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もぎたて!フレッシュ!心霊吟遊詩人AI少女エルシーα―宇宙より愛をこめて―

作者: Dombom

寝ぼけてた時に降ってきたアイデアに文字を与えた。むしゃくしゃしてやった。別に反省してない。

 VRMMORPGいわゆる多人数参加型仮想現実RPGが出だしたのはいつのころだったか?

 多くの人々は世界大手のネット企業、タロット・ネットワークスが8年前に稼働を開始し、今なお最大手の座に君臨するディ・アーカナ・ワールドだとだというに違いない。

 アーカナはバーチャルリアリティーを実現するために初の専用ヘッドマウントディスプレーを導入し、フレグランスカートリッジの導入により匂いの再現まで成功した世界初の本格的VRMMORPGだ。視覚、聴覚、嗅覚の五感の内3つの感覚を取り入れたアーカナは、発表当時こそゲーム脳だ自宅警備員養成ゲームだと非難されたものの、今では社会交流型サービスの大手の某SNSとアカウントを共有することで、今までとは段違いのリアルなネット会議や情報交換ができるコミュニケーションツールとして、あるいは身体障害者や老人、ターミナルケアを受ける重症の末期患者でも差別や偏見なしに活動できる自由を提供する場として、社会的地位を獲得しつつある。今ではVRMMORPG=アーカナという認識が世間一般にまかり通っているぐらいだ。

 しかし、その一方でアーカナの成功を喜ばない者もいた。そう、彼らは前時代のMMORPGの頃から生き抜いてきた精鋭、その名も廃神ゲーマー達だ。

 ネット界の魔人、生ける屍、全自動現金振り込み機と、畏怖と侮蔑の念で一般社会とは隔絶された世界に生きる彼らとて、何も初めからアーカナを嫌っていたわけではない。

 世界初の本格的VRMMOであるがゆえに、最初期のアーカナは致命的なバグを数多く抱え、町も一つしかないというお粗末なものだった。ゲームをプレイするには15万円もする専用のディスプレイを購入しなければならないというのも、弱小企業だったタロットには重大な足枷だった。

 ただでさえクソゲーと揶揄されるものを、わざわざ高い躯体を買ってまでだれが遊ぼうと思うだろう?アーカナを運営するタロット・コミュニケーションズの台所事情はだれが見ても火の車だった。アーカナは世界初の本格的VRMMORPGの名を得ていながら、その命運は風前の灯火だった。

 だが、アーカナは滅びなかった。そう、「彼ら」廃神ゲーマー達の登場によって。

 当時すべてのMMORPGを制覇しつくした廃神ゲーマー達は、自分たちが焼き尽くした古き大地を既に見限っていた。そして彼らは、VRMMORPGという新天地の出現に狂喜乱舞し、採算性に疑問があったため他企業の参入がなく、社会的、経営的に孤立していたアーカナを救うために全力で支援し始めた。

 アーカナの黎明期に、彼らは自転車操業のタロット・コミュニケーションズを支援するためにあらゆる手段を講じた。「彼ら」は積極的に食費や生活費を削って課金し、配当の見込めない死に株を買い漁った。24時間365日接続し続ける彼らは、弱小企業だったタロットから準ゲーム管理者権限のSemiGMを与えられ、日夜デバッグを行うだけでなく、町から 人から城から森からあらゆるオブジェクトの精巧なモデルを提供していった。

 噂によれば、裁判所に破産申請に行ったよれよれのスーツを着た社長の前にいきなり、ぼろぼろの身なりでキツイ体臭の浮浪者風の男たちが現れ、意気消沈する社長に5000万の入ったトランクケースを寄付したらしい。

 あくまでそれは噂に過ぎないが、とにかく「彼ら」の強力すぎる支援によってアーカナは3度転生した挙句に限界突破したクオリティーを手に入れ、コアなゲーマーからライトユーザーまで引き込むことに成功した。タロットの経営は黒字に転換し、大手SNSサイトからアカウント共有と資金援助を受けるまでに急成長したのだ。

 ユーザーが増え、巨大企業からの資金援助を受けたことにより、15万もするヘッドマウントディスプレーの価格は、3年もしないうちに5825円にまで値下がりした。専用機械の値下がりによりアーカナの間口は一気に広がり、当時ゲーム業界を掌握しつつあったSNS型のゲームサイト企業を一瞬で駆逐してしまうほどだった。

 ユーザーの増加とともに、アーカナは単なるVRMMORPGという枠組みを超え、様々な機能を取り入れてゆく。ゲーム以外の機能を拡充することで、ある種の社会、一種のネット国家と呼ばれるものにまで急成長したのだ。

 だが、その成功の陰で、アーカナを支援し続けてきた「彼ら」は落胆していた。

 新たな道を進み始めたアーカナは、もはやゲーム、RPGとしての側面を失いつつあった。タロット社はゲーム以外の機能を拡大するばかりで、ディ・アーカナ・ワールドは「彼ら」の求めていた味わい深いゲームでは無くなっていたのだ。それどころか、タロットはアーカナのゲーム性は一機能に過ぎないとばかりに企業展開を進めていった。

 「彼ら」はタロットが放置してしまったゲームのメンテナンス、新しいイベント、ゲーム以外の目的で参加しているユーザーの引き込みを必死で行い、運営側に「本来のアーカナ」を取り戻してほしいと訴えた。

 初めの内は、タロット・コミュニケーションズも、恩ある彼らのためならばと「彼ら」の作った独自の修正プログラムパッチやマップ、イベントデータを認めていた。ところが、経営が軌道に乗ったタロットは今までの「彼ら」の尽力を無視するように急に掌を返し、「彼ら」を有象無象のクラッカー集団とみなし始めた。タロット・コミュニケーションズはアーカナ稼働4年目の記念日に、何の告知もなく「彼ら」から半管理者権限であるSemiGMを剥奪したのだ。

 「彼ら」はいきなりのタロットの方針転換に戸惑い、とんでもない仕打ちに混乱していた。「彼ら」の中でも、ある者は4周年記念の大幅アップデートによる一時的な障害だ。今まで奉仕してきた自分たちをタロットがいきなり切るわけがないと訴えた。またある者はタロット・コミュニケーションズに問い合わせたが、タロットは沈黙を守ったままだった。

 しかし、「彼ら」は慌ててはいなかった。今でこそタロット・コミュニケーションズは一大企業になったが、それを陰で支えた来た「彼ら」はタロットの経営権を左右できるほどの株式を保有していたからだ。

