23.十重のパルス
……え!
慌ててナックの方に視線を向ける。
「レイトが私を助けようとして落水したんです!」
ナックが指差すシップから10メートルくらい離れた海面に、レイトが浮かんでいた。
どうやら、さっきの水飛沫で、私と同じように足を取られて海に落ちそうになったナックを助けようとして、変わりにレイトが落下してしまったようだ。
私は、全身に冷や水を浴びせられたような感覚に襲われた。
「レイト!」
思わず、船べりから身を乗り出す私に、波間から頭を出したレイトが叫び返す。
「あかん!まだ気を許したらあかん!」
その時、私の顔の横を何かがかすめていくのを感じた。
「レイト、これにつかまって下さい!」
ナックが、反重力救命浮き輪を投げ入れる。
これは、腕に巻くだけで身体を、わずかだが空中に引き上げてくれる装置だ。
「おおきに!」
レイトは、すばやく反重力救命浮き輪を引き寄せると、腕に填めてスイッチを入れる。
レイトの身体が、海面から一メートルぐらいのところに浮かび上がった。
……早く、早く、こっちに来て!
おそらく、クラーケンは海中をこっちに向かって進んでいるはずである。
私は、食い入るようにレイトを見つめた。
……あと数秒、現れないで!!
私は神に祈った。
だが、その祈りは届かなかった。
突然、レイトの向う側50メートルぐらいの海面に、触手がいきなり飛び出し、猛スピードでこっちに向かってきたのだ。
レイトが海面に浮かんだまま、触手の方を向いて、イオン・チェリーの体制を作る。
だが近すぎる!
光りの弓矢が出現しかかっているが間に合わない!
足が震えるのがわかる。
しかし、それでも身体は反応した。
すばやく両手にパルスを作り、レイトに向う触手に向けて弾こうと体制を作った。
「あかん、ラン。俺に構うな、そっちにもいっとるで!」
レイトの声にわずかに視線を逸らすと、新たな二本の触手が斜め前の方から私に向って突き進んでくるのが視界の端に入った。
だが、私は無視した。
ほんの一呼吸おくと狙いを慎重につけて、両手のパルスを、レイトを襲おうとしている触手に向けて弾く。
「ラン、危ない!」
同時にミーマが、私に向かって来た二本の触手をエア・ガンで撃ってくれたが、一本しか砕けない。ミーマの横では、ナックが目を大きく見開いていた。
世界がスローモーションに変わる。
残る一本の触手が、まっすぐに私の胸に向かってくる。
「ラ――ン!!」
レイトの叫び。
……やられる!
反射的に身をひねる。
その時、私が弾いたパルスが、レイトを襲おうとしていた触手を二重の雷撃で包み、そして触手が海中に没していくのが目に映った。
……よかった……
次の瞬間、触手は私の左肩の辺りを貫いていた。
激痛が全身をつかむ。
バリバリバリ……
ナックの撃ったエア・ガンが、私を貫いている触手を直撃する。
触手は衝撃を嫌ったのか、私の肩を外れ、海中に戻っていく。
生暖かいものが、身体を伝わり落ちるのがわかった。
意識がもうろうとする。
しかし、貫かれた傷の激痛が、なんとか意識の暗転を防いでくれていた。
「ラン!ラン!ラーン!」
ミーマが泣き顔で支えてくれる。
……私はまだ平気だよ、ミーマ。
口に出そうとするが、激痛のため、うめき声しか出ない。
バシャーーッ!
