第4話「結・ウィグナーの友人」
エレメンタルワールドⅡ。ドアの世界、第0000号室、中央広場。
「ねえオーバーリミッツ、質問なんだけど。猫箱理論の対になる考え方で、外の向こうには外がある、オープンワールドの向こうにはオープンワールドがある、みたいな考え方って何だっけ?」
トランプ中にまた変な方向に話が飛ぶ湘南桃花。
「ウィグナーの友人じゃないかしら? 猫箱〈シュレーディンガーの猫〉の思考実験をさらに一歩進め、〈外の観測者〉がまた〈さらに外の観測者〉によって観測されるという状況を扱ったもの……究極観測者や超観測者、なる名称もあるみたいだけど」
オーバーリミッツは手札を裏側で見せて、桃花に選択させる。桃花が選んだのはまたジョーカーだった。
リミッツは手札をまたシャッフルさせる。
「究極観測者は、観測者の観測者の観測者と続く終点、究極観測者が観測した時点で、宇宙全体の重ね合わせが確定すると見なされます。これ以上の外部〈外の向こう〉は存在しない扱い……。超観測者は観測対象の系〈システム〉や、通常の観測者〈ウィグナー〉よりも格段に上位の次元や、広範囲を観測できる存在で……、観測対象の内部構造、全ての変数を完全に知り尽くし、制御できる、あるいは多世界解釈における全ての分岐を俯瞰できるような、圧倒的な情報処理能力と観測能力を持つ存在を指す……と、何処かで読んだわよ……」
「ふーむ、そういう専門用語は知らなかったなあ~」
「最初は1961年の量子力学の思考実験だよ、ずいぶん古くからある、知識人達の間ではね」
桃花が、そのウィグナーの友人に対しての数式に興味を持った。
「それって%だとどんな計算式というかどんな言語的表現になるの? この前みたいに70%可能性が存在するとしか表現出来ないの?」
「この問題は%だけじゃ表現出来ない、波動関数であるΨも使わなきゃ表現出来ないよ。友人を含んだ実験室全体の波動関数と確率振幅も必要とか」
「か、確率振幅……てなに? また専門用語が出てきた」
「確率振幅は、量子力学の数式の心臓部。最も重要なのは、〈干渉が起きる時〉よ。確率振幅が支配する干渉の世界だから、コインの裏表みたいに、50%の確率論の世界じゃないのよ」
オーバーリミッツは彼女なりに桃花に解るように論理を噛み砕いてカードを渡した。
「ふーん、始めて聞いたけど大体解った。つまり有る存在と無い存在が同時に存在してるのね、それだったら経験がある。まあ聞きたかったのはこのエレメンタルワールドの観測者とか、究極観測者とか、超観測者の定義をまだ決めていないって所を相談にのって欲しかったの」
「なるほどねー、つまりゲームマスターの立ち位置とかそこら辺か……」
読者視点はよく聞くが、観測者視点は作中あまり使われていない、ミステリーの物語ならあるかもしれないが、扱っている物が異世界ファンタジーなのであまり気にならなかった。
決めなきゃいけないのは、観測者と超観測者と究極観測者は誰なのか?
そもそも居るのか居ないのか? となる。
「たぶんゲーム風に言うなら称号に付けた方が良いアビリティなのかな? 称号が探偵だったりゲームマスターだったり。スキルにしてはちょっと責任が重いかな?」
桃花は確定してない事象について今までの経験則で話をする。
「ふむ、そうだね、たぶん今までのゲーム進行だったらGMでも超観測者止まりでしょ? ロマンを追い求める異世界で考察の余地がなくなる究極観測者ってあまり聞かないし……」
リミッツはそう答える。湘南桃花はどうしようもなく〈主観〉だ、たぶん読者視点と言われて、眼に特殊なアビリティを付加しなきゃいけないと思っていたらしいが。
普通のプレイヤーが〈観測者〉の称号を持っている、と作中で言及すればこの今の変な観測関係は変わると思われる。
「社会的に観たら第三者委員会とかそれ系か」
「まあ委員会と付けてる時点でXだよね」
そこまでは解る。あとはGMは超観測者で問題ないが、主観とか客観とか観測者とか、そこら辺が曖昧なので再定義だろう。
2人で話し合った結果〈観測者〉の称号を得られるのは以下の職業になった。
探偵、情報屋、鑑定士、読心術士、伝令係、鍵屋、医者、警察官、騎士団、運営陣。
再定義。称号〈観測者〉とは、単なる目撃者ではなく、主観的な観測によって『世界の現実』を固定する力〈アビリティ〉を持っている。
「これ、EWの法則に組み込むの?」
「ん~、微妙だな~……ウィグナーの友人でさえ、知ってから12時間経ってないしまだ良いんじゃないかな? 完全に固定化するにはまだGMや私の経験値が足らない」
とにかく、この観測者の再定義によって。このドアの世界という名の〈無限にドアと部屋がある空間〉の箱部屋は内側と外側による観測者によって固定化される権限が与えられるという意味で、その他大勢の参加プレイヤー達に行動の自由を与えられることとなる。
だが、超観測者はGMだけの特権で、究極観測者は作中のキャラとしては出てきていない、というのが今のところの現状だ。
「……、話変わるけどここ窓無いんだけど……作っても良い? 内側で座標になるのは良いんだけどさ、折角新世界に来たのなら外の風景見たい……」
桃花の手札からオーバーリミッツがジョーカーを取り返した。
「いいんじゃない? 勝手にやっても、どうせゲームマスターがアレだから全然気にしないでしょ」
閉鎖空間の中での談話は続いた――。




