第四話
思うところに道がある。
血で汚れ始めた緑は死の証。
水気を含んだ空気は息を締め付けた。
仲間の屍を乗り越えて。
帝国側の銃弾はチープなものだった。
薬莢は精度の低い鉄、こんなものではこの金属の錆びやすいジャングルでは直ぐに使えなくなってしまう。
それと同時に奇妙だった。
薬莢を最大濃度の塩水に入れても何をしても錆びないという性質を持っていたからだ。
金属を構成する物質はおおむね鉄、他は不純物のみ。
「しかし、たとえそれがわかっても現状が変わるわけではないでしょう。」
「戦術面ではな。しかし戦略面であれば何か見えてくるはずだ。」
「戦略面、ですか。」
「だが戦略というものは戦術よりも長期戦を指す、故に我々には戦略ではなく戦術が必要だ。」
包囲さえ破壊できればこちらは格納式長距離通信アンテナを展開して他基地と連絡を取ることができる。
「そこで、だ。賭けをしてみようと思う。」
「賭けですか。」
「ああ、君に来てもらったのは他でもない・・・君のような天才的ギャンブラーの意見を聞きたいからだ。」
確かに僕はキャンプ・シュローフに居たときにカジノを出禁になるほどの大勝はしたが別にギャンブルを極端に好むわけでもないし、コツなどを知っているわけでもない。
「君の豪運にあやかりたいと思ってね。二つに一つの選択肢、君はどちらを選ぶ?ギャンブラー伍長。」
酷い言われようだ。
それはともあれ掲示された選択肢は二つ。
一つ、装甲車を中心として敵陣へ一直線に突入し、攪乱したうえで別動隊により敵部隊を包囲掃討。
二つ、装甲車とトラックを無人誘導で囮に使い、敵戦力を誘導して二手に分かれた本隊により掃討。
装甲車は帝国兵の手に余る装甲を持つからに確実に誘導できるという寸法だろう。
一つ目の利点は、必ず戦闘が起きることを保証できるところだ。
更に上手く持っていけば戦線の押上も期待できる。
加えて準備もあまり必要ないので勘付かれる危険性も少ない。
しかし勘付かれた場合のリスクは極めて高い。
敵は地雷のような物を配備している。装甲車もそれでやられかねない。
その点では二つ目は安牌だ。
準備は必要だがトラックを逃がすことさえできれば後方の補給基地へ補給に向かわせることもできる。
更には敵の包囲、兵糧攻めの基本を根幹から破壊することもできる。
それに移動する車両数も多く、敵の誘導に極めて有効だ。
陣地展開によっては待ち伏せも可能である。
今は危険だ。戦力をより温存できる方を取ろう。
「二つ目でしょうか。」
「その根拠は?」
「勘です。」
「よろしい、それでは二つ目で行こう。」
「司令に呼び出されてたのか?」
部屋に戻るなりジェイクが口を開いて聞いてきた。
「ああ、次の作戦に助言が欲しいってさ。」
「助言?」
「ギャンブルらしいから。」
「ああ、なるほどな。」
それからしばらく沈黙が続いた。
部屋にはほかの部隊員もいたが、彼らはすやすやと寝ている。
前回の作戦からは丸一日の期間」が空いているからこそ彼らもじきにすぐ戦闘が行われることを悟っているのだろう。
彼らは優秀で、そして前向きだ。
生きるために眠って万事に備える姿はまさにほんの数日前まで訓練兵だったそれではない。
ジェイクもまた、僕が帰ってきて直ぐに起きた様子だった。
誰も自分が死ぬことを考えていない。あくまで帰るつもりでいる。
だが・・・僕は違った。
「ジェイク。」
「なんだ?」
言葉が喉でひっかかり、上手く出せない。
それでも言っておかなければいけない。
「もし・・・もしだ、僕が死んだら指揮を頼む。」
「ああ、そんな必要はないと思うけどな。」
さも当然のように寝ぼけた表情を崩さないジェイクを前に、僕は言葉を続ける。
「僕がカジノで儲けた分、もし僕が死んだら持って行ってくれ。」
「・・・はぁ?」
突然目が覚めたように顔をしかめたジェイクは、僕がさらに言葉を連ねる前に口を開いた。
「お前が死んだら?お前は死なねぇよ、だって俺たちがいるからな。」
「いや・・・違うんだ。」
「何が違う?」
「君にはアーシアという家族同然・・・いや、家族がいる。でも僕にはいない。
だから僕が幸せになれなかった分をジェイクに生きてほしいんだ。」
「金で、金で幸せなんか手に入るかよ。」
しかめた表情は少しずつ怒りを灯していく。
「お前がいないだけで俺の幸せもクソもありゃしねぇ。
たしかにアーシアとエレオは俺の大切な存在だ。だけどな、お前の遺影の前で俺は笑えねぇよ。
お前と、俺とアーシアとエレオ、そしてフロイスの五人で気楽に過ごしたいんだ。」
黙ることしかできなかった。
僕にはまだ確固たる自分が中心にある、でもジェイクは違う。
「・・・でもな、帰還したら祝い金は出してもらうぜ。」
「な、何にさ。」
「バイクと・・・あとサイドカーを買おう。それで五人でドライブをするんだ。」
怒りの薄ら見える表情はいつの間にか目を輝かせていた。
「どこに?」
「どこって・・・どこまでもさ。はるか遠くへ、食い物も、飲み物も、絶景も見に行こう。」
僕には眩しすぎた。
薄暗い孤児院の中であらゆる人間に傷つけられ、辱しめられた僕にはあまりにも眩しい。
いつの間にか無意識に目線を逸らして外を眺めていた。
「ロイン、俺たちだけでも絶対に生き残ろうぜ。」
「・・・ああ。」
「きっと俺たちが帰ってくるときはたっくさんの人が拍手と喝さいで迎えてくれるんだ。レッドカーペットまで敷いてたりしてな。」
「・・・」
「新聞社には引っ張りだこさ!あちこちで英雄だってな。」
「でもさ、僕がアーシアの近くにいて本当にいいのか?」
「はぁ?いいに決まってるだろ。」
「ほら、取られたりとか。」
「お前に限ってあるかよ。フロイスなんか自分の作ったパンと結婚しそうなのに。」
突然とびだしたジョークで心外にも吹き出してしまう。
「ひ、酷い言い分だな!あいつだって小麦と女の区別ぐらいつくだろうさ!」
「本当かぁ?いささか疑問視せざるをえませんなぁ。」
僕はずっと死んだらという仮定に縛られていた。
しかしみんなも、ジェイクも違う。
みんな帰ったときのことを考えていた。
僕も居場所を作るんだ。
ジェイクがそうしているように。
眠る直前、僕の手は無意識に天を握るように振りかざされていた。