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第5話「異世界帰り、生徒会に入る」

「えーっと、リュウぅ……。お願いなんだけど……」

「教科書が無いんでしょ? 良いよ、見せてあげる」

「ホント!? ありがと~」


 3時限目の数学の授業が始まる直前、顔の前で両手を合わせるココがお願いを口にする前に龍之介が慣れた様子でそう答えた。彼の察しが良いのは、単純にそれまでの授業でも彼女から教科書を見せてくれるよう頼まれていたからである。

 おそらく急な転校だったために、まだ教科書が揃っていないのだろう。しかしそういった事情に配慮するとしても、わざわざ机を寄せて教科書を共有する手間を龍之介が苦に感じないのは、手を合わせるときは今にも泣きそうな表情で、礼を言うときは晴れやかな満面の笑みで、とコロコロと大きく変わる彼女の表情によって感謝の気持ちがストレートに伝わってくるからだろう。


「――というわけで、このように2次方程式の因数分解の公式を使うことで、桁数の大きい自然数の素因数分解を簡単に求めることができる。それじゃ今から、過去に大学入試で実際に出題された問題を解いてもらうが――」


 そうして始まった数学の授業にて、クラスの担任でもある森田が一旦黒板に体を向けて『533,333,333』と数字を書き、そして再び生徒達に向き直ると明らかに物色する様子で教室中を見渡し始めた。

 すると途端に、回答に自信の無い生徒達が顔を伏せたり明後日の方へと視線を向け始めた。あまりの露骨なその態度は直接森田を見ずとも彼が今どこに視線を向けているのか分かるほどであり、さすがの彼も呆れたように溜息を吐くのを隠せない。


「えーっと、それじゃ今日は4月の〇〇日だから――」


 そこで森田は、黒板の端に書かれた日付へと目を向けた。

 日付と同じ出席番号の生徒が顔を引き攣らせ、他のクラスメイトがホッと胸を撫で下ろす。


「――と思ったけど、これじゃ後ろの番号の奴らが答えなくなるな。じゃあ一番後ろの、福留」

「えっ!?」


 と、生徒を指名する直前にちょっとした気紛れでその矛先を変えたことで、とばっちりを食らった形となったココが思わず声をあげた。まるでこの世の終わりを迎えたかのような絶望的な表情からして、彼女が解法を思いついていないことは明白だ。

 わたわたと慌てた様子で「えーっと……」と目をさ迷わせる彼女に、龍之介が彼女の机をコンコンと小さく叩いた。


「3倍にして考えてみて」

「えーっと、3倍にしたら1,599,999,999だから……」

「あと1足したらピッタリの数字になるから」

「……あっ! 1足したら1,600,000,000で40,000の2乗になるから(40,000+1)と(40,000-1)で考えれば良いんだ! だから――」


 龍之介から最初のヒントを貰ったおかげで解法の方向が定まったのか、そこからのココは(時折森田からの誘導はあったものの)スムーズに回答を進めていくことができた。

 最終的に『13×17×67×181×199』を導き出したところで、ココはすっかり疲れ果てた様子で大きく息を吐きながら席へと座った。


「それじゃさっき解くのを手伝ってくれた野々原に、こっちの問題をやってもらおうかな」

「はい」


 そうして彼女と入れ替わるように立ち上がった龍之介が、黒板をまっすぐ見ながら淀み無く回答を説明していく。


「はえ~……」


 そんな彼の姿を、ココが目をキラキラと輝かせながら見上げていた。





「へぇ、リュウって本当は1年先輩なんだぁ」

「そうそう。交通事故で最近まで入院してて、今週の月曜に復学したばかり」

「まぁ、最初は気にしてたけど、実際に話してあんまり年上な感じはしないよね」


 そうして昼休み。龍之介が昼食を調達するため風太と共に購買へと出向いている中、ココは教室の中心辺りで机を寄せる女子グループと一緒に弁当を広げていた。

 ココの弁当は可愛らしい容器に野菜中心のメニューで、見た目的にも栄養的にも拘りが見られる。それを見た友人は親が作ってるのかと思ったが、彼女が自分で作っていると聞いて非常に驚いていた。確かに、見た目のイメージには反しているかもしれない。


「もしかしてココ、野々原くんのことが気になったり?」

「うーん、どうなんだろ? でもさっきの授業で私のこと助けてくれたときは、ちょっと格好良いと思ったりしたけど……」

「あはは、ココって案外チョロい?」

「チョロいって失礼な!」

「ごめんごめん」


 転入初日とは思えないほど打ち解けた様子で女子達が談笑していると、購買で手に入れた弁当や総菜パンを持つ龍之介と風太が教室に戻ってきた。購買の近くにも食事するスペースは一応あるのだが、昼休みともなると大勢の生徒が詰め掛けてすぐ満席になるので、こうして自分の教室に持って帰る生徒も少なくない。


