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識域のホロウライト  作者: 伊草いずく
1.Hollow White, Starry Sky.
3/52

1-2.雑踏の中、待ち合わせ

「こっちじゃねーか!? あの立体交差の方!」

「後でこの動画投稿(アップ)されるよな!? 生配信(ライブ)だけだったら泣くぞ!」


 端末片手、どきりとするやり取りをかわしながら走っていく男子学生二人組とすれ違い、俺は思わずキャップのつばを掴み下を向いた。

 リアルタイムで流してる奴がいたのか……かたを付けた後、すぐに出てきて正解だった。


 動画を撮る目的は人によって様々だろうが、俺の場合は“家計の足し”一本だけだ。

 有名になるとかは逆に嫌だし、申し訳ないことながら、競技や業界を盛り上げるとかの志もない。

 パルクールというジャンルの懐の広さに甘えさせてもらっているだけの身の上なのである。


 早足に進み、人波へと足を踏み入れて、ようやっと一息ついた。

 信号待ちのスクランブル交差点。

 オフィスのガラス張りに映った自分の姿に、ふと意識が向く。


 短く切った黒髪、平均よりやや高めの身長と比較して、恵まれ具合がもう一つの体格。

 目は切れ長ぎみ、焦点がやや曖昧で、こうして向き合うとどこかぼんやりしているように見える。


「(また適当になってるな。気をつけてるつもりなんだけど)」


 「話聞いてるか?」と言われるのは相手にも悪いし肩身がせまい。

 かといって()()を話すとややこしくなるので、出来ればごまかす方向で対処したい……と、そう思っているのだけれど。


 “感覚過敏”。

 世間的に何と表すのが正しいかは知らないが、とりあえず自分ではそう呼ぶことにしている。


 雑に言って感覚全般、五感で表すなら触覚。

 それを使って認識できる情報の幅が、俺の場合は人より広い。

 空間の温度や湿度、周囲にある物体の形や大きさ、自分から見た位置関係なんかは不自由なく見当が付けられるし、直接触れるなら材質、箱の場合は内容物が何であるかも、ある程度までなら当てられる。


 知ってる相手であれば特徴から誰が来ているのかわかるし、日頃会っていれば健康状態にも察しが付けられる。

 自分の身体を使う場合も同様で、各部の調整や矯正、ちょっとのアクロバットくらいまでは、二本足で歩くのと同じくらいの簡単さでやれる。


 パルクールを見てはもらえる程度にやれるのもそのせいだ。

 説明が難しいので人には言いづらいのだけれど、それが俺、直衛佑が特技と呼べる唯一のものだ。


 体質を知っている姉さんからは「雑技団に入ればいいのにー」とよく言われるが、そういう仕事に最も重要な演者精神(ショーマンシップ)が致命的に欠けているので諦めている。

 それなら運動選手でもやれば、という話も出るかもしれない。

 体質について話してあるもう一人には実際そう言われた。


 が……。


「――ん」


 “用事”の目的地付近に来たところで、感覚に引っかかるものを感じた。


 少し早いけれど雑踏を離れ、わずかに迂回した遠回りの道筋で目的地の小広場に到着。足を止める。

 頭上、横断歩道を挟んだ向かいでは、大型の街頭ビジョンが結構な音量でヒットチャートダイジェストを流している。


 カウントダウンのラスト、一位を飾った楽曲が発表されるところ。

 見ているとやがて、紹介コメントに続いて、そのグループのイベント予告が始まった。


『四人組アイドルグループ“Lumina(ルミナ)”。待望の超大型ライブ開催まで、あとわずか!』


 画面下部に開催場所、そして日程が表示される。

 順に目で追ったが、日付の方は確かめられなかった。

 探していた気配が、俺の感覚の射程内へと踏み込んできたのを感じたからだ。


 注意を向ける。覚えがある身長、体格、心拍のリズム。体重の運び方。

 周囲の喧噪に合わせてじわじわと近づいてきている。

 気配は薄く、潜めていると思しい。


 両腕を突っ込んでいたパーカーのポケットからそっと手を抜いた。

 対処した方がよさそうだ。


 探る。

 方角は俺から見て……。


「……真後ろ」

「ていっ」


 ぱしっ。


 タイミング、軌道を読み、振り返りざまゆるく手を上げてガードした。

 目算(たが)わず。俺の掌に割と容赦ない一撃が吸い込まれ、音が鳴った。


 ちょっと痛い。棒状に丸めて振られた小冊子、背が硬かったのだ。

 これ、そのまま食らってたらけっこう効いたんじゃないか?


