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第3話「異世界帰り、引ったくりに遭遇する」

「ごめんねぇ、遠原さん。昼休みにこんなお手伝いさせちゃってぇ」

「いいえ、私は構いませんよ」


 昼休みの生徒会室。和美は生徒会長である3年生の女子生徒と一緒に、昼食もそこそこに再来週の校外ボランティア活動を知らせるポスターを制作していた。

 生徒会というとアニメなどでは絶大な権力を有しているように描かれているが、実際には勿論そんなことはない。校内・校外での活動を取り纏めたり、生徒からの要望を基に学校側と交渉するのが主な仕事であり、時には教師側と対立することも少なくない苦労の多い役割である。


「そういえば、和美ちゃんが話してた野々原くんは勧誘できた?」

「話はしてみましたけど、あんまり乗り気じゃないみたいですね。とはいえ他にやりたい事も無さそうですし、何回か交渉はしてみますけど」

「そっか。まぁ仕方ないよねぇ、特に内申書が良くなるわけじゃないし」

「あはは、生徒会に対する勘違いあるあるですね」


 笑い声混じりに作業を進める和美に、生徒会長がニヤリと笑みを深くする。


「和美ちゃんとしては残念だった? 野々原くんと一緒にお仕事できなくて」

「えっ? いやいや、リュウとはそういう関係じゃないですよ。単なる幼馴染です」

「本当? なーんだ、つまんない」


 不満そうな生徒会長に和美が小さく溜息を吐いたそのとき、廊下の方からキュッキュッとビニル床特有の擦れる音を響かせながら走る足音が聞こえてきた。

 その音がだんだんと大きくなっていき、


「失礼します! あっ、会長と遠原先輩!」


 勢いよくドアを開けて、1人の男子生徒が血相を変えて中に飛び込んできた。


「あらあら、何かあったの?」

「それが……。えっと、自分は1年C組なんですけど、今日自分のクラスに転入してきた野々原……くんが、さっき2年のヤンキーの先輩にどこかに連れてかれちゃって……」

「えっ?」


 噂をすれば何とやらとばかりに話題に挙がってきたその名前に、生徒会長が驚きの表情で和美に視線を向けた。

 一方和美は、驚愕やら怒りやら恥じらいやらが綯い交ぜになった複雑な表情を浮かべていた。


「アイツ――!」



 *         *         *



「へい、お待ち!」


 威勢の良い掛け声と共に龍之介の前に差し出されたのは、ホカホカと白い湯気を立ち上らせるラーメンだった。カウンターの向こう側では、頭にタオルを巻いたTシャツ姿の男性が満面の笑みで白い歯をキラリと光らせている。


「よし、食おうぜリュウ!」

「えっと……、学校を抜け出してこんな所に来て良いの?」

「次の授業に間に合えば別に何も言われねぇよ」


 そして龍之介の隣では、彼をここに連れて来た元凶である金髪の少年が待ち切れないとばかりに箸を割り、勢い良く麺を啜っていた。その大柄な見た目に違わぬ食いっぷりに食欲を刺激されたのか、龍之介もやがて覚悟を決めたように一口麺を啜り、そして顔を綻ばせた。

 魚介系の出汁と鶏ガラを合わせたスープは濃厚ながら後味がスッキリしていて癖が無く、芳醇な小麦の香り漂う自家製麺もスープとよく絡んで複雑な味わいを生み出している。老若男女問わず多くの客が詰め掛ける人気店、とここに来る前に金髪の少年が話していたのを思い出す。


「なっ、美味いだろ? リュウが退院したら真っ先に連れてくって決めてたんだ」

「そうなんだ、ありがとね。――あんな強引な連れ出し方じゃなかったら、もっと嬉しかったんだけど」

「ん? 何か言ったか、リュウ?」

「いや、何でも」


 多分クラスメイトからも本格的に距離を取られるだろうな、と思いながら龍之介は麺をもう一口啜った。とはいえ、チラリと金髪の少年を見遣るその表情にネガティブな感情は無い。

 金髪の少年の名は、桜庭太陽(さくらばたいよう)。見た目で色々と勘違いされやすく、実際に生活態度はお世辞にも良いとは言えないが、龍之介が目覚めたときも母親の10分遅れで病室に駆けつけ、そして退院までの2週間にも頻繁に見舞いに来る友達想いの律義な性格だ。


