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第6話「異世界帰り、ボランティアに参加する」

 5月3日、朝7時。場所は、駅から程近い公園。

 冬の頃だとまだ太陽が昇り始めたばかりで薄暗く、天気によっては夜かと思うほどに暗いときもある時間帯だが、この季節になると既に太陽もとっくに顔を出して昼間と変わらぬ明るさで街を照らし、肌寒さも感じないほどに気温が上がっている。

 つまり冬に比べれば朝早くからのボランティアが苦にはならない時期ではあるものの、そもそも休日に遠出するわけでもないのに早起きすることに対する苦労は無視できるものではない。


「皆さん、おはようございます」

「おはようございます」

「はよざいます……」

「おはー……」


 ゴミ拾いのボランティアを取り纏める柔らかな雰囲気のお婆さんの挨拶を、風太は普段と同じ爽やかな笑みでハキハキと、龍之介は眠気で動かない口をモゴモゴさせて、ココは目が開いてるのか閉じてるのか微妙な顔で返した。ちなみにココは、こんなときでもバッチリ普段通りの化粧が施されている。

 龍之介の脇腹を和美が肘で小突くのを横目に、お婆さんの挨拶が続けられる。


「今日はこの公園を中心として、駅前広場までの通りを一通り見て回る感じになります。1人につき袋を2つ渡しますので、燃えるゴミとそれ以外のゴミで分けて集めて、それ以外のゴミは集積所で分別をお願いします」


 龍之介ら生徒会の面々以外は、この周辺を区域とする町内会に参加する人々となる。男女の比率は半々だが、若い人はボランティアにあまり関心が無いのか大体が40代から70代と比較的高い年齢層ばかりである。


「はーい、わかりました!」

「はい。ハナちゃん、良いお返事ですね」


 だからこそ、一際若い参加者であるその少女・ハナは実に目立っていた。年齢が2桁に達しているかどうかという女子小学生で、以前からの顔見知りらしい会長と和美との会話によると、本来は彼女の母親も一緒に参加する予定だったのが体調不良により急遽1人で来ることになったらしい。


「あんまり長くやっても仕方ないので、8時には終わるように頑張っていきましょう。それでは、宜しくお願いします」

「おねがいしまーす!」


 こうして、ゴミ拾いのボランティアが始まった。





「あっ、空きカンあった!」

「本当だ。ハナちゃん、凄いねぇ」


 駅前広場の植え込みに隠すように捨てられた空き缶を見つけたハナと、彼女を褒めながらその缶を拾って袋に入れる生徒会長。

 そしてその光景をチラチラと見遣りながらゴミを拾う、龍之介・風太・ココ・和美の4人。


「あんな小さな子もボランティアに参加してるんですね」

「凄いよねぇ。私なんて、お休みの日にこんな朝早く起きるのも辛いのに」

「別に平日とそんなに変わらない時間じゃない」

「平日と休日じゃ、精神的に違うんですぅ」


 呆れた様子の和美に口を尖らせて反論するココに、龍之介と風太が苦笑いを浮かべながらゴミを拾っていく。

 休日の朝早くとはいえ駅を利用する人は多く、駅前広場ともなればそれなりに人通りが多い。おそらく遊びに出掛けるのであろう若者のグループや、普通に仕事があるであろうスーツ姿の大人などが、ゴミを拾う彼らを横目に改札口へと早足で歩いていく。

 それだけ普段から人の出入りが多い場所だからか、パッと見た限りではそれほどゴミが落ちているようには見えない。しかし歩道の端や排水溝の入口、あるいは植え込みの中など、人目に付きにくい場所となると途端に空き缶やペットボトル、そして煙草の吸い殻などが捨てられているのが見て取れる。


「こういうのってさぁ、絶対にバレないようにこっそり捨ててるよねぇ」

「悪いことしてるって自覚があるなら、最初からポイ捨てしないでほしいよなぁ」


 植え込みの奥に入り込んだゴミは、探して見つける手間だけでなく拾う手間もより掛かる。故にストレスや疲労も相当なものとなり、袋にゴミが溜まっていくのに比例してココの愚痴も多くなっていく。

 おそらく不満を口から吐き出すことでストレスを解消しようとしているのだろうが、それでも供給されるストレスの方が多いのか、風太が律義に付き合って返事をしてあげている甲斐も無く、ココの苛立ちはなかなか収まらない。


