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青のヴィーナス  作者: モブ3D
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第二話

入学より二年。

僕らは二年生としてまだここに居る。

あれから厳しい訓練を受け、帝国のクソ野郎どもを殺す術を徹底的にわからせられた。

そしてその中で脱落した奴らが沢山いた。

72名の内、39名は限界を向かえてここを去っていった。

だが面白いこともあった。

もっとも最初に軍曹の暴力を受けた三人(なぜか始まりの三人と呼ばれている)は訓練生の中でも成績を伸ばしていた。

そして、僕は暫定首席になった。


今日も下品なランニングケイデンスを歌いつつ朝の運動を終えた僕らは、とある場所へ行くためにヘリコプター(チャップマンなんて弱そうな名前だ)でエンジンの振動に揺られながら巨大な石の門の前へ訪れている。

「訓練生ども、聞こえるか。あれがクソの臭い漂う帝国領へ行くためのゲートだ。」

どんな山よりも高く、どんな鯨の全長だってこの幅を表すには不適格な大きさの通称『ゲート』は、この星で文明が始まるときには存在したという。

そしてその先は…奴隷の血と金と特権に塗れたイカレた国家、『帝国』がある。

「今日はそのゲートの先、帝国領で先人の殺しっぷりを見学する。連中は銃なんて高尚なものは持ってない!持ってても弓矢みたいな貧弱な武器しかない!貴様らの脳みそが飛び出すなんてことにはならないから安心しろ!」

