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第2話「異世界帰り、復学する」

 龍之介が退院できたのは、目覚めてから2週間ほど経ってのことだった。最初の1週間はベッドから起き上がることもできなかったはずが、その辺りを境に急激なペースで運動能力が回復していったのである。

 本来ならばベッドの上で安静にしながら、関節を動かすなどの軽い運動で本格的なリハビリに向けて徐々に体を慣らしていく時期だろう。奇跡とも異常事態とも取れる現象に医師は首を傾げながらも、体に問題は無いならと経過観察の通院を条件に退院の許可が出た。

 退院の日、多くの看護師や医師に見送られる中、一際涙を流して喜んでくれたのが担当看護師である瀬良だった。こちらにとっては2週間ほどの付き合いでも、向こうにとっては1年近く世話してきた印象深い患者なのだから当然なのだろう、と龍之介は彼女から花束を受け取りながらも最後まで他人事感が拭い切れなかった。


「おはよ~」


 それから数日後、いよいよ1年振りとなる登校日。

 パジャマ姿の龍之介が2階の自室からリビングに下りると、既にスーツ姿に着替えた母親が慌ただしく部屋を行き来していた。そんな光景ですら懐かしさを覚えながら、龍之介はダイニングテーブルへと移動し、既に置かれたプレート(メニューはトースト・ハムエッグ・サラダ)を見つめながら席に着く。


「おはよ、龍之介。朝食は用意してるから、食べたら自分で洗ってくれる?」

「分かった。仕事、頑張ってね」


 短く返事をして朝食を食べ始める龍之介に、母親が出勤の準備の手を止めて彼へと向き直った。

 その表情は、退院して家に戻ってからも幾度となく見てきた、如何にも心配だと言わんばかりのそれだった。


「……ねぇ、やっぱりお母さんが車で送っていこうか?」

「大丈夫だって、心配性だなぁ」

「そりゃ心配にもなるでしょ、あんな事故があったんだから! お母さんはもう出るけど、絶対に車には気を付けるのよ。青信号でもちゃんと左右は確認して、それでも突っ込んでくる車があるかもと思って慎重に――」

「分かってるって! ほら、遅刻するよ」


 急かすような龍之介の言葉に母親はまだ何か言いたげな仕草を見せるも、チラリと手首の時計に目を遣って小さく首を横に振った。


「とにかく、車には気を付けてよね!」


 そう言い残して、母親は慌ただしくリビングを出ていった。ドタドタと足音が小さくなり、ドアの開閉の音を最後に聞こえなくなった。

 それを確認してから、龍之介はリモコンに手を伸ばしてテレビを点けた。女子アナが淡々とした声で全国各地のニュースを読み上げていくが、彼からしたら朝食のBGM程度の意味しかなく、彼の耳から頭を通り抜けてもう片方の耳へと流れていく程度のものでしかなかった。


『続いてのニュースです。東京都〇〇市にて――』

「ん?」


 しかしそれは、あくまで自分とは直接的に関係の無い場合の話だ。自分の住んでいる街で事件が起きたとなれば、さすがの彼も食べる手を止めてジッとテレビに注目する。

 ニュースの内容は次の通り。昨日の夕方、下校途中の女子小学生が何者かに刃物で襲われる事件が発生した。市内で同様の事件が起きたのは4件目で、幸いにも死者は出ていないものの入院が必要なほどの重傷を負っているそうだ。被害者の証言などから、警察は一連の事件を同一犯によるものと見て捜査を続けているらしい。


「わざわざ小学生を狙うなんて、怖いなぁ」


 ニュースが次に切り替わったため、龍之介は再びテレビから目を離して食事を再開した。

 程なくして空になった皿をキッチンに運んでササッと洗い終えると、そのままリビングを出て2階の自室で着替えるために階段を――


 ぴんぽーん。


「ん? こんな朝早くから?」


 上りかけたところでチャイムが鳴り、龍之介は首を傾げながら玄関へと行き先を変えた。ドアスコープを覗き込んで来客を確認し、若干の驚きと共に少しだけドアを開けて顔を出す。

