04.時の旅人
そして私の家。
私の両親は、水星で植物を利用した生体解析システム関係の仕事をしている。
ちなみにミーマの両親は木星の衛星であるガニメデで木星バッタの研究をしている。
木星バッタとは、木星のガスの中で見つかった生物で、足の形がバッタに似ていたからその名前がついた。ただし、足は15本もあるが……
今の時代、ミドルスクールに入学すると、基本的に子供たちは親元を離れることが多い。
別に寄宿舎などの生活ではないが、かといって、メイドさんがいることもまずない。
全ては自活するための訓練の一つと考えられている。
私は、反重力テーブルの上に、リンカンを絞ったジュースを持っていった。
リンカンとは、古代りんごと古代みかんを遺伝子操作を加えて掛け合わせ作った果実で、今、太陽系全域ではやっている。特に地球産、火星産は重宝されている。
すでにエア・チェアに座って待っていたミーマとレイトは、いつのまにか仲良く話していた。(おいおい……)
……ミーマって、本当にハンサムな人には抵抗ないんだね……
私は、つい小さな声で口にしていたようだ。
「ラン、何をぶつぶつ言ってるの?」
「ほんまや。独りごとを言うのは、昔から年寄りと相場が決まっとるで」
レイトがミーマに相槌をうっている。
……こ、こいつ、侮れない……
出会ってからまだ一時間もたってないのに、すっかり馴染んでる……
……ま、いいか。
私も自分のエア・チェアを呼び出して、ポンと飛び乗った。
エア・チェアとは、空気を反重力で制御して椅子の形に保つ装置で、テーブルに設置されている。
ボタンを押すと、その前にいる人間の体を一瞬で識別して、座るのに最適な形を作ってくれるのである。空気でできているので、明確な境界線はないが、半透明の覆いをされた椅子、といった感じだ。
ふう……と、少しため息をついたが、リンカンジュースを一口飲んだら、ようやく気持ちが落ち着いてきた。
そこで、私は早速、尋ねることにした。
「ねえ?、レイトはどこからやってきたの?」
レイトは黙って、リンカンジュースのグラスを左右に傾けている。
その表情には迷いが現れていた。だが、意を決したように、小さく「うん」とうなづき、ゆっくり語り始めた。
「ほんまは、どこまであんたらに話してええか迷っとる……
でもな、俺が無事、この世界に来れてあんたらに会えたことは間違いなく意味がある。
だから正直に話すけど……普通は信じられん話やとは思うけど、嘘でも頭が変でもないから。
それを承知して聞いてな」
「わかってる。レイトは私が知らないこと、っていうより、不思議なことを少なくとも二つは目の前で行ったんだしね。
私もミーマも、現実は受け入れる方だから話してみて」
部屋の中は、温かな乳白色の光で包まれ、室温も薄い部屋着で平気な温度に保たれており、快適だった。
レイトは、もう一度ジュースを口にした。
「おねえちゃん、最初に確認しておきたいんやけど、今日は何月何日や?」
「おねえちゃんっていう呼び方はやめて。ランでいいよ」
私は、ビシッと釘をさした上で答えた。
「今日は、西暦2999年12月17日よ」
「ほうか……じゃあ正確に来れたわけやな。よかった」
レイトの言葉にミーマが不思議そうに首を傾けた。
しかし、レイトは構わず続ける。
「ところでラン、ゴーリーっちゅう予言者は知っとるか?」
「うん、有名だからね。ロー・スクールの生徒でも、たぶん知ってるよ」
30世紀の現在では、太陽系の学校は、ロー・スクール、ミドル・スクール、ハイ・スクールに分かれている。ミドル・スクールまでが義務教育だ。
ロー・スクールは6歳から始まり、各スクールは6年ごと。ロー・スクール入学前までは、各惑星ごとのカリキュラムに従ってプチ・スクールが実施されている。
「ゴーリーの存在は、かなり謎につつまれてると思うんやけど……」
そこでレイトは一息ついた。そして私の顔を見つめる。
「……実はな、俺は予言者ゴーリーの弟子やねん」
「はあ?」私。
「うそ?」ミーマ。
二人揃って、間の抜けた返事をしてしまった。
「だって、ゴーリーって今から700年以上前の人だよ。じゃあ、レイトはゴーリーの子孫?」
「いいや、違う」
……??
分からない……
その時、横からミーマがわかったと小さく叫んだ。
「じゃあ、レイトは過去からやってきたのね!」
「はあ?」
何言ってるのミーマ、今ですらタイムマシンなんて作られてないのに……過去から未来にこれるはずないじゃない……
再び間の抜けた声を上げてしまった私を横目に、しかし、レイトが重々しく頷いた。
「……うん。半分は当たりやな。確かに俺は時間を移動してきたんや」
……え?うそ!
思わず、目が丸くなってしまった。
でも確かに、常識を超えたあの登場の仕方は、現代科学では説明はできないが……
「しかし違う。過去からきたんやない」
……??
再びクエスチョンマーク。
「だって、ゴーリーはすごい昔に死んだはずじゃなかったかしら」
「そうや。ゴーリーが死んだのが2258年。これは記録に残っとる。劇的な最後を遂げたわけやしな」
レイトは、不思議がる私たちの反応が面白かったのだろうか、やんちゃそうな目をして話を続けた。
「でもなゴーリーが生まれた記録は見つかっとらんやろ」
記憶をたどってみる。(そういえば、ゴーリーの出生は謎だったったけ……)
「……うん」
私は、うなづいた。
確かに、予言者ゴーリーは、当時の科学レベルを遥かに超えた知識と技術を持っていたそうである。
その一つには、パルス・ガンも含まれている。
しかし、その生誕は謎に包まれていた。
顔も常にマスクで覆い、人前に姿をさらすことは決してなかったそうである。そのため一説には、彼は宇宙人だったとも言われている。
「記録が残っとらんのは当たり前や。だってゴーリーが生まれたのは3556年が公式の記録や。
もっとも本人は、本当の生まれた年は内緒だと言っとったけどな」
一瞬、私は理解できなかった。ミーマも狐につままれたような顔をしている。
……3556年?
……今は2999年だよ?
「だ、だってゴーリーは過去の人よ。それが未来に生まれるはず……」
ミーマが思わずつぶやいたとき、私は、気付いた。
「もしかして……ゴーリーは時間移動ができたの?」
「正解。ゴーリーは36世紀から、過去に移動して予言者となったんや」
「ということは……レイトは未来から来たんだ」
私はようやく理解した。
「そう……俺はスター・リピートを防ぐために、この時代に来たんや」
ごく当たり前のことを言っているかのようなレイトの言葉に、私の思考は停止した。
……え??
……うそ?
……スター・リピート??
……ま、まさか……
レイトに出会う直前の話題だっただけに、一瞬、背筋が寒くなる。
「……あ、あの予言は本当のことなの?」
やがて思考が再開したした私は、ゆっくりと尋ねた。
「そう、スター・リピートがどのようなもので、どのような影響を与えて太陽系の全惑星を壊滅させたのかは分からへん」
……!!!!
今度こそ本当に、私もミーマも彫像のように固まってしまった。