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雷鳴たまげ 

掲載日:2023/05/18

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 へー、いまでも感電してガイコツが見える表現、アニメとかでもやるのね。

 聞くに、この手のギャグ表現てあまりにポピュラーすぎて、どの作品が発祥なのか、少なくとも私の身の回りにいる人は知らないのよね。

 私、雷に当たると丸焦げなイメージが先立つわ。骨が見えるのは、むしろレントゲン撮影の時とか? だから感電=ガイコツなイメージには、少し懐疑的なのよ。ギャグ表現と分かっていてもね。


 他にも稲光の間だけ、姿が見えるというのもホラーとかじゃおなじみじゃない?

 古来、雷には特別な力が宿っていると信じられてきた、証左でもあるんじゃないかと私は思っているの。

 実際、雷をめぐって私自身も奇妙なことを体験したことがあるし。

 そのときの話、聞いてみない?



 あれはまだ小学校へあがって、間もないころだったかしら。

 当時は雷とか台風とか、こちらが意図せずして起こる大きな音に、けっこう弱かったわ。

 たとえ屋内であっても、音の気配がすっかり遠ざからないうちは安心できない。これが屋外ともなれば、どこか屋根のある場所へ隠れて、身震いしたくもなるものだった。

 その日は午前中は晴れていたのに、お昼を回ってからはぐんぐん黒雲が湧いてきて、雨が降るのも時間の問題とばかりに、あたりが暗さを増してくる。


 幸い、帰りの会が終わるころは、まだ無事だった。こんなときは、一にも二にも即帰宅が安全牌。

 いつも一緒に帰る友達にも、早々に別れを告げて先を急ぐ私。

 同じ震えるにしても、ホームとアウェーじゃ心持ちに天地の差がある。できるだけ信号などの足止めを食わないポイント、タイミングを見計らってどんどんと先へ進んでいったわ。

 でも、家まであと数百メートルほどといったところで。


 ゴロゴロゴロゴロ……!


 光による前触れなく、唐突に襲い掛かってきた雷鳴が私の耳を打つ。

 なんの準備もしないまま音に飛び込まれて、私の鼓膜も脳もたちまちビビっちゃって、つい周りを見回しちゃったわ。

 そこにちょうどよく個人経営と思しき、お蕎麦屋さんの軒先が。

 営業中の立て看板の横には、気が早いのかお客さん用の傘立てがもう用意してある。

 持ち合わせは、公衆電話代数十円ぽっきり。とてもお店の中でくつろぐ度胸はない。

 雨はまだ降ってきてはいないけれど、私は遠ざかりかけている雷の音をうかがいながら、早く空が落ち着かないかと、そわそわしていたわ。

 お客さんが出てきたら、ちょっと気まずいことになりそうだけど、そうはならないうちに200秒は数えたかしら。

 空もおとなしめだし、そろそろ走って帰っちゃおうと思った瞬間。


「ぴかっ!」と「どーん!」が一緒に来たわ。

 細かく短い光の中、飛び上がっちゃうほどの大音量に、あやうく意識を持っていかれそうになる。

 家にいるときも、これほど近くで雷が響くことはなかった。いつも意味ありげにピカピカと空を光らせて、「いきますよ、いきますよ」と覚悟させてから私の耳を襲っていたはず。

 それがこうも不意を打つとは、なんとも卑怯極まりない。しかも逃げ方すらもよく分からない、こんな外のアウェーでなんて……。

 そこにまた、非情な追い打ち、ぴかっどーん!

