解散
どれだけ時間が経っただろうか。
野球部が、この廊下を8回走って行ったということは、きっと20分くらいは経ったのだろう。付き添いとはいえ、職員室の前で待つのは気が引ける。
すると、ようやく関口が出てきた。
「んで、どうだった?」
腰に手を当てながら関口に聞く。
「三澤の野郎、角で叩いてきやがった」
頭頂部付近に手を当て、しかめた顔で言ってきた。どうやら、出席簿の角で叩かれたようだ。
「そりゃそうだろ、どこの世界に公民の授業中に、競馬のラジオ聞く奴がいるんだよ。三澤もさすがに怒るわ」
「しかも、ラジオ没収しやがった」
「そりゃそうだ」
教室に戻ると、すでに誰もいない。
「17時20分か、、帰るか」
関口は、まだ頭を抑えながらカバンを背負う
「あ、俺このまま生徒会行ってくるわ」
机の中から、ポケコンと電子基礎の教科書をカバンに詰め込み、慌てて背負った。
「おう、待ってくれたのに悪いな」
「あ、TETSUYAに新作あるか見ておいて」
「わかった。お前の好きなスピッツな」
そうして関口は教室から出て行った。
私も教室から出ると、
廊下に、旋盤の切り子が落ちていた。ひとつひとつ拾い上げ、実習室に寄り屑籠に入れた。
「やばい、もう10分遅刻だな」
その足で生徒会室に向かった。
栄工業高校生徒会長総選挙が間近に迫っていた。
栄工業高校は、全校生徒600人の公立高校だ。
ひとつのクラスは40名で成り立ち、学年200名、3年生までの学校だ。
工業高校は、一般的な教養を学ぶのと併せて、専門分野に特化した学科授業と、実習を必須としている。
学科には、機械科、電子機械科、情報システム科、環境エネルギー科、土木科の5つがある。私は、電子機械科に所属していた。
工業高校のイメージは男子校と思われがちだが、女子生徒も全校生徒の約5%おり、私のクラスにも1人いた。高嶺の花と思うかもしれないが、逆の立場だったら3年間クラスに同性がいない環境は、なかなか居にくいと感じてしまうかもしれない。
工業高校の生徒は、制服よりも作業着で生活する方が多い。全校集会や行事などは制服だが、それ以外はTシャツの上に、薄緑柄の作業着を羽織って学校生活を過ごす。実習の授業では作業着を着て整列し、指導教員が号令をかけ、生徒は「1、2、3」と大声で点呼を取っていく。当時は、3の倍数でアホになるネタが流行っており、点呼中にふざける生徒もいた。
私は出席番号が11だから、ふざける余地はない。
生徒会室は校舎の3階、薄暗い廊下の端にある。
すでに、10名ほど集まっていたが、肝心な生徒会長と顧問の姿が見えない。
「遅くなってごめん。山吹さんは?」
山吹さんは、第46代栄工業高校の生徒会長だ。
「まだ来てないよ。小山さんのところに行くって、さっき廊下ですれ違ったときに言ってた」
加藤は、ルービックキューブを回しながらそう答えた。加藤は土木科で、同じ2年生だ。
小山さんは生徒会の顧問で、機械科の先生。
鬼のような教師が多い中、身長は小さく、絵に描いたようなおじさん体型から、よく生徒からイジられることが多かった。
「富田くん、これ目を通しておいて」
新山さんは、生徒会活動報告書を目の前に置いた。新山さんは3年生で、この学校の数少ない女子生徒の1人。情報システム科で、吹奏楽部でホルンを担当している。
外は薄暗く、雨の音に混じって校内で部活を行う生徒の掛け声が響いていた。
すると、山吹さんと小山さんが入ってきた。
「あー遅くなってわるかった。」
小山さんは、額に汗をかきながらワイシャツの袖をひとおりした。
「欠席者いるか?」
山吹さんは、長机の真ん中に着くと、深くパイプ椅子に腰を下ろして言った。
「田島が休むってさ」
新山さんが答えた。田島さんは生徒会副会長だ。
「あいつ、またバイトに行ったのか」
山吹さんと田島さんは3年生で、どちらも剣道部だったがすでに引退をしている。田島さんは、駅前にある喫茶店でバイトをしていた。
「まあ、とりあえずはじめよう。いよいよ解散だ。そして、新しい生徒会を決める選挙がはじまる」
山吹さんは、黒板に役員を書き始めた。
解散予定:10/31
生徒会公募: 11/1-11/15
選挙:11/18
役員:
生徒会長
生徒会副会長 2名
執行部 6名
議事録 1名
会計 1名
生活委員長 1名
体育委員長 1名
広報委員長 1名
応援団団長 1名
以上
山吹さんは、チョークで汚れたら手のひらを黒板で大きく音を立てて払うと、また椅子に深く腰を下ろした。
そして、腕を組み、深く息を吸って言った。
「俺らはこの1年よくやった。他校に存在感を見せつけ、栄工業高校の精神を知らしめた。俺は満足だ」
そして、また深く息を吸って
「解散!」
と高らかに宣言した。
外を見ると、いつの間にか雨は止んでいた。