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第8話「異世界帰り、目を付けられる」

 ゴールデンウィークが明けて、最初の登校日。


『続いてのニュースです。昨夜未明、〇〇県××市のコンビニに刃物を持った男が押し入り、現金10万円を奪って逃走する事件が発生しました。犯人は――』


 学校のある日はニュース番組を()()()()()朝食を摂るのが龍之介のルーティンだが、普段は食器が握られているその手には新聞が収まり、普段はまっすぐ料理へと向けられる目が新聞とテレビの間を行ったり来たりしていた。

 あまりにも忙しない彼の姿に、キッチンで自分が食べ終えた分の食器を洗っていた母親が困惑の表情を浮かべている。


「どうしたの、龍之介? アンタ、そんなにニュースとか観るタイプだった?」

「……ほら、僕も高校生だからね、ニュースくらいは知っておかないと」

「そう? なら良いんだけど、食事のときくらいは食事に集中しなさいよ」


 母親の言葉に龍之介は「あーい」と生返事をして、それでも視線は新聞に向けたままでペラリとページを捲っていく。やがて新聞は最終ページのテレビ番組表へと辿り着き、ニュース番組もエンタメや芸能人関連のニュースを扱うコーナーへと移っていく。

 そうしてようやく新聞を置いて朝食を食べ始めた龍之介に、母親はどこか安心したような表情で溜息を吐き、リビングを出て行った。

 と、そのタイミングで龍之介がポツリと呟いた。


「アイツが捕まったってニュース、全然報道されないな……」


 思い浮かべるのは先日のゴミ拾いボランティアの帰り、一緒にゴミを拾った少女・ハナをナイフで襲おうとした青年のこと。そいつを魔法で無力化し、この町で発生していた連続女児傷害事件の犯人だと踏んで警察に通報したのが記憶に新しい。

 あの後龍之介はハナが家へと入っていくのを確認してから現場に戻り、青年が意識不明のままパトカーで来た警官と共に救急車で運ばれたのを見届けていた。そうして奴の意識が回復してから警察の事情聴取が行われ、正式に容疑者として警察に逮捕されるだろう――と思っていたのだが、この連休中そういったニュースが一切報道されなかったのである。


 ――まさか、例の事件の犯人じゃなかった?


 模倣犯か、その事件に触発されて犯行に及んだ可能性というのも、今にして思えば確かに有り得る話だ。

 しかし仮にそうだったとしても、小学生の女の子をナイフで襲ったのは事実なのだから逮捕されて然るべきだと――


 ――あれっ? 考えてみたら、アイツの犯行だって証明できない?


 犯行場所は誰もいない住宅街で目撃者は自分以外におらず、監視カメラの類も周辺には存在しない。犯行は未遂に終わったため物的証拠も無く、そもそもハナ自身が男の存在に気付いてないため被害者だという自覚すら無い。

 もしここで男が(しら)を切れば、警察はそいつを逮捕することができないのでは――


 ――だとしたら、それってマズくない? もしアイツがハナちゃんのことを逆恨みして、報復のためにもう1回襲ってくるなんてことになれば……。


「龍之介、そろそろ学校の支度した方が――どうしたの、頭なんて抱えて」


 ダイニングテーブルに突っ伏して頭を抱える龍之介の姿に、母親は先程よりも更に大きな困惑に見舞われていた。



 *         *         *



 かつて龍之介が入院していた、駅から歩いて10分ほどの場所にある病院。

 そこには現在、1人の青年が入院していた。


「だから何度も言ってるだろ! 何のことだか分からないって!」

「うーむ……」


 その青年は休日の朝に住宅地の路上で倒れているところを通報され、警官と共にこの病院へと救急車に乗ってやって来た。幸い怪我自体は大したものではないが、大事を取って数日入院して精密検査を受けることになった。

 そして今はその検査の合間に、管轄の警察署からやって来た刑事が病室にやって来て事情聴取をしている最中である。

 もっとも、被害者ではなく加害者としてなのだが。


「その通報した奴が俺を犯人だっていうから、アンタらは俺を疑ってるんだろうけど……! だったら俺が本当にそれをやった証拠があるのか!? そもそも、俺が襲おうとした小学生ってのがどこにいるんだよ!」


