スローライフでうおおおおおお!!
俺、歩幸越棚! 死後の世界に行ったら死んじゃったの! 当然過ぎて俺の愚かさを呪う。
「お主、何してるんじゃ」
呆れが顔にでかでかと掲げてあるようだ。幼女は俺を見て頭を抱えた。仕方ないこと。それについては俺も反省している。
「全くバカなことをしました。すみません」
「よい、よい。わしもお主の好奇心を侮っていたわ」
「皮肉として受け取っておきます」
「正直じゃのう」
ため息をつき、咳払いし、俺の目をキッと見る。
「よろしい。今回も転生させてやる」
「ありがとうございます」
「ただし!」彼女は毅然とした声をあげる。
「自衛目的以外で戦うのを禁ずる。性行も禁ずる。何より死ぬな。わしの苦労が増える」
「え、じゃあどうやって名声を得るんですか」
「そもそも名誉を求めるな。これに違反できんようお主の体に細工をしておく。心しておけ」
俺が放心していると目の前が真っ暗になった。そこがいつもの奈落と気づくことは、落ちている最中にはなかった。
目が覚めると、知らない天井と知らない部屋と知らない服を着ていた。赤ちゃんスタートでないのは幼女なりの慈悲か。武器はもっておらず服は平民が着るもののよう。異存はないが、武器がないというのは不安を掻き立てる。
一階に降りると酒場になっている。店主が俺を見てニッコリと笑う。
「ようオチタナ! お目覚めか?」
なぜ俺の名前を知っているのか問い質したかった。しかしそれをしたら怪しまれること違いない。俺は手を挙げて答えるだけで、返答はしなかった。
名前がそのままなことから、少なくとも憑依ではないようだ。宿から出て水溜まりを鏡に確認しても、映るのは確かに俺だった。安心してよいのか、ないのか。
「オチタナ様ぁ~!」
少女の声が街に響く。そちらを見るとまだ十にもなっていないような幼い少女が駆け寄ってきた。誰だろうか。俺の記憶には何もない。
「君は?」
「忘れたのですか? サナイデでございます。家の工事が終わったので報告に来たのですよ」
家? なんのことだろう。俺は疑問符だらけの頭をそのままに、少女の後ろを歩いた。
郊外どころか森の近く。そこに素朴な木造建ての平屋があった。少女は案内が終わったのか、大工と思われる男達と共に帰路についた。どうどうやら、俺は過程をすっ飛ばしたらしい。
この世界における俺は少なくとも新築の家を買えるほどの財力を持っていた。財源がなんなのかは判らなかったが、冒険者であったことは事実だ。一時は持っていなかったと考えていた武器も、あの宿に忘れていただけだった。
それらを調べて数日。家にも慣れ始め、街で俺自身の調査と食事をする日々。そろそろ家計も苦しくなってきた。幼女は自衛以外の戦闘はするなと言ってた。冒険者の仕事は自衛ではないだろうから難しい。しかし他の道は? 考えながら家に帰り、森に寄った。果実でも採ろう。
すると、目前にスライムが現れた。その見た目も匂いも酷いもので、数多のヘドロを混ぜたかのような吐き気を催す姿。鼻が捻れるほどの悪臭。しかしそんな醜悪さと違い、俺が近くにいてもプルプル震えるだけだった。
「あぁクソ」
俺はイラついた。これは自衛に当たらないのか剣が抜けない。これが細工か。俺は逃げるしか選択肢が無いように思える。だがこのままオメオメと引き下がるのは癪だ。
スライムは俺が近づいても数ミリ逃げるだけのノロマだ。俺はスライムを指で突っつき家に誘導する。そこには俺が作った沐浴用の大きい桶がある。スライムを桶に突き落とす。俺はただスライムを指でつついただけで戦ってはいない。そして考えもある。
数日は悪臭に苦しんだ。桶の水はスライムの吐くヘドロですぐに汚れ、何度も入れ替えた。街に行こうにもこの異臭をまとっていたら相手にされない。しばらくは果実でしのいだ。
そして、この日は来た。スライムを見ると、綺麗さっぱり、透明になっていた。スライム越しに見る景色はこの世界の住民にとって目新しいだろう。
俺が考えていたのは、綺麗なスライムという商品を作ることだ。街で調べものをしている内に、冒険者達がスライムの臭さについて話し合っていたのを聞いた。そこから思い付いたのがこのスライム。
俺はスライムを桶から退かし体を洗う。これまでの臭いもとれるまで。そしてスライムに森の透明な水を与えてやる。実は、ここからが本番だ。
