07.私に伝えるように言われたのは……
私は部屋に入ると、ショルダーバッグを反重力ベッドの上にポンと放り投げ、その横にどさっと身を投げ出した。
あれからラウンジを後にした私たちは、明日の朝が早いということもあり、それぞれの部屋に分かれて休むことにした。
もしかすると、ミーマはトスティとラウンジにもう一度戻ったかもしれないが……(二人はラブラブだしね……)
くるりと回転して天井を見上げると、乳白色の刺激の少ない光を放つ照明天井が目に入った。
「ふう……なんか、とんでもないことになったかも……」
ため息と共に私は呟いた。
いきなり地球、いや太陽系全体の危機だなんていわれても、その場でゾクリと恐怖を感じたのは確かだが、今になって冷静に考えてみると、そんなことが本当にあるのかという気になる。
時間移動だ――ゴーリーの予言だ――というのも、もしレイトが空間からいきなり現れるところを実際に見ていなければとても信じなかっただろう。
それに、なんといっても、あの『カンサイベン』!
……ふふふふ……
思わず笑いが込み上げてきた。
だめ!思い出したら止まらない。
気づいたら、お腹を抑えて笑っていた。
……く、苦しい……
私は15歳。一応、箸が転げただけでまだ笑える年齢だ。
「何、笑ってんねん?」
レイトの声がいきなり聞こえて、身が固まった。
パッと横を振り向くと、変わったものを見る目つきで、レイトが腕組みして私を見下ろしている。
「な、な、な、」
言葉を失い、すばやく飛び起きた私は、大きな声を上げていた。
「ど、ど、どうやって、入ってきたの?」
顔が赤くなる。(こ、この男は……もう)
「だって、ドア開いてたで」
「だからって、ノックもせずに女の子の部屋にいきなり入ってくるなんて!」
私はレイトを睨みつけた。
「ノックはちゃんとしたで。
でも返事はないのに、ノブ回ったから無用心やな思うたんや。
そんで、ちょっとドアを開けたら、なんかバカ笑いが聞こえたから、心配になったんや」
さらに顔の赤みが増したようだ。
「え?き、聞いてたの?……」
「聞くもなにも、あんな大声出して笑うてたら、廊下まで十分響いてるで」
「う…………」
言葉につまる私。
しかし、それには構わずレイトが話しかけてきた。
「それはそうと、ここに来たんは、ランに話とこ思うたことがあるからや」
「ちょっと、待って、このカッコじゃなんだから……」
私は、そそくさとベッドから降りて窓際にあるテーブルに近づくと、エア・チェアを出して座った。
「何、話って」
レイトもテーブルにやってくると、同じようにチェアを出して、どさっと座る。
「俺が、師匠からいくつかの予言を聞いてきたことは、さっき話したやろ」
「うん」
「そん中にな、二人の女の子とあったら、片方だけに伝えておくよう言われたのがあるんや」
「え、なぜその伝えるのが私だって思ったの。もしかするとミーマかもよ」
さっきのバカ笑いを聞かれてしまった動揺から、ようやく落ち着きを取り戻してきた私は親指の雷石のリングを、パルスが生じない程度に弱くはじきながら尋ねた。
「いや。それは、はっきりしとる。だって、師匠は落ち着きのない女の方に話せ言うとったしな」
ずるっ――思わずチェアから落ちそうになった。
「そ、そう……」
何とか座り直す。
「ま、まあ、いいか……それで、その予言って?」
私がこけかけたのは、気付いていると思うのだが、全く気にせず平然とレイトは答える。
「今は、意味がわからんのやけど――」
一言一言思い出すように、ゆっくりとした口調だ。
「師匠は、『日輪に囚われず、悪夢の中から真実を見付けなさい』、と言うとった」
謎かけのような言いまわしだ。意味はさっぱりわからない。
いや、言っていることはわかるが、それがどう役立つのだろう?
考え込む私。
ふと視線を感じて顔を上げると、レイトが私をじっと見ていた。
その瞳は、深い哀しみが潜んでいるように思えたのは、私の気のせいだろうか……
だがレイトは、すぐその視線を外して立ち上がった。
「ほな、そろそろ行くわ」
ぼんやりとその後姿を見送る私。そして、レイトは部屋を出ようと歩み始めたが、ドアに手をかけた時、足を止めた。
「――さっきな、落ち着きの無い女の子の方に伝えろ言うたんは冗談や……本当は、会えば必ず分かる、って言われてたんや」
「え?何?」
ゴーリーの予言を頭の中で反芻していた私は、レイトの言葉がすぐに理解できなかった。だが、レイトは「じゃあ、またな」と言うと部屋を出ていってしまった。
ゴーリーの予言で頭が一杯だった私が、さっきのレイトの言葉を思い出したのは、それからしばらくしてからだった。
……会えば必ず分かるって……何でだろう……??
私がその『意味』を知ったのは、かなり先のことだった……
次話は、火曜日に投稿予定です。
間断なく、緑色にフラッシュする空。
夢の中で、虹色の光が拡散する中、ランが聞いた声は――
次回 「08.夢」 です。