24.乳白色の照明天井
「トスティ!」
もう一度、私の後ろからミーマが叫ぶ。
しかし、トスティは全く身動きしなかった。
その姿には、あの天然夏男だったトスティの妙な陽気さは、微塵も感じられない。
その異様さと唐突さに、レイトすら身動きしない。
乾いた恐怖が辺りを支配していた。
ミーマも、もう声をかけられないでいた。
かなり出血したのだろう。
ふと気がつく度に意識が途切れているのを自覚できる。
……眠い……
まぶたが落ち暗黒に包み込まれていく。
しかし、見覚えのある瘴気にブワッと襲いかかられ、私はうっすらと目を開けた。
そこに映っていたのは……
『緑の杖』だった。
それは、トスティが乗ったボートの横の海中からふと現れ、トスティから数メートル離れた空中に静止していた。
タイン・マウンテンに現れたものと同じく、非人間的な気配を身に纏っている。まさしく「悪魔の杖」だった。
だがすでに、その時、私は体力の限界に達していたようだ。もう目は開いていない。
声が聞こえた。
どこかで聞いたことのある重い無機質な声。
一切の干渉を許さない声。
『星の回帰がまもなく訪れる』
この声は……そう……
そして、私は完全に意識を失った。
◆◇◆◇
私が目覚めたとき、すでに新しい年になっていた。
目を開けると、乳白色の照明天井が目に入った。
「ラン!気がついたの?」
ミーマの声がする。
顔を横に向けると、ミーマの泣きそうな顔があった。
「よかった……このまま目が覚めないかと思ったわ……」
そっと、私の手を持ちあげるミーマ。
……なぜ、泣いているの?ミーマ?
そして、私は全てを思い出した。
……そうだ。あの時、『緑の杖』が現れて私は気を失ったんだ……
「ここは?」
「カーリー・アイランドのシティ・ホスピタルよ」
…痛っ!
少し身動きすると、左肩に鈍い痛みが走り、顔をしかめてしまった。
「ラン、まだ無理しちゃだめよ。ようやく傷がひっついたばかりなんだから」
そっか、あの時、触手に肩を貫かれたんだ……そう言えば、あの後、どうなったんだろう?
私は急に心配になった。
「みんな、無事?」
「ええ、平気よ。レイトもナックも」
ミーマはそっと私の手を降ろす。
「平気じゃなかったのはランだけよ。あれから10日間以上、眠りつづけたんだから」
「10日間!?今日は何日?」
「今日?1月7日よ」
私は、がばっと布団の上に起き上がろうとするが、左肩の痛みにバランスを崩した。
「ラン!無茶はしないで」
ミーマが、支えてくれる。
「それより、トスティは?あの緑の杖は?スター・リピートは?」
私は、矢継ぎ早に質問を投げかける。
「ま、待ってラン。そんなにいっぺんに言われても答えられないわ。それより、まだ横になってなきゃ」
トスティの名前にミーマの顔は曇ったが、無理やり明るい顔をして私を寝かせようとする。
ウィーン――
その時、部屋のドアが開いた。
ミーマが振りかえる。
「レイト!ランが気がついたわ」
レイトの「ほうか」という声が聞こえる。
その声には安堵の響きがあった。レイトはベッドまで来ると、エア・チェアを出して枕元に座った。
「ラン、身体は平気か?」
いつもの笑顔と、優しいへんてこなイントネーションの言葉を聞いた私の心に、温かいものが流れ込んでくる。
「うん。平気」
私が身体を起こそうとすると、レイトは慌てて制止した。
「まだ、無理して起きたらあかん。そのまま寝とき」
「そうよ、ラン。今はゆっくり休んで早く治さないと」
私は忠告に従うことにした。
「そうそう、ランが覚めたこと先生に言ってこなきゃ。レイト、私ちょっとナースルームに行ってくるから」
「ほうか、じゃあ、頼むわ」
「ええ」
そして、ミーマが部屋から出ていくと、私はレイトと二人きりになった。
しばしの沈黙。空調の音だけがリズムを刻んでいる。
最初に話しかけたのは、レイトの方だった。
「あの時、俺を助けてくれて、ありがとな」
レイトは、ポツリと口にした。
「ううん。レイトは怪我してない?」
「ああ」
「そう言えば、レイト、あの後どうなったの?」
「ランは、どこまで覚えとるんや?」
「トスティがいきなりボートの上に現れて、『緑の杖』が浮いてきたところまでは覚えているけど……」
「ほうか。その後はな、ランが気を失って倒れたんで、三人の視線がランのとこに集まったら、次の間には、もうトスティも『緑の杖』も消えうせていたんや」
「一瞬で?」
「どれくらいの時間やったかは、はっきりとはわからんが、視線が外れてたのは、長くても数秒やな。後にはボートしか残っとらんかった」
あの時のことを思い出したのか、レイトは少し苦い表情になった。
「すぐに、レーダーや俺の持っていた磁場探索装置で簡単に探したが、すでに痕跡はどこにもなかった。
一瞬、トスティも緑の杖も、幻やったんやないかと思ったぐらいや。
しかし、あの時はまずランを病院に運ぶ必要があったから、すぐに現場を離れた」
「ねえ、レイト。『緑の杖』は、消える前に何か話してなかった?」
「『緑の杖』がか?……現れてから消えるまで、一切何もしゃべっておらんかったで。
それに、あの杖が、どうやってしゃべるんや?
あれが人間の言葉を話したり理解できたりするとは、とても思えんけどな」
私の気のせいだろうか……いや、確かに声が聞こえた。
「星の回帰がまもなく始まる」という言葉が頭の中で反芻している。
私があの時のことを思い出そうとしていると、レイトがなぜか聞きにくそうに尋ねてきた。
「なあ、ラン。一つだけ聞いてもええか」
「何?」
「俺が、海に落ちて触手に襲われそうになった時、パルス・ガンを両手とも弾けるよう準備しとったやろ」
「うん」
「なんで、両方とも俺の方を襲った触手に放ったんや。なんで、自分に向かってきた触手に、せめて一つでも放とうとせんかったんや?」
……それは、どうしてもあなたを助けたかったから……
……もし、二つだったら効くのに一つじゃ効かなくて、それで、万一あなたを助けられなかったら……
でも、私は違う言葉を口にした。
「決まってるじゃない。まさか、自分の方に触手が向かってきてるとは思わなかったからだよ」
レイトは私をじっと見ている。
私は慌てて付け足した。
「そ、それにね、タイン・マウンテンでレイトも私を助けてくれたでしょ。だから、これでおあいこだね」
その時、病室のドアが開いた。
「ラン、先生連れてきたわ」
……ナイス、ミーマ!グッドタイミング!
横目でそっとレイトを見ると……
レイトは、なぜか哀しげな目で私を見つめていた。
胸がドキリとする。
……レイト、なぜ、哀しい目で私を見るの?
その時はまだ、私は、レイトの気持ちが分かっていなかった。
私が退院したのは、それから4日後のことだった。
次話は、明日投稿します。
退院したランが、次に向かったのはアース・シティ。
そこで妖虫と戦うランの前に現われたのは――
次回 「25.妖虫」 です。




