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識域のホロウライト  作者: 伊草いずく
1.Hollow White, Starry Sky.
43/52

6-6(-2).今日、この光の下で、私を

《――――》


 破壊された小世界の空想、その残滓が降り落ちる舞台に着地する。

 それら一つ一つを、天から注ぐホロウ・ホワイトの幻影が(まばゆ)く照らしている。


 胸の灯がうずく。

 直衛佑の底に眠っていた本当の“願い”が、衝動を叫ぶ。


 “壊せ”

 “壊せ”

 “今すぐに”

 “これ以上誰かが、この世界にすり潰されてしまう前に”

 “その()えられなさを、直衛佑がこれ以上感覚してしまう前に”


 わかってる、と答える。


 このかたちでいられる時間も長くない。

 識域のあるじを殺した以上、邪魔が入るのを防ぐはたらきもあとわずかしかもたないだろう。


 刻限(リミット)が来る前に、やらないと。

 この、どうにもできない最低の世界を、壊す。

 その“願い”を叶えてしまわないと。


 動き出そうとする――光の中、一歩を踏み出そうとした俺を、しかし声が呼び止める。


「佑……?」


 とても覚えのある存在の感触。振り返る。

 (おり)の束縛から解放された、傷だらけの少女がそこにいた。


「佑、だよね」


 ためらいがちに近寄りながら、少女が俺の名前を呼ぶ。

 その不安げな姿が、記憶の中の幼い少女のものに重なる。


《……由祈》


 歪んだ喉で呼び返すと、小さくうなずく。


 そうだ。あの時も、こいつはこんな顔をしていた。

 涙の一つも流せない張り詰めた表情で、ホロウ・ホワイトの空の下、直衛佑と向き合っていた。


 “約束だよ”


 今より幾分か高い、透き通った声が記憶の底から甦る。

 忘れ去っていた言葉の先を、遠い彼方からつれてくる。


 “約束だよ。きっとそうするって。そうしてくれるって”

 “いつか、佑が“願い”を叶えるとき。私の“願い”もいっしょに叶えて”

 “佑がみんなを楽にするとき”

 “()()()()()

 “佑が、壊して。世界と、いっしょに”