 言葉だけ注目すると青年が刑事に向かって威勢よく主張しているように思えるが、実際の彼は刑事の姿が視界に入らないよう顔を伏せ、自分のベッドを見つめながら振り絞るように声を出している状態だった。

 事情聴取をしていた刑事は、そんな彼の主張に困った様子で頭を掻いた。


「それじゃ、君が持ってたあのサバイバルナイフは? 何のために持ち歩いてたの?」

「別に何でもねぇよ。キャンプが好きだから買っただけだし、それこそその事件とかがあって最近物騒だから護身用に持ってたんだよ。悪いか?」

「護身とはいえ、ああいうナイフを持ち歩くのは銃刀法違反に引っ掛かる可能性はあるんだけど――」

「つーか、俺は被害者だろ! さっさと俺を襲った犯人を捕まえてくれよ!」


 ボスンと拳をベッドに叩きつけながらそう叫ぶ青年に、刑事が切り口を変えて問い質す。


「後ろから襲われたから犯人の顔は見てない、って話だったよね。犯人に心当たりは無い?」

「あるわけねぇだろ!」

「それじゃ、襲われた理由の方は?」

「結局その話に戻るのかよ……! 案外、そいつが本当の犯人だったりしてな! それで偶々ナイフを持ってた俺に罪を擦り付けるために襲ったんじゃねぇか!?」


 青年の言葉に刑事は考える素振りを見せ、「ちょっと失礼」と言い残して開けっ放しとなっているドアを抜けて部屋の外に出た。ドアの脇には制服姿の警官が立っており、青年が何者かに襲われた被害者であることを考慮して彼の警備に当たっている。

 そしてそれとは別に、廊下の壁に寄り掛かって先程の事情聴取を眺めていたもう1人の刑事がいた。


「なぁ、どうする?」

「確かに彼の言ってる通り、通報の証言だけで物的証拠も目撃証言も、ましてや被害者すら確認できない。現時点では、ナイフを持ってたことに対する厳重注意くらいしかできないだろ」

「まぁ、だろうな」


 とりあえず今回は引き上げて、それとなく経過を観察することにしよう。

 言外にそう提案する仲間の言葉に頷き、事情聴取していた刑事が笑顔を浮かべて病室内へと呼び掛ける。


「時間を取らせて悪かったね。それじゃ、俺達はこれで失礼させてもらうよ」


 青年からの返事は無いが、聞こえてないということは無いだろう。

 刑事は軽く肩を竦め、個室の入口脇に立つ警官に目配せすると、仲間と共にその場を去る――


「あーっと、そっちの用事が終わったなら、次は俺の番で良いか?」


 ところだったが、正面からやって来た男がそう言ってきたため、2人はその場で足を止めた。

 脛までの丈がある茶色のコートに身を包む、30代後半ほどの中年男性。寝癖のようにあちこちが無造作に跳ねている髪は量こそ潤沢なもののコシが弱く、白髪も4分の1ほどの割合で混ざっている。顔立ちはそこそこ整っている方だが、気怠げながらも鋭い目つきが目尻や額に深い皺を刻みつけている。


「失礼ですが、どちら様ですか?」

「その部屋に入院してる奴に用があるんだ。すぐに済む」

「申し訳ありませんが、彼の知り合いでなければ面会はできないんです」


 刑事の言葉に、男は内ポケットに手を突っ込んで中に入っていた物を取り出し、それを2人に指し示すように掲げてみせた。それはその男――金剛哲太(こんごうてった)の名前と顔写真、更には階級と所属が記載された、いわゆる警察手帳だった。

 それ自体は2人にとっても馴染みのある代物だったが、彼の“所属”が目に入った瞬間、2人の表情は怪訝と不審に彩られた。


「警察庁刑事局捜査第一課――」

「警察庁の方が関わりになるような事件ではないと思いますが……」

「ま、ちょっとした野暮用でね」


 金剛は含みのある笑みを浮かべながら、2人の間を擦り抜けて病室へと入っていった。ドアの脇に控える警官が彼を止めるべきか迷う素振りを見せたが、2人が小さく首を横に振ったことで動きを止めた。

