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人外でうおおおおおお!!


俺、歩幸越棚! 乙女になってエッチしたら死んじゃったの! でもまぁ今回はそこそこ生き延びたほうではないか。


「お主、性交したら死ぬ病にでも罹っておるのか」


体を起こし座り直すせば幼女さん。俺に背を向けてアナログテレビで野球観戦をしている。胡座をかいて、とても楽しそうな背中には見えない。


「また転生したとて、同じことじゃろうな。されどお主はまた別の生を得る。わしは協力を惜しまんよ」


そう言いつつ、三振したバッターに舌打ちしている。ありがたいんだか、ないんだか。


「何度もすみませんが、次はどうなるでしょう」


「次は人間をやめてもらおうかの」


「え」


「ま、転生したら判る。じゃあの」


いつものように、フワッと体が浮き上がるような感覚と共に黒一色に吸い込まれていった。




暗闇から光が差し込み、それが日の光だと気づくのに時間はいらなかった。太陽を見上げようとして、早速巨大な違和感が身を撫でる。まるで小人になったか、全てが大きくなったかだ。


見渡せば、どでかい草が天へ伸びていた。それらは影を作り、俺を日陰の者にしてしまう。目の前にある砂粒一つ一つも粒にしては大きい。そもそも、視線の位置がおかしい。まるで地べたに這いずっているようだ。いや、本当に這いずっているのか? 試しに立とうと試みる。


しかし、ある筈のものがなかった。手がない、腕がない、足がない。感覚すらない。人間を人間たらしめる四肢がなかった。ふと幼女の発言を思い出す。人間をやめる?


まさかと、体をあらためようと後ろを見ると、長く白い鱗の列が目に入る。後ろを見たときの首の動きさえおかしかったが、この体もてんでおかしい。四肢がなく、胴体は細長く伸び、鱗がある。なるほど人ではない。ではなんだ。


蛇だ! 俺は結論づけた。それ以外に当てはまる生物がいない。声を出そうとするも、存外に口が大きく開いただけでなんの音も鳴らない。ガラガラとも。


移動を試みる。左へ右へ、体をくねらせて地べたを這いずり行く。まるで蛇のようだと言いたいところだが、実際に蛇なのだろうから救えない。


草を分け入ると水溜まりがあった。鏡代わりに見てみると、俺の顔はまごうことなき蛇だった。獲物を喰らうのに適した長い口。離れた眼。やはりある白い鱗。変なことに、眼の位置が人と全く違うのに、視界は人の頃のそれと寸分違わない。ここだけは異能か何かの力が働いているのだろうか。


喉の渇きを感じる。水を飲み、考える。俺は今、人間という安泰を捨て、自然の猛威に震える一匹の獣となった。人としての倫理常識を吐き出し厳しい世界を生き延びねばならない。例え肉体が違えども、生きて大成するという俺の行動規範には変わりがない。他の生命を喰い散らかし、今にこの草原を超える大蛇として君臨してやる。俺はここ、名も無き草原で覚悟と決意を新たにした。




あの日から幾星霜経っただろう。野に巣くうネズミやらウサギやらを腹に落として生活していた。ここは草原かと思っていたのだが、どうやら山の中だったらしい。そう思える根拠は簡単だ。俺自身がとても大きくなったのだ。それこそ、決意を持ってなろうとした大蛇に、俺はなったのだ。


今は大きい洞窟に身を潜め、たまに外に出ては鹿やら熊やらを捕食している。体が大きすぎるので失敗ばかりだが。毒牙もあるが、俺までになると全く必要ない。水は近くの川までノロノロ赴く。少し大きくなりすぎたか、木々が邪魔だし飲む量も多い。そして動物達はみな逃げ潜む。なぜ蛇があの躯体であったのか、よく理解できた。


そんな日々のある日、洞窟にも木霊する怒号を聞いた。それは人の叫びにあらず、まさに怪物の雄叫びであった。動物は言葉で語らないが、物の強弱は理解している。この山では俺が頂点だが、もしその位から落ちればその地位を簒奪しようと俺に挑む獣もいるだろう。俺はなんだかんだいえど蛇だ。巻き付いて噛むしか能がないのが本来。この座を揺るがすことは避けねばなるまい。


洞窟を出て、声のした方向へ頭を向ける。そこには、ドラゴンがいた。我が目を疑ったのは蛇生で初めてである。この辺の生き物は、どこか和風というか、日本産に思える生物が多い。そんな世界に突如メルヘンな存在が現れた。今さらだが、ここはファンタジーな異世界だったことを知った。


ドラゴンは俺の所ではない山の頂上に居座り、眼下を見下げている。その目を追うと、知らなかったが、人間の住む村があった。ドラゴンはここでも判るほど唸っていた。間違いなく、あの村を襲おうとしている。