全員に支給された通信機からの声を聞きながら、僕は不思議な高揚感と共にあった。

パイロットとサブパイロットを除いて8人乗りのこのヘリは速度こそ出るが、装甲は少しくらいしかない。

訓練生はまだ2年しかいない(僕らは2年で一つの歳をとる。古代文明の名残なんだそうだ)、見た目は若造ばかりだが中身は2年の時を徹底的にシゴかれた連中だ。

少なくとも、敵を前に引き金を引くことは躊躇わない筈だ。

だが僕らは普通の歩兵とは違う。

ウェアハウスガントレットと呼ばれる小型武器倉庫を腕に装備し、場合によっては迫撃砲と大剣を一体化した剣『アーティラリィブレイド』を展開して戦う『重剣装歩兵』だ。

もちろん銃も使うが、歩兵支援や殴り込みなどの任務も行う多用途部隊である。

「そろそろゲートを通過する!景色が一気に変わるぞ!」

そう軍曹が通信機越しに言った四秒後、周りの景色が砂漠に変わった。

「ようこそ!クソったれの国、帝国へ!」

砂が僅かに散る。下は真っ黄色の砂漠がヘリのローターに巻かれて壮大な砂煙をぶちあげている。

ヘリから少しだけ顔をだして前を見ると、少し先にジャングルのような地帯が見えた。

そしてそのジャングルからはあちこちから黒い煙が立ち上っている。

ああ、ここが戦場だ。

心はまるで湯が突沸したように沸き立った。

ジャングル中の、開けた場所が迫ってくる。

綺麗に整備された滑走路と、その後ろにはずんぐりとした攻撃機を見ることができた。

遠くから風に流されてきたナパームの匂いが鼻をくすぐる。

「さぁ、クソったれの訓練生ども!降りる準備はしておけよ!忘れ物なんてお子様みたいなことは聞かねぇぞ!」


「ハインロフ前哨基地へようこそ!訓練生のみんな!」

気のよさそうな迷彩柄の帽子を被った男が僕たち訓練生の前でそう言った。

「俺はジン・ホーキンス伍長、君たち訓練生の引率を担当する部隊の隊長だ!」

そう言ってホーキンス伍長は僕たちに敬礼をし、それにつられて訓練生全員が敬礼を返した。

「ホーキンスは俺の同期でな、腕は確かな野郎だ!頼れるうちに頼っておけよ!」


ハインロフ前哨基地。

帝国首都より約100kmの、ジャングルの開けた地点にある共和国軍の大規模前哨基地である。

戦況の好転や悪化はほとんど発生していない以上、こういった前哨基地は単なる補給地点になっている。

そして何より、開戦から8年が経過して大勢は決していた。

帝国軍は初期より銃などの近代兵器を一切保有しておらず、その火力差は圧倒的だった。

いまや帝国領のおよそ八割が共和国軍によって『解放』された。

その開戦経緯は単純なもので、共和国からの視察団が帝国の謀略により殺害されたことである。

その際に使われた物がシャンデリアであることから、この戦争も『シャンデリアの戦争』と呼称されている。

そしてその敵国である帝国は厳しい身分制度が築かれ、奴隷、平民、貴族、王族の身分が置かれ、最下級身分である奴隷はそれ以外の身分の者より激しく厳しい弾圧と強制労働を強いられていたことから、帝国の現体制は非人道的であると見た共和国世論はこの戦争において共和国側に非はないとの意見で一致していた。

たとえ村であろうと街であろうと城であろうとそれを所有するのが貴族や王族ならそれらがナパームで焼かれることさえ悪びれるべきものではないと考えているのである。

そして全ての戦線において共和国は一方的な戦いを繰り広げた。

ここまでがキャンプ・シュローフで習ったことだ。


「ロイン、ガントレットはどうした?」

ジェイクが僕のガントレットの付いていない腕を見たのか、そう言った。

「これから着けるよ、少し待ってくれ。」

ガントレットは、重剣装歩兵の基本装備の一つである。

これがなければ重剣装歩兵は真価を発揮できないどころか、他の兵科と何一つ違いはないだろう。

これに登録された三つの武装を使う僕たちは、その武器使用においてもガントレットの恩恵を受けながら戦う。

例えばアーティラリィブレイドにはアイアンサイトや光学照準器なんかは付いていないが、このガントレットとのリンクによって直接感覚としてその予測弾道を兵士に伝えてくれる。

