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平見大学、それは都内にある偏差値が六十代後半を誇る中流大学。大体、学生が千人ぐらい。
僕は、この学校に通っていて四年目を迎えていた。
今年で卒業の僕は、理系で情報系。だから、卒業研究が残っていた。
あれから一日、僕は研究室にいた。
といっても、パソコンがいっぱいおかれただけの部屋。
最新モデルというわけではないが、専門のプログラムが入った特殊なパソコン。
僕は、パソコンに向き合っていた。隣には、夏帆もいる。
「これでよし、後はデータをどれぐらい記憶できるかだが……」
「もう少し、CPUを増設してもいいわね」
夏帆と一緒に、僕は卒研に取り組んでいた。
僕たちの研究の内容は、数年前に卒業生が残した情報端末つくり。
「おっ、やっているな」
そこへ、白衣を着た男性がやってきた。
少し太った中年男性は、狭い研究室で汗をかいて僕の後ろに立つ。
「ええ、もう少しでできますよ、試作機」
僕達は作っていた。それは、一つのタブレット式情報端末。
はがきサイズの大きさのタブレットを、卒研で作っていた。
「ほう、見事だな。画質も……いい」
「もちろん、画質もいいですよ。ただ処理速度が気に入らないかな」
タッチパネル式の端末を、操作すると一秒後に画面が立ちあがった。
彼の名は、『小泉 我次郎』助教授。
元々、平見大学の大学院まで通ったのちに、就職。そのあと即解雇。
現在は、就職をあきらめて助教授として研究室に居座っていた。
この研究室は、本来別の教授がちゃんといる……らしい。
自分の研究に忙しいのか、姿を見たことは初めの顔見せの一度しかない。
無責任な教授のせいか、研究室を希望する人も少ない。
実際、僕と夏帆の二人しか入っていないし。代わりに小泉助教授が、見回ってくれていた。
唯一の夏帆は、自分の机に戻っていった。
「いまいち、納得できない」
「まあ、今の情報化社会だと一秒の遅れも大事だぞ」
「それもあるけれど、僕は」
「それより正気か?」
「正気ですよ、僕は」
「そうか……ついにオタの道に進むんだな。草薙」
「はい?」聞き返す僕に、妙に納得していた小泉助教授。
「アニメはいいぞ、現実とは違うからな。草薙は幼なじみ萌か、それとも異星人萌えか?」
「そんなつもりはありません」
「まあ、そう堅くなるな。最近忙しいからな」
にんまりとした顔で、小泉助教授は言ってきた。
「草薙、この卒研楽しいか?」
「ええ、楽しいですよ」
僕はパソコンに向き合って言い返していた。
「それで、草薙君」
「なんですか、助教授?」
「この研究を、もっと続けてみたいと思わないかい?」
小泉助教授の言葉に、僕は耳を傾けていた。
「どういうことです?」
「君は社長になりたくないかね?」
「面白い冗談ですね」
「冗談だと思うかね、草薙」
小泉助教授は、不敵な笑みを浮かべていた。僕は思わず顔を上げていた。
「草薙、最近君はとてもよく頑張っていると思う。君は、この研究のリーダーだ」
「助教授のためじゃないですよ、僕のためです」
「それでもいいんだ、君がこの研究に熱中してくれることを僕は嬉しく思う」
小泉助教授は、僕達が作成しているタッチパネルの情報端末を見ていた。
この研究自体、元は小泉助教授の研究の一つ。
数年前の小泉助教授が、大学生だったときにはじまった研究。
それは、情報端末の進化。どんな人でも使いこなせる端末を作り出す研究。
「この研究は、何のために必要か?情報端末を開発する理由はなんなのか、簡単だよ。
利用者がいて初めて成り立つ、それが情報端末の研究だからね」
「研究……」
「そう。研究は最後、誰かの役に立たないといけない」
研究室をコツコツ足音立てて、真剣な顔で歩く小泉助教授。
「でも、僕はそんなつもりで研究をしているつもりはないし。まだ端末もちゃんとできていないから」
「そうか、残念だ。まあ、焦ることはない」
悲しそうな顔を一瞬浮かべた小泉助教授だけど、すぐに笑顔を見せた。
後ろめたさはない、小泉助教授の達成できなかった研究がもうじき一つの形になろうとしていた。
「お茶にしない?」
そんな時、いつもどおりよどんだ目の夏帆が僕の背後に立っていた。
まるで幽霊であるかのように存在を消してきて。
夏帆は、背負っていた大きなリュックから紅茶のティーバックを二つ取り出してきた。