上野まひろ(4)
「お世話になりました」
母ちゃんが、本家の家の前で深々と頭を下げる。俺もそれにならって頭を下げる。
本家の人は、何も言わず家の中へと戻っていった。
母ちゃんはそれをちらっと見て、近くに止めた車の中に戻っていく。俺が本家の家を見てぼーっと突っ立ってると、母ちゃんが「ほらまひろ、早く!」と運転席の窓を開けて俺を呼んだ。
「あーい」
俺はおざなりに返事をして、助手席に乗り込んで、シートベルトを締める。サイドミラーに映る俺は、相原の兄ちゃんと同じようなデザインの、中学校の学ランを着ている。
「あー、すっきりした。帰りにハンバーガーでも食べて帰る? ほら、期間限定のやつあるでしょ?」
妙にテンションが高い母ちゃんを横目に、俺は窓枠に頬杖をついて外の景色をぼんやり見る。
「なに、あんたハンバーガー好きじゃなかったっけ。……ああ、相原君に会えなかったこと気にしてるの?」
俺はうっ、と詰まった。
「そ、そんなんじゃねぇし」
「なーに、素直になっちゃいなさいよ。小さいときはあんなに素直だったのにねぇ」
車は本家のある町を出て、軽快に走っていく。
「相原君ねぇ。あんた好きだったもんね。でも、あんなに人を頼るのがうまい子よ。きっと何かしらで連絡先くれるわよ」
母ちゃんは運転しながら、ダッシュボードに置かれた姻族関係修了届をちらりと見る。
俺が無視して外を見続けていると、母ちゃんは何度も何度もわざとらしく、姻族関係終了届に視線を送る。
「あー、分かったよぉっ! もう」
俺は紙を手に取った。離婚ではなく、結婚した相手との親族関係を解消するための書類。昔、ここで二人仲良くぶっ倒れた時に、カウンセラーさんを通して貰ったらしい。
書類をじーっと見る。別に、普通の書類に見える。なんとなく思いついて裏面も見てみる。すると、裏面の左下に、薄く小さく、メールアドレスが書いてあった。
「ねぇ、母ちゃん、これ」
母ちゃんは、広角を上げたまま、運転を続けている。
「母ちゃん、これ! さいっこう!」
俺が母ちゃんに抱きつこうとすると、母ちゃんは「運転中!」と叫んだ。
俺が感情を発散しきれずに手をワキワキさせていると、母ちゃんがわざわざ路肩に車を停めてくれた。今がチャンス! とばかりに母ちゃんに抱き着く。最近恥ずかしくて抱き着いてなかったけど、これはいい。ストレスも過剰な感情もどっかに飛んでく。
好きなだけ母ちゃんをぎゅっとした後、そっとはなれると、「まひろ」と今度は母ちゃんが俺の肩をがっ、とつかんだ。母ちゃんが、真っ黒な目で俺を見る。
でももう、俺は怖くなかった。
「今まで、ごめん」
母ちゃんはぽつりと言った。
「それに、ありがとう」
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閑散とした田舎の道を、中学生男子と女性を乗せた家庭用軽自動車が走る。
大きな道に出て、自動車は少しだけスピードを上げた。
透き通るような青空の下、自動車が軽やかに駆け抜けていった。