「あっ! 野々原くん、せっかくだし一緒に食べない?」

「一緒に? 風太、良い?」

「あっ、風太は邪魔だから帰って」

「なんでだよ! 俺も居て良いだろ!」


 女子生徒のからかいに風太がキレの良いツッコミを入れながら、2人はそれぞれ近くの机を寄せて女子グループと合流した。

 ちなみにだが、女子達のさりげない誘導によって龍之介の位置はココの隣となっている。


「リュウ、さっきの数学のときはありがと~。助かったよ~」

「あの辺まではギリギリ()()もやった範囲だからね」

「そういや事故に遭ったのって5月だっけ」

「そう、丁度ゴールデンウィークで遊びに出掛けたとき。だからみんなも、連休だからって羽目を外さないようにね」

「うわ、実感籠もってる」


 龍之介の冗談に、クラスメイト達から笑い声があがる。

 1人だけココが戸惑うような表情を見せるが、平然とした龍之介の表情をチラリと窺うとその戸惑いも消えた。


「ところで、野々原くんは部活ってやるの?」

「部活じゃないけど、知り合いがいるから生徒会に入るつもり」

「ちなみに俺も。別に何かやる予定も無かったしな」

「風太には訊いてない」

「おまえ、俺に対して当たり強くない?」


 女子生徒と風太の遣り取りに笑いが起こる中、ココがその大きな瞳をキランと輝かせた。


「リュウ、生徒会に入るの? すごーい!」

「別に大したことじゃないよ。むしろ入る生徒がいなくて困ってるみたいだし」

「知り合いって、2年の遠原先輩?」

「そうそう」


 龍之介が頷いて答えると、女子生徒達がニヤニヤと何か言いたげな顔をココに向ける。

 当然ながら、事情を知らないココはキョトンと首を傾げた。


「その遠原先輩って有名な人なの?」

「そういうわけじゃないけど、野々原くんの幼馴染なんだっけ?」

「うん。元々は同じ学年だったんだけど、僕が留年したから向こうが先輩になっちゃって」

「私は遠原先輩と話したことあるけど、清楚な()()()って感じの美人系だよね~」

「――――!」


 “お嬢様”の部分を強調する女子生徒に、ココの表情がハッとなった。


「えっと、リュウ……」

「ん? どうしたの?」

「その生徒会なんだけどさ――」





「今日1年C組に転入した、福留心でーす! ココって呼んでくださーい!」

「…………」


 放課後の生徒会室。部屋に入ってくるなり目元で横向きのピースサインをしながらテンション高く自己紹介するココに、和美が口をポカンと開けた表情のまま固まっていた。


「あらあら、とても元気で可愛らしい子ねぇ」

「元気なのが取り柄なんで!」

「まぁまぁ、これは期待の逸材ねぇ」


 一方生徒会長はその朗らかな笑みを一切崩すことなく、突然やって来たココを受け入れるばかりかそのまま会話を始めていた。

 妙に馬が合うのか会話が弾む2人に置いてけぼりとなった和美は、少し遅れて部屋に入ってきた龍之介と風太へと詰め寄っていく。


「ねぇ2人共、あの子誰?」

「今日ウチのクラスに転入してきた福留――」

「いや、それはさっき聞いたけど」

「俺達が生徒会に入るって知って『だったら私も入りたい』って言い出したんですよ」


 問い掛けられた龍之介の代わりに風太が説明していると、それに気付いた会長が和美の背後から近づいてきた。


「それにしても、野々原くんって復学して1週間もしてないのに、もうこんなに多くのお友達に慕われてるのねぇ。野々原くんが生徒会に入るってだけで、2人も一緒について来てくれるっていうんだから」

「えぇっと……、そうですか?」

「そうそう。私達がどれだけ募集を掛けても、全然入ってくれなかったんだから」

「えっ? 他の人達はいないんですか?」


 会長の言葉にココが部屋の中をキョロキョロと見渡しながら問い掛けると、和美が小さく溜息を吐いて口を開く。


「……今のところ、生徒会は会長と私の2人だけよ。少し前まではもう少し居たんだけど、その人達も抜けちゃったから」

「えぇ? それで仕事とか大丈夫なの?」

「全然大丈夫じゃなかったの。だから勇気くん達が入ってくれて、とっても助かるわぁ!」


 龍之介の質問に会長が変わらず朗らかな笑みで答えるが、そのときの声色にはどことなく切実な感情が読み取れるような気がした。そしてそれは龍之介だけではないようで、風太もココも口角が若干引き攣った笑みで応えるしかなかった。

 そうしてココも正式に生徒会の一員となったところで、席に着いて改めて会議を始めることとなった。普通の会議室にもあるような長テーブルが口の字に並べられ、会長と副会長扱いの和美が黒板を背に、龍之介達3人は廊下側のテーブルに並んで座る。4辺のうち半分がまだ空いている光景に、まだまだ生徒会が人手不足なのがよく分かる。


「ところで生徒会って、普段どんなお仕事してるんですか?」

「イベント事があるときは他の部活や委員会と連携したりするけど、大体は目安箱で募集した生徒の要望を基に学校側と交渉したり自分達で準備を進めたり、ってのが主な仕事ね」