「それにしても、まさかリュウが俺の後輩になっちまうなんてな。どっちかというと、留年するなら俺が一番可能性高かっただろうし」

「そうそう、和美から聞いたよ。僕が眠ってる間、随分と荒れた学校生活を送ってたみたいじゃん」

「はぁ? ったくあのヤロウ、余計なこと喋りやがって」

「変な奴らと(つる)んで夜中にバイクで走り回ってるんだー、って和美が心配してたよ?」

「けっ! 別に俺が何してようが、アイツには関係ねぇだろうが」

「そう言わないであげなよ。和美が学校行け行けって言ってくれたから、無事に進級できたんでしょ? むしろ感謝しなきゃ」

「いいや、絶対にしねぇ」

「頑固だなぁ」


 そんな他愛の無い会話を挟みつつ、2人はラーメンをスープまで飲み干した。





「あぁ、美味しかった。病院では味気ないヤツばかりだったから、尚更美味しく感じたなぁ」

「だろ? こうして一緒にメシ食うのも久し振りだしな」


 2人が店を出る頃には、店先には10人を超える行列ができていた。太陽があのタイミングで連れ出してくれなければ、行列に並ぶ羽目になって午後の授業に間に合わなかったかもしれない。


「ところで、本当に太陽の奢りで良かったの?」

「良いんだよ。リュウの退院祝いってのもあるし、何より俺の方が先輩だからな!」


 先輩の部分を強調する言い回しでドヤ顔を浮かべる太陽に、龍之介が思わずクスリと笑みを零す。病室で話すのとは違う日常の空間での幼馴染との遣り取りに、元の世界に帰れて良かったと改めて感じた。


「――おいテメェら」


 しかしそんなゆったりとした雰囲気を、他ならぬ太陽がぶち壊した。

 彼が詰め寄るのは、行列に並んでいたスーツ姿の2人組。三十代半ばの男性と二十代半ばの女性で、同じ職場の先輩後輩といった印象だ。

 ただでさえ大柄な体格に加え金色のツーブロックという威圧感のある彼に、他の行列の人達や周りの通行人が委縮した様子で目を逸らしている。そんな中、詰め寄られているスーツの男性は息を呑んだように固い表情ながらも視線を逸らすことは無く、後退ったりする様子も無かった。


「……私達に、何か用かな?」

「テメェら、俺らが店の中にいたときから、ずっと俺らのこと見てたよな」

「……身に覚えがないな、君の勘違いでは?」

「何だと?」

「ちょっと太陽、何してんの!」


 尚も詰め寄ろうとする太陽を、龍之介が慌てて後ろから引っ張った。

 襟首が締まったのか太陽の口から「ぐっ」と小さく声が漏れ、それに対する不満も含まれた険しい表情で振り返る。


「何って……、コイツらが俺らのことをジロジロ見てたから目的を訊いてんだよ」

「これから入る店の中くらい見るでしょ! 単なる勘違いだって!」

「いいや、絶対に俺らを観察してた。特にそこの女の目はかなり露骨だったな」


 そう言って睨みつける太陽に、女性が表情に怯えを滲ませながら後退った。そしてそんな彼女を守るように、男性が彼女の前にスッと移動して彼女を隠す。

 傍目には、というかどう考えても自分達が悪いようにしか見えない光景に、龍之介が太陽の肩をバンバンと叩く。


「太陽! もう午後の授業が始まるから帰るよ!」

「あん? 何言ってんだ、まだ――」

「ごめんなさい、コイツにはよく注意しておきますんで! ――ほら、行くよ!」


 早口で謝罪の言葉を捲し立て、龍之介は太陽を無理矢理引っ張り始めた。しかし体格差のせいか彼自身あまり力が無いせいか太陽の体はピクリとも動かず、本人もまるで意に介さず2人組をジッと睨みつけている。

 いつ太陽が男性に掴み掛かってもおかしくない状況に、周りの人達も固唾を呑んで成り行きを見守っている。

 と、そのとき、


「――誰かぁ、あのドロボーを捕まえて!」

「――――!」


 まさしく絹を裂くような悲鳴で一触即発の雰囲気を引き裂いたその声に、龍之介や太陽、そして2人組の男女を含めたその場の全員が一斉にそちらへと顔を向けた。

 地面に膝を突いて腕を伸ばすお婆さん、そしてその腕を伸ばした先で明らかに女性物のバッグを脇に抱えて走る男の背中が見えた。突然の出来事に通行人は反応できず、更に引ったくり犯はかなりの俊足らしく、誰にも邪魔されることなくその姿がみるみる遠くなっていく。