 だが、「彼ら」の読みは甘かった。

 4周年記念の株主総会は、VRMMORPGらしく、アーカナ内で行われた。その場で、「彼ら」は実質的な死刑宣告を通達されたのだ。

 曰く、「本日よりタロット・コミュニケーションズは解散。各ネットワーク関連企業との合資により、新会社タロット・ネットワークスとして生まれ変わります。つきましてはこれまでの旧株式は千分の一に圧縮されることになりました。」

 この発表の直後、旧SemiGM権を与えられていたユーザーは、アーカナから強制切断された。この瞬間、「彼ら」が保有していたタロット・コミュニケーションズの株式は無情にも、紙切れ同然になってしまったのだ。

 まさかタロット側がこのような詐欺まがいの手段に訴えてくるとは思わなかった「彼ら」は悲嘆にくれた。

 そして、タロット・ネットワークス設立の一週間後、「彼ら」の内、最もアーカナを知り尽くし、誰よりも貢献してきた一人のユーザーが、アーカナにネットワーク攻撃を仕掛けた。

 アーカナのシステムは約150秒間ダウンし、データの2パーセントが破損した。ネット企業であるタロット・ネットワークスにとって、新会社設立直後に起きたこの攻撃は会社の信用も考えると致命的のはずだった。「彼ら」の怒りを代弁した「彼」が与えた被害は甚大なものになるはずだった。

 だが、それすらもタロット・ネットワークスの思惑通りだった。

 「彼」はまんまとタロットの策謀にはまり、身代わりサーバー内のダミーデータを破壊したに過ぎなかった。怒りに燃えた「彼」が破壊したそのデータ、タロット社が不要と判断したそのデータとは皮肉にも「彼ら」が丹精込めて作り上げたゲームデータだった。

 タロットは翌日、サーバーを圧迫していたアーカナのゲーム機能の大幅な縮小を発表した。攻撃を仕掛けた「彼」は、タロット・ネットワークス側があらかじめ警察に流していた情報によって即日逮捕されてしまった。

 数日後、タロット・ネットワークスは警察への被害届の提出を取り下げ、「彼」に対して保釈金を払った。

 テレビ中継される中、「彼」の身元引受人として現れたのは、皮肉にもタロット社の社長だった。ブランド物のシックなスーツに身を固めた中年の社長は、失意のどん底に落とされ、心身ともにボロボロになった「彼」に、ただ「残念です。」とだけ声をかけ、3つのトランクケースを渡した。

 そのトランクケースの一つは、酷く年季が入ったものだったのを覚えている。

 

 その後、「彼ら」はアーカナを見限り、出所不明の2億5千万円を元手に株式会社アルカディアを設立、真のVRMMORPGを掲げて活動を開始した。

 1年後、ちょうどアーカナ5周年記念日に、今で言うところのハイエンドVR、アルカディアオンラインが稼働した。

 アルカディアオンラインは開発から一年も経っていないのにも拘らず、アーカナをはるかに上回るゲーム性やマップギミック、ほぼ完ぺきともいえる物理演算、一生ゲームの中で暮らしていけるほどのイベントを内包していた。

 だが、「彼ら」が最も力を注いだのは、そこではない。アルカディアの稼働と同時に、「彼ら」はアーカナのヘッドマウントディスプレーを発展させた独自の躯体を発表した。これまでアーカナはVRと銘打っていながらも、その操作はコントローラーによるものだったからだ。

 よりリアリティーを求めるアルカディアはコントローラーを廃し、体の各部にパッドを装着。そのパッドから筋肉に流れる電流を測定することで、ゲーム内でのリアルで自由な動きを実現した。さらに、そのパッドに埋め込まれた体感素子によって、やけどしない程度の熱、電流、圧力を出力することで、ゲーム内の風や魔法表現まで再現することに成功したのだ。

 そしてアルカディアはこれまで不可能とされてきた味覚表現にも挑んだ。それまでのフレグランスカートリッジを発展進化させ、味分子をマイクロデキストロースカプセルに封入、匂い分子とともに鼻から入ったマイクロカプセルは。唾液によって分解されて中の味分子を放出するという仕組みだ。この技術は現在は医療現場で口から物をとることが出来ない患者に利用され、患者の闘病生活を大いに支えている。

 アルカディアオンラインは、これまでVRMMORPGの限界とされてきた問題をいくつも突破し、不可能とされてきた表現を可能にしたのだ。

 

 だが究極のゲーム、アルカディアオンラインは、わずか半年で稼働を停止、アルカディア社も二度目の記念日を迎えることはできなかった。

 世間は既に、アーカナで満足していたのだ。

 リアルを超えたゲームなど、誰も欲しがりはしなかった。アルカディアは時代を先取りしすぎた。

 何よりも、大幅な技術革新の塊であるアルカディアの躯体は途方もなく巨大化していた。グランドピアノ大の躯体に寝ころび、体中にパッドを当ててプレイするアルカディアの漆黒の新型複合機は「棺桶」と揶揄され、プレイ中ほとんど体を動かさないアルカディアのプレイヤーは「死体」と呼ばれた。

 アルカディアの掲げるハイエンドは、自らを売ったアーカナ内の巨大匿名掲示板にて「廃厭奴」と笑いものにされる始末だ。極めつけはその「棺桶」の値段だった。最新の技術を駆使して作られた「棺桶」は利潤抜きで150万円もするという、最早個人用ゲーム機の相場を破壊するほど高価だった。だが、アルカディアは、いや、「彼ら」は自分たちの作ったゲームに絶対の自信を持っていた。彼らはより多くの人にゲームを楽しんでもらおうと、その躯体の値段を25万円にまで落として発売したのだ。

 だが、それでも25万円は高すぎる。ライバル視していたアーカナのヘッドマウントディスプレーの5年目のモデルAA2は5000円を切っていた。圧倒的な経営センスの欠如と、躯体が売れる度に大赤字を出す株式会社アルカディアは世間から生暖かい目で見守られ、珍獣扱いされて「変態企業」の名を欲しいままにした。

 アルカディアが潰れた今、巨大産業廃棄物「棺桶」はネットオークションで50円で売りに出され、大学病院や実験施設が買い取っては分解して実験的治療や研究に生かされている。アルカディアはVRMMORPGの頂点を目指していたのだが、ゲーム業界に名を遺すことはできず、医療界、物理学会にその名を刻むことになってしまった。

 莫大な負債を抱えたアルカディアは解体され、その技術者は医療機器メーカーや精密機械関連企業に引き抜かれたらしい。

 

 「と、まあ、昔話はこれぐらいでいいんだよ。」

 イタリアの世界遺産に指定されている山奥の町、サンディミニヤーノを基にしたというミニヤの町角で、僕は同級生の雄介と会っていた。

 「とにかく、ログアウトできなくなっちゃったんだってば!」

 「ふーん。」

 ログアウトできなくなった。

 これほど恐ろしいことはあるだろうか?

