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視えない僕等  作者: 飴傘
一人目 影とのかくれんぼ
2/8

上野まひろ(2)



 それから、俺は部屋に戻って、おとなしく一人でマリオをやっていた。スリッパの音が近づいてきて、ふすまがすっと開いて疲れた顔の母ちゃんが顔を出す。母ちゃんは俺の様子を見て、ほっと息をついた。


 「まひろ、何か食べた?」

 「うーん? なんも。でもおなか空いてないからいいや」

 「そう」


 母ちゃんは、いつも家で着けてるのよりちょっと高級らしいエプロンを脱いでたたんで、スーツケースの上にぽんと置いた。


 それから、母ちゃんとお風呂に入りに行った。上野のおうちではたくさん人が泊まるから、お風呂は順番か、外に入りに行くことになる。俺と母ちゃんは一番最後にお風呂に入る人で、ちょっと眠くなりながらお湯につかった。


 母ちゃんはいつもより口数が少なくて、俺の顔を見てはふいっと目をそらした。いつも髪を乾かすのは自分でやりなさい、って言うのに、今日はお風呂を出たらパジャマを着た母ちゃんがドライヤーを持って立ってて、椅子を指さして「座りなさい」と言った。


 YouTubeでよく見る乾かされるペットの気持ちになりながら、頭を乾かされる。


「大きくなったね」


 母ちゃんはぽつりと呟いた。髪の毛を梳く手が、少し優しかった。



------



 一番最後に入る人が掃除をするらしく、母ちゃんが「掃除してくるから先に部屋戻ってて」と言ったので、俺はふらふら歩いていた。お風呂と泊まる部屋は少し離れていて、一回外に出て、外廊下のような所を渡る。真っ暗な廊下に、一定の間隔でランタンみたいなやつが並んでいる。空を見上げると、田舎だからか、いつもより星がたくさん見える気がする。


 「あれ、まひろじゃん。こんばんは」


 声がして振り返ると、学ラン姿の相原の兄ちゃんがいた。外廊下の反対側からこちらへ向かってくる。


 「兄ちゃん! 寂しかったぁ」


 俺は兄ちゃんに抱きつこうとしたが、走って近づいたとき、兄ちゃんがなんだか険しい顔をしたので、ちょっとブレーキをかけた。兄ちゃんははっとして、ちょっと困ったように笑いながら腕をばってんにして、「だーめ」と言った。


 「僕まだお風呂入ってないから。汚れちゃうよ。まひろは入ったんでしょ」


 俺は唇をとがらせる。


「えー、別に汚れたっていいよぉ。あ、そうだ兄ちゃん、早く行った方がいいよ。母ちゃん、俺たちで最後だと思って、お風呂掃除始めちゃってる」

「それは大変だ、急がないと。まひろくんは湯冷めしちゃうから、寄り道しないで早くお部屋に戻りな」


 兄ちゃんは俺の後ろに回り込んで、俺の背中を押す。


 俺はそのまま一歩踏み出しかけたけど、部屋で母ちゃんに叩かれたことを思い出して、おもわずそのままの状態で固まってしまった。兄ちゃんが後ろからちょっと困惑したような声で、「どうしたの?」と聞いてくる。


 「……あのね。兄ちゃんに会いに行こうとしたら、母ちゃんにさ、叩かれちゃって。」

 「和田さんに? ……そっか。ほっぺた?」

 「うん」

 「ちょっと腫れちゃってるね。湿布いる?」

 「ううん、いらない……。もらったら、また母ちゃんに怒られそう」


 また涙が出てきそうになって、俺は慌てて目元をごしごし拭う。


 「相原の兄ちゃんがいなくても、今年は退屈しなそう! 親戚の子たちとかくれんぼしてるから、退屈じゃないし。兄ちゃんも俺と一緒にいると、母ちゃんに叩かれちゃうかもだから。じゃあね!」


