短編 叫べ!
家紋武範様主催「隕石阻止企画」感謝作品
擬人化しました。
黄とオレンジの傘がくるくる回る。
太陽が、濡れたアスファルトと青い空から降る水滴を反射する。
上を向いても、うつむいても眩しい。
「おぉなぁかぁ〜すいたぁ〜!」
「おれもー!」
足音をこれでもかと水たまりでばしゃばしゃと立てながら、大声で叫ぶ。天気雨の中、はしゃいで帰っていた二人の背中で、傷だらけのランドセルが鳴っている。
「あ、オレ良いこと考えた!」
「何なに?!」
黄の傘を右手から離し、背中とランドセルの間に後ろ手で挿し込む。
「これで手ぶらになった!」
「うお、絢斗、すげえ!俺もやる!」
オレンジの傘も同じように挿すが、手を離した途端に右側へ傾いた。
「真希のへたくそー」
「うるさーい!お腹空いてるからだぁ!」
「オレだってお腹空いてますぅー」
黄の傘が太陽の光に向かうように走り出し、足元の水たまりが乱反射する。その後ろをオレンジの傘が左右に揺れながら追いかける。眩しさに目を細めながら。
「部活行きたくねー!先輩たちがちょーこえー!まじでなんなんだよぉー!」
「こえー!」
自転車でプラタナスの木漏れ日の中を走り抜ける。坂道にさしかかる手前、駄菓子屋で一番安いアイスキャンディーをそれぞれ買い、自転車まで戻る。
部活もない夏休みの午後、うるさいから外に行けと追い出された。
いつも騒ぎの元凶になる絢斗は、追い出されても気にすることなく、友人の真希と灼熱の自転車ツアーを敢行している。
プラタナスから落ちてくる影は、吹く風のないまま、ふたりを翳す。
「オレがうるさいせいなのは、分かるけどさぁ、面白いことあったら言いたくならねぇ?」
絢斗がじゃくじゃくと四角いアイスキャンディーをかじる。
真希は角の部分から、さくり、と食べて答える。
「確かにあれは面白かった。」
「だろ?あの偉そうな先輩がペンキでうしろがべったりになってるのに、気が付いてないんだもん。誰かに言いたいだろ?」
「まあ、本人が後ろにいるのに、気がつかないで面白おかしく話している絢斗を見てた時が一番面白かったけど。」
「言えよ!」
「いやぁ、あれはコメントできない。」
「コメント、くれよぉ〜」
またじゃくじゃくと、アイスキャンディーを食べる絢斗。それを日陰の外から届く真夏日の光に目を眇めながら、真希が呆れて見ている。
よくあるふたりのやりとり。
金木犀の香りに誘われるように、高校の帰り道にある、普段来ないお寺の境内に迷い込む。
声変わりの済んだ声は、もう甲高くは響かない。それなのに、ひそめた声色で互いに話す。
「だから、なんで真希がそんなこと言うんだよ。」
「俺だって、いつもいつも絢斗の言うことを受け入れるわけじゃない。嫌なものは、嫌だ。」
「どうしても、どうしても、頼んでもダメか?お前が一緒に来てくれれば、一日カナ先輩と遊べるんだ。」
「カナ先輩の他に、マホ先輩も一緒なんだろ。それはいいのかよ。」
「いいよ、オレ、カナ先輩と一日一緒に居られるなら、なんでもいい。」
「お前、サイテーだな。」
真希は俯いていた顔をあげ、絢斗を睨むと、そのまま境内から出て行った。
残された絢斗は、金木犀の香りに顔を顰めて、早足に境内から離れた。
足元に落ちた銀杏を踏んでしまわないように注意しながら、真希は公園のベンチに向かう。
イチョウの木の下にあるベンチには、すでに絢斗の姿。
「真希、お前、知ってたんだな。」
足音が聞こえても、顔を俯けたままの絢斗が話しかける。
「絢斗は、カナ先輩しか見ていなかったから。仕方ないよ。」
「仕方ないわけないだろ?教えてくれれば、オレだって…」
「知っていれば、自分の気持ちに嘘ついて、マホ先輩と付き合ってたか?」
「それは…」
絢斗は膝の間から見える落ち葉を見続けている。
「カナ先輩が絢斗に話し掛けるようになったのは、マホ先輩が絢斗と上手くいくようにするためだから、考えなしに近付くなって言えばお前は聞いたか?」
絢斗はベンチの上で開いた膝の間に、そこに何かあるかのように強く両手を握り合わせた。
真希は、俯いたままの絢斗の片方のつま先を軽く蹴る。
「…全部、どうにもならなかったことなんだよ。俺が、マホ先輩に告白したのも、ちゃんとけじめをつけて、気持ちにケリをつけたかったからだよ。絢斗、お前が気にすることじゃない。」
「でも。」
「お前だって、フラれたんだろ?」
反射的に絢斗が顔をあげると、その様子をほろ苦い笑顔で見ている真希の目があった。
「何もかも、全部うまくいかなくたって、俺はお前の騒ぐ声が聞きたいんだよ。」
「…うるさい。」
「うるさいのは、お前だ。」
「うるさい、うるさい、うるさい!」
目の前に立つ真希にぶつかるように立ち上がると、絢斗は足元の落ち葉を蹴り上げた。
「お前なんて、銀杏まみれでくさくなればいいんだ!」
