2-5(-2).「ぐらつき」
『昨日君の手に現れた刻印は、名を“象徴紋”という』
空間に新たなウインドウを呼び出し、幾つかの図例を俺に示して見せながら、教鞭が揺れる。
『象徴紋は所持者の感覚を外界に向けて拡張する接続具のようなものだ。“真理”を軸に物理身体へ霊的干渉系を接続し、一元的に駆使可能とする、半実半霊の通流接続概念――わかりやすく例えるなら、識域へ干渉する際に使う空想の発信装置、リモコンだね』
図が動く――人体モデルの手に刻まれた紋から半透明の神経網のようなものが伸び、そこから本体が思い浮かべた空想が波状発信、実体となる様が描かれる。
『これが機能している間、覚徒は空想を“自分の感覚の延長線上にあるもの”として強力に出力することが可能になる。理屈抜き、全くの体感で識域に干渉出来るようになるわけだ。もっとも、おかげで扱える空想には偏りが出てきてしまう訳だが……』
そう語る脇でも図は引き続き展開している。
今は複数並んだ紋が異なる空想を放射しているところだ。
映像を見る内、ふと気になって質問を口にする。
「模様が一つ一つ違うのは、その偏りと関係があるんですか?」
『ああ、そうだよ。いいところに目をつけるね』
ウインドウの一つが最大化され、拡大された紋が表示される。
『覚徒は真理をてこにして空想を操るから、真理の特性と噛み合わない空想ほど扱うのが困難になる。象徴紋が持つ色や形状は使い手の真理の在り方を反映したものだとされるから、紋の違いはイコール偏りの違いということになる』
つまり、紋がわかれば覚徒がわかる。
敵も味方も、そして自分のこともね。
『コギト。直衛君の紋の解析結果を出してくれたまえ』
『了解』
指示によって開かれたのは、言葉通りの状態表示。
RPGとかでよく見るようなあれだ。
内容の大半は意味不明だが、一応理解出来そうな文言が記されている箇所もある。
例えば“銘”と書かれた欄。
「《存在はぐらついている》。……これ、名前、ですか?」
『うん。紋が内包する意味内容を解釈し、言葉の列へ変換したものがそれだ』
画面を突っつき、別ウインドウで俺の紋を開いてみせながら小さな背が肯定する。
『名は体を表す、逆もまた然り、ってね。名前があると便利だろう? 君の真理の場合は、そうだな……。縮めて《ぐらつき》とでも呼ぶのがいいか』
丸い手で器用に鼻先を撫で、最後にそう語ると、預言者は解説を締めくくった。
「《ヴァシレイツ》……」
ステータスに表示された模様が、意識を失う直前、噴煙の最中で目にした悠乃の紋のそれと重なり、置き換わる。
中心に据えられた、またたく精緻の水晶を、配された二つの球が囲む――それは俺には、対を成して巡る二つの心、魂を表すもののように感じられた。
『《自動修復》実行完了。規定敗北ライン到達まで、残り三』
がしゃあんっ!
自分の身体がガラス材――廃棄ビル一階のショーウインドウを突き破った衝撃で、俺は意識を取り戻した。




