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「草薙君?」
その声は、弥生ではなかった。声も弥生の声より、少し太い。
弥生の顔は、ショートボブの女性の顔に変わっていた。
僕のいた場所は、ベッドの上。海の中なんかじゃない。
そんな女性の後頭部に手を回し、僕は一気に羞恥心が湧き上がる。思わず、手を離してしまった。
周りを見回すと、そこはとても狭い部屋。
カーテンが閉まり薄暗い部屋に、本やら紙類やら衣服やらが散乱していた。
枕元机にパソコンが置かれ、パソコンそばの置時計は『PM2:53』をさしていた。
そう、つまりはこの部屋は俺の大学の寮だ。そして、前にいたショートボブの女性は、
「か、か、か、夏帆っ!」
僕は、明らかに動揺した顔で夏帆から目をそむけた。
こいつは、『高倉 夏帆』。僕と同じ、大学の卒検グループのメンバー。
理系女子は一般的に貴重だけど、いつもブツブツ言っているいわば変わり者。
彼女は、いつもなぜか大きなリュックを背負っていた。
「草薙君、面白い人」
相変わらず、よどんだ目で僕を見てきた。声の抑揚もない。
「夏帆、頼む!」急いで僕は、すぐに土下座モード。
「お願いだ。この事は、誰にも言わないでくれ!」
「いいわ、ただし……」そういいながら夏帆は、自分の背負っていた大きいリュックサックを床に置く。
「面白い人、草薙君」とブツブツ言いながら、リュックの中から水色の大学ノートを取りだす。
ノートの中に、プリントが何枚か入っているのが見えた。
「はい、これ。卒研の記録よ。夏休みの間、取っておいたの」
夏帆は、さらりと何事もなかったかのように、ノートを机に置いて行った。
僕は、おそるおそるノートを手にした。
「私、行くから」
そう言い残して、夏帆はすぐに僕の部屋から出て行こうとした。僕は体を起こした。
「待って、夏帆」
「なに?」
「夏帆、あの卒研だけど……」
「草薙君の好きにやればいいわ、私はそれに従うだけ。私は頑張りすぎる人は嫌いだから」
夏帆は、不思議なことを言ってそのままリュックを背負ったまま部屋を出て行った。
少し顔が赤い僕は、カーテンを開けて窓を見ていた。
いつの間にか、窓から見える木は秋の赤に変わっていた。