「んもう! 何かこう“魔法”みたいなので、この辺に落ちてるゴミを纏めてババーンって消せないかなぁ!」

「馬鹿なこと言ってないで拾いなさい」

「…………」


 そうしてストレスの許容量を超えたココが不満を爆発させて和美を呆れさせる中、彼女が口にした“魔法”という単語に龍之介が内心で反応する。

 同時に、それに関連して或る“思い付き”が彼の脳裏に浮かんだ。


「それなら植え込みのゴミは僕がやるから、みんなは他の所のゴミを拾ってくれる?」

「えっ? いや、それはさすがに――」

「ホント!? ありがとう、リュウ! それじゃ、宜しくねぇ!」

「あっ、ちょっと!」


 龍之介の提案に和美が難色を示すが、ココがそれを遮るように礼を言って会長とハナの所へそそくさと走っていってしまった。

 彼女の後ろ姿を和美と風太が呆れた表情で見つめるが、ニコリと笑って無言で促す龍之介に、2人は迷う素振りを見せながらも「大変そうなら呼んでよ」と言い残してからココの後を追った。


「さてと……」


 辺りを見渡す。駅へと向かう通行人と駅から出てくる通行人が交差して歩くだけで、こちらに目を向けている様子は無い。


 それを確認した龍之介は、魔力が地面を這って自身の足元から植え込みへと伝播するイメージで魔法を発動させた。まるで水面の波紋のように広がる魔法のセンサーによって、植え込みの中に隠れる人工物の存在を明らかにする。

 そうして見つけたゴミに向かって、軍手を嵌めた手をまっすぐ伸ばしていく。しかしゴミは細かい枝葉の屋根に守られた植え込みの根元にあるので、普通ならばそのまま手を伸ばしただけでは届かない。

 しかし彼の手がその枝葉に触れる直前、まるでその枝葉自身が意思を持っているかのようにスッとその手を避けた。おかげでゴミは何物にも遮られなくなり、あっさりとそのゴミを拾い上げることができた。そして彼が手を引っ込めた瞬間、枝葉は再び独りでに動いて元の状態へと戻っていった。


 辺りを見渡す。駅へと向かう通行人と駅から出てくる通行人が交差して歩くだけで、こちらに目を向けている様子は無い。


「うん、これなら大丈夫だな」


 龍之介はポツリとそう呟き、先程の魔法で感知した別のゴミへと手を伸ばした。





「…………」


 ボランティア達がゴミ拾いをしている箇所から離れたベンチに座るのは、この時期にも拘わらず厚手のパーカーを目深に被った1人の青年。

 その青年は虚ろな目つきでゴミ拾いに勤しむ彼らを眺め、そしておもむろにズボンのポケットからスマホを取り出した。カメラのアプリを起動し、そのレンズを彼らへと向ける。


 カシャリ。


 自分の拾ったゴミを高校生の少年少女に見せる、満面の笑みの女子小学生。

 その場面を切り取った画像がスマホに映し出され、青年は口角だけを引き上げるようにして笑顔を浮かべた。





「へぇ、ハナちゃんはもう何回もゴミ拾いに参加してるんだ」

「うん、ママといっしょに! もう5回くらいやってる!」

「じゃあハナちゃんは、俺達にとってゴミ拾いの先輩だな」


 5人という大所帯のグループを形成する和美達は、仲良く談笑しながら龍之介の担当する植え込み以外のゴミを拾い集めていた。10枚もあるゴミ袋を活かし、本来なら集積所で分別する資源ゴミを最初から選り分けている。

 会長と和美は元々ハナと顔見知りなので当然として、今日初めて知り合った風太も持ち前のコミュニケーション力と爽やかな笑顔で彼女とすっかり打ち解けた様子だった。そのおかげで、母親が居なくて心細いであろう彼女は満面の笑みでゴミ拾いに参加できている。