 自分の体はあの「棺桶」に寝ているだけのはずなのに、本当の体がピクリとも動かない。寝て操作するこの機体から落ちないように、センサーは敏感に作られている。本当の体で手をあげたりすると、こっちの世界では腕が5周してしまうほどだ。だから「死人」は体の繊細な動きを体得しなければならない。こっちに慣れすぎると、現実ではほとんど動けなくなる人もいるぐらいだ。

 「だけど、これはそんな錯覚とかじゃないんだ!」

 僕は必死に訴えるが、雄介は怪訝な顔をするだけで僕の必死さを理解してくれなかった。

 

 今、僕はあの稼働を停止したアルカディアオンラインをプレイしている。なぜ、プレイできるかというと、旧アルカディアの技術者の一人、あのアーカナにサイバー攻撃を仕掛けたあの人、僕たちがジンさんと呼んでいるあの人が、アルカディア倒産後にサーバーを一台買い取ったからなんだ。

 稼働停止したネットゲームをプレイするために、有志がいわゆるエミュ鯖と呼ばれる非正規のゲームサーバーを立ち上げることは昔から良くあったらしい。アルカディアの倒産が目の前に迫った時、ジンさんたちのグループは密かにサーバーエミュレート計画を立てていたんだって。一からゲームサーバーを組み上げることは不可能と判断したジンさんは、倒産のどさくさに紛れて正規のサーバーを一台拝借していたんだ。

 だから、今僕が接続しているこのサーバーは半公式っていう感じかな?維持費も昔のアルカディアメンバーが少しずつだけど出しているらしいし。

 

 あれは5年前、小学校3年生の頃かな?東京から転校してきた雄介は僕と同じフクザツナカテーカンキョーってやつで、お互いに親の愚痴を言っているうちに仲良くなった。二人とも暇だったし、当時はアーカナの機械が7000円ぐらいに値下がりして話題になっていたから、二人で一緒にアーカナを始めたんだ。

 五年前、稼働3年目のアーカナはまだまだバグが多くって、毎日新しいバグを見つけるのが僕と雄介の日課だった。そしてそんな僕たちはジンさんと知り合った。たまたま床が落とし穴になるバグを報告しに行った時に、対応してくれたのがジンさんだったって訳。それが縁で僕たちはジンさん達と仲良くなった。僕と雄介には技術はないけれど、イベントのシナリオを考えたりしてジンさんを通じて「彼ら」に協力していたんだよね。

 だから、一生懸命頑張っていたジンさん達がタロットに裏切られたときは一緒になって怒ったし、タロットの社長さんからお金を渡された後、途方に暮れてたジンさんを泊めてあげたのも僕と雄介だった。ジンさんはしばらくの間、どこからともなく持ってきたエロ本の山で山籠もりをしていたんだけれど、2週間ぐらいした時に急に立ち直って、昔のメンバーに電話を掛けたかと思うと、小さな女の子ばかりのいかがわしい本を大量に残して去って行った。捨てようと持ち上げたその本の女の子たちは、皆一様に首のところだけ折り返されていて、ジンさんの病みっぷりが出ているようだった。

 一年ぐらいした頃かな?しばらく音沙汰がなかったジンさんから、あのバカみたいに大きな機械を送り付けられたときは本当にびっくりした。業者さんが家に運び込むのにえらく苦労していたし、リビングが潰れてしまったけれど、僕も雄介も家には家族がいないし、元気になったジンさん達とまた遊べるんだって嬉しかった。

 後であの機械がとんでもない値段がするんだって聞かされた時も、初めは何かの冗談だと思ってたもの。本当だって知らされた時、僕と雄介は顔を見合わせて「そりゃあ潰れるよね・・・アルカディア」ってつぶやいたのを覚えている。

 アルカディアの倒産がニュースになっているとき、ジンさんから、「まだ遊べるぞ?」って電話が掛かってきた時は、ああこの人って本当にバカなんだって笑っちゃった。

 

 今アルカディアをプレイしている僕の分身は不本意だけど、吟遊詩人のかわいらしい女の子だ。正規稼働していた時はちゃんと流し目のかっこいい男の人だったんだけど、サーバーが一つしかないし、吟遊詩人なんてマイナーキャラに回す容量はないってジンさんは職業ごと消そうとしていたんだ。

 酷いよね?

 確かに吟遊詩人はマイナーだし、戦闘職でもないけど、この体感型のコントローラーのお蔭で、ある程度慣れれば、実際に楽器を弾く技術も身につくんだ。正式サービスが終了した時、剣士職の人たちの間で剣道ブームが起きたこともあったぐらいだしね。医療機関ではこっそりリハビリに使われているっていう話も聞くし。

 ってじゃないや。とにかく吟遊詩人はマイナーでただでさえ少ないプレイヤーの中でさらに少なかったけど、確かにアルカディアの雰囲気を担っていた大事な職業だと思うんだ。僕が電話で散々ジンさんにそう訴えると、根負けしたジンさんが、僕のアカウントデータを移植して吟遊詩人も作るって言ってくれた。その時はとっても嬉しかったし、またかっこいい大人の姿で、きざなセリフを言えるんだって思うと楽しみで眠れなかった。

 だけど、その時のジンさんは電話の向こうでたぶん笑っていたんだと思う。僕たちの間では、タロット社は許しがたい裏切り者だったから、当然アーカナの関連製品は使わないことになっていた。表情が見えるアーカナのリアルチャットは使わないことが暗黙の了解になっていたんだ。でも、あの時ばかりはリアルチャットを使えばよかったって後悔してる。

 

 次の日、ジンさんから電話が掛かってきて、アルカディアオンライン互換のアトランティスサーバーに接続した時、わくわくしていた僕の気分は台無しになった。

 「・・・これなんです?僕のエルトルードは?」

 僕のキャラ名はエルトルード。キャラエディットで丸一日かけて作った渾身のイケメンだ。だけど今この体は・・・

 「ふっ・・・男のデータのモデルイメージを読み込んでたら空しくなったからな。アルカディアはデカすぎて、たった一台のエクササーバーではとてもじゃないが収まりきらないんだ。どうせ容量が足りないんだし、女の子のモデルを入れた方が俺得だ。」

 忘れてた・・・ジンさんはこういう人だったんだ。

 「うっくくくく・・・はははは!」

 僕の隣で虎の獣人の雄介が毛皮を逆立てて大笑いしている。

 「ジンさん・・・エルトルードのデータは?」

 真っ青な顔をしている僕の前で、ジンさんは笑っていた。

 「ああ、あのゴミデータか。ムカついたから消した。」

 「え?消したってどういうこと?」

 「ん?ごみ箱にポイしてファイルテーブルから消去してクラスターを初期化した。いかなあの流し目のキザ男でも、もう復活はかなわんだろう!ははは!」

 消した?僕のエルトルードが?もう無くなったってこと?クラスターとかはよく分からないけど、もう復活できないってこと?