おかげで本来ならだれも使いたがらないようなこの金属の塊(弾薬を抜いても37kgの重さをほこる)を立派な戦術的な兵器へと変貌させているわけである。

そもそも、このアーティラリィブレイドもこういう帝国などの未知の異世界でも十分戦えるようにと想定されたものなのだが…はっきり言って37kgは剣としてどうなのか。

しかし、この戦争ではアーティラリィブレイドの出番はほとんどなさそうだ。

このイカれた泥濘と生い茂った樹ばかりの湿地帯ではデカく重いのははっきり言って邪魔なだけである。

「慣れないんだよな…。」

そう、ガントレットには一つだけ欠点がある。

装着時、感覚神経に電気的に接続するせいで滅茶苦茶痛いのだ。

もう二年間着けたり外したりを繰り返した訳だが、どうもこの不気味な痛みだけは慣れない。

「ってぇな…、行くか…。」

しかしこいつがあればアホみたいな武器でも戦場を支配する神の神器になる。

そう、ガントレットこそが重剣装歩兵の本体だ。


「お前らのガントレットには11ミリ拳銃が一丁、予備の八連マガジンが二つある。

そいつらはあくまで護身用だ。」

「確認始め!」

ガントレットの操作は単純明解、念じるだけである。

そうすれば、あらかじめインストールされた武器が大きさに関わらず二秒程度で発現する。

しかし、その容量は最大三つ。

基本的にアーティラリィブレイド、多目的衝撃槍、そして牽制用機関銃か汎用歩兵小銃がインストールされる。

だがこれらは厳密には規定されていないため、戦闘に応じて変更する者も多いそうだ。

もちろん、今回は護身用拳銃とマガジン二つだ。

「確認完了。」

ジャングルの湿気が生む何とも言えない気持ち悪さが肌を湿らせている。

緑の迷彩柄が施されたヘルメットが少し重い。

「よし、これからお前らが見るのは戦争だ。それを頭に入れて偉大な先人の戦いぶりを脳に焼き付けて帰れよ。」

「教官!明日の飯はなんすか!」

無謀にも僕の隣の男、エイデル・ゴールドがそう叫んだ。

「これから戦闘を見るってのに、いい度胸だ!度胸に免じて教えてやる。カレーだ!」

カレーと教官が言った瞬間、どっと笑いがあがった。

これから戦争だ。

僕らは班に分かれて再び輸送ヘリへ乗り込む。

装甲板で作られた床には降下のためのロープが少し湿っていた。


「ロイン、どう思う?」

ジェイクが話しかけてきた時、僕は流れるジャングルの景色を眺めていた。

「なにが?」

「帝国だよ。」

「帝国?」

「そう、連中はどうしてこんな武器を持ってる俺たちに戦争なんか仕掛けてきたんだろうな。」

ジェイクは僕と同じ様にジャングルを眺めながら呟いた。

「考えても無駄さ。連中にも理由があるんだろ。」

「理由か・・・。」

ジェイクには子供がいる。

そう、学生妊娠だ。

子供と恋人のアーシアと暮らすための安定を求めて共和国陸軍へ志願した。

そのジェイクは生きて、死ぬだけの様には考えていないのだろう。

「もし、敵にも家族がいたら・・・」

「よせよ、そんなこと考えてたら気分悪くなるだけだろ。」

「・・・だな。」


展開地点に着いた後は、ぬかるんだ地面をブーツで踏みしめながら敵の塹壕と思われる場所を目指していた。

塹壕、と聞いた時は耳を疑ったが、連中が何をするのかなどわかったものじゃない。

「伍長、前線基地ってハインロフだけじゃないでしょう。」

「ああ、しかし連絡ができないんだ。」

連絡ができない?

「恐らく通信障害何だろうが、もう三日は連絡ができていない。」

「確認はできたんですか。」

「実は今回はそれも兼ねている。」

調査が主な任務か。血の気の強いやつらは物足りないだろう。

「敵だ。」

突然伍長がそう言った。

かすかに鎧の動く音がする。

「総員、射撃体勢。待機だ。」

そう言って部隊に命令を伝える。

見えた。

敵はこんなジャングルの中で、目立つ鎧を着ている。

数はおおよそ二十。

こちら側は9人。

二倍の差がある。

だがこちら側には銃があるから、二倍でもこちら側の圧倒的なアドバンテージは確実だ。

距離もおおよそ七十メートル。

確実に勝てる。

「各員、射撃開始(オープンファイア)。」

四人の部隊が射撃を開始した。

湿ったジャングルに乾いた発砲音が繰り返し響く。

敵は頭から血を吹き出しながら次々と倒れている。

「敵、12名死亡確実。」

「まだだ!」

敵が剣を構えて走り来る。

「容赦なく撃て!」

拳銃を構えて待機。

「敵、9名死亡確認(エネミーダウン)

「まだ来るぞ!」

その時だった。思いもよらない方向から発砲音が響き、伍長の足が吹っ飛んだ。

右側面だ。

「伍長!」

間違いない。敵はとうとう銃を出してきた!

