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12.崖の道の途中で



崖の道は細い。すぐ横は谷底だ。足を滑らせないよう注意しながら進む。


なぜか、ここでも昨日の雪は名残もない。




龍を撃退した私たちは、すぐに谷底へと向った。


本当なら、他にもあんな化け物がいるかもしれない谷底へこのまま降りるのは危険だったし、降りている間に再度の襲撃を受けるかも分からない状況では一旦引き上げた方が良いのかもしれない。


しかし、明日以降、今日のような良い天候が続くとも限らないし、何より残された日数に限りがある。


そこで、十分に警戒しながら私たちは先を急いだ。


山の陽は短い。暗くなる前に磁場カーに戻らないと、山には灯りも無い。



ウォオオオオーーーン……



谷は、再び嘆き始めたようだ。


「レイト、流星を探すヒントはあるの?」


しばらく前に、ここには捜索隊が入ってはいたが、樹海を形成している谷を、隅から隅まで念入りに探し回ったわけではない。


一週間ほどの捜索で、落下の形跡すら見つけられず、捜索は中断された。


100人以上の捜索隊が探しても見つからなかったものが、わずか4人の私たちに見つけることができるのだろうか?


降りている途中に見つけた開けたところで休憩したときに、私はレイトに尋ねた。


「ああ、一応な」


そう言うとレイトは、リュックから何かの装置を取り出して見せてくれた。


もう谷底までは、さほど距離はないだろう。


降りている途中で谷底にかかった霧はすっかり消え去っていた。


一面に広がる樹海の緑色が鮮やかに映えている。太陽も照り付け、歩きつづけていると少し汗ばむくらいだった。


冷えた空気が心地よい。


少し離れたところでは、ミーマとトスティが仲良く並んで何かを話しながら飲み物を摂っていた。


「これは何?」


私は立ったまま、レンズがついた四角い装置を手のひらに受けとって眺めた。


上部には赤い小さなランプがついている。


「スター・リピートが発動すると、その惑星が消滅する過程で、ある種の磁場が発生するんや」


レイトは軽く「消滅」という言葉を口にするが、私はドキリとする。


「この装置は、磁場の位相を調べる装置で、今はスター・リピートの時に現れる位相に近い範囲を設定してる。なぜなら『緑の杖』は、その位相に近い磁場を発してるからや」


「何故、そんなことを知っているの?」


私の問いにレイトは、しばし沈黙したあと、話を続けた。


「……俺のいた未来では、スター・リピートが各惑星で起こった。

一番最初に地球が消滅した時には、まだ分からなかったが、その後、次々と各惑星が襲われる直前に、何色かの『杖』が必ず出現したからや」


「色?」


「そう、火星は四本の『赤の杖』、水星は一本の『青の杖』、という風にな」


何処か遠くを見る目。このレイトの目に私は見覚えがあった。そう、昨日私の家でいろいろと説明してくれているときに、窓の外を見ていた目だ……


そして、レイトは小さく苦笑した。


「人類も黙っていたわけやない。全力を挙げて、スター・リピートに対抗しようとした。

その過程の中で、発見された一つが、『杖』が発する磁場やったんや……

ただ結局、人類は負けてしまったけどな」


私は言葉を失った。


まだ見ぬ『緑の杖』は、私の中では重い現実にはなっていない。


しかし、各惑星に起こる『杖』の異変、そして惑星自体が消滅していくという事態に陥ったとき、人類を覆ったパニックをふと考え、背筋が凍った。


その恐怖は、いかほどのものだったのか……


「……ごめん、レイト、変なこと聞いて……」


「いや、いいんや。起こったことはもうしゃない。だが起こる前にできることはあるはずや。だからこそ、俺はこの時代にやってきたんやから……」


ゆっくりと話すレイトの表情は、何故か寂しげに見えた。


これまでも何度か見たその表情に、何故か胸がチクンと痛む。


一羽の鷹が、樹海の上を滑るように飛んでいる。


私は腰を降ろした。レイトも並んで座った。