「――――チッ!」

「太陽っ!?」


 それを見た太陽が、一瞬顔をしかめて舌打ちした後に地面を蹴って走り出した。地面に膝を突くお婆さんを追い越し、更にその先にいる引ったくり犯に狙いを定めて走っていく太陽を、数テンポ遅れて走り出した龍之介が追い掛けていく。

 とはいえ、先程太陽を引っ張ろうとしてビクともしなかったことからも分かる通り、龍之介は元々スポーツがあまり得意ではない。引ったくり犯どころか太陽からも置いてかれるのを見て早々に追いつくのを諦めると、8割くらいのスピードに落としてから自身の体内に宿る“魔力”を練り上げ始めた。

 独自の言語で組まれたプログラミングコードのような術式を頭の中に描くイメージで魔法を完成させ、現実世界の目標物に矛先を向けて魔法を発動させる。

 今回の矛先は――太陽だった。


「うおっ!?」


 突然体から力が漲って走るスピードが明らかに速くなったせいか、太陽が戸惑いの声と共に足元がふらつかせた。しかしそれは一瞬だけのことで、彼は即座に体勢を立て直すと、距離を保つだけで精一杯だった引ったくり犯との間隔をぐんぐんと狭めていく。

 ずっと前だけ見て走っていた引ったくり犯もそれに気付いたのか、後ろを振り返って驚愕の顔を浮かべると、クルリと半回転して立ち止まり懐に手を突っ込んだ。

 太陽は訝しげに眉を寄せるも走るスピードを落とさず、2人の距離がみるみる急接近していく。

 そして、引ったくり犯が懐から手を引き抜いた。


 その手には、折り畳み式のナイフが握られていた。


「ヤバッ――!」


 太陽が目を見開くも急に止まることはできず、自分から突っ込んでいく形で彼の体にそのナイフが突き立てられ――


 ぐにゃん。


「えっ?」

「えっ?」


 るかと思いきや、ナイフの切っ先は太陽の体に刺さることなく、刃の根元部分からぐにゃりと曲がった。

 あまりにも意外な光景に、突き刺した引ったくり犯、突き刺された太陽双方から戸惑いの声が漏れる。


「――うらぁ!」


 そして一瞬早く我に返った太陽がナイフを持つ引ったくり犯の腕を引き込み、背負い投げの要領で投げ飛ばした。受け身もできず背中から叩きつけられた引ったくり犯は呼吸が止まるほどの衝撃を受け、苦悶の表情を浮かべて思わずナイフを手放した。

 そしてその瞬間に太陽が引ったくり犯の体に覆い被さり、相手の右腕と襟首を掴んで上体で抑え込む袈裟固めを繰り出した。大柄な体格だけあって重量もあるその締め技に引ったくり犯は抜け出すことができず、そうする内に他の通行人が駆けつけて次々と太陽に加勢していく。

 そうして引ったくり犯が完全に無力化され、太陽が立ち上がって一息吐いたタイミングでようやく龍之介がその場に辿り着いた。


「おう、リュウ――」

「太陽、大丈夫!? 怪我してない!?」


 血相を変えて詰め寄る龍之介に、太陽が若干圧されながらナイフで突かれた腹の辺りを撫でる。


「あぁ、大丈夫大丈夫。何か知らねぇけど、ナイフが壊れたっぽいから」

「良かったぁ。今回は()()()()()()()から良いけど、次からは気を付けてよね」

「分かった分かった。次からはちゃんとナイフにも反応すっから」

「いや、そういう意味じゃなくて――」


 ――“ブースト”も“シールド”も問題無く発動できて良かった……。


 太陽に詰め寄りながら、内心ホッと胸を撫で下ろす龍之介。

 ラーメン店の行列から姿を消した2人組のことなど、彼の頭の中からはすっかり抜け落ちていた。





「申し訳ありません、先輩……。自分のせいで目を付けられてしまって……」

「いや、私の方も落ち度はあった。もっと慎重に行動すべきだったな」


 ラーメン屋の行列にて太陽に詰め寄られ、引ったくりの騒動に紛れてその場を去ったスーツ姿の男女2人組がそんな会話を交わしていた。


「やはり私達が矢面に立って調査するのは限界があるな。本人ならまだしも、その友人に気取られるのは想定外だった」

「ということは――」

「あぁ、そうだ」


 女性の言葉を遮るように男性が返事をして、こう続ける。


「ここは大人しく“専門家”に任せるとしよう」

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