 そこにいたのは、高校の制服を着た1人の少女だった。艶のある長い黒髪に切れ長の目が年齢以上に大人びた印象を与える、如何にも優等生といった出で立ちだ。

 そんな大人びた印象の少女が、彼の顔を見た途端にパッと表情を晴れやかにした。


「おはよ、リュウ。こうして会うの、何だか久し振りな感じだね」

「いや、病院でも何回か会ってるじゃん。ってか、こんな時間にどうしたの?」

「せっかくだから、初日は一緒に登校しようかなって。――ほら、万が一ってのもあるかもしれないし……」

「あー……」


 視線を逸らして言い淀む少女に、龍之介は背中がムズムズするような居心地の悪さを覚えた。

 一瞬家の中へと視線を向け、ドアを人1人分通れるくらいに押し開けた。


「まだ支度が済んでないから、とりあえず中で待っててよ」

「うん、ありがと」


 若干の照れ臭さを伴った遣り取りを交わし、少女は家の中へと入っていった。





 そんな遣り取りを、離れた所から2つの人影が見つめていた。


「今の子は……」

「彼の幼馴染である遠原和美(とおはらかずみ)です。年齢は彼と同じ、高校2年生で生徒会に所属していて成績も優秀です」

「異性の幼馴染、というやつか……」

「羨ましいですか?」

「…………」





 通学に自転車やバスを利用する学生も多い中、龍之介はいつも高校まで徒歩で向かう。自宅の近くを流れる川を越え、土手を経由して駅の方へと向かい、駅前の交差点を左に曲がってさらに少し歩いた先にその高校がある。天気や体調にもよるが、だいたい15分くらいの道のりだ。

 今日は復学初日なので職員室に寄るよう学校側から言われていたので、普段より(といってもその“普段”が既に1年ほど前なのだが)早い時間帯での登校となる。生徒の姿もあまり無く、いたとしてもゆったりとした足取りだ。


「それにしても、あれから1年かぁ……。ほんと、リュウが目覚めて良かったよ」

「僕としてはずっと……まぁ、眠りっぱなしだったから実感が無いけどね。でも病院にお見舞いに来た和美の背が伸びてて、そこでやっと実感が湧いてきた感じだよ」

「何かその台詞、親戚のおじさんみたいだよ」


 和美とは幼馴染であるが、一緒に登校することも無くなって久しかった。遅刻になるかもという焦りとは無縁の時間帯ということもあり、2人との会話もどことなくのんびりした雰囲気に包まれている。


「ところでさ、部活とかどうするの? 何か入る予定とかあるの?」

「部活? まだ何も決めてないけど、少なくともスポーツ系は入らないかな」

「だったらさ、私と一緒に生徒会やらない? 入ってくれる人がいなくて困ってるんだよね」

「生徒会かぁ……。気が向いたらね」


 どうにもぼんやりとした返事の龍之介に、和美が小さく溜息を吐く。


「そんなこと言って、結局中学のときはずっと帰宅部だったじゃない。二度と無い3年の高校生活なんだよ。今しかできないことを色々やっておかないと、将来後悔しても知らないからね」

「うーん……」


 和美の苦言に、それでも龍之介の返事は芳しくなかった。

 別に彼女の言葉が響いていないわけではない。向こうの世界でいつ命を落とすか知れない戦いに身を投じていたからこそ、今のこの何てことない日常がどれほど貴重で大事なものかを実感しているほどだ。

 では何故あまり乗り気ではないのかというと、放課後に人のいない場所でどれだけ魔法を使えるか確かめようと思っていたからである。なのでしばらくは部活などに入るつもりは無かったのだが、当然そんなことを和美に話せるはずもない。

 とはいえ、それもせいぜい1ヶ月しない程度だ。その後ならば彼女の言う通り、何か始めてみるのも良いかもしれない。


「確かに、ただでさえ1年を無駄にしちゃったんだし、残り2年の高校生活をどう過ごすかちゃんと考えてみるのも良いかもね」


 ウンウンと頷きながらそんなことを言う龍之介に、和美がキョトンと首を傾げる。


「えっ、何言ってるの? リュウはまだ3年近くあるでしょ」

「――――えっ?」


 そして和美の発言に、今度は彼がキョトンと首を傾げた。


「いやいや、あと2年で卒業でしょ? だって2年生の4月なんだから」

「私はね。でもリュウは違うでしょ? 1年近く入院してたんだから、留年してるに決まってるじゃない。勉強は、まぁリュウのことだから心配はいらないだろうけど、単純に出席日数が足りないんだから」

