第四話:弱虫の証明
「ほらな……結局いつもこうなる!」
さっきから何回も同じことを言っている。いつもなら、途中何もない一本道を上るだけだ。ゆっくり歩いても、六、七分で家に着く。わざわざ二回も信号で立ち止まりながら、倍近くの距離を下って行くなんて! もっと家の近いやつはいくらでもいるのに。
「なんで、ぼくが!」
帰りを入れたらさらに倍だ。信号で止まるのは四回になる。そんなことを考え出したら、無性にムカムカしてきた。
「結局、こうなるんだからッ!」
学校の嫌な役回りは全部、自分のところにくるように、陰で繋がってるんじゃないのか? 腹が立ってついそんな被害妄想まで浮かんでくる始末。そういう時に限って、案の定、信号は二回とも赤だった。
「ほら! もぉ!」
信号の向こう側は三十メートルほど直線だ。もし今、曽根の姿が見えたら、青に変わると同時に全速力で走って行って、首根っこ掴まえて、今度こそは絶対に! こっちから押し付け返してやるのに────。
なんて考えたところで、曽根の姿なんてどこにも見当たらない。きっと走って帰ったんだ。ぼくが怒って追いかけることまで想定して。
「知らないっての! 別に」
いっそ鹿島の家なんか、知らなかったら良かったのに。だけど……。残念ながら前に曽根から聞いて知っていた。あいつはなんでも知っている。
「また、曽根かよ!」
自転車に乗ったおばちゃんが、すれ違い様ぼくの顔を覗き込んで、怪訝な顔で首を捻って通り過ぎて行った。ムカムカが止まらない。
「ほんっと……知らないからァ!」
鹿島家なんか忘れてしまった、と”思い込んで”このままバックレてみたら、どうなる?
そんなことを考えてみても、結局は来てしまう。小心者は他人から利用されまくるだけ! アニメの主人公のように、自分語りな正義感が女子の共感を得て、ハーレムうはうはモテまくったり──なんてこと。
「ほんっと、馬鹿じゃね?」
道路沿いに、何棟も連なった団地を見上げて、ぼくは田中の部屋を目で探した。あいつも確か鹿島と同じ棟だったはず。プリントを届けるように、先生に言いつかっただけだとしても、同じ学年のやつになんか見られたくない。ましてや、本来ぼくが言いつかったわけでもないんだから。
それに田中は噂好きだ。
*
噂好きな田中の部屋が何階なのか、外からはわからなかった。
ぎゅうぎゅうに並べられた自転車。銀色の郵便ポストには、いろんなチラシが溢れている。一応、名前を確認した。「四……まる……四」部屋番号まで不吉だ。いかにも鹿島っぽいよ。
相変わらず団地の階段は急斜面で、心なしか狭く感じる。当然エレベーターも無い。
「来てしまったよ……」
404号室まであと数段というところで、足が重くなった。表札を見て、名前のプレートが入ってなかったら良いのに──なんて考えてみたけど<鹿島>と、ちゃんと表札が出ていた。これで「表札が出てなかったから、わからなかった」という言い訳は、出来なくなった。
来てしまったんだから、しょうがない。わざわざこんなとこまで来させられて、そのまま帰ってしまい、明日先生や曽根なんかにツベコベ言われたらもっと最悪だ。ここまで来させられた時間も損してしまう。
チャイムを押した。インターホンは無い。外からは音がしなかった。ちゃんと部屋の中にもチャイムの音が届いてるのかもわからない。男友達の場合だと、親が出たら嫌だなァといつも思うけど、今は、親に出てもらいたい。
すぐに返事は返って来なかった。ちょっと早いかもしれないけど、留守だと思いたくて、ゆっくりと五秒だけ数えてみようと自分に納得させた。
(一……、二……、三……よ)
「はい」
カチャッと音がして、ドアが数センチだけ開いた。
(なんで、そんな早く出るんだよ!)
チェーン越しに隙間から見えたのは、鹿島本人だった。