01.ゴーリーの予言
来年は、西暦3000年。
ミレニアムがやってくる。しかも今回は、30回目という区切りのミレニアム。
すでに、いくつもの星間規模のイベントの準備が真っ盛りだ。
20回目のミレニアムの時には、ずーっと昔のノストラなんとかっていう予言者が言ったとされるハルマゲドンが騒がれたが、結局なんにも起こらなかった。
30回目のミレニアムにも、23世紀に現れた予言者ゴーリーの「スター・リピートの予言」とかいう不吉な予言がある。
でも、本気で信じている人は誰もいないだろう。
なんたって、今は、太陽系全ての惑星に人が住んでいる時代だ。
恒星間移動や転送、時間旅行こそまだ発明・発見されていないが、日常生活のほとんどがロボット化された私たちの暮らしは、結構快適だ。
とてもじゃないけど、幽霊や予言なんて「お話し」の世界であって現実のものとは誰も考えていない。
無論、私も、そんな予言を信じちゃいなかった。
そう、少なくとも、彼と出会うまでは……
◆◇◆◇
私の名前はラン。
今年15歳になった。
タイン・シティのミドル・スクールに通っている。
趣味はスポーツ全般、特技はパルス・ガンの変則打ち。苦手なのは言語学。血液型はA型。
今日は中学期の終業式だった。明日からは約一ヶ月間の冬休みに入る。
いつものように、一番の親友であるミーマと一緒に学校から帰る途中だ。
「あ、雪だ……」
寒い寒いと思っていたら、ちらほら雪が舞い始めた。
並木通りの、すでに落葉した銀杏の木々の枝が、厚く垂れこめた灰色の雲と妙にマッチしている。
「ねえねえ、ラン。あの話は本当だと思う?」
ミーマが、少し震えながら聞いてきた。
「なんの話?」
「ほら、スター・リピートの予言よ」
「ああ、『恐怖の大王』の30世紀バージョンみたいな話ね」
私は立ち止まり、肌の温もりでふわりと溶けゆく感触が楽しくて、顔を空に向けて雪を感じてみた。
「ほらミーマ、上を向いてみたら?雪が気持ちいいよ」
「ラン、私の話を聞いてないわね……いつものことだけど……」
呆れ顔でため息をつくミーマ。
「ちゃんと聞いてる。あんなの、単なる空想だよ」
「そうかしら……?」
少し風が強くなってきたようだ。ポツリポツリと落ちていた雪が、風に乗って軽やかに舞い始めたのを見ながら、私は再び歩き始めた。
横ではミーマが相変わらず、寒そうに震えている。
「だってミーマ、『30世紀の世紀末に、杖を操るものが現れ、スター・リピートにより太陽系の星々は大いなる禍を受けるであろう』なんて予言、信じろっていう方が無理だよ」
ゴーリーは多くの予言を行ったが、その中で、複数の杖に関する予言があった。
その杖に関する予言は全て「スター・リピートの予言」と呼ばれている。
「でもラン、ほら、ゴーリーが予言した今年の秋の、あれ、当たったじゃない」
もしかすると、ミーマが震えているのは寒いからじゃなく、怖いからかもしれない。
「あの流星ね。でも、流星なんて年中降ってくるわけだし……」
「あの色と数は予言通りだったわ」
「確かにそうかもしんないけど……」
まあ、緑色の流星なんて、そうめったにお目にかかれるものではない。
予言者ゴーリーは、その予言の中でこう述べていた。
『大いなる節目の年の前、十の月、地球に三本の緑の杖が降る』と。
そして、今年の秋、正確には10月28日の夜11時過ぎに、まさしく杖のような緑の流星が降ってきたのである。それも三つ。
世界中が大騒ぎとなった。(今日も、テレビで特番が組まれている!)
しかもその流星の一つが落ちた場所は、私の住む街のそばだったりする。
他の一つは、太平洋上に浮かぶ三日月型の島、カーリ・アイランドに、最後の一つは、現在の地球上最大の都市である、アース・シティにそれぞれ落下した。
カーリー・アイランドに流星が落下した場所は、カーリー・アイランドの唯一最大のカーリー湾だった。
たまたま漁をしていて目撃した漁師の話では、ほぼ中央部に落下したらしい。
また、アース・シティに落ちた場所は、広大な自然公園セントラル・パークだった。
私が住むタイン・シティの場合は、街の西にそびえるタイン・マウンテンの中腹から麓へと広がる樹海に落下した。
その時は、隕石を研究者している偉い先生やマスコミなどが大勢訪れ、普段は静かな街が随分賑わったものだ。
残念ながら11月いっぱいをかけた連邦軍の捜索でも、落下物は見つからなかったが……
「もしあれが本物の流星だったら、何か被害が出たってテレビで言ってたよ」
そう、流星の落下による人的な被害はもちろん、物的な被害も何もなかった。そして、それ以上に不思議だったのは、落下した「形跡」すら見つからないことだった。
何も見つからなかったのは、カーリー・アイランド、アース・シティも同じだった。
「だったら、いいんだけど……」
落ちてくる雪を少し見上げながら、ミーマはため息をついた。
まあ、ミーマがため息をつくのもわからないではない。なんせ、今、世間ではこの話題で持ちきりだからである。
「そうそう、ミーマ。そんな暗い話よりも、海王星留学はどうなったの?」
話題をかえるために、私は、わざと明るい口調でミーマに話しかけてみた。
少しの間があった。
「……うん。あの話ね――断ろうかと思っているの」
「な、なんで?ミーマ、あんなに喜んでいたのに……」
私は、本当にビックリして思わず立ち止まってしまった。
「だってね、トスティのこともあるし……」
うつむき加減で、少し赤くなりながらつぶやくミーマ。
……なるほど、ふふふふ……
思わず私はにやついた。
「そうなんだ、やっぱりミーマは、トスティと離れられないんだ」
「ち、違う、そんなんじゃなくて、あの人、身寄りもいないし、一人じゃ何にもできない人だから……」
「ふーん……」
少しジト目で見つめて、ミーマが首まで真っ赤になるのを確認してから、軽くステップを踏んで駆け出すと、ミーマが「ランの意地悪!」と言いながら追いかけてきた。
やがて私たちは、タイン・リバーの堤防の上にある通称「タイン・ロード」までやってきた。
ちょうど小高い堤防の上に位置するその道は、見晴らしも良く、夜になると恋人たちが集う場所に変身するが、今は人影もない。
タイン・リバーは、穏やかに流れている。
「はあ、はあ……もう、待ってよ!」
ミーマが息切れを起こしながら立ち止まったのが分かった私は、立ち止まり振り返った。
「ほら、これぐらい走っただけで……??」
――それは、突然、現われた。