16.トスティ
「ふー、手がかりはみつからへんか……」
一週間後の朝。
タイン・ホテル一階にあるラウンジでレイトがつぶやいた。
「トスティ……どこにいるの?」
あまり眠れていないのだろう、憔悴したミーマがぼんやりとした表情で言う。
そう、あの後、救難に来てくれた若いシティ・ポリスのナックに、簡単に事情を説明した私たちは(もちろん『緑の杖』に出会ったことは言ってない)、無線で呼んだ十数台のエア・カーと共に、嘆きの谷を上空から探索してもらったが、結局トスティの姿は見つけられなかった。
何とか手がかりだけでも欲しかったが、『緑の杖』が去った影響からか、谷全体が激しい吹雪となって視界すら失われてきたため、日付が変わる前に捜索は一旦中止せざるをえない状況になった。
そして、崖の上に止めていた私たち磁場カーまで戻り、私とレイトが磁場カー、ミーマとナックがナックのエア・カーに乗って、マウンテンホテルに戻ったのである。
ミーマはかなりショックを受けていたが、エア・カーの中でナックにいろいろと慰めてもらったのだろう、ホテルに着いたときには、なんとか落ち着きを取り戻していた。
翌日からは連邦軍の協力も得て、タイン・マウンテン一帯を地上と空中から、くまなく探した。
嘆きの谷だけではなく、タイン・マウンテンを含めてその周辺も、かなり広範囲に捜索したが、トスティの手がかりは依然つかめなかった。
こうして、何の収穫もないまま一週間が過ぎていった。
「大丈夫だよ、ミーマ、きっとトスティは無事見つかるよ」
私は、ミーマの肩をそっと叩く。
「ええ、ありがとうラン……」
少しやつれたミーマが頷いた。
「ねえレイト、これからどうする?」
「ああそやな。おそらくこのままタイン・マウンテンを捜索しても、手がかりはみつからへんような気がする。あれ以来、特に何か起こったわけでもないしな」
レイトは、軽く腕を組んで考えこんだ。
「ただ、『緑の杖』が去ったのに合わせてトスティの姿が見えなくなったことを考えると、もしかすると、残った流星を探してみるのも一つの方法かもしれんな」
「じゃあ、トスティは『緑の杖』に連れて行かれたの?」
「あまり言いたくはないが、未来で『杖』が現れた時には、杖の下僕と俺たちが呼んでいた怪獣が必ず出現してた。それと、金星でスターリピートが起こった時には、『金色の杖』を持った子供が怪獣を操って街を破壊した、という噂話が残ってる。まあ、正式な記録ではないけどな」
「杖の下僕……って、あの時の龍のこと?」
「ああ、たぶんな。師匠は『杖』が怪獣を呼び出しているんやないかと言っとった」
すると、私とレイトの話を聞いていたミーマが、ポツリとつぶやいた。
「じゃあトステイはあの時、『緑の杖』に食べられちゃったのかしら……」
「ミーマ、それはないと思うで。心配せんかてきっと大丈夫やて」
レイトはミーマを優しく励ました。
「ごめんなさい。どうしてもいろいろ考えてしまうから……」
「仕方ないよミーマ。私でも、好きな人がいなくなったり会えなくなったりしたら、きっと、すごいショックを受けると思うし」
「そうね……でもランは恋愛にあんまり縁がなさそうだから、当分は大丈夫よ」
私はズッコケそうになった。
おいおい、ミーマ……逆に私を励ましてどーする。しかも、その励まし方……
そんな私たちのやり取りを見ていたレイトが苦笑している。
「ところでさっきの話の続やが、これは俺の考えなんやけど……」
その時、ロビーに流されていたテレビの声がふと聞こえてきた
「……では、今日のトップニュースは、カーリー・アイランドで起きた怪獣騒ぎです」
……カーリー・アイランドに怪獣って?