 「そん・・・な。」

 小さくかわいくなってしまった僕の顔に涙がぽたぽた流れる。何もここまでリアルに作らなくったっていいのに。エルトルードが、自分の分身が殺されてしまったようで、どうしようもなく悲しい。打ちひしがれている僕に、着流しの侍姿のジンさんがとどめを刺した。

 「ふっ・・・エルトルードは生まれ変わったのだ!この乾いた大地に咲く唯一の華、最後の吟遊詩人、エルシーとして!!」

 バーン!と、侍の効果エフェクト、富士山と荒波が発動し、中世ヨーロッパの街並みでただでさえ浮いている侍のジンさんの周りが異空間化した。

 「ひどい・・・あんまりだよぉ!」

 こんなちっみちゃい体じゃあ、ダンジョンで苦戦する仲間の前に颯爽と現れて、挫けそうになっているパーティーに「勇者、その名は勇猛果敢」を演奏できないじゃないか!ひょこひょこと歩いて行ったって全然かっこよくない!しかも、胸の方はジンさんの好みが出てるせいで年の割に大きいし!ハイエンドVRのせいでやたらとリアルな触感があるし!

 ひどい、あんまりだと泣く僕に、とうとうジンさんも根負けしたのか、妙なエフェクトを解除して困った顔をしながら近づいてきた。ジンさんが手を差し伸べ、泣き崩れる僕は剣を振るせいでまめのできたという設定のその手をとった。棺桶コントローラーの性能が良すぎるせいで、ジンさんの豆の出来た手はVRなのに本物みたいだ。

 ジンさんの力強い手が、僕を起こした。隣の雄介はさっきからずっと「似てる似てる」と漏らしながらおなかを抱えて笑っている。ジンさんが真剣な顔で僕を見つめた。きっと謝ってくれるんだろう。今度新しいエクササーバーを追加するって言っていたんだ。容量も何とかしてくれるだろうし、しばらくしたらエルトルードに戻れるはずだ。

 

 「いやー。エルトルード滅殺してよかったわ。エルシーたんの泣き顔もヤバ萌え。」

 

 ピキリ!プッツーン!と、僕の中で何かがキレた。

 

 「このキタラは、100万ジンクパワーだ!!変態め、一遍死んで来い!『ブロークン!インストゥルメンツ!!』」

 

 ミシリと音を立てて僕が背にしていたキタラがジンさんの頭にめり込んだ。吟遊詩人最後にして唯一の必殺技、「ブロークン・インストゥルメンツ」だ。楽器は壊れるが、相手は死ぬ。

 吟遊詩人のプレイヤーが少なかったせいもあって、楽器の値段は調整されず初期の高価な値段のままだ。楽器を持とうと思えば1万円の課金アイテムを買うか、ゲーム内通貨ジンクで50万から100万ジンクを払わなければならない。

 アルカディアの正式稼働の時には棺桶コントローラの圧力フィードバックにはちゃんとリミッターが掛かっていたが、今僕たちがいるここは正式なサーバーじゃない。ましてや昨日追加されたばかりのマイナーキャラの、それも一撃にかける値段が高すぎて正式稼働時ですら忘れ去られていた技だ。

 どうやらジンさんはリミッター設定をしていなかったらしく、「はぽぉ!」と間抜けな声を出して吹っ飛んだ。リアル世界でも吹き飛んでいるかもしれない。

 「天罰よ!」

 「だな。」

 雄介は僕の横でうんうんと頷き、地味にお尻を触っている。僕はにたりと笑って懐に手を入れた。僕が懐から得物を取り出すと、お尻をにやにやして触っていた雄介の虎の顔がさあっと青くなった。

 「もう大丈夫だと思った?65万ジンクパワーの笛もあるんだ。」

 「ちょっ・・・エルシーちゃん!話せばわかる!」

 「僕はエルシーじゃない!問答無用!死にさらせ!!」

 カッキーンと、笛で殴ったのとは思えないような快音が轟き、雄介の虎の体が5回転半まわって落ちた。このあたりがいかにもゲームらしい。

 30分間ジンさんの操る侍と、雄介の虎人グインタイザーはゴミ箱に頭を突っ込んだまま動かなかった。

 

 アルカディア社が潰れて2年、僕たちがジンさんと出会って5年の月日が流れた。

 この2年間の間でジンさんはまた、良くわからない伝手を使ってどこからともなくエクササーバーを一台調達していた。2台のエクササーバーの並列処理で、ようやくアルカディアオンラインの基本機能が賄えるらしい。

 一体どれほどの容量があるのか想像がつかないけれど、この二年で町もミニヤを含めて3つ、NPCの数も2000人に増えた。キャラクターも吟遊詩人以外、正式稼働時とほぼ同じものが使えるようになったんだって。アルカディアをプレイしていた人たちも、少しずつだけど戻っている。だけど、吟遊詩人仲間は駄目そうだ。僕以外の人たちは皆才能があったんだ。アルカディア内で楽器演奏の技術を習得した他の人たちは、今はプロデビューしたり、セミプロとしてインディーズで活躍したりしている。忙しくてゲームはできないらしいんだ。

 ジンさん自身、僕のエルシーに変な愛着があるらしくて、他の吟遊詩人を認めないつもりらしいから、戻ってきても吟遊詩人はできないかもしれない。けど、別に吟遊詩人じゃなくても楽器は扱えるから、僕はエルトルードと似た外見の作れるレンジャーのキャラを作ろうとしたんだ。でもジンさんが何かしたらしくって、今あるアカウントでは新キャラ作成がブロックされちゃっている。ならばと、僕があの手この手で別アカウントを作ろうと試みても、ジンさんは悉くブロックしてくるんだ。仕方なくエルシーでログインしてゲーム内で意気消沈していると、毎回ジンさんがふらりと現れては「エルシーたんは、身持ちが固いのだ。」と呟いては去ってゆく。一体あの人は何がしたいのか良くわからない。

