ラジオ深夜特番『本当に○○○怖い話』
草木も眠る丑三つ時――ラジオの前の皆様、いかがお過ごしでしょうか――
この番組では、皆様からの――とっておきの怪談を――募集しています――
アパートの部屋にいる間はラジオをつけっぱなしにしている。
貧乏学生故にテレビは置いてなかったし、独りの空間を音で満たしてくれるのはラジオだけだった。強がるわけではないが、目を奪われることがないので、ゼミの課題や原稿執筆のお供にちょうどいい。尤も後者は、思うようには進まなかったが。
大学の文芸サークルに所属し、部誌の編集長という立場に就いているが、所詮は学生だけのごっこ遊び。実力を認められてのポストではない。真っ白な原稿の前で、ただラジオを聞いて過ごしただけの長い長い時間がそれを証明するだろう。
ラジオをつけたまま寝落ちすることもよくあった。特に夏は、どうせ眠れないのだからと開き直っていたので顕著だった。なので、何月何日かなどの正確なところは覚えていないが、とにかくその日も、扇風機の2時間の延長運転が切れた頃に、寝苦しくなって起き出したのだった。
ただ流しているだけなので深夜帯のプログラムはチェックしていないが、そのとき聞こえていたのは、まったく知らない番組だった。どうやら特番らしく、やはりまったく知らないパーソナリティが生放送でやっているらしい。
『草木も眠る丑三つ時――ラジオの前の皆様、いかがお過ごしでしょうか――』
抑揚のない陰鬱な語り口。
『この番組では、皆様からの――とっておきの怪談を――募集しています――』
時折、ざらりとしたノイズが入る。外では雨が降っている気配がして、それで受信状況が悪いのかと思われた。
『眠れぬあなたの、お話を――ぜひ、お寄せください――』
無謀な番組だな、と思った。深夜の生放送で、リアルタイムでリスナーから怪談を募集するなんて。どの番組もメッセージが少ないとひいひい言っているのに。下手をしたら、電話がかかってくるのを延々と待っているだけの痛ましい番組になるかもしれない。消してしまおうかと思ったが、
『それでは――次の方に――語っていただきましょう――』
と、パーソナリティが進行する。何だ、ちゃんと出演者を確保しているんじゃないか。
部屋の中に、ラジオ以外の音が割って入った。
これは自分のスマホの着信音だ。すぐには気づかなかった。こんな夜中に電話がかかってくるなんて思ってもいなかったから。
飛び起きて画面を見ると見覚えのない番号からだった。猜疑心と、「誰かの電話を借りなければいけないほどの緊急事態かもしれない」という焦りに揺れながら、応じる。
『もしもし――』
知らない男の声。いや、聞き覚えはある。ついさっきまで聞いていた。
『あなたの番です――』
「は?」
その、自分の間抜けな声もラジオから聞こえてきた。間違いない、これはラジオ番組からかかってきた電話だ。
マジかよ信じられない。メッセージを送ったわけでもないリスナーに逆電なんかかけてくるか普通。非常識さへの憤りに頭がいっぱいになり、どうやって番号を知ったのかなんて些細な疑問は奥へと押しやられ、代わりに興奮が支配した。
――今、ラジオで喋ってる。
その高揚感に任せて、パーソナリティに促されるまま、口を開く。
「これは、私が体験した話ですが……」
そう言いながら、部員から預かっていた原稿を漁る。確か、怪談風の小説を書いてきたやつがあったはずだ。あった。ドンピシャで、今日のような雨の日の話だ。
「雨の日の、夜のことです……」
盗作、という言葉は頭をよぎり続けていた。だが、こんな深夜のラジオ番組なんて誰も聞いていないはずで、当然この原稿の作者だってそうに違いない。万が一バレたとしても、少しづつ、少しづつアレンジしていけば「その怪談、うちの田舎でも聞いたことあったんだよ。ちょっとバージョンが違うみたいだけど」で逃げ切れるはずだ。
「……雨が窓を叩く音がうるさく、寝付けずにいた私は……」
そう、作中ではしとしと雨だが、このように土砂降りであるように改変したり。
原稿に書かれているのは、雨の日に訪ねてきた奇妙な女の話だ。すぐに失敗を悟った。土砂降りでは、ドアを叩く音が雨に掻き消されてしまう。何とか話の筋を成立させるために、女には少々乱暴になってもらうことにした。
「ドアを蹴破ろうとしてきたのです……何度も、何度も……」
もともとの話では、怪しい女を入れるか入れないかの押し問答が物語の肝なのだが、ドアをガンガン蹴ってくる相手にそんな穏やかな展開を望むべくもない。入られないように内側から必死で抵抗するように改変した。
何だ、こっちの方が面白いじゃないか。
元の話は全然ダメだ、俺の方が面白い話を作れるんだ。
語っているうちにだんだん盛り上がってしまい、勢いのまま結末も変えることにした。
「恐怖を感じた私はその女を入れることはありませんでした。その後、女が現れたことはありません……」
もとの原稿ではここで終わる。
「……と言うのも……」
それをもっとインパクトのある結末に。
「直後に、大雨で氾濫した川の洪水で、家ごと流されてしまったからです……」
終わった。
盛っていくうちに、盗作がどうとか関係なくなるほどに改変してしまったが、何とか怪談を語りきった。達成感に満ち満ちていたので、自分の体験だという体で話し始めたのに、最後は流されてしまって辻褄が合わないことにしばらく気が付かなかった。
まあ、いいか。そういうところには目を瞑って楽しむのが怪談だ。
ドンッ
またラジオ以外の音が割って入った。
ドアだった。何かに強く叩かれた。
「……まさか、いや……」
さっき喋ったのはすべて作り話で。
そもそも、もとの原稿の怪談だって作り話のはずで。
体が固まったまま、何もできずにドアに何かがぶち当たる音を聞く。何度も、何度も。怪談と違い、抵抗できなかったから、遂にドアはぶち破られた。
部屋の中に、流木と共に濁流が押し入って来た。
そんな。
ずっとラジオをつけていたのに、警報なんて一度も
それが、私の体験した、とっておきの怪談です。
そのあとどうなったのかは、わかりません。
――流されてしまったので。
ありがとう、ございました――
引き続き、ラジオ深夜特番――『本当になった怖い話』――を、お楽しみください――