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ドラッガーのネジ   作者: 北見颯太
2/2

分岐

「難しいな」

ボールペンの先を口に当てながら、担任は溜息をついた。私は、目の前で何も言えずにいた。


「富田、本当に進学校に行きたいのか」

担任は、模試の結果を見ながら質問してきた。


下校のチャイムが職員室に響く。


「はい、、大学に行きたいので」

息を吐くように、徐に私の口から出た一言だった。


最後の模試は、高校の進路を決める大一番だったことは理解していた。だが、自分が想像していたよりも、結果が追いついてなかった。


担任はボールペンを机の上に置くと、鼻から深く息を吐いた。


「そうか」

そう言った後、鼻から息を吸い、立ち上がった。

夕日が差し込む窓の外を眺め、振り返って腕を組んだ。


「お前の目指す高校への進学は、正直難しい。この模試の結果だとな」

そう言うと、再び席に座りさらに続けた。

「ただし、その下の高校ならいける。そこも進学校ではあるから、大学進学の可能性はある」


俺は、何も言えずにいた。

悔しい感情もない。

ただ、何も言えずにいた。


「ひとつ提案があるんだが」

そういうと、担任は引き出しからパンフレットを取り出し、私に差し出した。


(栄工業高校)


私は一瞬戸惑った。

青天の霹靂言うのだろうか。


「工業高校ですか」

パンフレットを握った私が放った、最初の一言だった。


「進学校で埋もれるより、工業高校で一番を取れ」

担任の目は真剣だった。


担任の言っていることは正直分かったが、私の中にある大きなプライドがまだ許してはいなかった。


「考えさせてください」

即答は出来なかった。



思えば、小学生の頃から勉強は出来る方と自負していた。ただ、勉強しても結果が追いつかないことは多かった。自分は何のために勉強しているのか、その答えをわからぬままに、ただ勉強していた。


「富田くんって偉いよね」

「富田くんのおかげで先生助かる」


素直に嬉しかった。

しかし、それは真面目な自分を演じなければ、自分という存在価値がわからなくなるからだったのかもしれない。



家に帰ると、夕ご飯が準備されていた。

「進学先、決まった?」

母親が聞いてくる。


「進学校に行こうと思ってる」

私の中で、まだ諦めはついてなかった。


「そう」

母親は、茶碗にご飯をよそい、

私の前に置いた。


父親が帰ってきた


「おう、はる。進学先決まったか」

さっきも聞かれたけどな。


「進学校に行こうと思う」

そう言うと、熱々のご飯を口に掻き込んだ。


「そうか」

父親の反応は薄かった。

私の目の前に座り、タバコに火をつけた。


「工業高校ってさ、どんなところ?」

父は、工業高校出身だった。化学系を専攻しており、卒業後は地元の化学工場で衛生管理者として働いていた。


「なぜ工業高校について聞いてくるんだ」

「いや、別に。ただ聞きたいだけ」


父は、タバコの煙を窓の外から吹かし、

少し考え込んだ。

「手に職をつけ、卒業後は地元に貢献する。高校生活は非常にヤンチャだったが、根は真面目な生徒が多かったな。あと、髪型はリーゼントだった」


予想通り、私が頭の中に描いている進学校のイメージとはかけ離れた場所だった。


「はる。お前、工業高校に行く気あるのか」

タバコの火を消しながら、父親は聞いてきた。


「いや、ない」

即答だった。

「ごちそうさま」

立ち上がり、2階にある自分の部屋に行った。


ベッドに仰向けで寝転び、

白い天井を見つめた。


あのシミはいつから出来たのだろう。


工業高校か、進学校か。

さっきの話を聞く限り、工業高校に行きたいとは思わない。さらに、これまで周囲に対して、進学校に行きたいと言ってきた手前、工業高校に行くと言ったら笑われる気がして仕方なかった。


オーディオコンポにMDを入れた。

軽やかなビートに、甘い歌声がのる。

何を言っているかわからない歌詞に、

何故か心が落ち着いた。



どうか正夢

君と会えたら

何から話そう

笑って欲しい



そのとき、担任の言葉が再び脳裏によぎる。

「工業高校で一番をとればいい」


冷静に考えると、変なプライドを抱いていたのかもしれない。進学校に行くことが目標ではない。地元の国立大学に行くことが目標なのだ。その過程はどんな手段であれ、何でも良いのだ。


明日、担任に言おう。



いつの間にか、明かりをつけたまま私は眠っていた。

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