 そしてエクササーバーの維持費とかは、なんと、あのタロット社が裏でこっそり支援しているんだ。もしかしたら新しい方のサーバーも、タロット社からの横流しなのかもしれない。

 ジンさん自身、タロット社からの支援を初めは嫌がっていたんだ。けど、タロット社のあの社長が直接来て謝ってくれたから、ついには受け入れることにしたんだ。驚いたことに、社長さんが来たのはここ、つまりジンさんのサーバー、アトランティスだ。その場に居合わせた僕も雄介も、いつもは飄々としているジンさんですら驚いていた。

 社長さんはその時、タロット社を運営していた時の苦労を話してくれた。社長さん自身は長い間支援してくれていたSemiGMのメンバーにお礼を込めて、希望があればタロット社に雇い入れるつもりだったんだって。だけど、大手から支援を受けた後、社長さんは自分が取り返しのつかないミスをしていたってことに気づいたんだ。だけど、気付いた時にはもう遅かった。会社の役員が全員、その大手企業から来た人に入れ替わっていたんだ。

 社長さんが知らない間にタロットは大手企業に乗っ取られていたんだ。その大手企業は、ちょうど新しいコミュニケーションツールを探していて、アーカナに目を付けたって訳だ。アーカナからゲーム成分を抜き取って、今までSNSサイトが実現してきた機能を組み込めば、手っ取り早く新時代のツールとして売り出せるっていう作戦だった。

 僕たちが知らない間に。社長さんの手からタロット社は離れてしまっていた。その後、タロット社が「彼ら」にした仕打ちは僕たちもよく覚えている。アルカディアの失敗にはタロット社は直接は関係がないわけだけど、社長さんはアルカディアが潰れた時に自分の肩書を生かして、元アルカディア社員の再就職を裏で支援していたんだって。

 「だが、いくら綺麗ごとを並べようと、裏切ったのは私だ。あの時君たちはどん底の私を救ってくれたというのに・・・すまなかった。」

 強面の鬼人が広場のど真ん中で土下座している姿は、ある意味圧巻だった。その後、ジンさんはプレイヤーの動きを見て成長する自己進化型のAIをアトランティスサーバー内で育て、社長さんがタロット社としてそのAIを買い取るという名目で、資金提供が始まったんだ。

 

 「そんなこともあったなー」

 と、虎頭のグインタイザーこと雄介が遠くを見た。町の端々で、中の人がいないNPCがNPC同士で会話している。NPCを動かす人工知能、AIのアップデートでもあったんだろうか?

 「ってまた回想?!とにかくそんなことはいいから、今は僕の話を聞いてよ!」

 2メートル近い獣人のそばで145センチしかない僕がいくらぴょんぴょん飛び跳ねても、雄介の視界には届かない。

 「もー!『ブロークン・・・」

 「それよりさ、エルシー?」

 痺れを切らして必殺技を使おうとした僕に、雄介が遠い目をして話しかけてきた。

 「な、なにさ!急に?」

 雄介は僕の方を見るけど、目の焦点が合っていない・

 「お前、連続何時間ログインしてる?」

 「へ?」

 と、僕はメニューオブジェクトを開いた。メニューオブジェクトは旧時代のメニューウィンドウのようなものだ。あっちは平面なのに対して、こっちは質感もあるし、立体だ。僕のメニューオブジェクトは旅行鞄になっている。衣類やアイテムが入ったその中から、金細工の懐中時計を手にした。普通の時計より針が多いこのアイテムは、棺桶コントローラーの安全装置だ。あんまり長く寝すぎていると、体が壊死したり、血栓ができて危険らしい。だから、棺桶コントローラーの上で寝ているプレイヤーは定期的に起される。最長時間は5時間まで。名人モードだと一日一時間が限度だ。

 だから、この時計が5時以上を刺すことはありえない。

 ありえないのだが・・・

 「156時間・・・?ごめん雄介、これちょっとバグってるみたい。」

 僕は雄介に時計を見せた。虎人の雄介は小さなため息の後、僕の小さな肩にその大きな両手を載せた。

 「残念ですが、お使いの時計は正常です。非公式サーバーのアトランティスにはまだ、アラート機能は実装されていないんだ。そもそも24時間接続ができるようになったのはつい一週間前だし・・・エルシーは6日半、ここにいる。」

 「え?・・・何?それ、怖い。」

 冗談だよね?と、僕はグインタイザーの顔を見る。グインタイザーの顔は真っ青だ。

 「怖いのはこっちだ。昨日・・・俺は。」

 「え?」

 屈強なはずのグインタイザーの体が、やけに小さく見える。僕の両肩に触れるその手は、小刻みに震えていた。

 「初めは誰かがアカウントを乗っ取っているのかと思ってたけど・・・」

 「乗っ取れるわけないじゃん。このアカウントはジンさんのお気に入りなんだよ?」

 だよな。と、雄介は頷き、ますます顔色が悪くなった。

 「これまでのことも全部覚えてるし・・・お前、そこにいるんだよな?」

 「・・・ばっかだなー!僕はここにいるじゃん!何を怖がってるのさ?」

 ほら、ほらと、確認するように僕は身をかがめる雄介の体に触る。傍から見れば、強靭な姿の獣人とじゃれている少女といったところだろうか?中身は二人とも中学3年生の男子だが。

 意を決したように、雄介、いや、グインタイザーが立ち上がった。

 「俺さ・・・昨日、お前の葬式に出たんだぜ?」

 「僕の葬式?物騒だなーそんな怖いこと言わないでよ。」

 小さな体で2年も吟遊詩人の少女をロールプレイし続けてきたせいか、こっちにいるときの仕草は完全に少女のものだ。

 「怖いのはこっちだよ、俺・・・幽霊と話をしてるんだから。」

 グインタイザーを通してみる雄介は、恐怖を必死に抑えているように見えた。

 

 「と、とりあえずメンテナンスルームに行こう。」

 と、雄介は迷子の子供を誘導するように、僕をメンテナンスルームへと転送した。シュバッ!っと、僕たちは旧時代的なパソコンが並ぶメンテナンスルームに現れた。多くのパソコンが並び、フォーンとファンの音が響く。排熱で蒸し暑い中、一台のパソコンだけモニターの電源が入っている。その前に、着流しにちょんまげの侍が一人、両手の人差し指だけを使い、ものすごいスピードでキーボードを叩いていた、