 刑事の事情聴取が終わったと思ったら、今度は別の人物が病室に入ってきた形となった青年は、明らかに怒りの感情が籠められた表情で剣を出迎える。


「……今度は誰だよ。また犯人扱いか?」

「いやいや、そんなんじゃないさ。ちょっと()()()()()()()があってな、それが終わったらすぐに帰るよ」

「――チッ。さっさと済ませろよ」


 ベッドに視線を落として舌打ち混じりに答える青年に、金剛が鼻から息を漏らすようにフッと笑った。


「後ろから襲われたって聞いたが、どんな風にやられたんだ?」

「どんな風って……、後ろからスタンガンみたいなので気絶させられたんだよ」

「スタンガン、ねぇ。背中のどの辺を押し付けられたんだ?」

「あぁ? 普通に真ん中の辺りだけど」


 青年が面倒臭そうながらも答えると、金剛が腕を伸ばして青年の背中に触れてきた。


「この辺か?」

「……多分な。てか、気安く触んな」


 身を捩らせるように金剛の手を撥ね除ける青年に、それでも彼は笑みを崩すことなく「悪い悪い」と軽く笑った。


「んじゃ、用事も終わったし帰るわ。邪魔したな」

「えっ?」


 と、突然そう言って部屋を出ていこうとする金剛に、横で眺めていた刑事が思わず困惑の声をあげた。警察庁の人間が出張ってきたのだからどんな用事かと思いきや、ほんの1分足らずで帰っていくのだから当然だろう。


「あ、あの――!」

「確認したいこととは、結局何だったんですか?」


 刑事2人が慌てて追い掛けて質問するも、金剛は病室を出た後も足を止めず質問にも答えない。廊下を歩いてエレベーターに乗り込み、1階で降りてロビーを抜け、正面入口から外に出るまで、一切口を開こうとしなかった。

 そうして2人の表情が怪訝から不審に変わり始めた頃、ふいに彼が2人の方へと向き直り、言い放った。


「アイツ、間違いなく事件の犯人だ」

「――――は?」


 あまりにも唐突に、しかも含みの一切無い断言に、刑事達が虚を突かれた様子でポカンと口を開けた。


「今すぐ奴の家にガサ掛けろ。自分よりずっと小さな女の子を切りつけるような変態野郎だ、切りつけたナイフを称号代わりに取ってあるかもしれねぇぞ。そこから被害者の血液反応でも出りゃ一発だ」

「い、いやいやいや! ちょっと待ってください! 急に現れて何の意味も無い質問をしたかと思えば、いきなり何を言ってるんですか!?」

「何を根拠に言ってるのか知りませんが、証拠も何も無しに裁判所が許可を出すわけないじゃないですか!」


 2人の反応に、金剛はニヤリと口角を上げた。2人は馬鹿にされたかと一瞬激昂しかけるが、彼の表情に嘲りの意図が無いことに気付いて思い留まる。

 その証拠に、金剛の次の言葉は純粋にアドバイスするかのような口調だった。


「良いから、おまえらはさっさと令状取ってこい。――じゃねぇとアイツ、逆恨みで嬢ちゃんの報復に行くかもしれねぇぞ」

「はっ? いや、ちょっと――」

「俺も一応口利いとくから、後は頼んだぞ」


 そうして2人が呼び止めるのを無視して、金剛はその場を去っていった。

 こちらを振り返らずヒラヒラと手を振る彼を、2人は呆然とした様子で見送るしかなかった。





 病院から少し離れた場所には公園があり、そこでは多くの小さな子供とその親が訪れていた。子供のはしゃぐ声と親同士の話し声によって、公園とその周辺は賑やかな音で溢れている。

 そんな公園の中に、親子連れと比べるとギャップのある見た目をした金剛がいた。


「つーことで、そっちからも宜しくお願いしますわ」

『やはりその男が犯人だったか……。分かった、私の方から話は通しておく』


 スマホ越しの声はもちろん、金剛の声も周りの賑やかな音が壁となり、よほど近づかないと聞くことはできない。そもそも子供は遊びに、親は世間話に夢中になっているため、彼のことを気に掛ける者はこの場にいない。


