第6話『一人だけの作戦会議(盗み聞きはご愛嬌)』
「よし、じゃあ始めようか、ユーマチャンネル(仮)の第一回企画会議を!」
昼下がりの《Second Beat》。
玲子さんが、テーブルをバンと叩いて高らかに宣言した。
俺と美咲さんは、その向かいに座っている。
テーブルの上には、玲子さんが淹れてくれたコーヒーと、参考資料として置かれた美咲さんのスマホが一つ。
俺の芸人人生の第二章が、今まさに始まろうとしていた。
「で、まず決めなきゃなんないのは、配信の内容だね。ユーマ、あんたは何がやりたいんだい?」
玲子さんの問いに、俺は少し考えてから答えた。
「そうですね…。まずは、俺のことを知ってもらわないと始まらないと思うんで。俺のスタイルである、一人で喋るネタをやりたいです」
「ああ、この前やったみたいなやつかい。面白いじゃないか、まずはそれから始めてみなよ」
玲子さんは満足そうに頷いた。
だが、すぐに悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「まあ、あんたの場合、男ってだけで珍しいからねぇ。ただご飯食べてる映像を流すだけでも、食いついて見る女はごまんといるだろうけど」
「それは絶対に嫌です!」
俺は全力で首を横に振った。
「見世物じゃないんです。俺は、俺の芸で、笑いで見てもらいたいんです」
「…分かってるよ、冗談だって」
俺の必死な様子に、玲子さんは楽しそうに笑った。
「よし、じゃあ第一回の配信は、ユーマの一人語りで決定だ。次は…機材、だな」
「ウチにあるライブ撮影用のカメラとマイクで、とりあえずはなんとかなるだろ。問題は、どうやって配信するか、だね」
玲子さんがそう言うと、今まで黙ってスマホを操作していた美咲さんが、すっとその画面をテーブルの中央に滑らせた。
「…これ、主流」
画面に表示されていたのは、この世界で最も利用者が多いという配信サイトのトップページだった。
カラフルなサムネイルが並び、多くの配信者たちがライブ配信をしているのが分かる。
俺の世界のサイトと、ほとんど変わらない。
「へえ、結構色々あるんだな。チャット機能に…ん?」
玲子さんは、画面のある部分を指さした。
そこには、『投げ銭』という文字が書かれていた。
「投げ銭…?」
「視聴者が、面白いと思った配信者に、お金を送れる機能」
美咲さんが、簡潔に説明する。
なるほど。
俺の世界で言うところの、スパチャとか、そういうやつか。
玲子さんは、その機能にいたく感心したようだった。
「へえ…。これってつまり、視聴者が『面白い』と思った芸に、直接価値を付けられるってことかい?」
彼女は、俺の顔を見てにっこりと笑う。
「…すごいじゃないか、ユーマ。あんたの芸が、ちゃんと評価される仕組みがあるってことだ。こりゃ、やりがいがあるってもんだねえ」
その言葉に、俺の胸は熱くなった。
そうだ。
金じゃない。
自分の笑いが、誰かに届いて、その価値を認めてもらえる。
その事実が、何よりも嬉しい。
「チャット機能を使えば、見てる人とも話せますね」
俺が言うと、玲子さんも頷いた。
「ああ、そうだな。コメントを拾って、それにツッコミを入れるとか、そういうのも面白そうだ」
「はい。チャットのコメントにツッコミを入れるのは、面白くなりそうですね。それだけでも、十分一つのコーナーになると思います」
企画が具体的になるにつれて、俺のテンションも上がっていく。
視聴者からのコメントに、アドリブでツッコミを入れる。
想像しただけで、ワクワクした。
そこで、俺は少しだけ寂しそうな顔で、ふっと息を漏らす。
「…でも、やっぱり、『漫才』ができると一番いいんですけどね」
「まんざい?なんだいそりゃ」
玲子さんが、不思議そうに聞き返す。
その言葉に、俺の脳裏に、懐かしい顔が浮かんだ。
俺の無茶なボケを、いつも的確な一言で笑いに変えてくれた、昔の相方。
「漫才っていうのは、基本は二人でやるものなんです」
俺は、二人に説明を始めた。
「『ボケ』っていうおかしなことを言う役と、『ツッコミ』っていうそれを訂正したりする役。二人の掛け合いの中で、笑いはどんどん大きくなっていくんです」
「掛け合い…」
「はい。一人だと、どうしてもボールを投げっぱなしになっちゃう。でも、相方がいれば、そのボールをキャッチして、面白い方向に投げ返してくれる。そのラリーが、たまらなく楽しいんです」
俺は、少し寂しそうな目で、遠くを見る。
「…『相方』がいれば、もっと面白くできるのになって」
俺がそう言って、自嘲気味に笑った時だった。
少しだけ、しんみりとした空気が、テーブルの上に流れる。
その静寂を、破ったのは。
ガラン!
店の扉が、勢いよく開け放たれる、けたたましい音だった。
「おっはよー!練習に来たよー!」
そこに立っていたのは、楽器ケースを背負った、沙耶さん、真琴さん、玲奈さんの三人だった。
バンドメンバーの登場に、俺たちは一瞬、虚を突かれる。
沙耶さんは、俺たちの深刻そうな雰囲気を察してか、きょとんとした顔で首を傾げた。
いや、違う。
その口元は、明らかにニヤニヤと笑っていた。
「あれ?もしかして、お悩み相談中だった?」
「その話、ちょっと面白そうだね!」
玲奈さんも、眼鏡の位置をクイと直しながら、意味深な視線をこちらに送る。
「ええ、しっかり聞かせてもらいましたよ。ユーマくん」
そして、彼女は、悪戯っぽく笑って、こう言った。
「相方が、欲しいんでしょう?」
真琴さんは、何も言わずに壁に寄りかかったまま、面白そうに口の端を吊り上げている。
三人の突然の乱入と、全てを見透かしたような言葉に、俺と玲子さん、そして美咲さんは、完全に固まってしまった。
佐藤悠真【主人公】:男女の常識が逆転した異世界で、唯一のツッコミ役になってしまった不運な芸人。
神崎玲子:ライブハウス《Second Beat》の店長兼オーナー。面倒見の良い姉御肌だが、男性を前にすると少し奥手になってしまう一面も。
美咲:ライブハウス《Second Beat》の店員。口数が少なく感情が読めないダウナー系だが、興味を持った相手には物理的な距離を詰めてくる予測不能な性格。
沙耶:ガールズバンドのドラム担当。ユーマの芸に最初に笑った元気なムードメーカー。
真琴:ガールズバンドのベース担当。クールで挑発的な、男前な性格の持ち主。
玲奈:ガールズバンドのギター担当。落ち着いた雰囲気で、人間観察が趣味の知的なお姉さん。
橘 梓:男性保護課のエリート職員。世界のルールを体現する、公私混同を許さないお堅いお姉さん。