「…………」


 そんな和気藹々といった雰囲気の中、ココだけが先程から頻繁にゴミを拾う手を止めて遠くに視線を遣る仕草を繰り返している。

 その視線の先にいるのは、1人離れた場所で植え込みのゴミを集める龍之介。

 それに気付いたハナの目が、キラリと光った。


「ココお姉ちゃん、あのお兄ちゃんのこと好きなの?」

「――えっ!?」


 ニヤニヤと笑いながら問い掛けるハナにココが慌てたように肩を跳ね上げ、そんな彼女の反応に他の生徒会メンバーがココへと顔を向ける。

 他のメンバーの視線を集める中、ココはわたわたと両手を横に振りながら高速で首を横に振った。


「何言ってるの、ハナちゃん! そんなわけないでしょ!」

「えぇっ? だってさっきから、あのお兄ちゃんばかり見てるよ?」

「いやいや、そんなんじゃないって!」


 ココの首と両手の勢いがますます増していくが、それが余計に図星なのを必死に誤魔化しているように見えてしまう。

 実際彼女自身も、こちらを見る和美の目がみるみる不審なものになっていき、不穏な雰囲気を醸し出しているのを感じていた。


「和美先輩、本当にそんなんじゃないですって! だからそんなに機嫌を悪くしないでくださいよ!」

「……別に、機嫌なんて悪くないけど」

「絶対嘘ですって! 見るからに機嫌悪いですよ!」

「かずみちゃん、あのお兄ちゃんのこと好きなの?」


 ハナが無邪気な顔でストレートに尋ねると、和美は口を引き結んで小さく首を横に振る。


「別にそういうわけじゃないの。ただ、生徒会の中でそういう色恋沙汰になるのが嫌なだけ」

「前に生徒会のメンバー同士で付き合ってた子達がいて、別れた後に気まずくなって結局どっちも生徒会を辞めちゃったの。そのせいで生徒会が私達2人だけになっちゃって……」

「うわ、それは災難でしたね」


 和美をフォローする形で説明する会長に、風太が納得した様子で頷いた。

 そんな彼を真似するように、隣でハナもウンウンと頷いている。


「フジュンイセーコーユーしちゃだめなの?」

「……ハナちゃん、どこでそんな言葉憶えたの?」

「別に恋愛禁止ではないけど、生徒会の活動に支障を来さないようにね」

「いや、だからリュウのことは本当に何とも思ってないですって」

「あの、4人共……」


 今までよりも4人の会話により熱が籠もるようになり、この中では唯一の男子である風太はすっかり蚊帳の外となってしまった。何故か本人のいないところで勝手に振られる形となっている龍之介を不憫に思いながら、心情的にも物理的にも遠巻きに彼女達を眺めるのみである。


 ――今からでも、リュウを手伝いにいくか。


 よってこの場から逃走する選択を採った風太は、おそらく植え込みの傍でゴミ拾いを続けているであろう龍之介の下へ向かうべく、尚も会話を続ける彼女達に背中を向けて彼の姿を探し始めた。


 事件が起きたのは、まさにその瞬間だった。


「おじさん! ちゃんとゴミはゴミ箱に捨ててよ!」

「――――!」


 突然背後から聞こえてきたその声に、風太が勢い良く振り返る。和美・ココ・会長が横一列になっているその向こう側にて、背中越しでも分かるほどに怒った様子のハナがベンチに座るその男に向かってビールの空き缶を突き出しているのが見えた。

 その男は、パッと見ただけでは年齢の判別が難しい男だった。羽織っている薄手のジャンパーは何年も洗ってないのかと思うほどに汚れて古びており、白髪交じりの頭は寝起きそのままで来たのかと思うほどに乱れていて艶も無い。

 しかしそれ以上に印象的なのは、小学生の女の子に向けているとは思えない、剝き出しの敵意をそのままぶつけているかのように鋭いその目つきだった。


「あぁ? うっせぇぞ、クソガキ。ゴミ拾いが好きなんだろ? だったら、さっさと拾えよ」

「おじさんみたいな人がゴミをポイ捨てするから、みんなでゴミ拾いをしなきゃいけなくなるんだよ! すぐそこにゴミ箱があるんだから、ちゃんとゴミ箱に捨ててよ!」

「ハナちゃん、さすがに抑えた方が……」

「だってこのおじさん、こっちを見てからゴミを捨てたんだよ! ゴミを捨てたいならこっちに持って来るとかすれば良いのに、わざと地面に捨てて私達に拾わせようとしてきたんだよ! そんなの絶対おかしいじゃん!」


 和美と会長が後ろから近づいて宥めようとするが、それでもハナの気は収まるどころかますますヒートアップしてしまった。しかし彼女の口から語られた事の経緯を鑑みれば、彼女がそれだけ腹を立てるのも納得できる。

 しかしそれは、あくまで風太達の視点から見ればの話だ。


「……ったく、ガキの癖に年長者に盾突いてるんじゃねぇよ!」

「きゃっ!」


 突然男がカッと顔を真っ赤に染め上げ、ベンチに置いていた別のビールの空き缶を手に取り、これ見よがしに腕を大きく振り上げてハナに向かって投げつけてきた。空き缶は彼女の足元の地面に衝突し、その反動で彼女の顔の高さにまで再び跳ね上がった。