巨大な水柱が50メートルぐらいのところに上がった。
クラーケンの巨大な顔が水面にそそり立つ。
その時、水面をぴょんぴょん跳ねてきたレイトが、デッキに戻ってきた。
「ラン、大丈夫か!」
救命浮輪を、腕から外して放り投げながら、レイトが駆け寄ってきた。
「う……うん……なんとかね」
私は肩の激痛に耐えながら、声を振り絞った。
「よし、もう少し頑張るんや!ミーマ、ランを奴の正面に向けて支えてくれ!」
そういうとレイトは、イオン・チェリーの発射準備に入る。
ミーマが、背中を支えながら、私をクラーケンの正面に向けてくれた。
クラーケンが、こちらにやってこようとしているのが見える。
しかし、先ほどの攻撃で警戒しているのだろう。そのスピードは緩やかだ。
「ナック、わずかでええから、時間かせぎを頼む」
「わかりました!」
後ろでナックの声が聞こえる。
「ラン。聞こえるか。いや、返事はせんでええ」
わずかに頷く私。
「俺のイオン・チェリーだけでは、たぶんあの巨体は止められへん。
かといって、さっきの攻撃から見れば、ランのパルスだけでもたぶん無理や。
そこで、ランのパルスに、俺のイオン・チェリーを重ねたいと思うんや。
イオンをパルスで振動させることができれば相当のエネルギーを奴にぶつけられるはずや。
その方法に賭けてみたいがええか?」
今度は、しっかりと頷いた。
「あと、少しの辛抱や。ラン、パルス・ガンを最大で準備してくれへんか?」
「だ、大丈夫……よ」
「よし、じゃあ頼む」
レイトは、すでに準備に入っているイオン・チェリーの体制を崩さずに静かに言った。
その声に、私はレイトの信頼を感じた。
ミーマに身体を預けたまま、わずかに身動きする。
貫かれた左手は全く持ちあがらないが、右手は大丈夫だ。
一回、二回……三回……
指は動く。
電磁紐を何回となくはじいた。しかし、スムーズさは全く失われ、もどかしい。
「制御できるか?」
レイトがクラーケンから視線を外さず語りかける。
そう。パルス・ガンは、回数を多くはじけば、それだけ強力なパルスを発生させられるが、威力が強くなればなるほど密度が濃くなるため、制御が難しくなる。
指のわずかなぶれが、自分にパルスを浴びせることにもなりかねないのだ。
私は、通常の電磁紐であれば、最大で十重のパルスは制御できる。
しかし、この特別製の電磁紐で、さらにこんなもうろうとした状態で制御できるのか不安はあった。
だが、今、ここで制御に失敗すれば、後ろで支えるミーマはもちろん、このシップ全体がパルスの雷撃を受けるだろう。
私は、必死だった。
五回、六回……
「わ、わかってる……」
そして、なんとか十重のパルスを完成させた。
私の指の間を、いつもは紐が重なったようなパルスが、パープルに輝く円盤状の形に姿を変え、緩やかに回転していた。
……よし、何とか準備完了……
その時、私たちが何かしようとしているのを感じたのだろう、クラーケンが、いきなりスピードを上げた。
「ナック、頼む!」
レイトの叫びにナックが応えた。
バリバリバリ……
ナックが発射したエア・ガンが、クラーケンにぶつかる。
ダメージは与えられなかったが、一時的に突進を止めることはできた。
そして、私たちは貴重な数秒を得られた。
「ラン!撃て!」
私は反射的に、クラーケンめがけてパルスを弾いていた。
同時にレイトがイオン・チェリーを発射する。
円盤状に回転しながら進むパルスに、イオンチェリーが重なり、合体すると、それは巨大な白い光りのスピアに変貌した。
そして、空間を歪めながら、再度突進をはじめたクラーケンの胴体部に命中する。
チュドォオオオオオオンン!!!
爆発音と共に、まばゆい白く光るスピアが、クラーケンの身体を引き裂きながら雷撃を与えた。
大波がシップにも押し寄せ、船体が左右に揺れる。
そして、バラバラになったクラーケンの身体は、海の中へと沈んでいった。
私たちは、しばし身動きせずに見守った。
どうやらやっつけられたようだ。
……やった。
安心したせいか、頭が垂れる。そして、意識が遠のき始めた。
「トスティ!」
ミーマの叫びに、再度、意識が引き戻される。
私の背中を支えてくれていたミーマの体が、硬直するのが伝わってきた。
気を振りしぼって、顔を上げてみると……
かなり離れた海上に、いつの間にかボートが漂っていた。
その上に、ちょこんとトスティが座っていた。
次話は、明日の投稿です。
ランが目覚めたのは、病院のベットの上だった。
『緑の杖』が告げた言葉の意味を考えるラン――
次回 「24.乳白色の照明天井」 です。




