7-5.激突
きいいいいいんっ――!!
数度の激突を経て、戦場は地上から空へと移行する。
悲鳴を上げる大気をあとに曳いて、甲冑陣装を思わせる鋳直しの異形二つが空を駆ける。
先を行くのは俺。
穿孔装甲、鋭角形の集合から成るがらんどう――虚ろの白。
追うのは由祈。
吸光質の圧縮流線型、在り方の眩さを謳うがごとき盛装――星火の銀。
塵芥から取り出したエネルギーの放出によって飛ぶ俺に対し、由祈は音響装置に似たブースターから圧縮空気を撃ち出すことで速度を得ている。
推力規模は拮抗。
そして、
――がんっ!!
ど、ごおうっっっっっ!!
《(単純なぶつかり合いなら威力も互角、か!)》
宙で大きく弧を描き、接触、衝突。
ほぼ同一の強度で繰り出された拳が周囲の空想を破壊し、生じた真空に流れ込んだ風が、離脱と同時に嵐のごとく荒れ狂う。
《やるね、佑!》
広すぎる空によく通る、透明な声を由祈が張り上げる。
舞台衣装をモチーフとした躯体、各部から突出したナンバリング付きの弾薬筒が、陽光の下に輝く。
《もうちょっと脆いかと思ってた! そんなからっぽの躯で、粘るじゃん!》
《つまらない生き方は卒業するって決めたからな!》
こちらも声を上げる。
《年季のない“願い”だからって、負けてやる気は毛頭ないぞ!》
《上等!》
変換率を上昇。
前方への急加速力へと変換し、突撃をかける。
そのさなか、真っ向正面に構えた由祈による宣告を感覚が捉えた。
《――“我は告げる”》
《!》
《“昼だって光れ、私の星”――!》
由祈の異形体、その核を成す星火銀の灯が、真理の象徴たる紋を揺らぎの中に映し出す。
その意匠――天に浮いた星一つに、注ぐ無数、無上の光。
『敵対象の成す空想規模の増大を確認』
脳裏で響くコギトによる警告。
応じるように、由祈の背で弾薬筒の一つが排気稼働――内包されていた何かが由祈の駆体内部へと装填される。
瞬間、空に音色。
葬送者の指揮とは明確に質を異にする、澄み切った一声が響き渡る。
出力源を感覚――発生元は由祈が装備しているブースター、および由祈自身だ。
《歌声――!?》
『言霊を使用した増幅詠唱と考えられます。強力な空想の出力に注意して下さい』
そんな解説をコギトの機械音声が告げ終わらない内に、
――きゅういいっ!
ばきいっ!
《ぐっ!》
“前方危険”のレッドマーカーが出た時にはもう遅い。
由祈の掌を起点として放たれた音の波――超振動の一撃が俺の右肩に命中し、干渉により周辺部位を木っ端微塵に粉砕している。
《ちっ――!》
損壊した躯体を急速修復しながら、推力の放出方向を切り替え、急速後退および下降。
総動員した感覚を頼りに超振動の第二射を回避し、眼下の高層ビル群――乱立する遮蔽物の谷間へと身を隠す。
が――、
《甘いよ》
鋼鉄の密林の向こう、上空から俺を見下ろす由祈の声。
《第二曲目、奏演》
宣言と同時、弾薬筒の一つが稼働。
装填音を放つと同時、曲調が変化。背後複数方向でかすかに空気が揺らぐのを感覚が察知する。
きゅういっ!
一撃、二撃。
時間差で別位置から放たれた超振動の連射が俺を見まい、装甲の各所に風穴を開ける。
その内の一射が背部吸気孔を破壊し、バランスを崩した俺はビルの一棟に激突、ガラスと瓦礫をまき散らしながら無人のオフィスを惨憺たる有様に変える。
《全方向射撃……掌以外からでも撃てるのかよ》
反則だろ、と言いながら身を起こす――間もなく大気のうねりが巻き起こり、打ち消すための威力放射と、焼け崩れるビルからの緊急脱出を余儀なくされる。
《ついでに言うと、見えてなくても狙えるんだな。耳……音の反響を使ってね。佑が感覚で周りを探れるのと一緒》
――もっとも、私は歌が探知波をやってくれてる時しか探れないけど。
言いながら更に俺を囲むように射出予兆を展開。
今度は空砲も込みらしい――どこまで無法を押しつければ気が済むんだ、この天才は!
消耗が加速するのを覚悟し、吸気変換、両手孔から威力放出。
撃ち出す方向をあえて絞らず、拡散放射することで空気を加熱、膨張炸裂の作用で全方位射撃の打ち消しをはかる。
白光による破壊はそれだけでは終わらない。
ほとばしる閃光はビル街のガラス窓を染め上げ、その後瞬時に粉砕破壊、鉄骨構造ごとそれらを断裁してのける。
結果、起こるのは倒壊だ。
鏡のようなガラス片、残骸を雨のように降り注がせながら、ビル群は俺を追って突っ込んできた由祈めがけ、爆音ともなう派手な落下を開始する。
《この状況で“聞け”るもんなら聞いてみろ!》
《へえ、考えるじゃん》
倒壊物の軌道――崩落する際のぐらつき経路は計算済み。
全力推進での安直な逃げ道は絞ってある。
そこから逃げ出そうとすれば即、威力放射の狙い撃ちで撃墜だ。
《(探知波なし、狙撃戦用の足でこれをさばききるなんてのは、さすがの由祈でも簡単にはやれない。十中八九、どこかで当たる!)》
吸気、力量を撃ち出す準備を両腕に整えながら距離を詰める。
ビルとその残骸群の回避に失敗し、態勢を崩した時が一撃の好機。
《どうかな――わかんないよ》
だが、由祈は興奮を隠そうともせず笑い、言った。
《どんな無茶でも、やるだけやってみないとね!》
ばしゅっ!
第三の弾薬筒が排気稼働。
同時、由祈の背に一瞬、遠く星のようなまたたきがちらつくのを俺は見た。
そして。
がしゅがしゅがしゅがしゅがしゅがしゅがしゅばしぃっ!
《!!》
複雑な軌道を取って形成される落下瓦礫の迷路を、鋳直しの星火銀が舞うように飛ぶ。
ほとんど息継ぐひまもない高速機動の連続、舞踏にまるで服従するかのように、すべての落下物は由祈を避け、あるいはすんでの位置をかすめ、痛手となることなく地へと素通りしていく。
その迷いない動きは完成された芸術に近い。
圧倒された俺は一瞬、息を呑む。
そのわずかな隙をもちろん由祈は見逃さない。
危機感と共に直衛佑が注意を取り戻した時には、既に引き絞った拳を勢いよく振り抜こうとしている。
《せー、のっ!》
土手っ腹に食らった一撃は胴を貫きこそしなかったものの、強烈な慣性と共に俺を意識ごと彼方へ吹っ飛ばす。
空想によって成るビルの一棟へ法則が適用される間もなく叩きつけられ、巨大なクレーターのような激突痕を刻みながら磔にされる。
《とどめ!》
第一の弾薬筒を再装填しながら由祈が掌を構える。
射出準備によって消費される数秒の猶与も俺には短すぎる。
なすすべもなく、俺は放たれる超振動の矢によって核を射抜かれんとして――。
“八周目”
――かっっっっっっっっっっ!!