 幸いにも空き缶は跳ね返ったときに明後日の方へ飛んで行ったためハナに当たることは無かったが、それまで勇ましかった彼女は男の豹変っぷりに悲鳴をあげ、身を縮こまらせてしまった。

 そしてそんな彼女に対して、男がしてやったりといった下卑た笑みを浮かべた。


「ちょっと! 今のはさすがに無いんじゃないの!?」

「そうだな。この子に謝れよ、おじさん」


 と、そんな男の態度に、さすがに我慢の限界とばかりにココと風太が前に出た。ココがハナを背中に庇いながら後ろに下がり、風太がズイッと大股で男との距離を詰めると、高校生とはいえ唯一の男子である彼が出てきたからか男の目の奥にほんの僅かな動揺が見て取れた。

 しかしそれも一瞬のことで、男は即座に肩を大きく揺らして鼻から息を吹き出すように笑い声をあげた。


「あぁ? 何だガキ共、一丁前にヒーローの真似事か? 俺はな、おまえらや警察みたいな、如何にも正義ですって(つら)で説教かましてくる奴らが一番嫌いなんだよ」


 口元は笑みを浮かべているものの目つきは鋭く、男はこめかみに青筋を立てながらゆっくりとした動きでベンチから立ち上がった。途端に立ち込める剣呑とした雰囲気に、風太は一瞬だけ後ろに体重を掛けようとし、(すん)でのところでグッと堪えた。

 そしてそんな2人を、祈るように両手を合わせて口を固く引き結んだ姿で和美が見つめていた。


 ――早く気づいて、リュウ! せめてもう1人男子が来れば、こいつだって変な気は起こさないだろうから!


 2人を視界に捉えながら、和美の意識はこの場にはいない、しかし同じ広場にはいるであろう別の男子――龍之介へと向けられていた。本当ならば今すぐこの場を離れて呼びに行きたいところだが、下手に刺激して男が暴れ出してしまったら、という思いに駆られ行動に移すことができずにいる。

 しかし彼女の思いとは裏腹に、男はこれ見よがしに風太へと大きく1歩踏み込み、2人の距離は腕を伸ばせば簡単に届くまでに近づいた。

 まさに一触即発といった雰囲気に、この場にいる全員の緊張感が一気に高まっていく。


「――ん、あぁん?」


 しかしそのとき、挑発的だった男の表情が崩れ、困惑の色に染まった。その視線は風太の方を向いているが目は合わず、更に向こう側(つまり風太の背中側)に焦点が定まっているように見える。

 それと同時に後ろから近づいてくる気配を感じた風太が後ろへと顔を向け、そんな彼に釣られて他の面々もそちらへと振り返る。


「――――っ」


 その瞬間、和美以外の面々がギョッと目を丸くした。

 こちらに向かって大股で近づくその人物は、側面を刈り上げてそれ以外を金髪にして逆立てている、筋肉質で大柄な少年だった。ただでさえ威圧感のある髪型だというのに、猛禽類のような鋭い目つきがその威圧感に拍車を掛けている。

 その少年――桜庭太陽は、驚きで固まったまま口を開けずにいる風太達には一切目もくれず、突っ立ったまま動けない彼らの間を擦り抜けて、同じように呆気に取られた様子の男の眼前で立ち止まった。けっして背が低いわけではないが若干猫背気味の男に対し、太陽は更に頭1つ高い視点から男を見下ろす形となる。


「ようおっさん、たかがゴミの話で随分と盛り上がってるじゃねぇか」

「な、何だテメェ! 関係ねぇ話にしゃしゃり出てくんな!」

「良いじゃねぇか。ガキにゴミを投げつけてくる良い歳したおっさんを見つけて、思わず来ちまっただけなんだからよ。ほら、あのガキの代わりに俺が話を聞いてやるから言ってみろよ」

「…………」

「それとも、ガキ相手じゃなきゃ何も言えないってか?」


 先程の男がハナに対して向けたものと同じ類の笑みを浮かべながらそう問い掛ける太陽に、男はカッと顔を真っ赤に染め上げた。

 顔を真っ赤に染め上げて――特に何もしなかった。


「……テメェら何かに構ってるとか時間の無駄だ! 俺は忙しいんだよ!」


 そして男はクルリと踵を返し、逃げるようにその場を後に――


「おいおっさん、忘れ物だぞ」


 しようとしたところで、太陽がアンダースローで放り投げたビールの空き缶を咄嗟に受け取り、更に顔を真っ赤にして今度こそその場を後にしていった。その際、広場の出口近くにあったゴミ箱に叩きつける勢いでそのゴミを放り込んでいた。