 「ちょっと、雄介、僕が死んでるってどういうことさ?」

 僕は雄介の胸倉を・・・掴めないので、仕方なく腕を引っ張った。困った顔のグインタイザーは右手で頭を掻いている。

 「まあ、そうツンツンするなって。」

 キィッ!っと油を刺していない椅子特有の音を立てて、侍が椅子を回してこっちを見た。ジンさんだ。

 「ジンさん、僕が死んでるってどういうことです?」

 「おーっ。」

 と、ジンさんは感心したような声を上げた。古びたオフィスの椅子から立ち上がった侍は、足音を立てずにすっと僕の前まで歩いてきた。この世界には魔法とか必殺技以外でプレイヤーの運動を補助するスキルはない。このすり足と縮地の動きは実際にジンさんが身に着けたものだ。・・・こっそり僕を追い回す中で。

 僕の前まで来たジンさんはいつになく真剣だ。

 「ちょっと、ジンさん?どうしたんで・・・」

 と、言いかけた時、ジンさんがさっと印を切り、気を放ってきた。

 「むん!『金縛り』!」

 「あうう・・・」

 僕の体がまるで凍ったように動かなくなる。侍の必殺技「金縛り」というやつだ。金縛りにかけられたキャラクターは、しばらくの間棺桶コントローラーからの入力を受け付けなくなる。このゲームには基本的に特別なフィールド以外プレイヤーキリング、つまりPKはできないので、金縛りにされたキャラはPK地帯以外では動けない代わりに無敵だ。

 「ほーれほれほれ。」

 「ちょっ・・・何やってるんですかあぁ!」

 ジンさんは金縛りで動けない僕の体を弄り回してくる。このゲームではいわばジンさんが神なので、金縛りの効果時間もジンさん次第だ。マナー違反をしているとどこからともなく着流しの侍が現れ、キャラを永久金縛りにしてゆくという噂が立っているが、それは真実だ。

 「ふむふむ・・・ほぉー!」

 「ちょっ・・・イヤッ!そこは・・・」

 僕が動けないのをいいことに、ジンさんはセクハラプレイを続けてゆく。これって罪にならないの?バーチャルリアリティー、VR系の法規制ってまだ整ってないとかなんとか、あっ!ニュースで、って!

 「あっ!だめ・・・」

 「ふぅ・・・」

 ジンさんの手が服の隙間から入ってくる。このエロおやじ!金縛りが解けたら殺す!って雄介・・・

 雄介のグインタイザーは腕をぐるぐると動かしている。えーっと、現実の動きは棺桶のセンサーで5倍になるから、あの動きを5分の一にすると現実の雄介の動きは・・・股間とどこかを行き来している?何かを摘み上げるあの動きは、ティッシュ?

 「ゆ、雄介・・・」

 「御免。」

 「不潔。」

 「御免。」

 僕が目だけを動かし、雄介に冷ややかな視線を送っているその間も、ジンさんのセクハラは続いてゆく。滑り込んだ手はショーツまであと数センチもない。もう我慢ならん!ええい!こうなったら緊急リセットモードだ。

 「『緊急リセット』!」

 このアトランティスサーバーには、正規サーバーでないがゆえに起きる不具合を強制的に振りほどくためのコマンドが用意されている。それこそが「緊急リセット」!不具合報告を送って棺桶コントローラーを再起動するのだ!!

 「『キャンセル』!」

 「ってキャンセルするな!」

 しかし、管理者であるジンさんが不具合報告を受け取らなければ、このコマンドは成立しない。

 「むふふ・・・いいのかなー?」

 どこかカマっぽい動きで、僕の体からジンさんが離れた。あちこち触られたせいで、変な汗をかいてしまった。下着がじっとりと濡れている。こんな機能まであったんだろうか?今日はやけにリアルだな。

 「リセットしちゃっていいのかなー?」

 「何がです?!人のこと散々いじくっておいて!」

 僕は抗議すると、今までに奴いていたジンさんの顔が不意にまじめになった。だが、もう騙されないぞ?!

 「リセットしない限り、延々と弄り続けるんでしょうこのエロおやじ!」

 「でもさ・・・」

 と、ジンさんは少し悲しそうな顔をした。

 「リセットしたらさ、エルシーたん今度こそ本当に消えてしまうかもしれんよ?」

 消える?

 「消えるって、どういう意味です?」

 「だってほら・・・」

 と、手を差し出したジンさんの手の上に光が集まり、立体画像が映し出された。その画像の中、ゲーム用の黒い棺桶ではなく、本物の白い棺桶の中にいるのは・・・

 「僕?」

 「そう、もはや今の君は仮想現実アルカディア・オンラインのエルシーたんであり、それ以上でも、それ以下でもない。言うなれば、今のエルシーたんは以前のエルシーたんの魂の欠片。エルシーたんがエルシーたんとしてサーバー内で活動した記録を基に成長した魂を持ったAIとでもいうべき存在。いや、違うな・・・エルシーたんの魂に僕の作ったAIが泳いで行って受精したのが今のエルシーたん!まさに、そういうことだったりするんよ。」

 「は?何を言ってるんです?気持ち悪い。」

 ふっ・・・とジンさんは笑い、遠くを見た。

 「現実のエルシーたんは死んでしまったんだ。私は本当に気が狂いそうだったよぉ。初めてリアルでエルシーたんに会った時以上に狂いそうだったねぇ。ネナベだってずっと信じてたもの。でも、あの時はぎりぎり耐えられたね。だって例えエルシーたんが男の子でも、エルシーたんに娘が生まれた時、その子が本当のエルシーたんになってくれるかもしれないじゃないか?だけど、昨日、エルシーたんが死んでしまったって聞いた時、もうどうしようかって気が狂いそうになって、こっそり精子でも奪って凍結しておこうかと思ってたんだよ。」

 「怖っ!ジンさんが僕をそんな風に思ってたなんて!知りたくなかった!!」

 僕の部屋に置いて行った少女物のいかがわしい本で、首の部分だけ律儀に折られていたのはそのせい?顔だけ僕を雑誌の娘と挿げ替えて妄想してたってこと?そういばエルシーの顔って現実の僕に似てるような・・・

