表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
識域のホロウライト  作者: 伊草いずく
1.Hollow White, Starry Sky.
12/52

2-3(-1).朝から長い一日

「買った……買ってない……買った。これは……さっき見つけた。こっちはここにはなくて、こっちのは……なかった、けど代わりのものを探す……」


 数十分後――早朝からの営業がウリの大型量販店内。

 うずたかく積まれた商品棚の谷、その只中に俺はいた。


 通行の邪魔にならないよう壁際に寄り、端末に表示したリストを覗いて呪詛めいた独り言を呟き中。

 手にはカート、籠を二段に積んだ大規模購入体勢。


 目的は見たまま、あれこれの物品の買い出しだ。

 ぶつぶつ言っているのは記憶の補強をするためである。


 量が多いので出来れば文面にチェックマークくらいは書き込みたいのだが、諸事情あって手を入れるだけの余裕がない。

 故、仕方なくこうして暗算的にリストを処理しているという次第。


 わかっている、泥縄だ。

 こんなのは準備に失敗した敗者がとる応急処置的対応だ。


 確実性を損なってでもスピードを確保せよ、さもなくば詰みである、などと前提から切羽詰まっているような強行軍は、本来まったく俺の望むところではない。


 しかし状況は切迫しており、選択の余地は欠片もないゆえ、不本意だろうとこんな手段を選ばなければならない。


 つまり端的に言って、俺は今ものすごく忙しい。


 まず時間がない。

 指示によれば、俺は残り十五分で買い物を終え車に戻らなくてはならない。


 次に責任が重い。

 一応とはいえ、これは頼まれた()()だ。

 失敗に対して「多少は仕方がない」と言っていいのは頼んだ側だけであり、俺は目標達成のためにベストを尽くす必要がある。


 そして最後に――端末を見て欲しい。


 ぶーん、ぴろん。

 ぶーん、ぴろん。

 ぶー、ぴろん。ぴろん、ぴろん、ぴろんぶーぴろんぴろんぴろんぶー。


「ええい!」


 あまりに通知が続くのが嫌になり、振動(バイブ)をオフにする。

 だがリストをこまめに確認しなければならない以上画面は見るわけで、そのたびに現れるポップアップが俺の神経を逆なでする。


 通知自体を切ってしまえばいいじゃないかと人は言うだろう。

 しかしこれが出来ないのだ。


 理由はこのように通知を開いてみればわかる。

 展開されるのはメッセンジャーアプリのグループウインドウだ。


『ガムが欲しいです。キシリトールで、味はミントではないもの』

『ドリンクわすれた~! ××って銘柄のスポドリ、あったら何本か!』

『ブドウ糖もいいですか!? レッスン終わった後、宿題やるのにちょっと欲しいなって』

『ガムと言いましたがアメでもいいです。むしろそっちの方がいいですね。アメに変更で』

『あっ、あたしもそれがいいかも! フルーツ味のアソートとか食べたいなー!』

『自分はミルク派なので、別々で。小さい包装だとなおグーです。持って帰れるし』

『スポドリなんだけど、××は結構マイナーだからないかも。もし見つかんなかったら――』


 ……頭が痛くなってきた。もういいだろう。


 要するに、これは()()()()なのだ。

 進行形(リアルタイム)で内容が足されたり更新されたりするタイプの。


 更に付け加えるとこの窓、連中の会話やら何やらが一部持ち越されており、騒がしいことこの上ない。


 一部良心的な者がおり、なるべく指示内容を流さないよう気を遣ってくれるのだが、他のメンバーがまるでブレーキをかけないので焼け石に水。

 おかげでこっちは履歴を(さかのぼ)りつつリストを作るだけで精一杯なのである。


 というかまた買うものが増えた。

 これ本当に全部必要なのか?


 いや、そこを気にするのはやめよう。

 とにかく今は動く。それに尽きる。


「悠乃、追加だ。大至急お菓子コーナーに行って飴を二種類――悠乃?」


 仕事を分担しようと(そば)にいるはずの銀髪のシルエットを探すが、見つからない。


「どこ行った……?」

「ここ」

「うおっ!?」


 感覚が探りきっていなかった盲点箇所から狙ったように出現した無表情に驚かされる。

 漂わせている何となしのドヤ顔オーラにつっこみたいところだが、言及するべきは別の点だ。


「その手に持ってるの、何だ」

「さしいれのおかし」

「そんなの頼まれてたか?」

「わたしのチョイス。とてもおいしい。きっとうけるはず」

「お前が食いたいだけだろ戻してこい。というか、手伝え」


 籠に入れる動きを阻止しながら勧告するが、俺の経験は「諦めなさい」と告げている。


「遊撃はおまかせ。必ず最高のさしいれをキャプチャーしてくる」


 案の定、悠乃は意味のわからない一言を残すと、意気揚々とした無表情で姿を消す。


 俺は溜息をついて、ここまでの物色で培った店内の脳内見取り図を参考に全ての品を買える最短経路(ルート)を模索。

 これ以上のリクエストは対応する余裕がないということにして、時間内に買い物を終えるべく早足の移動を再開した。


 何故(なにゆえ)にこんなことになったのか?

 話は少し前、くだんのマンション最高階、室内での会話にまで(さかのぼ)る。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