第三話:責任の押し付け
●第三話:責任の押し付け
曽根は荒れていた。
先生から、鹿島の家にプリントと給食のパンを届けるよう、いいつかったからだ。
「ちょっとォー! パン投げないでよねぇー! それ、鹿島さんの家に持って行くパンでしょ」
すごい剣幕で二人組の女子が、曽根のもとへ詰め寄った。
「じゃあ、お前らが代わりに行ってくれんのかよォ。そうだ! こいつら女子同士なんだから、お前らが行けよ。なぁ? 村上」
「ぼくに振るなよぉーっ」
その声を聞きつけたクラス委員長の桜井が、口を挟んできた。さっきから、なかなか帰ろうとしない様子で、ぼくたちのやり取りを眺めていたから、もしかすると口を挟まれるんじゃないかと思っていた。案の定だ。
「先生に言いつかったのは、曽根くんだよね? 今ここに先生がいても同じことを言うの、曽根くんは?」
委員長が二人組の女子に目配せをした。
「は? 言うわけないじゃん」
女子の連帯感に、曽根は不服顔。
「だよね。だったら曽根くんが行かないと。なんなら私、今から先生呼んでこようか?」
二人組の女子も「だよねェー」と加勢する。
女子ら二人はニヤっと笑って、含みを持った顔で「頑張ってェー」とケラケラ笑いながら教室を出て行った。その笑いの意味。あいつらが何を言いたいのかは、ぼくもわかっている。
「さすが優等生。言うことが違うよなー。あーあ、俺まで病原菌伝染されちゃうだろ」
要領のいい女子たちに先に帰られた委員長は、曽根の怒り矛先にされた。
「曽根く……」
言葉を詰まらせる委員長。
その声に、曽根はピンときた。
「なに? 桜井。お前が代わりに行ってくれるのか? よく人の世話焼いてるもんなー。委員長はすげぇーよ」
「それは……でも。先生に頼まれたのは──」
「そうだよ。俺だよ。だけどあいつらは嫌がったけど、桜井が”親切で”持ってってやるって言うんならさぁ。別に先生も必ず俺が行けとは言わないんじゃね? 誰が行っても同じなんだからさァ」
委員長は曽根を咎めたかった。だけど、耳を真っ赤にさせて、口をつぐんでしまった。
「”親切な委員長”どーすんの?」
勝ち誇った顔の曽根とは対照的に、委員長はじっと床に視線を落としていた。しばらく無言だったけど、急に声色を変えて、「私……帰るね。じゅ……」その態度を見て、曽根がニヤっと嗤う。
「塾なっ。そうか塾な?、あーっははは」
曽根は何度も「塾な」を繰り返した。委員長が咄嗟に言い訳をしたことくらい、曽根もわかっている。わかっていて、そんなことを言ってるんだ。
「うん。ごめんね」
最後に消え入りそうな声で「おねがい」と言って、ドアのほうへ向き直った委員長。ぼくのほうをチラッと見て、今度は、泣きそうな顔になった。
「委員長にお願いされちゃったー」
鼻を真っ赤にさせた委員長が、無言のまま教室を出て行ったあと、シンと静まり返った教室に、ぼくと曽根の二人だけ。この静けさが、まるで誰かから責められてるような罪悪感に苛まれた。
もうこの教室には、ぼくと曽根しか残っていなかった。
「しゃーねえなー。俺たちだけで行くかー」
「は?」
曽根の身勝手な態度には、開いた口が塞がらない。結局パンは床に落ちたまま、拾いもせずその前を素通り。曽根が拾わないので、ぼくがゴミ箱に捨てるハメに。
「あーっ!」突然、曽根が大きな声を上げて、今気づいた、と言う顔でこう言った。
「今日、用事あったんだ! 忘れてたわ。悪い村上。それ鹿島に届けといてくんねェ?? 悪いな、なんかお前に押し付けたみたいになったけど、いいよな? じゃ、あとよろしくー」
早口でまくし立てると、教室から出て行こうとした。冗談じゃない! ぼくはあとを追っかけた。
「ちょ! とーっ! なんなんだよーっ。おい! なんの用事だよー」
ぼくが聞いても無視して、曽根そのまま猛スピードで走り去ってしまった。
曽根は最初から、こうするつもりだったんだ。プリントを手渡された時に、安易に受け取るんじゃなかった……。突然パンを力いっぱい投げつけたので、呆気にとられて思わず受け取ってしまったことを後悔した。
でも、もう遅い。