分岐
「難しいな」
ボールペンの先を口に当てながら、担任は溜息をついた。私は、目の前で何も言えずにいた。
「富田、本当に進学校に行きたいのか」
担任は、模試の結果を見ながら質問してきた。
下校のチャイムが職員室に響く。
「はい、、大学に行きたいので」
息を吐くように、徐に私の口から出た一言だった。
最後の模試は、高校の進路を決める大一番だったことは理解していた。だが、自分が想像していたよりも、結果が追いついてなかった。
担任はボールペンを机の上に置くと、鼻から深く息を吐いた。
「そうか」
そう言った後、鼻から息を吸い、立ち上がった。
夕日が差し込む窓の外を眺め、振り返って腕を組んだ。
「お前の目指す高校への進学は、正直難しい。この模試の結果だとな」
そう言うと、再び席に座りさらに続けた。
「ただし、その下の高校ならいける。そこも進学校ではあるから、大学進学の可能性はある」
俺は、何も言えずにいた。
悔しい感情もない。
ただ、何も言えずにいた。
「ひとつ提案があるんだが」
そういうと、担任は引き出しからパンフレットを取り出し、私に差し出した。
(栄工業高校)
私は一瞬戸惑った。
青天の霹靂言うのだろうか。
「工業高校ですか」
パンフレットを握った私が放った、最初の一言だった。
「進学校で埋もれるより、工業高校で一番を取れ」
担任の目は真剣だった。
担任の言っていることは正直分かったが、私の中にある大きなプライドがまだ許してはいなかった。
「考えさせてください」
即答は出来なかった。
思えば、小学生の頃から勉強は出来る方と自負していた。ただ、勉強しても結果が追いつかないことは多かった。自分は何のために勉強しているのか、その答えをわからぬままに、ただ勉強していた。
「富田くんって偉いよね」
「富田くんのおかげで先生助かる」
素直に嬉しかった。
しかし、それは真面目な自分を演じなければ、自分という存在価値がわからなくなるからだったのかもしれない。
家に帰ると、夕ご飯が準備されていた。
「進学先、決まった?」
母親が聞いてくる。
「進学校に行こうと思ってる」
私の中で、まだ諦めはついてなかった。
「そう」
母親は、茶碗にご飯をよそい、
私の前に置いた。
父親が帰ってきた
「おう、はる。進学先決まったか」
さっきも聞かれたけどな。
「進学校に行こうと思う」
そう言うと、熱々のご飯を口に掻き込んだ。
「そうか」
父親の反応は薄かった。
私の目の前に座り、タバコに火をつけた。
「工業高校ってさ、どんなところ?」
父は、工業高校出身だった。化学系を専攻しており、卒業後は地元の化学工場で衛生管理者として働いていた。
「なぜ工業高校について聞いてくるんだ」
「いや、別に。ただ聞きたいだけ」
父は、タバコの煙を窓の外から吹かし、
少し考え込んだ。
「手に職をつけ、卒業後は地元に貢献する。高校生活は非常にヤンチャだったが、根は真面目な生徒が多かったな。あと、髪型はリーゼントだった」
予想通り、私が頭の中に描いている進学校のイメージとはかけ離れた場所だった。
「はる。お前、工業高校に行く気あるのか」
タバコの火を消しながら、父親は聞いてきた。
「いや、ない」
即答だった。
「ごちそうさま」
立ち上がり、2階にある自分の部屋に行った。
ベッドに仰向けで寝転び、
白い天井を見つめた。
あのシミはいつから出来たのだろう。
工業高校か、進学校か。
さっきの話を聞く限り、工業高校に行きたいとは思わない。さらに、これまで周囲に対して、進学校に行きたいと言ってきた手前、工業高校に行くと言ったら笑われる気がして仕方なかった。
オーディオコンポにMDを入れた。
軽やかなビートに、甘い歌声がのる。
何を言っているかわからない歌詞に、
何故か心が落ち着いた。
どうか正夢
君と会えたら
何から話そう
笑って欲しい
そのとき、担任の言葉が再び脳裏によぎる。
「工業高校で一番をとればいい」
冷静に考えると、変なプライドを抱いていたのかもしれない。進学校に行くことが目標ではない。地元の国立大学に行くことが目標なのだ。その過程はどんな手段であれ、何でも良いのだ。
明日、担任に言おう。
いつの間にか、明かりをつけたまま私は眠っていた。