第13話 一通の手紙 ―― 証紋官ギルド
翌日、レンドルは証紋官ギルドに居た。
神殿騎士レオニードの立会いの下、書類へのサインをしたところだった。
証紋官はゴードンと名乗っていた。
レンドルの目の前には、高級そうな羊皮紙が置いてある。
そして、見慣れない文字のような模様が描かれていた。
「何をするんですか?」
「私が魔法を使い、君の体に魔力を流す。ちょっと嫌なものを感じるようにね」
「え、大丈夫なんですか」
「弱い魔力さ。そして君は私の魔力を手の平から外に押し出すように、魔力を流すんだ」
「魔力操作なんて、出来ないですよ」
「加護を得たものは、魔力の扱いができるようになる。それに、鍛えれば鍛えるほど上手くなる」
証紋官が呪文を呟きながら、レンドルの肩に手を置いた。
レンドルは、ゴードンの体が薄い銀色を纏っているのが見えた。
やがて、体の中に何かが入りこんでくるのが分かった。
確かに嫌な感じだ。
「感じ取れたら、それを手の平から押し出すように、動かしてみよう」
他人から魔力を流されると、こんな感じになるのか。
「はい。……あ、動かせそうです」
――これが魔力操作か。
思った以上に簡単に出来た。
「よし、いいぞ。では私の魔力を無くなるまで押し出すんだ。そして、最後に手の平を羊皮紙に置いて、自分の魔力を流し込んでくれ」
ゴードンの流れた魔力を右手に集まるように意識すると、手の平から銀色の靄が放たれた。
しばらくすると消えていく。
そして、そのまま右手を羊皮紙に置いて、押し付けるように魔力を流した。
羊皮紙が、青白く光りだした。
「よし、成功だ。もう手を離していいぞ」
ペンも用いないのに、人の手が書いているように紋様が描かれていく。
消えたり書かれたり、見たことのない不思議な光景だった。
「不思議な光景だ。――証紋なんですよね、これ」
「そうだ。魔力紋によって契約がなされる――証紋契約だ。雷の神の名の元、結ばれる契約だ」
「これが雷の神――レイナダとの契約……」
紋様はまだ描かれ続けている。レンドルはその光景から、目を離せなかった。
羊皮紙の上で、光が静かに揺れている。まるで、何か生きているもののようだった。
「商人や冒険者になると、見ることは多い」
父やロッサルから聞いたことがある。高額な報酬の依頼や輸送なんかは、証紋契約で縛るというのだ。
依頼者と冒険者、そしてギルドが報酬金と違約金を支払いを確実にするためだったとか。
「君の魔力紋は証紋官ギルドで管理される。さっき署名してもらったとおり、皇国はいつ、どこでも君の魔力紋を見ることができる」
「どこでも? ここ以外でも見ることができるんですか」
「そうだ。証紋官ギルドは世界中にあるからね。その、どこでも、だ」
「そんなことが……凄いな。ところで、その魔力紋を見てどうするんですか?」
「魔法で悪さをすると魔力の痕跡が残ることがある。それと照合することで犯人の手掛かりにもなる。魔力は人それぞれ固有でね。双子でさえも同じ紋様にならない」
「悪さなんてしないですよ」
「例えばの話さ。魔法使いや加護持ちが、必ずしも正しい行いをするとは限らないだろう? 人の道に外れることもある」
ゴードンは淡々としていた。慣れた手つきで羊皮紙の端を整えながら、続ける。
「あとは、君の加護を調べるために使う」
「分かるんですか?」
「ある程度な。身体強化の加護や、魔法の加護、大体似たような紋様になる。詳しく調べたいなら、ギルドに依頼をしてくれ」
そう話しているうちに、紋が描かれた。羊皮紙いっぱいに紋が描かれている。燃え盛る炎のようにも、生き物のようにも見えた。
ゴードンは深く息をついて、レンドルのほうを向いた。
「これは、身体強化の加護だ」