「ふーん。で、今日は?」

「ゴールデンウィークの初日に、学区内の町内会がやってるゴミ拾いのボランティアに参加することが決まってるから、今日はその打合せ」

「えぇっ? せっかくのお休みなのに~」

「そういうのも生徒会の仕事だからねぇ」


 会長の言葉に、ココは唇を尖らせながらもあっさり引き下がった。文句は口にすれど本気というわけではなく、一種のガス抜きのようなものかもしれない。


「詳しい日程は、5月3日の朝7時に――」


 これまでは2人しかいなかったため会議もおざなりなものとなっていたが、今回は新人3人がいるため会議としての形も様になっている。

 最初にココが来たときは煮え切らない態度だった和美も、その点に関しては心の中でちょっとした充足感として表れていた。



 *         *         *



『新・生徒会、本日始動!』


 太陽のスマホにその文言と共に画像が送られてきたのは、彼が学校の最寄り駅近くにあるコンビニで買い物を済ませて外へと出てきた直後のことだった。

 色取り取りのチョークで“新・生徒会”と書かれた黒板を背に、会長と和美が前列で膝を折り、龍之介とその他2人が後列に立って各々ピースサインを掲げていた。明るい茶髪の毛先を遊ばせた笑顔が爽やかな少年と、背中にかかる長さの明るい金髪をしたギャルっぽい少女は太陽にとって見覚えが無く、おそらく龍之介が復学してからできた友人なのだろうと推測できる。


「いや、いちいち俺に報告いらねぇだろ」


 龍之介が生徒会に入るというのは、太陽もとっくに知っている。というより、彼自身から一緒に入らないかと誘われたくらいだ。

 そして太陽が今ここにいることからも分かる通り、太陽はその誘いを断った。俺も色々と忙しいから、と断ったとき、龍之介が少しだけ残念そうな顔をしたのを憶えている。


「…………」


 そんなことを憶えている自分に気恥ずかしさでも感じたのか、太陽は小さくチッと舌打ちしてスマホをポケットにしまうと、先程買ったペットボトル入りのコーラを口にしながら何と無しに街の景色を眺め始めた。

 駅から出て自宅に帰っていく会社員や学生、そして逆に会社や学校から出て帰宅するために駅へと歩いていく会社員や学生が、太陽の目の前の道路を忙しなく行き交っている。同じような光景は朝にも見られるが、それと比べて人々の歩くスピードはゆったりしているし、その顔もどことなく解放感に満ちている。


「――ん?」


 と、そんな景色を眺めていた太陽が、その中に潜む()()()に気付いた。

 解放感に満ちた表情をする通行人に紛れる、辺りを警戒して鋭い目を向ける男達。その向こう側を走る車道には、普通の自家用車やトラックに紛れてパトカーがゆっくりと横切っていく。

 そんな彼らが視界に入る度に、太陽の目が自然と鋭くなっていく。

 と、そのとき、


「警察が気になるか?」

「あん?」


 横から突然声を掛けられ、太陽は鋭い視線と共にそちらへと顔を向けた。

 脛までの丈がある茶色のコートに身を包む、30代後半ほどの中年男性。寝癖のようにあちこちが無造作に跳ねている髪は量こそ潤沢なもののコシが弱く、白髪も4分の1ほどの割合で混ざっている。顔立ちはそこそこ整っている方だが、気怠げながらも鋭い目つきが目尻や額に深い皺を刻みつけている。


「君、いつもこの時間帯にこの辺を出歩いてんの?」

「……だったら何だよ。刑事さんには関係ねぇだろ」

「おっ、俺が刑事だってのは分かるんだ」

「目を見りゃ分かる」


 太陽の端的な回答に、その刑事はニヤリと笑みを浮かべる。


「だったら話は早いな。――最近この辺で、女子小学生が次々に襲われてる事件が起こってるのは知ってるだろ? 4件も起こってて一向に犯人が捕まらないってんで、結構上からせっつかれてるらしいんだわ」

「……それで、なんで俺に話し掛けた?」

「いや、この時間にこの辺を出歩いてるなら、それっぽい奴とか見たことないかと思ってな」

「へぇ。てっきり俺を犯人だと疑ってんのかと思ったよ」

「まさか。おまえみたいに真っ直ぐ俺を睨んでくるような奴が、女子小学生をナイフで襲うような真似はしねぇよ」


 そう言ってケラケラと笑う刑事に、太陽は体から滲み出していた怒りの感情を意識的に抑えた。


「んで、どうよ?」

「……別に、俺は知らねぇな。そもそも“それっぽい奴”ってのがどんなのか知らねぇし」

「はは、そりゃそうだわな。――悪い、邪魔したな」


 太陽の言葉に刑事は特に追及することなく、彼の肩を軽く2回ポンポンと叩いてからその場を去っていった。

 その背中を太陽は人混みに紛れて見えなくなるまで睨みつけるように見つめ、やがて小さく息を吐いてから駅の方向へと歩いていった。





「桜庭太陽、か。言ってることは本当だな」


 刑事の口から、ポツリとそんな言葉が漏れた。

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