第三話
「ロイン・クロード訓練兵、君を本日付で訓練学校卒業とともに伍長に昇格として第二分隊の指揮を任せる。」
基地に帰ると早々言われたのがそれだった。
唐突な任官、そして大規模な再編成。
僕は16歳で、兵士になった。
「いよいよ、来る。」
サーチライトの輝く夜の中、僕はベッドの上で寝付けずにいた。
遠くで鳴るラジオが僕の耳を震わせる。
たとえ穏やかな音楽が響こうと、僕は血で侵された意識を手放すことはできなかった。
帝国の銃手に遭遇したのは僕たち第二分隊だけではなく、出撃した他の分隊全てがその餌食となった。
中には全滅したと思われる部隊もある。
その中で共に訓練を積んだ仲間もたくさん死んだ。
もちろん負傷者もたくさんいる。
伍長はそのうちの一人だ。
足を失った以上、本国で療養を行うことになるだろうから、その埋め合わせで今日の撤退を指揮した僕が『伍長』になったわけだ。
そして次の戦いが僕の正規兵としての初陣になる。
首にかけたドッグタグを強く握りしめた。
早朝。
僕たちは激しい放送の音で起床した。
「現在、このハインロフ前哨基地は包囲されている。」
告げられた状況は圧倒的に最悪の状況だった。
「先日に夜間偵察を敢行した所、周囲に例の小銃を持った帝国兵がこの基地周辺を多数徘徊していることがわかった。」
偵察ドローンによる確認ではおよそ二個大隊規模、その全てがライフルマンだ。
この基地に居るのは二個中隊程度であり、数的にも無暗な戦闘は損耗するだけだろう。
「そこで、我々は増援を要請している最中だ。しかしその到着にはおよそ数日を要する。」
敵は準備が出来次第攻撃を始める。
その準備を妨害して停滞させつつ時間を稼ぎ、増援の到着を待つ。
「増援の数は一個大隊だが、敵を基地から引き離し次第航空支援や砲撃支援で殲滅する。」
今すべきことは敵の補給を断ち切ることだ。
数時間後、僕たちの分隊に砲撃命令が出された。
目標は敵補給物資集積場。
求めていた敵の姿がガントレットの力で影のように見える。
空から、地面から、木から。
あらゆる全ての自然が僕の眼の様になって、まるで自分が全能の存在かと錯覚する。
「砲撃用意!」
線が見える。
これから砲弾が飛ぶその山なりの弾道が薄い灰色の筋となって見える。
風が歪ませる僅かな変化さえ僕の頭に流れて込んできた。
「撃て!」
整列された分隊の一斉射撃が壮観な炎を描く。
ほんのすぐにぽっかりと空いた砲口から輪型の煙が吐き出された。
「弾着観測!」
「弾着、確認!目標爆発を目視!」
遠目に爆炎が見える。
天にも昇ろうかというその爆炎は多くの破片を伴って地へと降り注いだ。
「次弾装填!」
だがこれでは終わらせない。
敵の姿は数多く存在する。
撃つ、さもなくば死、あるのみ。
「撃て!」
「あっけなさすぎる。本当にこれで終わりなのか・・・?」
僕たちは任務の後、あまりのあっけない終わりに困惑していた。
「敵の銃持ちも本当に昨日出てきたばかりなんだからそんなもんだろ。」
「でもだぞ、ジェイク、敵は必死に銃持ちの事を隠してきたんだ。あの日に一斉に使って僕たちは大打撃を受けたんだ、十分に能はあるよ。」
本当にあの地点にしか集積場はなかったのだろうか?
もしそうなら、相手は今日の活動を停止するはずがない。
それにどうも納得がいかなかった。
敵の活動はこれまでの動きを見てもかなり活発だ、なのにあれから一切の動きがみられない。
少なくとも再び物資の運搬を始めるはずなのに敵は散り散りに隠れて野営を始めている。
まるで余裕があるかのように感じられるこの動きには些か不気味さを感じえない。
想像にふけっていると、フロイスがドアを叩き開けて飛び込んできた。
「敵襲だ!正面ゲートに急げ!」
「帝国軍の連中め!奴隷兵を使ってきやがった!!」
奴隷兵。
帝国には階級制度があり、高い順に王族、貴族、平民、奴隷と大雑把に分けられる。
そして最下級の存在である奴隷は僕たちの感覚で言う弾丸のような存在であり、雑多な武器を持たされて大量に突撃させられる。
幾度となく保護を試みたそうだが、その多くは失敗して甚大な被害を被ったという。
「チクショウ!敵が多すぎて機関銃でも対応しきれねぇ!」
機関銃で必死に応戦する味方に反して敵の動きは全く衰えず、その足は確実に迫ってきている。
「弾切れだ!援護してくれ!」
悲鳴の様に叫ぶ兵士に応答して、ライフルを構えた。
激しく轟く発砲音と僅かな空気を切り裂く音が響いて銃弾が繰り返し放たれた。
二発に一度光る弾道が突撃する奴隷兵の胸や頭を捉え、無残にも直撃した敵はそのまま崩れるように倒れていく。
「き、気分悪い・・・。」
「我慢しろ!いくら馬鹿みたいにいても必ず果てはある!撃ちまくれ!」
ジェイクの叱咤を聞いて吐き出そうになる胃の中身を抑えた。
「リロード完了だ!」
機関銃手の声で発砲を停止してこちらもリロードを行う。
が、腰にあるマガジンポーチからマガジンを取り出そうとした瞬間、大きな衝撃で頭を横方向に叩かれた。
「スナイパーだ!」
隣にいた兵士のヘルメットが砕けて破片が僕のヘルメットを直撃したらしい。
頭がぐらぐらする。
思考がまとまらない。
意識も薄れていく。
「しっかりしろロイン!まだおねんねの時間じゃアないぞ!」
頬に撃たれた兵士のものと思われる血がべっとりと付いていた。
たった2日でこれに慣れるとは思ってもみなかった。
「そこの二人はスナイパーを探せ!方向は恐らく四時方向だ!」
「了解!」
機関銃手の指示に従って四時方向へ視線を向けた。
場所はわかっている、三百メートルほど先にたった一か所だけ山の様になった場所がある。
「あそこだ!注意を引き付けながら向かうぞ!」
容赦なく銃弾が繰り返し掠めていく。
だが不規則な動きをするだけで狙いが大きくずれているのは、敵もまだ銃撃戦になれていない証拠だろう。
「敵を捉えた!」
僕たちは訓練でどんなライフルでも数百メートルを狙えるように訓練されている。
だからこそ、練度の差が発揮された。
「エネミーダウン!他方向警戒!」
幸い他に敵の気配はない。
自分たちの射撃とこちらの射撃を比べて震えているのか?
いや、それはまだ必要のない思考だ。
正面ゲートからの発砲音もかなり落ち着いてきたようだ。
戦闘は直ぐにでも終わると考えても問題ないだろう。
「終わってきたな。」
「ああ、とりあえず生き残ったみたいだ。」
その後、完全に騒がしさは失われて戦闘は終了した。
そして、スナイパーのいた周辺は徹底的な砲撃によって地形ごと吹き飛ばされ、翌朝になるころには跡形もなく消滅していた。