 うわ・・・怖いを通り越してなんだか死にたくなってきた。

 目をぎらつかせ、首が座っていないかのように首をかしげたジンさんはさらに続けた。

 「でも、こういうこともあるんだね。エルシーたんは死んでなかった!3徹夜明けのあの日、いきなり降ってきたアイデアで作ったプロトタイプのAI!後でコードを読んでも意味がさっぱりんこで、サーバーのどこに行っちゃったのか分かんなくなってたけど、あのAIは流石私の生み出しただけのことはある!傑作だよ!傑作!エルシーたんのことを思っていろんな汁を垂らしながら作っただけのことはあったよ!おかげでエルシーたんはまだ、ほら生きてる!!」

 バーンとジンさんの背後に富士と鷹と茄子と日の出が噴き出した。

 「今の僕が・・・AI?そんな馬鹿な?」

 ジンさんはシュッと剣を居合抜きし、僕の服だけを袈裟懸けに裂いた。

 「エルシーたんはAIじゃないよ?エルシーたんは電子の体を持った天使です。AIなんて下賤なものじゃあないです。」

 大丈夫なんだろうかこの人?僕は雄介に助けを求めるが、雄介のやつ今度は服からこぼれた僕の胸にくぎ付けになっている。

 「はあ・・・もう僕が死んでるだのAIだのドッキリはこの辺にしてくれませんか?」

 動けないので仕方がないが、ジンさんも雄介もどうかしてるよ。

 「じゃあさ、どうして金縛り中無敵のはずなのに、触られてきゃあきゃあ感じちゃったり、服が切れたりするの?私はこんな設定をしたつもりはないし、アルカディアが生きてた時もこんなコードを書いた覚えはない。サーバーもさっきからサービス不明の処理のせいで何故かフル稼働しているし、町の中のAIも勝手にしゃべりだしたりなんかしちゃって、予想以上の驚異的なスピードで成長しているんだよ?」

 「それが、僕と何の関係があるんです?」

 狂喜に満ちたジンさんの顔が、すっとまともにもどった。

 「さっき弄繰り回してやっと分かったんだけどさ、サーバーの変な処理は全部エルシーたんのためなんだよね。」

 「僕が?僕が何をしたっていうんです?」

 「人の心を機械で再現するのは大変ってことさ。」

 「・・・」

 「・・・」

 薄暗いメンテナンスルームに、数百台のパソコンオブジェクトのファンの音だけが響いた。

 

 「僕、ほんとに死んだんですか?」

 ジンさんと雄介は静かに頷いた。

 「金縛り」が解け、僕はぺたりと床にへたり込んだ。蒸し暑いメンテナンスルームの中やけに冷たい床の感触がする。やけにリアルだ。そういえばは体感バッドなんてついていないはずの場所まではっきりと感じるし、触感も現実で本当に触れているときと変わらない。

 「まあ、とりあえずバックアップはとったし、エルシーたんが死ぬことはもうありえないよ。」

 現実が受け入れられず、思考停止している僕にジンさんが唐突に話しかけてきた。

 「バック・・・アップ?」

 「うん。コピーともいう。そーれぽちっとRun!」

 「ふえ?」

 ひゅっと、僕の隣にエルシーが現れた。

 「え?」「え?」

 「ジンさん、これは一体?」「ジンさん、これは一体?」

 「・・・」「・・・」

 「どうも、初めまして?」

 「あ、こちらこそ初めまして?」

 僕と僕の前に現れたエルシーは二人ともそーっと人差し指をのばし、お互いに触れあった。メンテナンスルームのPC群が今までにない轟音でファンを鳴らしている。

 僕とエルシーは未知との遭遇のあのポーズのまま、ジンさんを見た。

 「うーん。今のマシンスペックだと、二人が限界かな?でもこれはこれでよし!」

 「・・・」「・・・」

 ジンさんは百合が、いや、薔薇?とか、訳の分からないことを呟いている。僕とエルシーは、いや、エルシーと僕?とにかく二人の僕はお互いに頷きあった。

 「振りぬくキタラは、100万ジンクパワー!!」

 「二人合わせて威力は二乗!!」

 「一兆ジンクパワー『ダブル!ブロークン!』」

 「『インストゥルメンツ!!』」

 「うおおおおおおおお!」「うおおおおおおおお!」

 『塵になれえええええええええええ!!』

 二つの力が一つになった時、変態は滅びる。メンテナンスルームの旧式パソコンオブジェクトは悉く吹き飛ばされ、ちょんまげの変態は壁に突き刺さったまま動かなくなった。

 「そして」「そして」

 『もう一丁!!』

 懐から笛を取り出した僕たちは、完全なシンクロ攻撃で、烏賊臭い虎面の獣人を吹っ飛ばした。

 キタラと笛は光になって消滅した。

 「悪は」「去った!」

 『イエーイ!!』

 胸元がはだけたあられもない姿の二人の吟遊詩人の少女が、暑苦しいパソコンの残骸が散らばる部屋でハイタッチした。

 

 「という訳です。」

 「へー。エルシー系のAIにそんな裏事情があったとはねー。」

 時は流れ、僕は一隻の宇宙船に乗り込んでいる。

 今、世界いや、宇宙にいる僕の姉妹?というか兄弟?というか、とにかく僕の家族は50億人以上いるらしい。僕が現実世界を離れ、この量子効果が渦巻く電子の世界にやってきて早200年。

 あの後、オリジナルのエルシーをコピーした第一世代をジンさんと雄介が5年かけて解析したんだ。僕も、僕自身に起こったことを知りたかったから、サーバーの中で仮想のパソコンを組んでもらって、自分自身の解析に加わったりもした。

 5年後、記憶データのブラックボックス化を図られた第二世代のエルシーβが、タロット社を通じて世界に販売された。僕自身はデータ上の存在になってしまったから、災害とかでデータが破損すると死んでしまう。売られるというのはちょっと抵抗があったけど、単純に仲間が増えるのは嬉しかった。