霧が晴れたからなのか、緩やかな風は吹いているものの、谷はもう嘆いていない。



……そうだ



私はもう一つ気になっていたことを聞いてみた。


「レイトがさっき使ったあの武器は何?」


傍に生えていた草の葉をむしって、谷底に器用に投げながら、レイトが答えた。葉っぱがクルクルと舞いながら落ちてゆく。


「ああ、あれか。あれはな、イオン・チェリーいう武器や。原理はパルス・ガンに似ている。

パルス・ガンが、磁場から取り出したパルスの力によって目標物の広範囲の分子に影響を与えることは知っとるやろ」


「うん」


「イオン・チェリーは空気中のイオンを集めて、相手に物理的衝撃を与える武器や」


そうしてレイトは、両手を私の方に差し出した。


「ほら、俺がいつもはめているこの手袋があるやろ。

昨日教えたとおり、これが反パルス装置の役目をするんやが、同時にイオン・チェリーを放つ武器でもあるんや」


レイトは、右手を後ろに左手を前に突き出す。


「まず、この手袋を強く握るとイオンが集まってくる」


そう言うと、レイトは実際に強く拳を握った。


すると手袋が白く発光し始めた。


「左手にプラスイオン、右手にマイナスイオンを集まり、その間にイオンの帯を作るんや」


レイトの右手と左手の間が光りの帯でつながった。


やがて前に出した左手から縦に光りが走った。


「縦の光りが走ったら、発射準備OKや」


そして、握った右手を開くと、光りの矢が真っ直ぐに虚空へと飛び去った。


「でもなこのイオン・チェリーには一つ大きな欠点があんねん」


「なに?」


「威力は、さっき見た通り、かなりのもんや。

物理的衝撃しか与えられへんが、パルスみたいに中和することは不可能といえる」


うなづく私。


「ただし、このイオン・チェリーはイオンを集めるのに時間がかかるんや」


なるほど、だからあの時、すぐに構えていたのに、攻撃するまで時間がかかったんだ……


「レイト、それもゴーリーの発明?」


「まあな。師匠は、いろいろな発明を残したんや。ほんますごい人やった」


気のせいか、ゴーリーの話をする時のレイトは優しい顔になっているように思えた。


ただ、谷の上を飛翔する鷹を遠い目で眺めているその横顔には、相変わらず寂しさと哀しさが漂っていた。


谷に目を移すと、樹海の木々が緩やかな風に揺れていた。


視界には、青い空と樹海の緑、そして雄大なタイン・マウンテンしか入ってこない。


静謐さを伴った風景にしばし心を奪われる。さっき危険な目にあったことさえ、何か夢の出来事のような気がしてきた。


「ラン」


レイトがポツリと呟いた。


「何?」


「いくら師匠の予言とは言え、いきなり現れて、しかもこんなことに巻込んでしまって悪かったな。すまん……さっきも危険な目に会わせてしもうたし」


そう言うと、レイトは軽く頭を下げた。


「そ、そんな、さっき、助けてもらったのは私の方だから……自分で決めて行動してるんだから気にしなくていいよ、レイト」


突然の言葉にどぎまぎしながら、慌てて、手を振る私。


「それに……私たち、地球を救うための仲間なんだから」


「……おおきに」


ニコッとレイトが笑う。



ドキッ――



ここは深い谷を前にしたわずかな崖の上。しかも相手はまだ出会ってわずか一日の、へんてこな言葉を話す奴なのに……



……なんで?……これじゃ、まるで……



私は、急に顔が赤くなるのを感じて、そそくさと下を向いたまま立ち上がった。


「レイト、そろそろ出発しようか」


「ほやな」


そんな私の心の動揺を気付いているのかいないのか、レイトも、私の方を全く見ずにリュックを背負い直して立ち上がる。



……ふう……



心の中で私は、小さくため息をついていた。



次話は、明日、投稿予定です。



捜索を再開したランたち。

妙な暑さを感じる中で、突然、甲高い警報音が鳴り響く。


次回 「13.警報」 です。

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