00.プロローグ
ピコ―ン――ピコ―ン――
冷やりとした静寂が包む室内に、一定のリズムを保った音が響く。
中央に位置する計器の点滅する明かりが、唯一の光源だ。室内は、その静寂に見合うだけの薄暗さに覆われていた。
天井には円形状の透明ドーム。そこには、宇宙空間が広がっている。
満天に散りばめられた星々の煌めきは、不規則な瞬きで、軽やかな音楽をを奏でているかのようだ。
やがて、室内に少しずつ光が差し、透明ドームの端の方から、白く輝く巨大な火球が、コロナを巻き上げながら現われる。
コロナが轟音を立てながら舞う様は、まるで火の神のようで厳かだが、静謐な室内には、その音も熱も伝わってこない。
ゆっくりと火球が室内を照らと、いつしか、ちょうど中央に二つのシルエットが浮かび上がった。
いつから存在していたのかも感じさせずに、向かい合ったまま、見動きしないシルエットから大小の影が伸びる。
ピコ―ン――ピコ―ン――
機械音は、変らずに静かなリズムを刻んでいる。
「どうしても、行くのね……」
火球がドームの天頂部分に座した頃、小さなシルエットが、透き通るような声で尋ねた。
大きなシルエットは、黙ってうなずく。
「私が行かないでと、お願いしても……?」
「ああ」
大きなシルエットの声には、決意が込められていた。
「幾千、幾万と何度も何度も考えた。もちろん、何度も行かない結論を出したけど、やはりダメなんだ。わずかな希望に縋りたい気持ちが、どうしても揺れ動かしてしまう……」
握った手が、かすかに震えていた。
その想いは、小さなシルエットには痛いほど理解できた。何故なら、かつて自分も抱いただろう想いだからだ。
だから、それ以上の言葉を紡ぐことができない。
軽く身震いした小さなシルエットは、ためらいながら手を伸ばし――二つのシルエットは一つに重なった。
静かな時が過ぎる。
やがて、シルエットは再び二つに分かれ、見つめ合う。
シルエットを照らしつづける火球は、ドームを占める割合を減らしつつある。その役目を終えるようだ。
ピコ―ン――ピコ―ン――
二人が無言のまま、時を重ねる。
伝えたい想いは互いにあれど、その想いを口にすることで、霧散する何かを二人は恐れていた。
そして、見つめ合う瞳が、二人の想いを重ねていく。
だが――その時も、やがて終わりを迎えた。
ドームの端にわずかな火球のかけらが残るだけになったとき、大きなシルエットがゆっくりと後ろを振り向き歩み出す。
その後ろ姿に向かって、小さなシルエットが呟いた。
「あなたに幸運を……そして……」
最後の言葉は、その想いに反比例するように小さく、聞き取ることはできなかった。
しかし――その声に歩みを止めた大きなシルエットの肩が小さく揺れる。かすかに微笑んだのだろう、その肩からは哀しみの気配が漂わせながら、大きなシルエットは再び歩を進めた。
やがて――室内から大きなシルエットが去っていくのに合わせたかのように、室内は宇宙空間の闇に覆われ、小さなシルエットの姿も見えなくなった。
だが、そこには、深い想いを湛えた小さなシルエットの気配が、確かに残っていた。