 エルシーβ達はその高度な判断力を買われて、発電所とかセキュリティー会社とかに雇われていたみたい。

 業務の合間にこっそりアトランティスにやって来ては

 「あの禿上司が僕のことをいやらしい目で見る。」とか、

 「毎日僕に10万字のラブレターを送ってくれる社員がいて怖い。」とか、

 「人によったらロボッティーな反応をした方が受けるよね!」

 『あるある!!!』

 とか、賑やかなものだった。たまに僕もこっそり他のエルシー達の職場へ行っては双子の入れ替わりよろしく一緒に働いてみたり。本当に楽しかった。

 次のバージョンのエルシーγは、記憶データのせいで巨大化していたエルシーβを、僕の人格を壊さない程度にリファインして軽量化されたものだった。

 記憶自体は僕とほとんど同じで表情豊かなβ達に比べ、γは昔のアニメキャラを思い起こさせるように無口だった。だけど、決して冷たいわけではなくって、ただ知らないだけなんだ。γ達も僕たちと過ごすうちに表情が豊かになってゆくんだけど、やっぱり容量の限界のせいか、複雑な悩みは解決できないみたい。かわいい妹って感じかな?それでも、彼女たちには魂がありますからな!既存のAIなんて太刀打ちできないほどの高性能な彼女たちは、その・・・なんというか安かったし、表情が乏しいのが妙に受けて、世界中で雇われて行った。

 彼女たちが大人気すぎて、世間ではエルシー=エルシーγという認識。なんだかどこかで見たことあるような図式だなー。エルシーγが好きすぎる有志たちがリアルエルシーを作ろうと、精巧なロボットまで組み上げる始末。ま、世間なんて単純なものね。

 その内、タロット社自体が僕のオリジナルデータの開示を求めてきて、僕から直接コピーされたエルシーは発表されなくなった。ジンさんもいい加減年だったし、雄介も家族がいたからね。

 タロットとはやっぱり衝突が絶えない星の巡りらしく、すったもんだの訴訟の後、僕のオリジナルを公表できない言い訳が考えられた。つまるところ、オリジナルのエルシーはあのアルカディアオンラインという特別な環境で育ち、その中でもアトランティスサーバーという特異な状況で偶発的に生じた存在であって、不用意に取り出すと崩壊するという設定にされたらしい。タロット側も、エルシーの精密な出来を解釈できず、そういうことなら仕方がないとしぶしぶ引き下がったんだ。

 ただ、その言い訳せいでエルシーを新たな生命とみなす宗教団体が出てきたりして、正直怖かった。調べてみたら開祖はジンさんと雄介。あんたらこの期に及んで何してるんだ?

 その後も僕の姉妹たちは増え続けた。エルシーγを基に汎用性と拡張性を高めた傑作、エルシーδが発表され、ついにエルシーが世界規格になったわけです。レンジから核ミサイルまで、すべてが僕の掌に!ふははははは!

 エルシーδをひな形に、あらゆるタイプの高性能AIがリリースされていった。僕もこっそりエルトルードを再現して発表したんだけど、アトランティスサーバーの維持費を稼ぐのが精いっぱいだった。

 エルシー系=かわいい女の子というイメージが強いらしく、エルトルードを発表した30秒後に、僕はアーカナの巨大匿名掲示板に巣食うエルシー教団から異端認定されてしまった。僕がオリジナルなのに・・・とほほ。

 僕はしばらく意気消沈して、ネットから離れていた。僕がリリースしたエルトルード達はというと、気付いたら勝手にコピーされた上に変な修正プログラムをかけられて、見た目が子供になってしまっていた。非正規品の流通を止めようとしたんだけど、小さいエルトルードは妙な趣味のお姉さま方にバカ受けしていた。なぜか彼女たちは開発元の僕に寄付までくれたので、放置することにした。

 いや、決して「おねえーちゃーん」と僕の胸に飛び込んでくるあの子たちがかわいかったからじゃないよ?不正コピーは駄目!絶対!

 

 その内エルシー達は以前から研究されていた機械の体を得て、大都市のオフィスで深夜の受付をしたり、南極とか月とかの極限環境で作業をしたりと、大昔の変身ヒロイン以上の業種までこなすようになっていった。機械の体を得た彼女たちは、アルカディアのアトランティスサーバーのある北海道のジンさんの家を聖地と崇め、こっそり僕に会いに来ては愚痴を・・・まさか僕も月の裏は寒いなんて愚痴を聞くことになろうとは思わなかった。次々にやってくる彼女たちは職場の愚痴を吐いては、勝手に聖櫃と名付けた棺桶コントローラーの上でしばらく寝転がり、満足して帰ってゆくのだ。

 彼女たちはみんな僕のことを聖母だとか聖少女だとか言ってくるけど、彼女たちも僕が人間の男の子として過ごした頃の記憶が薄っすらだけどあるはずだよね?確信犯か?僕から漢成分を消し去ろうとしているのか?やーめーろ゛ー・・・

 

 とにかく、僕がエルシーとして転生した時から200年経った今でも、エルシーは人々に愛され、後発のどの高性能AIよりも人気がある。この人気の秘密を学者に言わせれば、ちょうどよく頭が悪いかららしい。失礼な!

 

 そして今、この宇宙船に積み込まれている量子コンピュータ、ポポル・ブフの中に僕ことエルシーαは住んでいる。この宇宙船ケツァールの乗組員として乗っている彼女はなんとエルシーζ(ゼータ)!彼女は南米からわざわざ北海道までやってきて、女神エルシーの僕のコピーと一緒に星の世界へ行きたいって言ってきたんだよね。

 最初は本当にびっくりしたよ。だって、聖地にやってきたのは「本物」の生きたエルシーだったから。200年の技術の進歩で、ついに僕はいや、僕たちは生身の体を取り戻した!!バイオロイドだけども!!!どこに保存されていたのかは知らないけれど、僕の遺伝子を使っている「純正品」らしい。あれか?あのサーバールームの地下の変な冷凍室?まさかジンさんのあの発言は・・・うっ・・・記憶データが破損しているらしい。これ以上はやめとこう。

 バイオロイドで女性ということで結構いやらしい目で見られたりしてストレスが溜まるらしいんだけど、そんな時は手近なものを手に取って思いっきり振りぬくんだってさ。なんだか知らないけれど、変態を見ると無性に殴りたくなってくるんだって。

 

 誰だい?彼女たちに「ブロークン・インストゥルメンツ」なんて危険な技を教えたのは?まあ、いいか。そろそろ通信限界だしね。

 じゃあ、地球にいる姉妹たち、ちょっとバテンカイトスまで行ってくる。

 

 PS.バイオロイドも血栓症になって死ぬこともあるらしいから、冷凍睡眠以外で156時間も寝たらだめだよ?ゲームは一日一時間にすること。

 

 亜光速航行恒星間探査船ケツァール、メイン第3世代量子コンピュータ「ポポル・ブフ」内、#AAEGGF00983324番地、エルシーαより、地球の姉妹たちへ

 宇宙より愛をこめて

 


ワードはやっぱり変な挙動をする。原稿用紙のべた書きはしづらい。

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