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識域のホロウライト  作者: 伊草いずく
1.Hollow White, Starry Sky.
47/52

7-4.無窮

 境界を越えた向こうには、懐かしい景色が広がっていた。


 抜けるような青空、大きく伸びる入道雲。

 遠く陽射しに光る高層ビル群と、そのふもと、水面(みなも)の照り返しを映して巡っていく、観覧車。


 息を吸うと、育つ緑と乾いた土、そしてかすかな(しお)の香りが、鼻腔を刺激する。

 感覚を満たすのは匂いだけでなく、意識を向けると、木々の陰から蝉の鳴く声が聞こえてくる。


 一つ一つには覚えと馴染みがあるけれど、どこかが自分一人だけの記憶とは違っている風景。

 どれほど前に、どこで出会ったものなのかはまして思い出せない。


 恐らくは俺だけでなく、訪れた誰もが同じ思いを持つのだろう。

 多くの人の思い出、懐旧の合流地点のような場所――いつかの夏。


 強く吹くまぎれもない夏の風と、空を駆ける非現実……眩い星群のコントラストに、ひどく胸の渇きをかき立てられる。


 何か飲むものが要る、と感じた。

 少しの間考え、そして答えにたどり着く。


「……ラムネ、瓶入りの。よく冷えたやつがいい」


 コギトを経由せず、自分の口で空想を紡ぎ、形にした。

 あの夏の夜、連れだって大騒ぎしていたあいつらの横顔を思い出しながら。


 ややあって指先に引っかかる重み。

 汗をかく透き通った瓶一つ。


 ビー玉を落とすと、一気に飲み干した。

 甘く冷たい炭酸を胸に落とすと、少しだけ渇きが押さえ込まれる。


 光る芝生を踏み、歩き出す。

 指先でぶら下げるばかりになった(びん)は、照る陽射しと空の眩しさを一瞬だけ反射した後、光の(ちり)と化して、音もなく消えた。


 海浜公園と思しいこちら側は、入り江状に貫入した海面を挟み、大橋で市街と接続されている。

 接続部の付近には舗装されたランニングコースが通っていて、由祈はそこにいた。


 市街と星がよく見える位置に陣取り、落下防止用の(さく)に足をかけ、ゆらゆらぶらつかせている。


「もうちょっとごちゃつくかと思ったけど、意外と綺麗にまとまるもんだね」


 回る観覧車を見上げながら、由祈が言った。


「会場の……私に“願い”を寄せてくれた人たちの空想が、集まって合成されてできてんの。ここ」

「基礎が頑固だからじゃないか」


 率直な感想を返す。


「土台とか核みたいなのをお前がやってるんなら、まあそうなるだろ」

「ガチガチの頑固モノな佑に言われたくないんですけど」

「そうか?」

「そうだよ」


 笑いながら由祈が振り向く。

 きらめく水面を背にしたその立ち姿は、変わらず眩しい。


「――で。決まったんだね。来たってことは」

「ああ」

「どっち?」


 返事の代わりに拳を突き出す。

 紋の走る、自分の意思一つを握りしめた拳を。


 由祈の口元の笑みが愉快げに深められる。


「一本勝負だ。白黒つくまでやるぞ。徹底的に」

勝者総取りオール・オア・ナッシングのガチンコ、賭けるのは世界、ってことか。――言っとくけど、降参なんてしないよ。私」

「融通きかない頑固者だからな」

「お互いね」


 歯を見せて応じる拳が突き出される。

 数メートルの距離を挟んで、しかし打ち合わせるように小突く仕草を向け合って、同時に口火を切る。


「「《我は我を鋳る(リキャスト)》」」


 瞬間、存在を組み換える閃光が走り、一帯を塗り潰した。

 呼び起こされた渇きが荒れ狂い、くべられた存在記憶を代償に空想を出力する。


 激突、衝撃。

 ぶつかり合いの余波を受け、砕けた大地が跡形もなく吹き飛び灰燼と化す。


 その向こうで、心からの(かい)(さい)を叫ぶ由祈の声を聞いた。


 こちらも叫び返した。

 腹の底から。


 俺の胸に渦巻くこの思いの丈が、少しでも伝わればいいと思いながら。

明日と明後日は複数話更新となります。

更新時刻は07:00と12:00(明後日は追加で18:00にも)です。

お付き合いいただけましたら幸いです。

どうぞ、よろしくお願いいたします。

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