 ついに辛抱たまらず、悲鳴をあげて後ろのそば屋の壁にべったり張り付いてしまう私。



 その2度目の光のまたたきが、おさまりきらないうちに。

 何度目かの明滅のあと、目の前数メートル先の歩道にいきなり黒い人影が現れたの。

 光がおさまっても、ぼんやりと影はそこに立っている。カメラのフラッシュが焚かれた後みたいに、光で目をやられたかと思ったけれど、目線をちらりちらりと動かしても影はまったく動かない。

 私とほぼ同じ体格、輪郭で目の前に立つ影。それは私が目線を戻すや、くいっとそっぽを向く。

 本来、私が進んでいくべき方向めがけ、影はとたたっと小走りで駆けていったわ。


 とたん、腰が砕ける私。

 壁でこすれて服が汚れかねないのに、構わず座り込んでしまう。

 足がしびれてしまっている。まともに上半身を支えられなくて、しばしその場を動けない

 ほうっておけば、そのうち少しずつ楽になるのに、今回は違う。おさまるどころか足をのぼり、お腹の脇から腕にかけても、寝相悪く眠ったときのように力が入らなくなっていくs……。


 戸惑う私の横で、がらりとそば屋の引き戸が開く。

 白い手拭いを頭にかぶり、割烹着を着たおばさん。ここの店員さんと思われたわ。

 おばさんは先に、歩道を駆け去っていく影を見やる。目を細めて、追っているかのような視線はきっとあの影が見えていたのね。


「あんた、さっさと行きな。『たまげる』目に遭うよ」


 さして間をおかず、変わらず壁にもたれかかっている私へ、声がかけられる。急かすような声色だったわ。

 もう私は二回も雷におどかされた身。これ以上、まだ何かたまげる目に遭うのだろうか。

 なおぐずぐずし出す私に業を煮やしたか、おばさんは傘立てに刺さっている一本を抜き、私の背をさするような格好で、無理やり軒先から外へ追い出した。

 振り返ると、無言で仁王立ちしつつ、あごを影が走っていった先へしゃくって見せる。影そのものはもう角を曲がっていってしまって、ここからは見えない。

 その行く道はちょうど、私の帰路と重なっていた。


 時間とともに、その版図と強さを増すしびれに、数百メートルの道のりが数キロにも感じられた。

 進めば進むほど、手足はちょっとした動きでピリリと痛みを放って、私の歩みを鈍らせる。

 途中にある横断歩道などでは、軽くびっこを引くような動きになってしまい、一緒に渡る何人かにじろじろ見られて、恥ずかしいったらない。


 ――なんで私がこんな目に遭うんだろう。


 痛みと悔しさで泣きそうなのを必死に我慢して、顔は火のように熱くなっている。

 引き続き、建物やガードレールとかに寄っかかりたい衝動に駆られたけれど、ぐっと我慢したわ。

 あのとき、おばさんに送り出されたためばかりじゃない。時間を追うごとにしびれは増す一方で、ぜんぜん引っ込む気配がなかったから。

 動こうがじっとしていようが、結果は同じ。だったら安心できる家の中で、ゴロゴロする方が絶対にいい。

 そう信じて、私の足はようやく自宅の玄関へかかっていく。

 

 やっとの思いで玄関の引き戸を開けるも、ただいまを言いかけた私は、びくりと固まってしまう。

 あのとき、そば屋の前に現れた影があがりかまち手前に、立ち尽くしていたのだから。

 思わずのけぞりかける私に向かい、影はあのとき去っていったときのごとく、ぐっと構えると、今度は私めがけてぶつかってきたの。

 思わず目をつむっちゃったけれど、痛みはない。恐る恐る目を開けても影はすでにない。私の前にも後ろにも。

 ただすぐ分かったのは、ほんの先ほどまで体を苛んでいたしびれが、ウソのように治っちゃったということだったわ。

 ほどなく、お母さんが家の奥から出てきて、私は先ほどのことを話すと、それはそば屋のおばさんが話したように、私が雷にたまげすぎたせいかもと教えてくれたわ。

 

 たまげるはもともと魂消ると書き、魂が消えるほどの驚きを差す。

 あのおそば屋の下で驚きすぎた私は、うっかり家へ帰ろうとする気持ちを持った魂だけが離れてしまい、身体の中から消えて先走ってしまった。

 いわば抜け殻状態になった私は、満足に動くことができなくなってしまっていて、もしそのままなら魂が消えたまま、二度と動けなくなっていたかもと聞いたのよ。

 


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