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識域のホロウライト  作者: 伊草いずく
1.Hollow White, Starry Sky.
19/52

2-5(-3).「あまねくは屈さぬすべを持つ」

 破片を後に引きながら転がり、勢いを殺して辛うじて停止。

 身を起こすと同時に飛びすさり、奥の暗闇へと身を隠す。


 うち捨てられたデパート跡と思しい。

 棚や商品は多くそのままで、視界を遮る障害物として使えそうだ。


 静寂の中、ガラスを踏み近づいてくる悠乃の声を、感覚が捉えた。


「《|あまねくは屈さぬすべを持つ《アダマス》》。それが、わたしの持つ真理の名前」


 こつ、こつ。


「あらゆるものは、それが望ましい形で在り続けるための()()()()、力を内包している。それを引き出し、強めるような空想が、わたしの得意とするもの」


 至近距離になるまで息を潜め、声が(そば)で聞こえる位置まで近づいた瞬間、影を狙って棚を吹き飛ばす。


 だが、


「(手応えなし、外したか!)」


 何処に消えたか、位置を探る。

 引っかかったのは予想外の方向――上方、天井部。


「!」


「例えば“(ブーツ)”には、持ち主を守り、幾度もの踏みしめに耐えて人を前に進ませる踏破存在としての力がある。それを引き出せば、何の支えもない場所に立つことも、(くう)を踏みしめて速度を得ることも可能になる」


 ばしゅうっ!


 握り込んでいた隠し玉、“壊し”ながら投げ上げたガラス片の力量放出を、天井に立つ悠乃はやはりすれすれで回避。

 背後の吹き抜けフロアへと全力後退する俺に爆発的な直線加速で追いすがると、わずか寸秒で肉薄状態を再構築してのける。


「コギト!!」

了解(コピー)。代理干渉を実行します』


 振りかぶられる手刀を前に、声を張り上げる。

 同時、脳裏で飛ばしていた指示(コマンド)が処理され、俺の四肢に力と強度が宿る。


 がぎっ!


 およそ骨肉が立てるとは思えない硬質な衝撃が響き、交差させた腕の間で手刀が辛うじて()まる。


 だが。


「《反応速度向上(アクセラレート)》と《身体強化(フィジカルブースト)》の汎用空想。使えば即座に近接対応力を上げられる、基本的な組み合わせ」


 とっさの対処としては及第点。たった一秒の延命が生死を分けることは確かにある。


 平淡な声で言いながら、悠乃が品定めをするように灰晶の眼をまたたかせる。


「――でも。あとが続かないなら、だいたいはそこで終わり」

「…………っ!」


 めき、ぴき。


 悠乃の紋が放つ光を強めると、足下のフロアタイルが音を立てて(ひび)割れ、補強されているはずの両脚の筋繊維が悲鳴を上げ始める。

 受け止めた腕から伝わる法外な力が、俺を構えごと粉砕しようとしているのだ。


『空想強度が限界に近づいています』


 わかりきってるだろ、そんなこと!


 手刀がかける圧が不意に緩み、体勢が崩れた瞬間、胴狙いの蹴り上げが見事にクリーンヒットし致命傷(ダウン)


 無様にすっ飛んだ俺は数階分の高さまで打ち上げられ、吹き抜けフロアを縦に貫く巨大オブジェの一端をへし折ってようやく減速、上階へ落着した。


「知識と技術をおぎなうのにコギトを頼った、それじたいはいい判断」

「ぐ……!」


 《修復(リペア)》が完了。口から喉からをべったりと(おお)った血を吐き捨て身を起こす。


 出力制限のハンデが効いているのか、悠乃が即座に追撃してくる気配はない。

 だが、感覚は階下から放たれる精確な視線をはっきりと感じ取っている。


 緊張にひりつき、思考放棄という名の開放を要求してくる脳を叱咤し、対策を考える。


 規定敗北ライン到達まで、残り二。

 時間はまだ三分の一が経過したばかりで、ここからタイムアップを狙うのは分が悪すぎる。


 一撃を当てる以外に道はないが、近距離は相手の間合いだ。

 膂力(パワー)機動力(スピード)の両面で劣る俺は、出力勝負になったらまず押し負ける。


 遠距離から封殺を狙いたいところだが、悠乃もそれをわかっていて俺を屋内(ここ)に押し込んだはずだ。

 無傷で逃げられるとは到底思えないし、仮にそれが出来たとして、不意を突かないとゼロ距離射撃すら避ける怪物が目標(ターゲット)と来ている。


「(……あとが続かないなら、か)」


 袋小路(デッドエンド)に続く道を自ら選ぶのは、緩慢(かんまん)な自殺と同義。

 そう釘を刺された後で八方塞がりに向き合うのはなかなかきついものがある。


 目を閉じ、痛いほど脈打っている心臓を押さえ付けるように深呼吸をした。

 プロト・ホワイトの紋を起点、繰り返す鼓動の反響が俺の脳裏に周辺情報を(しら)せてくる。


 天然の突破口なんてものはそうはない。

 探す時間が限られているなら、当てにするのはなおのこと無茶無謀。

 平凡な高校生の身の上たる俺だって、それくらいはわかる。


 となれば。


「自分でこじ開けて作る。――それしかないよな」


 立ち上がりながら呟いた。


 運がいいのか悪いのか、万物(もの)が壊れやすいという見当こそは、俺が唯一確かと信ずる(ことわり)だった。

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