 そう言って、部屋へ一目散に駆けだした。


 後ろで、「親戚の子……? まひろ、ちょっとまって」と兄ちゃんに呼び止められた気がしたけど、それでも走った。


 泣いてる顔なんて、かっこ悪い。



------



 次の日の朝起きたら、もう母ちゃんは準備でいなかった。俺は一人で着替えて、ゲームしていた。母ちゃんが置いといてくれたコンビニのおにぎりを一つ、開ける。なんだか味がしなくて、おなかも空いてなくて、半分も食べずにまたゲームに戻った。


 「まひろくん、あそぼ」

 「あそぼー。私が鬼ね! さぁ、みんなにげろー!」


 ゲームしてたら、今日も唐突にふすま越しに声がして、急にかくれんぼが始まった。僕はゲーム機を置いて、また外へ出る。今日も隠れるところは同じところでいいか、見つからなかったし、と思って、また昨日と同じ木の上へ隠れた。


 最初に一番背が高い子が鬼になって、俺の隠れ場所の近くの、錆びたドラム缶の後ろに隠れていた小さな子を見つけた。「みーつけたっ! おに交代! 三十秒!」背の高い子はそう言って、たったか駆け出す。小さな子はその場でしゃがんで目をつぶって、「いーち、にー、さーん」と素直に数えだした。


 「あれ?」


 俺は首をかしげる。昨日とほとんど一緒だ。その後に捕まった子も、それぞれの子たちが隠れていた場所も、昨日のことを完璧に覚えているわけではないけど、ほとんど一緒に見える。小さな子が困ってたら、わざと手を出して見つけやすくしてあげたり。きちんと三十秒数えずにブーイングを受ける子がいたり。


 日が暮れだした頃に、一番背が高い子がわざと見つかって、「はーい、今日はもう遅いからかいさーん。また明日!」と叫んだ。皆、隠れているところから「また明日!」「また明日ねー!」と口々に叫んだ。俺も、ちょっと不思議に思ったけれど、木の上から「また明日!」と叫んで部屋に戻った。



------



 今日も母ちゃんとお風呂に入って、母ちゃんが一応最後かもしれないから掃除の準備だけしておく、と言ってお風呂場に残って、俺は一人で渡り廊下を歩いていた。すると、廊下の先の方からこちらへ向かって歩いてくる、学ラン姿の相原の兄ちゃんが見えた。


 「兄ちゃん!」


 たたたっと走って行って、兄ちゃんに飛びつく。今日は抱きつき成功。俺は兄ちゃんをぎゅーっとする。

 すると、兄ちゃんは無言で俺を払いのけた。


 「え」


 俺は、一瞬何が起きたか分からなくて、尻餅をついたままぱちぱちと瞬きをする。


 視線を上げると、険しい顔の兄ちゃんがこちらを見ていた。


 「誰?」

 「え、まひろだよ」

 「え、ほんとにまひろ?」


 こんなに鋭い目の兄ちゃんを見たのは初めてで、俺はどう答えればいいか分からなかった。


 「……まひろ、一応聞くんだけど、お風呂上がりだよね?」

 「うん」

 「黒いペンキ缶に頭から突っ込んで、全身真っ黒になっちゃいました、とかはないよね?」

 「え、俺黒い?」


 俺は自分の手を見る。普通の俺の手。最近身長が伸びたから、丈の足りないパジャマ。


 兄ちゃんは、「ほんとごめん、いやほんと申し訳ない。最近カウンター技の練習してて。かっこいいじゃん?」と言いながら、俺の手を取って助け起こしてくれた。


 「黒くない黒くない。気にしなくていいよ。ところで、まひろは最近なんかこう、変わったことした?」

 「変わったこと……? いや、別にないよ。」 

 「皆さんがご飯食べてるとき、何してる?」

 「え、親戚の子と一緒にかくれんぼしてるけど」

 「どこで?」

 「お庭で」

 「え、庭で? そんなスペースあったっけ」

 「え、めっちゃ広かったし、木もいっぱいあったよ。隠れやすかった」


 考え込む相原の兄ちゃん。警察の人に尋問されているみたいで、ちょっと怖い。


 「……まひろ、落ち着いて聞いてね。まず、ここには、そんなに子供はいない」

 「え?」

 「今年の集まりに子供はまひろ以外いないし、この辺りは高齢化で子供はいても二、三人。この地域の小学校は潰れて、生徒たちは皆、遠い所にスクールバスで通うようになった」