あの村は俺の山に近い。村を蹂躙されては、俺の玄関に彼奴を迎えたようなものだ。それは防がねばならない。


洞窟から出て、大地を下敷きにして這いずる。ハッキリいって隠れることはできない。かといって真っ向勝負は危険だ。この自然界で悟ったことは一つ、勝てる狩りにしか勝たないこと。俺は策略を練った。


作戦はこうだ。まず村を襲うのを許す。人間共が抵抗、もしくは逃走してドラゴンの気が俺から外れた隙に彼奴に飛びかかる。そして毒を注入し弱らせ、あとは絞めあげて殺す。人間には申し訳ないが、これも我が地位を守るため。お山の大将の座は渡さん。


思惑通り、ドラゴンは村を襲い始めた。村人はみな何もできず散り散りに逃げドラゴンの餌食となる。こんな巨躯の蛇を見逃すとはバカめ。俺はドラゴンの首目掛け噛みつく。すかさず毒を流し込み体を巻き付かせる。ドラゴンは必死に抵抗するが、すればするほど牙は食い込み、苦痛は増す。


だんだんと動きが小さくなってきた。毒が効き始めたか。それでも牙は抜かず、死ぬのを見届ける。ついには動かなくなり、屍となった。


これで災いは取り除けた。俺は一安心し、呆然としている人間を置いて巣に帰った。


何度か朝と夜を過ごしたあと。洞窟で寝ていると、何やら人間の声が聞こえる。目を開けると目前には男女数人。古代の日本人そのものの服装と髪。武器は持っておらず、むしろ狩ったばかりの鹿を携えていた。


「あ、あの、白蛇様、お供え物です」


はぁ? お供え物? 俺が当惑している中、鹿が俺の前に置かれる。


「これまで我らを見守って下さりながら、こうしてお供えをしなかった罰、お許し下さい」


どうやら俺を神と見立てているようだ。悪い気はしないが、どうやって感謝を示そう。俺は過去の人間時代を振り返り、とりあえずは頭を下げることにした。


「おお、お許し頂けますか。なんと器の広い! ありがとうございます!」


連中はみな深々とお辞儀し、今度は酒を持ってくると言って去った。後日、酒を寄越してきたが、ヤマタノオロチの伝承を鑑みるに飲むのは危険と思い、使者が去ったあと捨てた。


俺はもう狩りをしなくてよくなった。お供え物として食料はやってくる。たまに村を脅かす熊だのを退治すればそれだけで喜ばれる。まぁ熊とて俺が出たら逃げ出してしまうので牙を使うことはなかったが。




そんなある日、涙声を怒声が激しく舌戦しあうのを耳にした。場所はいつもの洞窟。見れば、村人と奈良時代辺りの鎧を着た男が喚きあっていた。しかしどうも鎧男のほうが上のようで、村人は腰が引けていた。


「白蛇様は村の神様なんです! どうか殺さないでください! 俺達皆祟られてしまいます」


「なにが神か! あやつは天下に害をなす朝敵ぞ! お前はそれが解って言っておるのか」


やかましい論戦だ。朝敵だなんだと言っているのだから、やはりここは東洋のどこか、多分日本なんだろう。ドラゴンがいたから異世界に違いないけども。俺はのっそりと彼らに近づく。彼らは驚いて、村人は尻餅をついて、鎧男は刀を抜いた。


「おのれ朝敵め、私を殺そうとするか! 私に敵対するは帝に歯向かうものと捉える!」


刀を俺に向け吠える。その姿はまさしく武士。挨拶として、頭を下げることにした。


「な、頭を垂れるか。さてはただの畜生ではないようだな」


刀は抜いたままだが、ひとまず下げられた。しかし、朝敵か。


「ふーむ。困ったものだ。私はお前を殺めるように帝から命を賜った。それに背くのは名が廃るし、何より義に反する」


彼は深く悩み始めた。そして俺も思案に耽る。


そうか、俺はもうこの山の天下蛇ではないのか。人間という存在は俺が生きるのを許さないだろう。この男を退けても、また別の者がやってくるだけだ。それを続けて、何の意味があるのだろう。俺は人ではない。だが人の心は理解できる。


人にとって、俺はもう必要ない。俺は大きすぎた。俺にとっては? 俺はこの生を満足できただろうか。


満足できた。心からそう思う。お山の大将とはいえ、頂点に君臨できた。それだけで充分ではないか。蛇は生の象徴。しかし、惰性に生きるのは違うだろう。


俺は鎧男の刀に頭を触れさせる。


「お前、まさか、斬れというのか」


頷く。


「そうか、そうか。お前はなんと潔い蛇か。畜生と、朝敵と呼んで悪かった。そして、私のやることをどうか許してくれ」


男は涙ぐみながら俺の頭を刺した。深く深く。村人は悲鳴をあげ、俺も悲鳴を堪える。


ついに刀は脳天まで達した。意識が途切れていく。辞世の句でも詠みたいが、あいにく教養がない。俺は自ら意識を閉ざし、死んだ。

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