絢斗は視界を歪めさせながら、声が震えるのだけは耐えた。
黄色の落ち葉を蹴り上げる。
舞うイチョウの葉。
その向こうで笑う真希の声。
その目は少し潤んでいるが、絢斗には見えなかった。
昇降口の前にある松の木に張りめぐらされた雪吊りの縄から落ちる雫。
白い雲の間から見える空色がやけに儚い。
白い息を吐くと、絢斗は後ろを振り返り、昇降口前の階段を降りてきた真希を見つめた。
この日常もあと少し。
雪が溶けた頃には、絢斗はもう真希の隣には居ない。
「…センセーは、なんだって?」
「いや、四月から就職先で頑張れって。なんか先生の知り合いだったらしい。」
「ふーん…」
「絢斗こそ、試験まだあるんだろ。学校来てていいのかよ。」
「ちゃんと用事があったんだよ。」
絢斗は不貞腐れたように顔を背けた。
真希はしばらくそのまま見ていたが、大きくため息をつくと、腰に手を当てた。
「俺が大学行かないのは前から知ってただろ?」
「別に。そんなんじゃねーし。」
「『そんなんじゃねーし』」
「なんだよ。」
「絢斗の真似。」
「うっせ!」
絢斗が蹴るフリをして、それを大袈裟な様子で避ける真希。
わあわあと騒いでいたが、急に沈黙が降りる。
「…こうやって、騒いでいられるのも、あと少しなんだな。」
騒ぎながら、鞄を振り回しながら、学校から出て、雪が踏み固められた歩道を歩く。
白い息だけが、現れては消えていく。
ひときわ大きい息を吐き出すと、真希は言った。
「隣にいなくても、俺はお前の話をいつでも聞くよ。これからも。
全部の話が聞けるわけじゃないけど、それでもお前の言葉を俺はいつでも待ってる。」
下から雪に照らされた真希の瞳は、上に広がる、薄く伸びた白い雲に彩られた水色の空と同じで、ただ静かだった。
決して、離れるから、別れてしまうわけではない。
真希からの強い視線を、同じだけのありったけの強さで絢斗は受け止めると、大きく頷いた。
とうに花は散り、葉桜が河川敷そばに日陰を作る。
その日陰から飛び出そうともせず、座ったままの絢斗。
「帰って来るなら、連絡しろよ。仕事休みだから、全然いいんだけど。」
絢斗が座った少し後ろの方で、立ち姿のまま、川の方を見て話す真希。
「黙ったままじゃ、わかんねぇから。言えよ。」
その言葉とは裏腹に、絢斗に話しかける声色は優しい。
葉桜の並木の向こうを車が通り過ぎる音だけが、ふたりに聞こえた。
流れているのか、止まっているのか分からない川を眺めながら、絢斗が声に出す。
「全然だめなんだ。なんでか、わかんねー。バイト先でもうまくいかねーし。何も出来ないんだ。」
「何ができないんだよ。」
お互いに川を向いたまま、話し続ける。
「わかんねーよ!何で毎回違うヤツらと授業受けてんのに、知らねーうちに友達できてんだよ!何でオレはひとりなんだよ!」
「絢斗が人の顔を覚えてないだけだろ!知ってる顔あんだろ!」
「そんなん知るかー!」
大声で叫んだ後、絢斗は立ち上がると、両腕を大きく後ろに振りかぶり、その勢いのまま川へ何かを投げ込むように、腕を前へ突き出して叫んだ。
「知るかぁーーー!」
その声が消える前に、被せるように真希が川に向かって叫ぶ。
「知るかあーーー!」
そして、互いに会話にならないまま、叫び続ける。
「オレだって、大学入ればかわいい彼女出来ると、思ってたーーー!」
「一緒にプリクラ撮りてえーー!」
「ちょっとくらい、モテたーーーい!」
「未成年なんだから、酒は飲めねーって、言ってんだろーー!」
「店長の、あほーーー!」
「車が軽自動車で、何が悪いーーー!!」
どんどん脈絡のない言葉が続いていく。
少し離れた場所からは、負けじと散歩中の犬が叫ぶ。
静かな河川敷は、もうどこにもない。
叫ぶだけ叫んで、ふたり同時に声が裏返った。
その声を合図に、互いに目を合わせると、川のはるか向こうに霞んで見える山へ届けるように、大声で笑った。
ひとしきり笑い合うと、はーっと大きく息を吐いた。
「腹減ったな。」
「何か食べに行こうか。」
「真希、また、叫ぼうぜ。」
「絢斗が面白いこと言ったら、叫んでやる。」
互いに背中を一度だけ強く叩くと、川を背にして歩き出した。
葉桜の並木の向こうからは、ふたりの話す声。
それはいつまでも続いていた。
-了-
隕石阻止企画の作品巡りをしていたら、「作品と感想返信コメント」と「感想コメント」にときめきを覚え、擬人化して短編を作りました。
絢斗→「作品と感想返信コメント」
真希→「感想コメント」
なんかこんな感じでずっときゃっきゃっしているのを見ていたい。そんな目線で作品と感想欄を見ていました。
私は壁希望になりました。(*´꒳`*)
ちなみに、短編では山として出演。(のつもり)
すべてを見守りたい…
次の 詩 叫べ! は、視点:真希サイドからです。