 「うそだ。絶対十人はいたよ。皆でかくれんぼしたよ」

 「それに、このおうちの庭はそんなに広くない。僕が三日もあれば一面草取りして、全部の木を選定できるくらいの広さしかない。僕はまひろがいなかったから、居間から出されて一人で庭の掃除してたけど、まひろとは一度も会ってないよね」

 「え、なに、こわいよ兄ちゃん」

 「まひろって、最後にご飯食べれたのいつ?」

 「今日の朝……?」

 「それから何も食べてないの? おなか空いてない?」

 「うん……。」


 兄ちゃんは、険しい顔で、俺の肩をがっ、と掴んだ。


 叩かれる!


 俺は反射的にそう思って、兄ちゃんの手を払って全力で部屋へと走って戻った。


 「待って、まひろ!」


 兄ちゃんが叫んでいたけど、気づかないふりをした。


ーーーーー




 次の日、集まりの最終日。やっぱり起きたときには母ちゃんはいなくて、俺はのそのそ布団から這い出した。

 いつも、兄ちゃんと離れるのが寂しくてゆううつになる。だけど、今年はそうじゃなくて、でもなんか悲しくてつらい。母ちゃんの置いといてくれたおにぎりもなんだか気持ち悪くて食べる気が起きなくて、ゲームもなんだか楽しくなくて、ぼーっとしていた。


 「まひろくん、あそぼ」

 「あそぼぉ」


 唐突に声が聞こえて、ゆっくりふすまを見る。どうしよう。どうすればいい?


 「こないの?」

 「ねぇおいでよぉ」


 せかすような声と楽しそうな笑い声に、体が勝手に動いて、ふすまを開けていた。

 

------


 今日も、同じ木の上に隠れようとした。でも、最初の鬼の子が木の周りをうろうろしていたから、仕方なく近くの大きな石の裏に隠れた。近くの木の裏に隠れている子が、隠れ直した僕をじっと見ている。


 最初の鬼役の一番背が高い子が、いつも錆びたドラム缶の後ろに隠れている小さな子を見つけた、声がした。「みーつけたっ! おに交代! 三十秒!」その声で鬼が交代したことを知って、「いーち、にー、さーん」という声をのんびり聞いていた。で、ふと横を見ると、その小さい子が俺の隣に立っていた。


 「よーん、ごー、ろーく」


 え、もう見つけてるじゃん。っていうか、なんで見つかった場所から移動して数えてるの。


 「なーな、はーち、きゅー」


 え、待って、足音も何もしなかった。気配もなかった。なのに、何で隣にいる?


 「じゅー、じゅーいち、じゅーに」


 小さい子が、にたぁっと笑った気がして、怖くなって駆けだした。



------



 昨日はあの子の次に、小屋の中に隠れた子が見つかってた気がする。俺は、小屋とかなり離れている大きな木のうろに隠れた。幸い周りには誰もいなかったので、乱れた息を整えるために座り込む。


 「はぁ、はぁ、はっ」


 え、なにあれ、怖っ。なんか見つかったら、とても良くない気がする。


 それに、足音もしないで見つかるの、怖すぎる。普通かくれんぼって、鬼が近寄ってきたらそっと隠れ場所を変えたり、鬼から見つからない角度に移動するものでしょ。あれ、そうじゃなかったっけ。それはずるだっけ。