衛生兵(ドク)!」

伍長の足から血が湧き水の様に出ていく。

「クソ・・・!どうなってる!?」

「敵です!敵が銃を・・・!」

数年の戦争は敵に多くの技術革新を与えてきた。

そして、とうとう敵は俺たち共和国軍に追い付いてきたのだ。

それをみんな楽観視しすぎていた。

動けなくなった伍長の体を引きずって近くの岩陰に隠す。

しかし、駆け寄ってきた衛生兵が腕に穴を空けれた。

「全体!再編成だ!」

そう言うしかない。

僕は、訓練兵だ。

正規兵じゃない。

「ジェイク!衛生兵の治療をしてくれ!僕は伍長の手当てをする!」

そう言った瞬間、視界に銃を持った帝国兵が映った。

「クソ野郎!これでも食らえ!」

衛生兵の落したアサルトライフルを拾ってフルオートで撃ち込んだ。

多くは胴体に直撃して、内の一発が頭に直撃。

「ロイン!衛生兵と伍長の手当て完了だ!背負って逃げよう!」

「ああ!みんな!ついてこい!」

耳のそばを銃弾が掠めていく。

暴力的な空気を切り裂く音が何度も耳をつんざく。

何人かの叫び声が聞こえる。

「畜生!ゴールドが死んだ!」

ジェイクの叫び声だ。

「こんなところが死に場なんて勘弁だッ!」

ルージーがそう言って銃を捨てて逃げようとする・・・が、カチッと音をたてた瞬間、爆発と共にルージーの血や肉片が飛び散った。

「通信兵!近場の地点に輸送ヘリを呼んでくれ!」

「了解した!」

「拳銃構えろ!一分持たせるんだ!」

通信兵が忙しく通信機を動かす。

「第二分隊カルバンよりハインロフ!敵の攻撃を受けて現場を離脱中!負傷者もいる!以下の座標に輸送ヘリを要請する!」

『こちらハインロフ。直ちに輸送ヘリを向かわせる。何があった。』

「敵との戦闘中に敵側の銃撃を受けた!」

『了解。支援砲撃を行って時間を作る。その間に再編成し、ヘリの地点まで移動できるようにしろ。砲撃地点を指定してくれ。』

銃撃戦がしばらく行われると、空気を震わせるような爆音が響いた。

そして豪快な空気の音を発しながら、砲弾が敵の頭上に落ちていく。

爆発。

バラバラになった敵兵の手足が降り注いでくる。

「再編成!」

陣形を整えつつ開けた場所・・・ヘリ到着地点へ向かう。





「ヘリだ!来たぞ!」

「とりついた奴から乗れ!早く!」

ヘリへと次々と乗っていく。

輸送ヘリに取り付けられた固定機関銃を使って支援をしてくれているうちに、負傷した伍長と衛生兵を乗せる。

最後の一人、ロック・パーテリオが乗ろうとして足を撃ち抜かれた。

「パーテリオ、しっかりしろ!大丈夫か!」

「ああ、撃たれたけどな・・・!でも教官の右ストレートより大したことねぇぜ!」

「大口叩けるうちは大丈夫だな!全員乗った!行ってくれ!」

「了解、離陸する!」

ヘリが地面を離れていく。

床の装甲板に何度も撃ちつけるような衝撃が走る。

しかし、やがては聞こえなくなった・・・。

「ジェイク、状況確認を。」

「負傷者2名、軽傷者2名、戦死2名だ・・・。」

「畜生・・・二人も死んだのか・・・。」

「ああ、でも仕方がないだろ。俺たちは訓練兵で、お前は無茶な難題をこなしたんだ。お前がいなきゃみんな死んでる。」

「いや、死ななくても良かったはずだ・・・。」

そう言った瞬間ジェイクが僕の胸倉を掴んだ。

「これは戦争だ!俺たちだって殺したんだ、殺されもする!」

「っ・・・ああ。」

「それをクソみたいな状況で乗り越えた、経験も無しに!」

「・・・。」

「それができたお前をお前自身がひどく言ってどうする!俺だって仲間が死ぬのは嫌さ!向こうも同じだろう!」

「・・・。」

「これは戦争なんだ!」

「ああ、帰ってからしよう・・・。」

「・・・あ、ああ、そうだな。」

そういってジェイクは胸ぐらからゆっくりと手を離した。

・・・酷く焦燥していた。

これが戦争。

僕は侮っていた。

一方的な戦いを期待していた僕は、いつの間にかとてつもない恐怖を背負わされていた。

初めて感じた死の恐怖。

逃げずに戦おうとした奴も死んだ。

恐怖に負けて逃げようとした奴も死んだ。

ドロッとした血によって顔にこびりついたルージーの肉片を拭った。

これが、共に二年間を過ごした仲間の死。

あまりにも、酷すぎる。

いつか僕にも死がやってくるのだろうか。

そうなら、何故僕はここに来たんだ。

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