第14話「異世界帰り、尾行される」
「ごめんリュウ、ちょっと待っててくれる? お母さんに電話しないと」
量は全然違ったはずにも拘わらず2人ほぼ同時に食べ終え、ゴミを片付けてさぁ帰ろうというタイミングで、ココが思い出したようにそう言ってきた。龍之介は特に何も考えず「分かった」と返事をし、他の客に迷惑だからと先に1人で店の外に出ていった。
そうして1分ほどで中から出てきたココを出迎え、2人は一緒に駅の方へと歩き出した。ココの自宅は市外にあるらしく、この後電車に乗る彼女に駅まで付き添うことにしたためである。
夕食時とはいえまだ日が高く、人通りも多い道中でココが何者かに襲われる事態はそうそう無いだろう。とはいえ確率はゼロではなく、更に彼女本人からせがまれたとなれば断る理由も無い。
「放火事件の現場は見られなかったけど、代わりにリュウと一緒にデートができて嬉しかったなぁ」
「デートって……。ただ一緒に夕飯食べただけでしょ。しかもハンバーガーだし」
「それだって私にとっては立派なデートだもん! それともリュウは、今度の土曜日にはもっとデートらしい所に連れてってくれるの?」
「えっ? その約束って、まだ生きてたの? てっきり今回のでチャラになったのかと――」
「そんなわけないじゃん! 今回のはあくまで臨時のデート! 本番は土曜日なのは変わらないからね!」
そうだったのか、と龍之介は改めて頭を悩ませることとなった。当然ながら彼にそんな経験は無く、どういった場所が正解なのかまるで見当も付かない。
と、そんな彼の姿にココがクスリと笑みを漏らす。
「別にそんな悩まなくても大丈夫だって! そもそも今度のデートは、リュウがよく行く図書館を紹介してもらうのが目的なんだから。お昼は私がお勧めするお店に行く予定だし、リュウは特に何も気にしなくてオッケーだよ!」
「そう? それはそれで、ココに全部お膳立てされてるみたいで……」
「だったら、次のデートはリュウがプランを立ててよ! 食事だって、大人が行くような本格的なレストランとかじゃなくて良いから! ――あっ、でもさすがにさっきと同じハンバーガーのお店ってのは無しね! せっかくなら別の場所に行きたいじゃん!」
そう言ってウインクする彼女の姿は、モデルかアイドルのように様になっていた。間近でそれを見た龍之介の頬が、本人の意思に関係無くうっすらと紅く染まる。
それから逃げるように視線を逸らした龍之介の脳裏に、ふと疑問が浮かぶ。
これほどまでに可愛らしい彼女が、何故出会って間も無い自分に対してこんなにもグイグイ迫ってくるのだろうか。他の男子にも同じように接しているのならまだ分かるが、学校での彼女はむしろ同性と一緒にいる方が圧倒的に多いように思える。
――同学年とはいえ僕の方が年上だから、そういうのが珍しいとか?
「あっ、駅に着いちゃった。もうちょっとリュウと一緒にいたかったのになぁ」
色々と頭を悩ませているうちに、2人は駅のロータリーへと辿り着いていた。ココが再び龍之介を惑わすようなことを口走っていたが、思考の世界から復帰したばかりの彼には不発だったようで、今度はどぎまぎするようなことにはならなかった。
そんな彼の反応にココは若干不満そうに唇を尖らせ、そして何かを思いついてニヤッと口角を上げた。
「リュウ。今日のデートの記念に、一緒に写真撮ろうよ」
「へっ? ――うわっ!」
龍之介が戸惑いの反応をしている間に、ココが彼の腕に自分の腕を回して引き寄せ、そのままスマホのカメラを自分達に向けてカシャリとシャッターを切った。
「ちょっ、ココ!」
「アハハッ! それじゃリュウ、また明日ね~!」
龍之介が文句を言う暇も与えず、ココは満面の笑みで駅の改札へと走っていった。ICカードで即座に改札を通り抜けてしまったため、定期券を持っていない彼では今から走ったところで追いつくはずもない。
すぐに人混みに紛れて見えなくなったココの後ろ姿を思い浮かべて、龍之介は小さく溜息を吐いた。とはいえその口元には微かながらも笑みが浮かんでおり、別に怒っているわけではないことは明白だ。
とりあえず家路に着こう、と龍之介が踵を返そうとしたそのとき、
ブブッ――。
ズボンのポケットでスマホが震え、龍之介はそれを手に取って確認する。
短いメッセージや画像の送信、更には通話を無料で使えるアプリからの通知であり、差出人は先程別れたばかりのココだった。
『リュウったら、変な顔!』
そんなメッセージと共に送られてきたのは、先程撮った写真の画像だった。
ココの言う通り、完全に不意を突かれた様子の龍之介が、目も口もポカンと開いた間抜けな表情で写り込んでいる。一方ココは、バッチリ表情もポーズも決まっていた。ズルいものである。
龍之介が先程と同じような笑みを浮かべていると、ブブッとスマホが震えて新たにココからのメッセージが追加された。
その内容は、次の通り。
『ハンバーガーのお店に入る少し前から、私達を尾行してる2人組のおじさんがいるから気を付けて』
「――――!」