「……火の加護じゃ、なかったのか」
「悲観しなくていい。火の魔法も訓練次第で使えるようになる。身体強化魔法なんだ、使えば使うほど馴染む」
証紋官はそういうと、出来上がった証紋を頑丈そうな鞄にしまった。
年季の入った革の鞄は、よく手入れをされているようだった。
そして、何かつぶやくと、鞄からわずかに淡く銀色に光ったように見えた。
――分かる。
魔力だ。
直接手で触れていないのに、力を感じ取れた。
そういえば、父親も似たような鞄を持っていたことを思い出した。
盗難防止用の護紋が鞄の内部に描かれていて、魔力を流すと内側から鍵が掛かる仕組みだったはずだ。
――父さんは、魔力があったのか。
ゴードンは、離れた場所の机に座り、書類を書き始めた。
そして、書き終えるとレオニードに差し出した。
レオニードがそれを確認すると、鞄にしまった。
「私はこれで神殿に戻る。証紋を採ったことを確認したのでな」
神殿騎士は証紋官に敬礼をすると、部屋を出ていった。
階段を下りる足跡が止まり、扉が開いた音がここまで届いた。
ゴードンが窓に向かって歩き、窓の外を見ていた。
「神殿騎士は行ったようだな。レンドル、話がしたい。少し待っていてほしい」
「話、ですか」
そういって、ゴードンは一通の手紙を目の前で書き始めた。
書き終えると、上質な封書にそれを納め、証紋官ギルドの紋章で封蝋した。
「レンドル、この手紙を兵学院長――グリフォード公爵に渡してほしい」
「分かりました」
兵学院は騎士団の管轄だった。学院長は騎士団長が務めている。
「直接渡すんだ。すぐに」
「面会の申し込みをすればですが、ルベリア遠征が近いので、会えるとは思えません」
「君の命が狙われている、としてもか」
「へ?」
ゴードンの声に、脅しや冗談の色はなかった。その眼差しも確かなものだった。
突然のことに、頭が理解できなかった。
「俺が――誰に?」
「偶然だった。ある遍歴騎士の妹から、兄が行方不明だと聞いた。他にも、冒険者の仲間が行方不明になったともな」
「行方不明……その人たちは加護を持っていたんですか」
「そうだ。サンルードの聖跡で加護を得た者たちだ。私はこれまでに何人も魔力紋を採った。だが、名前が聞こえてこないのだ」
何のことか、すぐには呑み込めなかった。
「それは、どういう意味ですか」
「冒険者に遍歴騎士だ。誰一人として武勇や名声を耳にしないのは、なぜだと、気が付いた」
サンルードの聖跡で加護を得たものはいた。
先日もロッサルから聞いた。
だから、これまでにもいたはずなのは確かだった。
その者たちの名声は、確かに聞こえない。
「きっと英雄譚に自分を重ねるだろう。どこかで、その者たちの物語を知るはずなのにだ」
レンドルも知らない。だから何も答えられなかった。
首筋に、何か冷たいものを感じた。
「少し前に、ここで青年から魔力紋を写した。君と同じ訓練兵だった。調べてみたら、すぐ近衛騎士になっていた」
窓から差し込む光が、埃をゆっくりと浮かび上がらせている。
「その数日後のことだ。耳にしたのは――死だった」
「それこそ、偶然では……」
「そうかもしれないな。だが、私はそうは思わない。だからレンドル、君に伝えたほうがいいと考えた。杞憂で終ればいいが」
「この封書、ゴードンさんが直接渡されたほうがいいのでは……」
「私の場合はギルドの承認を得なければならない。勝手には出来ないんだ。だから、君から届ける方が早い」
「だとしたら、ブルード教官です。あの人から渡してもらうようお願いしてみます」
「――ウィンダス侯爵のことか。直属の上司なのか。それなら良いだろう」
レンドルは小さく頷いた。
ルベリア王国遠征の前々日だった。