 それを見届けてから、太陽も踵を返してその場を後に――


「随分と珍しいじゃない。こんな時間に出歩くなんて」


 しようとしたところで、彼がこの場に姿を現してからずっと鋭い目を向け続けていた和美が、このタイミングで初めて口を開いた。

 どこか投げやりな口調のそれに太陽の足がピタリと止まり、しかし顔は彼女に向けることなくぶっきらぼうに答える。


「……まぁ、今帰ってきたところだからな」

「そう。――相変わらず、変な奴らと(つる)んでるのね」

「…………」

「せっかくリュウも目を覚ましていつもの生活に戻ったってのに、あんたはいつまで遊んでるつもりなの? 別にあんたにとっては――」

「別に、おまえには関係ねぇだろ」


 和美の言葉を遮って放たれたその言葉は、事情をよく知らない風太達でさえ“やってしまった”のがよく分かるものだった。漫画的表現に例えるならば、和美と太陽の間にピシリと亀裂が走ったかのような感覚だ。

 顔を俯かせて表情が読めなくなった和美に、太陽は大きく溜息を吐いてガシガシと乱暴に自分の頭を掻いた。


「――――じゃあな」


 そしてクルリと踵を返すと、そのまま来た道を戻るようにこの場を去っていった。

 あっという間の出来事に、数秒ほど誰も何も話さない無言の時間が過ぎていく。


「あぁっ、ビックリしたぁ! あのおじさん、ハナちゃんにゴミを投げるとか有り得ないよねぇ!」


 その沈黙の時間を打ち破ったのは、普段よりも一際大きな声でそう話し始めたココだった。


「まったくだな。あんな奴がいるなんて信じられないよ」

「さすがにあそこまでの人は珍しいけど、ゴミ拾いをしてると変な絡み方をしてくる人に時々出くわすのよねぇ。ゴミ拾いをしてる私達を偽善だとか何とか言ってくる人もいるし」

「ひどいよね! そいつらは何もしないくせに!」


 そして風太がそれに乗っかり、彼に続く形で会長とハナもその会話に参加する。

 そしてその話題は、ゴミを投げつけてきたあの男についてばかりだった。


「……ごめんなさい、みんな。ゴミ拾いの続きをしましょうか」


 和美は一瞬口を開きかけ、一拍ほどの間そのまま固まり、そして小さく溜息を吐いてからそれだけ口にした。

 彼女の言葉に全員が頷き、先程の出来事など無かったかのようにゴミ拾いは再開された。





「あれっ? 太陽じゃん」


 もう少しで広場から出るところだった太陽が声を掛けられて振り返ると、右手に市指定のゴミ袋を握り締めた龍之介が笑顔でこちらに駆けてくるのが見えた。45リットルの大きさであろうその袋の中には、お菓子の包装紙からアルコールの空き缶まで多種多様なゴミで半分ほどが占められている。

 同年代の男子と比べても圧倒的に高身長の太陽と、同年代の男子と比べても若干背の低い龍之介が並ぶと、その身長差は頭1つ分では利かないほどだ。自然と見下ろす形になる太陽からは、龍之介の髪が汗で頭に貼り付いている様子がよく見える。


「休日なのに、随分と早起きじゃない?」

「逆だよ、徹夜だったんだ。ついさっき電車で帰ってきたところだ」


 太陽の説明に、怪訝な表情だった龍之介は「あぁ、成程」と納得した顔を見せた。

 それ以上は、何も訊かなかった。


「……で、おまえはなんで1人離れてゴミを拾ってんだ?」

「いや、植え込みに落ちてるゴミを僕が拾って、他のみんなには別の場所を担当してもらってるんだ」

「そうか」


 太陽はそう答えると自分が先程歩いて来た方へと視線を向け、何やら迷うような素振りを見せてから龍之介へと向き直った。


「おまえ、あいつらと合流して一緒にゴミを拾えよ」

「へっ? なんで?」

「良いから。――じゃ、俺は帰って寝るわ」


 そう言い残して広場を出て去っていく太陽の後ろ姿を、龍之介は怪訝な表情と共に見送った。

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