咄嗟に後ろを振り返りそうになり、寸でのところで踏み留まった。一瞬の間を空けてハッとした表情になり、先程送られてきたココとのツーショットを全画面表示にして、更に2本の指でピンチアウトして画像を拡大する。
バッチリ笑顔を決めるココと、間抜けな表情の龍之介。
そんな2人の顔の間、丁度中央の辺りに、人混みに紛れてこちらを見る男性2人組が写り込んでいた。
――この人達、さっき僕に聞き込みした刑事さんだ……。
その瞬間、龍之介の脳内を様々な疑問が駆け巡った。
何故この2人は、自分の後をつけているのか。
何故彼女は、そんな刑事の存在に気付けたのか。
何故彼女は、それを知らせるのに手馴れた様子なのか。
彼女は、本当に単なる高校生なのか。
しかし龍之介の脳内はその直後、それとは別の想いに塗り潰され、上書きされた。
その想いを一言で表すなら、さしずめ“自嘲”といったところか。
「やっと元の世界に帰れたからって腑抜け過ぎだ、ってアウロラに怒られるな」
しかしその想いと言葉に反して、龍之介の浮かべる笑みにネガティブな感情は無かった。
「さて、再び1人になったわけだが……。別の現場に向かうと思うか?」
「どうだろうな。会話を聞いていた感じ、本当に反省しているようにも思えたが……」
ガールフレンドらしき少女と駅前で別れた尾行対象の少年を離れた場所で観察するタケとマツの2人は、さすがに聞かれることは無いだろうとは思いつつも心持ち小声でそんな会話を交わした。
現場で少年から話を聞いて何かを感じ取った2人が、仲間の刑事に現場の聞き込みを引き継いで彼の尾行を始めたのが今から数十分ほど前。早々に少年が顔見知りらしき少女と鉢合わせるという意外な展開はあったものの、バーガー店で食事をしながら彼らが交わした会話の内容は、捜査に行き詰まりを感じていた2人からしたら色々と参考になるものだった。
それと同時に、少年が今回の事件について何か確信に近い情報を得ていることも知ることができた。やはり自分達の勘は正しかった、と思いながら、少女を見送って再び歩き始めた少年の背中を一定の距離を保ちながら尾行していく。
と、少年がふいにコンビニへと入っていった。2人は無言で顔を見合わせ、彼と直接会話を交わしたタケが外で待機し、マツがコンビニの中へと足を踏み入れた。
少年は通りに面した雑誌の陳列棚へと向かい、漫画雑誌を手に取って立ち読みを始めた。マツは棚を1つ挟んで彼の背後へと回り、あくまで商品を物色している風を装いながら彼へと意識を向ける。
そうして5分ほど経った頃、少年が雑誌を陳列棚へと戻し、出口へと向かっていった。すぐさま一緒に出ると怪しまれるためマツは一旦そこで待機、外にいるタケが引き継いで彼の尾行を再開する。
少し進んだところで、少年が大通りを外れて路地裏へと入っていった。
タケも若干早足で曲がり角まで歩いていき、同じ箇所を曲がって路地裏へと入る。
少年の姿は、どこにも見当たらなかった。
「――――は?」
路地裏とはいえ車が通れる程度の幅はあり、他に通行人もいないため視界は良好。両脇は建物に挟まれているが中に入れるような入口は無く、曲がった瞬間に走り出したとしてもタケが来るまでに身を隠せるような場所は存在しない。
にも拘わらず、少年はこの場から、それこそ煙のように消え失せた。
「おいおい、マジか……!」
念のため突き当たりまで走って左右を確認するも当然ながら少年の姿はどこにも無く、視界に移ったのは突然飛び出してきた不審な大人を見つめる通行人の困惑顔だけだった。
タケは即座に踵を返して元の路地裏に戻ると、怪訝な表情でこちらへと駆けてくるマツと鉢合わせた。
「どうした?」
「対象を見失った。そっちに行ってないか?」
「見掛けてないが……迂闊だったな」
別に事件の犯人というわけではないので、見失ったところで痛恨のミスというほどではない。
しかし事件の進展に繋がるかもしれない情報を逃してしまったこと、そして何より尾行のプロである自分達が出し抜かれてしまったことが、2人にとって何よりも悔しかった。
そして龍之介はそんな刑事2人を、両脇にある建物に身を寄せるようにして眺めていた。
勿論、姿を消す魔法“ハイド”を自身に掛けた状態で。
――最初の裏道に人がいなかったのは、運が良かったかな。
龍之介がやったことは、至ってシンプルだ。
コンビニに寄って立ち読みをしていた5分間、彼は“センサー”を発動して周辺にいる人々の動きを探知していた。そこで一切動きの無かった人物に的を絞って魔法を継続させた状態でコンビニを出て、裏路地に入って周りに誰もいないのを確認した瞬間に“ハイド”で姿を消したのである。
何かと物騒なことの多かった“あちらの世界”にて、幾度となく追っ手を撒くのに役立ったコンビネーション魔法だ。度重なる魔法の改良によって最終的には魔法での索敵すら切り抜けてみせた龍之介にとって、魔法的素養を持たない刑事2人を出し抜くなど容易いことだ。
――とは思うけど、念の為……。
龍之介は刑事達から視線を外さないまま、音をたてないようにゆっくりとした足取りで裏路地を戻っていく。
結局刑事達は最後までその存在に気づくことなく、龍之介は元の大通りへと抜けてその場を後にしたのであった。