 何で足音しないんだろう。


 そういえば、母ちゃんが歩くと廊下にスリッパの音が響いていたけど、かくれんぼする子たちが来たときには、いつも足音がしなかった。


 浮いてるってこと? それとも、



 『今年の集まりに子供はまひろ以外いないし、この辺りは高齢化で子供はいても二、三人。この地域の小学校は潰れて、生徒たちは皆、遠い所にスクールバスで通うようになった』



 相原の兄ちゃんの言葉が不意に思い出されて、ぞっとした。


 そうだよ、普通の人間が足音を出さずに移動するなんて、できるわけない。


 自分の手をばっ、と見る。指先から手首にかけて、ペンキを塗ったみたいに黒く、変色していた。


 「う、わっ」

 思わず、すとんと座り込む。



『あの子、変な物が見えてるらしいから』


『・・・・・・まひろ、一応聞くんだけど、お風呂上がりだよね?』


『黒いペンキ缶に頭から突っ込んで、全身真っ黒になっちゃいました、とかはないよね?』



 母ちゃんと兄ちゃんの言ってたことが、頭の中で重なり合うようにしてガンガン響く。


「みーつけたっ! おに交代! 三十秒!」


 遠くで声が聞こえた。次見つかる子は、この木の近くの落ち葉の山の中。俺は震える足をなんとか立たせて、できるだけ遠い方向へ駆けだした。



------



 かくれんぼしているうちに、分かってきたことがある。


 一つ目。普通のかくれんぼはひとりひとりが見つからないように、それぞれが思ったように動くけど、このかくれんぼは違う。皆VS俺、って感じ。一応鬼は一人だし、他の子も隠れているような動きをするけれど、隠れ場所は毎回同じだし、皆のうち誰かに見られながら隠れたら、鬼がカウントダウンしながら何故か隣にいる。ずるだろ。


 つまり、鬼一人+監視カメラ十数台VS俺 でかくれんぼをやっているようなものだ。なんて難易度。昨日まで見つからなかったのが奇跡に近い。


 二つ目。鬼になる順番は決まってる。つまり、次に見つかる子も決まってる。監視カメラ役の子に俺が見つからなかったら、鬼は基本的に自分のいる位置から次に見つかる子が隠れている位置まで寄り道せずにまっすぐ進む。その鬼の進む経路上に隠れなければ、そして監視カメラ役の子に見つからなければ、鬼は交代して三十秒カウントが始まる。


 三つ目。多分子供は全部で十三人いて、全員見つかったらはじめの一番背の高い子に戻る。その子だけはなぜか行動が読めなくて、ランダムに森の中を移動してから次の子を見つける。


 つまり俺は、

 ・誰の視界にも入らない隠れ場所を見つける

 ・鬼の移動経路上じゃない所に隠れる

 ・一番背の高い子が鬼の時は全力で隠れる

 をすればいい。とても難しい。



 「みつけた! おに交代、三十秒!」

 「はっ、はっ」


 走りながら、次に隠れられそうなところを探す。何個か場所をピックアップして、誰にも隠れるところを見つからないように用心して隠れる。


 「いーち、にー、さーん」


 カウント中に誰かが隣にいないということは、見られなかったということ。俺は息をついた。次の鬼は一番背の高い子じゃないから、決められた道を進むはず。俺は息を整えて、自分の体を見る。


 最初に気づいたときは指先から手首までだったのが、今は腕の付け根辺りまで真っ黒だ。肌だけだと思ったら服も黒く染まっていてびっくりした。足も同じように、太ももの中間くらいまで黒く染まっている。


 みんなが普通の人間ではない、と分かってから、おかしなところにどんどん気づいていった。みんな、人間じゃない。いや、人間の形はしているけれど、ペンキをかぶったように真っ黒だ。道理で、背の高さしか印象に残らないわけだ。でも不思議と表情や視線の向きは分かって、それがとても気持ち悪い。


 俺も、全部真っ黒になったらあの子たちと同じになるのかな、なんてなんとなく感づいて、背筋が凍った。


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