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識域のホロウライト  作者: 伊草いずく
1.Hollow White, Starry Sky.
15/52

2-4(-1).預言者

 時間は瞬く間に過ぎて、午後。

 元々顔合わせが目的だったこともあり、早めに初日の“職場体験”を終えた俺たちは、拠点であるマンションへと戻ってきた。


 “合宿”を開始した由祈たち四人と、期間中も諸々の業務で忙しい小枝さんとは当然別行動。

 俺と悠乃、二人だけでの帰還である。


「良かったのか? こんなあっさり(そば)を離れたりして」


 道すがら、がたごと揺れる電車内で尋ねると、完璧な姿勢で微動だにせず着席していた悠乃は「だいじょうぶ」と請け合った。


「物理的な距離の遠近は問題じゃない。たいせつなのは、(えん)


 言いながらポケットから取り出したのは携帯端末。


「双方の間に、例え無意識下でも一定の関心が保たれてさえいれば、それは緊密な連絡回線――精神的なホットラインを打ち立てる切り口(フック)となりうる」

「……つまり、縁が結ばれてるなら離れていても警護はちゃんとできる、ってことか?」

「だいたいあってる。まる」


 小さく細い手が端末を操作し、奇妙な意匠のアイコンを叩いてアプリケーションを起動する。


 表示されたのは電子地図。

 スタジオと思しき地点に人型のピンが四つ、かなり離れた位置にもう一つ突き立っている。


 市街の路線上を移動している別の人型のピン二つは、恐らく俺たちのことを表しているのだろう。


「連絡先交換の時、持ち主の状況(ステータス)を監視するプログラムを全端末に仕込んだ。誰かが識域に消えた場合、痕跡から行き先を辿ることが可能。物理的監視の方は人員にひきつぎずみ」

「いつの間に……」

「えりーとなので」


 音もなくピースしてみせた悠乃のおもては、無表情な一方で堂々たるドヤ顔オーラを漂わせている。

 前も思ったけど器用だな。


 ともあれ、警護の面が盤石(ばんじゃく)に整った上での行動なら異存もない。

 無事マンションに帰りつくと、首に水晶をぶら下げた小動物がデスクトップのキーを器用に叩いている場面に出くわした。


『お、やあ。お帰り』

「ただいま、預言者(オラクル)。きがえてくる」


 一声かけた悠乃はそのまま奥の私室と思しい部屋に消える。


 小動物とリビングに残された俺が何を言ったものか迷っていると、あちらの方から声をかけてきた。


『なかなかハイスピードかつハイブローな午前だっただろう、直衛くん。七彩は一見大人しいが、実際は(いのしし)にゴリラと虎をかけ合わせたような生態の娘だ。ちゃんとついて行けたかな?』

「あー、ええ、まあ……」


 これ聞こえてたらやばいんじゃないか? と気にしつつ、どうにか答える。


 いや、わかるけど……。

 世間話みたいなノリでさらっと攻めたこと言うなこの人。


『はっはっは。一応でもそう返せるなら、君はこちら側でやっていく才能があるよ。状況適応力、もといトンデモな連中と上手く付き合う力は、覚徒にとっての必須技能だからね』