「――思い出した?」


 もう答えはわかっている、と言いたげな顔で、由祈が微笑する。


《……ああ》


 うなずく。

 そのことを証すように、手を静かに振りかぶる。


 確かにそれは約束だった。

 あの日直衛佑が胸に抱いた、“願い”の構成要素の一つだった。


 大事なきみが、世界にすり潰されてしまわないように。

 世界より先に、きみを殺す。


 きみが楽になれば、安心できる。

 安心してから、世界を壊しに行ける。


 今がそのとき。

 約束を、果たさなければいけないとき。


 柔らかな肉の内側で鼓動する、心臓の熱を感じながら、狙いをつける。

 引き絞る。痛みも苦しみも、もう感じることがないように。


 そのために俺は、きみを――。


「……だめ……」


 硬直する。目的のために最適化された意識にノイズが走る。


 かすかな声だった。

 ごく小さな、けれどよく通る、鈴の音のような響きだった。


 その声の主を、直衛佑という存在はいまだ記憶していた。


 からっぽの感覚に縛られていた直衛佑に、“願い”を探せ、と告げたひと。

 鋼のような在り方を通して、直衛佑にもう一度、眩しさを認識させてくれたひと。

 忘れさられるとわかっていてなお、命を賭けて直衛佑を救おうとしてくれたひと。


 世界の精彩を捉え続けて離さない、虹の瞳の悠乃七彩が直衛佑を止めていた。

 憧れた星を手にかけるなと、か細い声で叫んでいた。


 直衛佑のかたちが崩れる。

 鋳出(いだ)されていたかたちが戻る。

 虚白色の光が薄れ、真っ黒な天と瓦礫からなる今ここに戻ってくる。


 遅れたように動悸が来た。

 自分が、知らず決定的な分岐点に立っていたことを自覚させられる。


 もしここで腕を振り下ろしていたら、自分はきっと戻れなかった。

 存在し続けなければいけない理由をすべて置き去りにして、“願い”を叶えるためだけの自動機械へと堕ちていた。


 ふらつきながら、悠乃の方へ感覚を向けようとする。

 大怪我を負っていたはずだ――無事を確かめなくては。


 けれどそれを、ひどくあっさりとした、独りごとのような一言が遮る。


「あー。ダメか。やっぱり」

「!」

「しゃーないな。じゃ、プランBでいきますか」


 間違いようもない由祈の声。

 なのにどうしてか強烈な危機感が湧きあがる。


 反射的に身をひるがえす――しかし遅い。

 脇腹に重い衝撃。

 受け身も取れずに吹っ飛び、地面に転がされる。


 命中箇所から全身に、痺れるような残響の感覚が走る。

 世界がぶれて揺らぎ、手足が思うように動かず、立ち上がれない。


「由……祈……?」


 喉からかろうじて声を絞り出す。

 だが、返ってくる答えはいたっていつも通りの、呑気なもの。


「ん、何? あー、ニセモノにやられたのか、とか思った?」


 それは一回やったでしょ、初日に。ネタかぶりはつまんないじゃん。


 つっこみを入れてくる横顔はつくりものとはとても思えない。

 なのに、言っていることは何もかもがおかしい。


 どうして、お前がそんなこと知ってる?

 なんで、お前がここでそんなことを言う?


 これじゃ、まるで――。


()()()()()()()()()()だって?」


 心の内を読んだかのように声が降る。

 言いたくない、聞きたくもないことを、全部言葉にして紡いで鳴らす。


「そうだよ。敵か味方かでいうと、まー敵、だいぶ。さっき死んだあいつ、イツロっていうんだっけ? 私も同類らしいしね。欠片(カケラ)、食べちゃったし」


 ざくざくと瓦礫を踏み、拍を刻むように足音を起こしながら、語りが続く。


 その一歩ごとに、状況が復元されていく。

 葬送者の死と共に絶えていたはずの歌声が復活し、閉じかけていた昏い空は再び彼方への唸りを響かせ、再びスポットライトに照らされた舞台(ステージ)の中央には一人、星が立つ。


「私が佑をヨメにしたかったのはね。あの日の佑が、私のことを本当(ホント)の意味でわかってくれてたから。世界にうんざりしてた私と、おんなじ“願い”を共有してたから」


 そう言うとスタンドに指をかけ、マイクに唇を寄せ、息を吸う。


 今度こそは(たが)いなく、歌姫の歌声が空間を染める。

 暗闇の客席から砂粒のように小さい光が湧き上がり、渦を成して空へ昇る。


「よーし、無事成功。世界滅亡へのカウントダウン、始まったな」


 光が果てへと(のぼ)り詰め、何もなかった空で一つの点を成したのを見ると、由祈は満足げに腰に手を当て、一つうなずく。


「――佑が世界を壊してくれるんなら、私は殺されてもよかった。むしろ、殺されたかった」


 そうしたら、私は佑の特別になれるしね。

 やらかした些細ないたずらの動機をばらすように、星は言う。


「でも、佑がやらないんなら――そしたら、私が逆をやるしかないでしょ? 佑に、私が引導(インドー)を渡して。そのあと、世界を壊す。簡単(カンタン)な話」

「そん……」

「本気だよ。私は佑のことが好きで、世界のことが嫌い。だからこうする。こういう形で、私は自分の、本当(ホント)の“願い”を叶える」


 追随するスポットライトに照らされながら、由祈は舞台上を渡る。

 倒れ伏している悠乃を抱え上げ、肩にかつぐと、もう一方の手で空間から何かを取りだし、こちらに(ほう)る。


「それ聞いて、もうちょっと考えまとめてから私のとこ来て。それで改めて、答え聞かせてよ。私を殺すか、私に殺されるか」


 待ってるから。


 そう言い残して、由祈は舞台袖の奥へと消えていく。


「くそ……っ」


 追いかけようとしたが、無駄だった。

 由祈が俺にぶつけた空想の効果は減衰することなく続いていて、今や意識を手放さずにいるのがやっとの状態だ。


 立ち上がろうとし、またも倒れ込んだ時、由祈が俺に投げつけた何かのシルエットが目に入った。


 遅れてピントが合う。

 あいつがこの夏ずっと持ち歩いていた、傷まみれのボイスレコーダー。


 最後の力を振り絞ってそれを掴み、同時に気を失う。


 外界の刺激から切り離され、内側へと落ち込んでいく思考。

 その中で最後まで再生されていたのは、やっと思い出したいつかの光景――いまだ幼いあの日の由祈の、ひどく張り詰めた横顔の記憶だった。

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