「…………」

「学校からも説明があったと思うけど、聞いてないの?」


 和美からの質問に、龍之介はすぐに答えることができなかった。


「――――えっ?」



 *         *         *



 学校に着いて和美と別れて職員室へとやって来た龍之介は、その場にいた教師陣から一通り歓迎の挨拶を貰った後、担任の教師だという30代中盤ほどの男性教師を紹介された。森田という名前でやたらと筋肉がキレキレに鍛えられているが、担当教科は体育ではなく数学だという。

 そんな彼に連れられてやって来たその教室の表札には、間違いなく『()()C組』と書かれていた。


「――というわけで、交通事故で入院していた野々原龍之介くんが、今日から復学してこのクラスの一員となった。年齢こそ上だが皆とは同級生だ、困ったときは手を貸してあげてほしい」

「えっと、野々原龍之介です。宜しくお願いします」


 挨拶をして頭を下げる龍之介に対し、クラス中から若干テンポの遅い拍手が返ってきた。一応表面的には歓迎しているように見せているが、彼らの表情からは困惑が見て取れるのは明らかだ。

 そうして、昼休み。


「…………」


 案の定というべきか、龍之介はクラスで微妙に孤立している状態となっていた。教室内では弁当組が複数人集まって食べ始めたり、購買組が友人達を誘って教室を出ていったりしているのだが、自席に座る龍之介に話し掛けようとする者はおらず、しかし気にはなるのか遠巻きにチラチラと盗み見ている様子だった。


 ――まぁ、分かるよ。事故で留年した年上の同級生とか、僕だってどう話し掛けたら良いか分からないし。


 面と向かって虐めの標的にされないだけマシだと思うことにした龍之介は、とりあえず購買に向かおうと席から立ち上がり――


 バンッ――!


 かけたところで、教室のドアが勢いよく開かれ、龍之介も他のクラスメイトも一斉にビクッと体を跳ねさせてドアの方へと顔を向けた。

 シンと静まり返った教室に足を踏み入れたのは、側面を刈り上げてそれ以外を金髪にして逆立てている、筋肉質で大柄な少年だった。ただでさえ威圧感のある髪型だというのに、猛禽類のような鋭い目つきがその威圧感に拍車を掛けている。現にクラスメイト達は完全に委縮してしまっており、教室内は恐怖と緊張で張り詰めた空気に包まれている。

 しかし金髪の少年はそんなことはお構いなしに教室を見渡すと、目的の人物を見つけるとズンズンと大股で歩いて行った。

 その目的の人物――龍之介の席に辿り着いた金髪の少年は、睨みつけるような目をそのままに口角をニィッと吊り上げた。


「よう、随分と元気そうじゃねぇか」

「えっと――」

「てかさぁ、せっかく学校に来たってのに、俺に連絡の1つも寄越さねぇなんてどういうことだぁ? 俺とおまえの仲だってのに寂しいじゃねぇかよ」

「それは――」

「とにかく面貸せよ。どうせ誰ともメシの約束なんてしちゃいねぇんだろ?」


 金髪の少年がそう言って再び教室を見渡すと、こちらに注目していたクラスメイトが一斉に顔を逸らして視線を机に落とした。


「……そうだね」


 龍之介は何かを決心したような顔つきでそう言うと、スッと立ち上がって金髪の少年について行く形で教室を出ていった。


「ねぇ! さっきの人、2年の有名なヤンキーだよね!?」

「もしかして虐め? 先生に言った方が良いのかな……」

「あの人、事故で入院したって聞いたけど、もしかして――」


 その瞬間に教室は再び喧騒を取り戻したが、会話の内容は先程までとはまるで違うものになっていた。

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