「そこのところどうなんだ、由祈(ゆき)どの」

「ええー」


 尋ねてみたものの、下手人はこれをスルー。

 それどころか大層ご不満といった様子で声を漏らしなさる。


 そして、他方の手に握っていた小さな物体――ハンディの録音機(ボイスレコーダー)を起動すると、このように喋り始めた。


「午後、襲撃失敗。待ち合わせで不意打ちするもバレて防御さる。こんなざわざわしたとこで(スキ)狙っても防ぐとか、流石にズルすぎじゃあないかと思うなり」

「まず謝れよ、そこは……」


 げんなりとつっこんだが、効果はなかった。

 声の吹き込みを終えると、丸めた冊子を肩、台本をメガホンに使う監督のごときポーズを決めて、俺の待ち合わせ相手は言い切った。


「ノーヒットならノーランでしょ」

「意味がわからん」


 いや付き合いが長いからうっすらとはわかるけど。

 ガード余裕だったんだからノーカウントだろ、みたいなことなんだろうけど。


 溜息をつきながら俺は改めて向き直り、感覚先行のままやり取りを交わしていた相手を真正面に捉えた。


 天然自然の芸術品。そういう感触をいつも抱かされる。

 目立つのは、夏の光に透き通るクリア・ブラウンの瞳とショートの髪。

 いでたちは至ってシンプル、明るい色のキャップにカジュアルなTシャツ、スキニー。

 ワンポイントは趣味で選んだに違いない、微妙にうさんくさい()()()サングラス。


 売れすぎている芸能人のファッションとしては最低限どころか、更にちょっと下を行っているのではなかろうか。

 一方でこいつが着るとやたらいいもののように見えもする。

 オーラというやつが溢れているからだろうか。


 仰木(あおぎ)由祈(ゆき)。芸名同じ。職業、アイドル。

 ちょうど今ライブの広告が流れていた全国区最強級グループ“Lumina”のメンバー、まとめ頭を兼ねるセンター。


 いわゆる、飛ぶ鳥を落とすトップスターというやつだ。

 もっと簡単な説明をすると、俺の幼馴染み。

 小学校の時のあだ名は、敵チームの男子の顔を狙うのが得意な“サッカーボール女”。


 故あって、今日はあちらの仕事が終わる時間に合流したという次第である。


「いつも言ってるけど、そう都合いいもんでもないぞ。過敏な分きつい時だって多いし、目や耳で見聞きした方が手っ取り早い時も割とある」

「そこが“割と”なのはチートでしょ。オリンピック出なよ、それか国体。いつも言ってるけど」


 さすが幼馴染み、素早い切り返しである。

 体質のことを話してあって、俺の職業候補に運動選手を推しまくってくるのがこの由祈だ。

 その勢いはなかなかのもので、「やれ」と押し付ける種目をころころ変える気まぐれさを差し引いてもなお、逃れにくい圧を与えてくる。


 とはいえ、散々繰り返してきたやり取りなので、こちらが返す言葉も決まっている。


「出ないし、目指さん。競技一筋、日々練り上げて()をぶつけるなんてすごいことは、俺には無理だ」

「ええー。動画撮ってる場合じゃないって」

「お前が無茶振りで始めさせたくせに何言ってんだ」


 撮影に使っている機材一式は、焚きつけ役たるこいつが揃えたお下がりである。


「人に面白がってもらえるだけ運がいいんだよ。やれるうちは続けないと、何なら失礼だろ」


 お金を稼ぐということは本来容易なことじゃない。

 それくらいは社会に出ていない俺にだってわかる。


 働いてくれている姉さんの分まで自炊をしたり、スーパーを行脚して節約につとめるくらいが、俺にできる本来の経済努力、身の丈通りの仕事というやつなのである。


 今から由祈と向かう先も食料品街、買い出しだ。

 晩飯を食わせろとねだってきたので、なら対価を払え、ということで荷物持ち担当に任命し、合流と相なった。

 これもまたいつもの流れ。


「やっぱ釈然としないけど、ま、いいや。行きますか」

「おう」


 あまり長居すると周りが気付きそうで恐いしな。

 一つ伸びをした由祈が悠々歩き出すのに続いて、俺も出発しかける。


 と、


「…………?」


 ふと、遠くから視線を感じた気がした。


 振り返り、流れる雑踏の向こうに目をこらしてみる。

 が、それらしい相手を見出すことは出来ない。ただ行く人々が映るばかりだ。


「――どした?」

「いや、何でもない」


 真っ先に疑うのは報道の方々だが、人混みの密度からして考えにくい。

 あるいは由祈のファンだろうか。

 もしそうなら何にせよ寄ってそうなものだが、辺りに近づいてくる人の感触はない。


 気のせいか。


 帽子をかぶり直して、今度こそ後を追う。


 その時は他に思い当たる節もなかったし、それで納得した。

 勘違いじゃなく、由祈と、そして俺が見られていたことを知ったのは少し後。

 視線の主である“あいつ”と出会ってからの話だった。

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