を覗いていた。
ミネリア姫っていうのは、黒いビスチェっぽいのを着た若い女性か。
「これだから、草薙は……アニメコミュでも、ミネリア姫の萌えパンがヤバイ系だし。
高倉にも、このコスプレをさせてみるか?」
「面白そう」なぜか夏帆も乗り気だ。
「何を言っているんですか、まったくもう」
僕は半ばあきれ顔で、雑誌をしまっていた。
「なんでわかってもらえぬ?ミネリア姫、素晴らしいではないか。
ウチの妻も娘も、コスプレやってくれぬぞ」
「そりゃそうでしょ、それをやらせたらただのセクハラだ」
「私はいいわよ」
「夏帆、相手にするな。助教授の趣味に」
「ここ、嫌いじゃないから」
夏帆は、なぜか不敵に笑みを見せていた。逆に僕は不安になってしまう。
「それより、決めたか?」
「ああ、この端末ができたときに考えるって言ったけど……」
難しい顔で、僕は答えを出せないでいた。
「何の話?」
「ああ、草薙に頼んだんだよ。この研究をもっと別な形で引き継いでほしいって」
「それ、いいわね」
夏帆は、とてもうれしそうな顔を見せていた。学会と同じ、キラキラした顔。
「やりましょう、私はここしか居場所がないから」
「ううん、でも僕にそんな力はないよ」落胆の顔で、端末を見ていた。
「草薙は想像以上に、自分の能力があるのを自覚しているか?」
「いえ、僕にはそんな力はありませんから。論文、書きます」
そのまま、僕はタッチパネルを何気ない顔で操作していた。
自分の作った研究結果は、確かに結実していた。
だけど、それは弥生を忘れるためだけに研究をしていただけだから。