22.クラーケン
シップは順調な航海を続けた。
目的地は、クラーケンが出現した海域で、ちょうどカーリー湾の中央付近にあたる。
もちろん、クラーケンがまだ同じ場所にいるとは限らないが、闇雲に探し回っても意味はないし、何より、レイトの磁場探査装置が、その方向に反応した。
シップの操縦はオートパイロットに任せ、私たち四人はデッキに出ていた。
コバルトブルーの海とスカイブルーの空の調和が美しい。
数羽のカモメが鳴きながら船の上空を横切る。
常夏の日差しを浴びていると、半日前には、まだ雪が降る街にいたとは信じられない。
反重力により海面に浮かび上がって推進するシップは、揺れもなく快適だ。
だが、順調に思えた航海は、やはり嵐の前の静けさでしかなかったようだ。
出航して約一時間、目的地まで約半分くらいきたとき、デッキに設置されたレーダー監視盤が、軽い電子音を鳴り響かせ、異変の始まりを告げた。
「何?」
「どうしたんや?」
海を眺めていた私たちは、一斉に振り返った。
ナックが、監視盤に駆寄ると、素早く数値を読み取り、教えてくれた。
「水中から何かが近づいてきます!巨大なもの。距離10キロ、方位は北東!」
ちょうど今、私たちが向っている方向が北東だった。
私は、目を凝らしたが、穏やかな水平線が広がっているだけで、何の異常も感じられない。
「速度、かなり速い。時速200キロ!、接触まであと約3分です!」
「なんやて!時速200キロって、普通、あり得へんぞ!」
そう水中では水の抵抗を受けるため、速度は出にくい。時速200キロは魚雷の速度よりも速い。
ナックの言葉に驚きながらも、レイトは磁場探査装置を取り出して、船首に向けスイッチを押した。
ピ、ピ、ピ……
一定の間隔で赤いランプが点滅を始める。
「みんな、気をつけろ!たぶん、昨日テレビで見たクラーケンや!」
監視盤を操作していたナックがレイトを支持する。
「たぶんアタリです!大きさは全長約100メートルの生物です!」
私は、ある程度予想していたので驚愕はなかった。
何よりクラーケンを探しに来たのだから、向こうから近づいてくれるのは逆にありがたいことだ。
ナックが、デッキにあらかじめ持ち出していたケースを開け、「ミーマ、これを!」と言って、エア・ガンを投げ渡した。そして自分でも同じ武器を手にした。
エア・ガンとは、反重力を利用した銃で、空気や水を重力で圧縮して発射する。
だから、弾は無制限。真空中でもない限り、弾切れになることはない。
ナックには、出航後に、私とレイトは自分が持っている武器を使うことを伝えている。
それにしても、この前は「龍」で今度は「クラーケン」……まるで神話の世界に迷い込んだようだ……
エア・シップがプシュッと乾いた音と共に停止し着水した。
まだ、海上はいたって穏やかで、これからの戦いの予兆は何一つない。
抜けるような青空が水平線までくっきりと続いていた。
だが、接触までは既に一分を切っている。
デッキの監視盤には中央のシップに近づいてくる黒点がくっきりと映っていた。
そして……正面の海がゆっくりと盛り上がり始めた。
「気をつけろ!」
レイトが叫ぶ。
いつの間にか、穏やかな海の様相が一変していた。
いや、見た目はさっきと全く変わらない。
しかし、辺りに満ちる気配は、間違いなく異質のものであった。
背中をあのいやなぞくりとした感覚が襲う。
私は、パルス・ガンを両手ともに準備する。
両手にそれぞれ太さの異なるパルスが生まれた。
隣では、レイトがイオンチェリーの発射態勢に既に入っていた。その手を貫く光りの弓矢が眩しい。
ほぼ同時に、500メートルぐらい先の正面に位置する海面がいきなり大きく裂け、巨大な触手が空中をうねりはじめた。
「でかい!」
レイトの、驚嘆の声が聞こえる。
「ミーマ、僕の後ろに下がっていてください!」
片手で、横にいたミーマを自分の後ろに追いやるナック。
そして、クラーケンの胴体部が海面に姿を現わしたとき、ナックのエア・ガンが発射された。
バリバリバリ……
反重力特有の音が空気を引き裂き、クラーケンの触手の根本あたりを襲う。
ギイェエエエエッ……!
クラーケンの叫びがこだまする。
しかし、触手の一本が消滅しただけで、それほど大きなダメージにはなっていないようだ。
攻撃を受け、怒りに満ちたのか、その体の色が赤黒く変色し始める。
「ラン、同時に、胴体部を狙って発射や」
「わかった!合図して!」
そして一拍の間をおいて、レイトが叫んだ。
「撃て!」
レイトの右手からイオンの太い矢が放たれる。同時に、私の両手からもパルス・ガンが弾かれた。
イオンの矢がクラーケンの胴体部分を貫いた瞬間、空間を揺らぎながらパープルに輝くパルスの矢が少し離れた位置に命中し、巨大な雷撃となって広がりクラーケンの全身を襲う。
ギイェエエエエエ……!
さっき以上の怪声を上げ、海面に身を立てるクラーケン。さすがに今度のダメージは大きかったようだ。
そのまま前のめりにばたりと倒れる。
……やった!
私が心の中で喜んだのも束の間、レイトが叫んだ。
「しまった!」
……え?当たったのになぜ?
私は思わずレイトの方を振り向いた。
「波がくるぞ!」
バッシャーーッ……!!
山のような巨大な水飛沫があがり、まだ300メートルは離れていたはずの、私たちが乗ったシップにも降り注いだ。
一瞬視界を奪われる。
そして降ってきた水が甲板を洗うように海面に戻る際に、脚を捕られた。
「キャッ!」
私は、思わず悲鳴を上げてしまうが、何とか手すりにつかまり、海に引きずり込まれなくてすんだ。
ホッとしたのも束の間、今度はナックの声が響き渡った。
「レイト!」
次話は、明日の投稿予定です。
落水したカイトを助けようとするラン。
その肩を貫く、クラーケンの触手。
必死に十重のパルスを完成させるランだったが――
次回 「23.十重のパルス」 です。