さらに数日。臭いもとれたので街で久々の全うな食事をとり、スライムには透明な水をやる。それを繰り返す内に、スライムに異変が起こる。
スライムが分裂し始めた。これもスライムの生態だ。ようは細胞分裂で種を存続させる方法。これを待っていた。透明なスライムを量産しそれらを売り飛ばす! これで俺は大商人だ。
分裂したほうのスライムを抱え街に赴く。人々は俺が抱えているものを指差し、しげしげと眺めていた。
街の商人ギルド館に着いた。周りの商人はみな俺のスライムに注目している。受付嬢に言う。
「新しい商品があるから、これを売りたい」
「これって、その透明なものをですか?」
「これはスライムだ」
「ス、スライム? これが?」
「そうだ。どうだい? 高く売れそうだろう」
ガヤガヤと俺の周囲がうるさくなる。スライムは怯えたのかプルプルしだす。それを撫でながら、受付嬢が上司に相談するのを見る。それを売ってくれないかという声も聞こえたが全部無視した。
そしてギルド長がやってきた。
「やぁ、私がギルド長だ。君は?」
「俺は歩幸越棚という者です」
「オチタナさんだね。そして、売りたいのがこちらと」
「はい」
「着いてきたまえ。商談はこの先で」
奥の一室に通され、椅子に座る。相手も座り、いざ商談となる。
「それは本当にスライムなのかね」
「ええ本当です。俺が飼って、綺麗にしてやりました」
「それを売ると」
「もちろん。このようなスライムは珍しいでしょう」
「あぁ全く珍しい。これを幾らで売るつもりか
ね」
「銀貨千枚」
「せ、千枚? まさか、冗談だろう」
俺は現代で提唱されていた交渉術に従っているだけだ。まずは大金をふっかける。そこから値段をどんどん落とす。
「ハハハ、冗談ですよ。銀貨百枚なら売りますけどね」
「百枚でいいのか?」
「それが最低ラインですね」
「よし、我ら商人ギルドが買おう」
俺達は立ち上がり、握手を交わした。スライムはその場で受け渡し、後日銀貨百枚が俺の家に送られる。
「ところで、スライムはこれ一体かね」
「いえいえ、これから増えていきますよ」
「それは良かった。今後もいいパートナーになれるよ」
あとで知ったことなのだが、透明なスライムを作ったのは俺が始めてではないが、とても希少価値が高く、銀貨五百枚で取引されるものだったらしい。少し悔しいが、暮らしには困らないので諦めよう。
俺の日々はスライムをいかに美しくするかの日々となった。毎日水を替え綺麗なままスライムを漬けておく。分裂したら、スライムを売る。これを続けて、そしてみだらに散財せず、貯蓄は金貨千枚に達した。俺はもう一代で大資産を築いた富豪となる。家は一度崩し、大きく建て替えた。護衛やら使用人やらを雇い家は大盛況となった。
しかし、そんな状況だと太ってしまう。それを防ぐため早朝に起きてはランニングをした。この世界では太っているほうが豊かさのシンボルとなるが、俺には関係ない。ブクブク太るのは嫌だ。
ある日、冒険者ギルドから使いが来た。この日まで、俺が冒険者であったことを忘れていた。俺はずっと冒険者として活動していないので冒険者登録を取り消しとなった。どうでもいい。そう思っていたが、野心がくすぐってきた。
冒険者ギルドを買収し、俺の私兵にすれば一国を築き上げるのも可能ではないか。そう考え、冒険者ギルドの長に賄賂を日々送った。武人たるギルド長も、金には弱い。
明くる日、冒険者ギルド長はギルドの解散を命じた。そして、今までの冒険者はみな俺の傘下となった。国が止めようとする、なんてことはない。既に貴族共に金は払っている。ついに、俺は貴族さえも踏める大男となった。
「オチタナ様は今日も麗しい」
「どの貴族もオチタナ様には逆らえない」
俺を褒め、畏れる言葉は国中に広まる。それでいながら私生活はさして庶民と変わらないので民草からも慕われる。これを最強と言わずして何と言う?
そんな日が続く中、俺はスライム牧場に足を運んだ。今日もスライム達が洗われている。どれも立派な透明スライム。今はもう他の産業に手を出しているから、スライム産業は小銭に過ぎない。
俺は牧場を視察している時、異変に気づく。
「ワタシノカタワレ、カエセ!」
スライムが人型になり、従業員を襲っていた。俺は彼らを守るために走りよった。しかし抜剣は出来なかった。幼女との約束を忘れていた。俺は従業員への攻撃に巻き込まれ、そのまま殺された。
死に方雑ゥ!