「しかしまぁ、アンタから命令されたときには驚きましたよ。普段の事件から比べると、随分とチンケだったもんで」

『小さな女の子が連続して襲われたとあって、世間からの関心度は高い事件だった。刑罰の大小だけが事件の大小を図る指標というわけではない』

「成程ねぇ……。ま、言われたことはやったんで、俺は戻らせてもらいます」

『あぁ、助かった』


 必要最低限の遣り取りだけ終えて電話は切られ、金剛はスマホをポケットにしまった。

 公園の出入口に向かって歩きながら、金剛は独り言ちた。


「世間からの関心度、か……。そんなのが、わざわざ俺を動かすだけの事情になるってのかねぇ」


 ふと漏らしたその笑みは、今度は嘲りを多分に含んだものだった。



 *         *         *




 内閣府大臣官房総務課秘書室。

 内閣府に属する内閣総理大臣や官房長官、あるいは特命担当大臣などが迅速かつ適切な政策判断を行えるよう、関係省庁や与野党の幹部との連絡調整を務める部署である。多岐にわたる政策を同時多発的に決定していくため会議の日程は常に過密を極め、時には緊急の案件が飛び込んできたりなど、効率的なスケジュールを組立てつつ臨機応変に対応するための計画性と広い視野が必要となる重大な仕事だ。


「三澤さん、国交省の都市局が明日の午後に副長官と会議したいって来てるんだけど、3時からで大丈夫だと思う?」

「その前に経産省の通商政策局との会議がありますよね。あそことは以前から政策調整のために何度も会議をしていて、予定の時間をオーバーすることも多いんですが……」

「あぁ、そうだった……。なら15分くらい時間をずらすか、いっそ夕方にした方が確実か……。分かった、とりあえず相手の予定を見て調整するよ。ありがとう」

「いえ」


 そんな秘書室の中に、三澤の姿があった。様々な部局との連絡調整を積極的に行い、場合によっては関係省庁に代わって自ら幹部に政策の説明を行うほどに深い知識を有する彼女は、同僚や先輩からも厚い信頼を寄せられている有望株だ。


「――それでは時間ですので、少し抜けさせて頂きます」

「時間って、どこに行くの?」


 と、自席で作業をしていた三澤が、チラリと時計を確認して席を立った。

 事前に説明を受けていた室長などは「行ってらっしゃい」と軽く声を掛けるが、彼女の隣に座る同僚の女性は知らなかったようで、キョトンと首を傾げながら彼女に問い掛ける。


「すみません、別の部署の会議に呼ばれてまして。とはいえ、大して時間も掛からず終わると思います」

「別の部署? どんな内容なの?」

「すみません、急ぎますので」


 同僚の質問に答えることなく、三澤は頭を下げて足早に部屋を出ていった。普通なら失礼な行動にも思えるが、彼女の普段の真面目な態度が手伝ってか字面通りに受け取られたらしく、同僚は特に気分を害する様子も無く「行ってらっしゃーい」と笑顔で見送った。

 三澤はキビキビとした足取りで廊下を歩き、エレベーターに乗り、同じ建物の中にある少々狭い会議室のドアをノックして中へと入る。


「申し訳ありません、遅くなりました」

「いや、時間前だ」


 パソコンを立ち上げてコードを接続している最中だった広瀬が、部屋に入るなり謝罪を口にした三澤に対し、チラリと視線を遣って短くそう答えた。

 普段ならここで少しばかり会話を交わすのだが、今日の2人はそのまま口を開かず各々の作業を始めた。もしここに3人目の人物がいたとしたら、ピリピリと張り詰めた部屋の空気に居心地の悪さを覚えたことだろう。

 そんな緊張感漂う雰囲気のまま、広瀬が操作するパソコンにてオンライン会議アプリが立ち上げられ、参加者の受け入れ態勢が整った。


 最初に画面が切り替わったのは、比較的年齢の若い厚生労働大臣。そしてそれを皮切りに、他の国務大臣が次々と画面上に現れる。

 そうして最後に内閣総理大臣である東堂銀次が姿を見せたことで、司会を担当する広瀬が口を開いた。


「――時間になりましたので、これより会議を始めます」


 広瀬の挨拶を合図に三澤がパソコンを操作し、それぞれの画面にレジュメが表示される。通常の会議ならば事前に資料が配布されることもあるのだが、今回は内容が内容なので全員が初見であり、故に皆が画面に顔を近づける動作がカメラを介して映し出されている。

 そのレジュメに記載されていたのは、1枚の写真。

 住宅街らしき道路の脇に横たわる1人の青年を、遠くの物陰から切り取ったらしき構図である。


「これは例の“異世界帰り”候補である野々原龍之介氏を調査する“協力者”が、その過程で撮影したものです。写真に写っているのは、まだ正式に報道されてはいませんが、ここ最近都内で起こっていた連続女児傷害事件の容疑者です」