私は立ち上がり、ニュースを見るためロビーへと走っていった。
レイトとミーマも後ろからついてくる。
「ラン、どうしたんや?」
立体テレビの前で立ち止まった私に、レイトが尋ねてきた。
「ちょっと気になる言葉が聞こえたから」
「気になる言葉?」
「……たぶん」
私はレイトの声を上の空に聞きながら、テレビの「全地球主要ニュース」を見ていた。
ちょうど、ソファーに座っていた司会者が立ちあがり、その背後に浮かぶ映像を指しながら話を始めるところだった。
「クリスマス・イブの昨日、カーリー・アイランドに怪獣が出現し、島の住民を不安にさせています」
そっか、今日はクリスマスなんだ――すっかり忘れていた。
確かに辺りを見回すと、ツリーに飾り付けられた色とりどりの「自走電球」が曲に合わせて軽いリズムを刻んでいる。
このクリスマスという行事は、2000年以上、変わらず続いていた。
本当なら、女の子にとって大切なイベントであるクリスマス。
……残念ながら、彼氏のいない私には、あまり重要なイベントではないけど……
だが、今はクリスマスどころではない。
今、司会者が言った「カーリーアイランドに怪獣が出現」という言葉。
そう、カーリー・アイランドと言えば、『緑の杖』が落ちた場所の一つなのだ。そこに怪獣が現れたということは……
レイトもミーマも、事態が呑み込めたのだろう。
食い入るように立体テレビを見ていた。
画面には、カーリー・アイランド上空からの立体映像が映されている。
「昨日の夕方4時頃、カーリー・アイランドの内湾、カーリー湾に『クラーケン』のような巨大な生物が現れたという通報が複数あり、すぐに連邦軍特殊部隊が現場に向かいました。
クラーケンとは、古代の伝説に出てくる怪物でイカやタコを巨大化させたような生物として描かれることが多いのですが、現在までその実体が確認されたことはなく、架空上の生物だとされていました。
今回は、そのクラーケンの撮影に成功しました」
そして画面全面には、撮影されたクラーケンが映された。
それは、奇怪な姿だった。
おそらく、連邦軍が上空から撮影したのだろう。
遠くにカーリー・アイランドがわずかに見える一面コバルトブルーの水面に、十本以上の触手をうねらせた異物がうごめいていた。
確かに、イカのお化けといった様相だ。
そして、クラーケンの向こう側に一艘の小さ目の漁船が見える。それと比較すると、おそらく触手の先までの全長は、100メートルはありそうだった。
しばらくすると、クラーケンは漁船に向かっていった。
「このクラーケンは近くにいた漁船に近づくと、その周りを数周し、やがて海中に姿を消していきました」
漁船の周りをクラーケンが、意外に軽やかに泳いでいた。
カメラは漁船をアップにした。
そこには、一人の男性が漁船の先端に立っていた。
しかし、カメラに背中を向けているため顔はわからない。
やがて、クラーケンが海中に消えていく瞬間に、向こうを向いていた男性がこちらを向いてニヤリと笑い海に飛び込んだ。
その男性の顔が映った瞬間、ミーマが大声で叫んだ。
「ト、トスティ?!」
私も思わず息を呑む。
そう、確かに、今、映ったのはトスティだった。
なぜか身体が震える。
周囲でテレビを見ていた人々が、怪訝な顔でミーマを見る。
……ど、どうして行方不明なったトスティがカーリー・アイランドなんかにいたの?
それも、映像を見る限りにおいては、振り向いたトスティの表情は、普段の和やかな天然さは微塵も感じられなかった。
「この時、海に飛び込んだ男性は、その後の捜索でも見つかっておらず、安否が気遣われていると共に、現地のシティ・ポリスが、身元の確認を行っております」
ミーマの頬が涙で濡れている。
「このカーリー湾では、十月にも、緑色の流星が落下するのが目撃されており、かの有名なゴーリーの予言のこともあるため、住民の不安が広がっています。そして現在、連邦軍の科学部が調査に向っているところです」
立ちあがっていた司会者が、もう一度、ソファに座る。
「では、次のニュースです――」
私たちは、しばらくテレビの前を動けなかった。
次話は、明日、投稿します。
トスティの異常な姿に困惑するランたち。
そして、レイトはナックに、スター・リピートの真実を告げる――
次回 「17.ココヒーとレイトが告げた真実」 です。