「嫌な技能すぎるような」

「どんなたぐいの仕事にも、そういう部分はあるものさ」


 涼しい顔で流すと、相手は上機嫌な声で自己紹介を始める。


『直接の名乗りはこれが初めてだね。僕は預言者(オラクル)。七彩の育て親にして、その名の通り“預言”する者――あまねく存在へ、告げるべき未来を(のたま)うモノだ』

「未来――ですか?」


 あまりにあっさりした言い切りに、思わずおうむ返しに言葉が出る。


『うん。例えばこうさ。“奥を振り向かない方がいい”』

「え?」


 反射的にそちらの方へと注意が()れる。

 が、感覚には何も引っかからない。


 はて、と振り向いた次の瞬間。


「としごろチャンス。れっつせくしーしょっと」


 扉が開き、朝の由祈と似たり寄ったりの下着姿になった悠乃が唐突に出現した。


 上背はないがその均整は相当、汗の浮いた肌は繊細(せんさい)かつなめらかな真珠色――いやそうじゃなくて。


「え」

「は」


 意表を突かれ固まる俺、出だしから見られているとは思っていなかったらしくやはり固まった悠乃、目が合う。


 おもむろに場を沈黙が支配する。

 数秒を経て、先に硬直から復活したのは悠乃。


「……ガン見は、想定外。おーばーだめーじ」

「待てって!?」


 白い頬を無表情のまま赤くし、巻き戻すように部屋へ消えていった。

 思わず呼び止めたものの、当然ながら返事はない。


 理屈でいえば悪戯を仕掛けてきたあっちが悪いはずだが、かなりの罪悪感を覚える。


『ね、言っただろ?』


 愉快げに尋ねてくる預言者。


「言われなかったら俺がつっこみ入れて済んでた流れだったでしょう、今の……」


 反省しつつげんなり返すと、「だろうねえ」と頷かれる。


『でもほら、だからこそちょっとは引っかき回しておかないと、進むものも進まないと思うんだよ』

「何の話か全然見えないですよ」

「これだもの。意識させるには攻め気が足りないぞう我が娘、はっはっは」


 よくわからないが蛙の面に水らしいことは察した。

 これは由祈や悠乃とはまた違うタイプの面倒くさい手合いだ。


『……さて。手近な例は残念ながらややアレだったけれど、言ったことは全て本当だ」


 疑念が見下ろす顔に思い切り出ていたらしい。

 穏やかな色を見せた声が「ここは嘘じゃない」と付け足す。


『少なくとも僕自身は己をそういうものと固く信じているし、その“本当”をしかるべく伝えることに身命を賭すとも決めている。預言すること、する者であることは、僕の存在意義(レゾンデートル)――言うならばそう、核為す“願い”そのものでもあるからだ』


 そう続けると、預言者は反応を見るように柔らかく沈黙した。


 ひどく静かで手慣れた間の置き方だと感覚した。

 その仕草に(にじ)み出た在り方の気配に、名乗りの信憑性と信頼すべき人柄とを不意に感じた。


 “願い”。――これが本題か。


 このひとは、俺が何に惹き付けられているかをどうやら知っている。

 その上で、手元にある言葉を前触れなく押しつけたりはせず、尋ねたければそうしていい、そうすることができる、とだけ告げているのだ。


 軽口で俺を動かして一対一の時間を延ばしたのもそのため。

 誰にも聞かれたくない、という俺の感情を汲んだから。


 優位に立つ者特有の見下ろすような傲慢さはそこにはなかった。

 合意ある会話を倫理とする務め上の信仰信条、その清廉さが生み出す一種の厳粛(げんしゅく)さだけを感触した。


「……預言を生業(なりわい)にすると、心の中まで見えるようになるんですか?」

『いいや。ほんの少しばかり物事の推測が上手くなるだけだ。ただ、これと動かずに見聞き出来る事実の数は多くなる』


 声は鷹揚に、そして静かに応じる。


『僕が君について――扉の前で君が感じた()()衝動について知っているのは、単に()()が揃ったからに過ぎない』

「条件?」

『やがて教えよう。今ひとまず大切なのは、君が知りたいと欲することについて、我々が少しは語るすべを持っている、というその一点だ』


 小動物の顔で悪戯っぽく笑って、預言者は俺の背後へと促すような視線を向けた。

 そこにはいつの間に出てきたのか、着替えを済ませた悠乃の姿がある。


前置き(イントロ)は済ませておいたよ、我が娘』

「うん。ありがとう」


 コギト。

 そう鈴の音が呼ぶと、どこからか機械音声が響き応答する。


了解(コピー)。閉鎖型識域“イザナ”への転移を実行します』


 途端、スイッチを切り替えるような無刺激感、浮揚感が全身を襲った。


 目眩(めまい)にも似たそれが通り過ぎた寸秒後には、世界の景色は一変している。


 感覚が捉えた最初の印象は、途方もなく大きな屋内閉鎖施設。

 追って目が掴むのは、ワイヤーフレーム様の光線によって等間隔に指標が刻まれた、地平線の果てまで続くグレースケールの空間。 


 そこに風の流れはほとんどない。

 ただ、熱量を持たない違和感だらけの光がどこからか注いでいる。


「午後の時間は情報共有にあてる」


 何もない空間に幾つもの映像が展開していく中、悠乃が告げる。


「識域について、あなたにはもうすこし知ってもらう必要がある」

『寝こけるヒマもないだろうことは保証しよう。さっき言った通り、しかるべき言葉をしかるべき相手につつがなく伝えるのが、僕の使命(シゴト)だからね』


 では、講義の時間だ。


 そう言うと小動物は帽子を頭に乗せ、威風たっぷりな仕草で、空中から取り出した縮小版(ミニチュア)の教鞭を一振りしてみせた。

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