『ふむ、経緯は?』


 他の大臣がザワザワとどよめく中、東堂総理は眉1つ動かさず端的に質問する。


「日時は今月3日の朝、彼が参加したボランティアの参加者である女子小学生が1人で帰宅するということで、彼女を見守るため後をつけていた彼を尾行していた際の出来事です」

『その“異世界帰り”がやったということか?』


 大臣の1人の問い掛けに、広瀬は首を横に振って答えた。


「いいえ、確証はありません。――調査員の報告によると、彼に対する尾行自体は途中で彼の姿を見失ったことで断念、代わりに彼が見守っていた女子小学生の方を尾行する形に切り替えたところ、彼女を狙う写真の男を発見した模様です」


 口を挟む者がいないことを確認し、広瀬は話を続ける。


「その男が少女を襲おうとしたその瞬間、男が突然苦しみ出してその場に崩れ落ちたとのことです。しかし少女が振り返るよりも前に男の姿が突然消えたため、少女がそれに気付くことはありませんでした」

『ちょっと待て。――突然消えた、だと?』


 思わずといった感じに問い質す大臣に、広瀬は「はい」と力強く答えた。


「調査員の話によると、何の前触れも無く突然姿が消えたとのことです。そのまま少女が立ち去った後も状況を注視していると、再び男の姿が現れ、写真のような状態になったそうです。それから10分ほどしてから警察と救急車が到着、そのタイミングで協力者はその場を離れたそうです」

『その“異世界帰り”が、その男を捕まえたということか?』

「直前に協力者が彼の姿を見失ったことも考えれば、確信までは行かなくとも可能性は高いかと」


 広瀬の回答に、大臣達が腕を組んだり天井を仰いだりと各々のポーズで考え込む仕草を見せた。

 そしてそのまま、沈黙の時間が続く。それを画面越しに眺めていた三澤には、彼らが考えを纏めようと吟味しているようにも見えたし、誰かが会議を動かすきっかけを作るのを待っているようにも見えた。


「如何でしょう? 野々原龍之介を“異世界帰り”と認定するには、少々弱いようにも思えますが」

『確かに、直接見たわけではないからな』

『万が一にも別の人物が介入した可能性も、一応は残されているわけですしね』


 結局その“きっかけ”を提供したのは、司会担当である広瀬だった。そしてそれを待っていたかのように、他の大臣も彼に乗っかる形で発言をしていく。

 そうして会議全体の空気が決まりかけてきたタイミングで、東堂総理が口を開いた。


『“異世界帰り”の認定はとても重いものだ、もっと確実な証拠を掴んでからの方が良いだろう』

「では、調査は継続ということで?」

『今後はもっと踏み込んだ調査を行うことを許可する。ただし相手は“異世界帰り”であることを前提とし――』


 総理はそこで一旦言葉を区切り、画面をまっすぐ見据えて口を開いた。


『――くれぐれも、彼の取扱いには厳重に注意を払うこととする』

「畏まりました」


 広瀬が深く頭を下げたことで、今後の方針が決定した雰囲気が作られた。総理が独断で決定したような形だが、他の大臣からも異論は無いようで特に口を挟む様子は見られない。


「それでは、今回の会議は以上となります。お忙しい中お集まり頂き、ありがとうございました」


 それを確認した広瀬が締め括りの挨拶をし、東堂総理の画面が消えたのを確認してから他の大臣の画面も次々と消えていく。

 そうして最後の画面が消えたところで、三澤が緊張の糸を解くように小さく息を吐いた。


「いやぁ、内閣の方々と一緒に会議するのは慣れませんね……。それにしても、あの犯人のお陰でこちらの調査も1歩前進といったところですか」

「…………」


 三澤の言葉にも反応せず、広瀬は真剣な顔つきで黙ったまま何やら考え込んでいる様子だった。

 そんな彼に首を傾げる三澤だったが、やがてハッと目を見開いて頭を下げる。


「すみません、不謹慎でした」

「ん? あぁ、いや、それが気になってたわけじゃないんだ」

「それじゃ、何が気になってるんですか?」


 ふと我に返って首を横に振りながらそう答える広瀬に、三澤が当然抱くであろう疑問を口にする。


「……いや、何でもない」


 しかし結局のところ、彼がそれに答えることは無かった。

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