清き一万票をお願いします。
楽しんで頂ければ幸いです!
家の扉を閉め、辺りを見回す。
「大丈夫…大丈夫…」
まるで小、中学生が着ている真っ白な半袖・青い短パン姿の少女は、何かに怯えるように走り出した。
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私は、たまに中学生に間違われる事が悩みのごく普通の高校3年生…だった。
1ヶ月前までは…
さあ…話は急転換するが、日本では選挙に行く人が減少している。
その対策として最近、法律が変わり18歳から投票が出来るようになった。
一時期は減少から増加に転じたが、話題性が無くなり今は減少の一途をたどっている。
政府はこれを食い止めようと、次の打開策を打ち出した。
『一万票制度』
選挙の規模によって変わるが、ある地域か県で選ばれた一人に、一万票を与えるという馬鹿げた制度だ。
"一人の意見を明確にする"
それが政府の狙いのようだ。
「投票しても無駄」
選挙に行かない人の理由第一位…
例え、一人一票持っていも応援する立候補者が通るわけではない。
落選すれば、投票した票は死票となる。
ならば死票にならないようにすればいい。
一万票あれば、一人の意見が確実に通る。
選挙をする度に話題になり、選挙に行く人も増える!と言うことらしい。
しかし、冷静に考えれば一万票を持たない人の意見は通らない。
結局
「一万票持ってる人の意見が通るし、行っても無駄」となる。
それに立候補者からすれば、一万票を持つ人物を取り込めば選挙に勝てる。
ならば……
と黒い考えを持つ者がいれば、一万票を持つ人物に危険が及ぶ。
さらに投票率が下がる。
"まず、こんな制度考え出す方がおかしい!"
野党から激しいヤジがとび、国民の大半が呆れた。
…が半ば強引に与党は国民・野党が反対する『一万票制度』を押しきった。
一年後、『一万票制度』は試験的に全国の知事選挙で導入されることになった。
テレビの前のソファーに横になり、私はこのニュースをぼーと見ていた。
あの呆けていた日々が懐かしい。
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少女は今、息を切らしながら迷路のような暗い路地を走っていた。
手の中にはしわしわの紙が握られている。早くこの呪われた紙くずを手放したい。その一身で走る。
「この馬鹿げた制度のせいで…!」
唇をかみ、涙をこらえる。
一ヶ月前、私の元に白い封筒が届いた。中には薄い紙一枚。
『貴殿は一万票制度に選ばれました。選挙当日、こちらの紙をお持ちください。尚、この事は決して誰であっても、他言しないようお願い申し上げます。違反した場合、罰金及び刑罰が課せられます。』
と脅しの文章と共に現総理大臣の直筆の署名と判が押してあり、本物であると証明していた。
最初は、人生で一度あるか無いかの体験に興奮し、優越感に浸っていた。
「あっ!」
足が絡まり、暗い路地に倒れ込んだ。痛みで、立ち上がることができない。
「何でこんなことに…」
周りの景色がかすむ。
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「こらっ!寝てばっかいないで、勉強しなさい!」
「はーーい」
母の怒りに私は適当に返事し、ソファーでゴロゴロしていた。
あの紙が届いてから一週間、私は一万票のことなんて、すっかり忘れていた。
えっ無責任?いや~あんなペラッペラッな紙で知らされてもねぇ。
「あ~だるっ」
「何が"だるっ"よ!さっさと立つ!」
目が三角の母に敵わず、渋々私は立ち上がる。が
「いたっ!」
前に置いてあった机の脚に、足の小指をぶつけた。
「はぁーあんたが悪いのよ。」
母の呆れたため息が響く。
そう、その通り
私が悪かったんだ。無関心な私が…
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「もうー痛い!」
昨日ぶつけた小指がまだ傷む中、私は学校に向かっていた。
空は晴れているが、不気味な静けさが町をおおう。
普段とは違う静寂からか後ろが気になり、そっと振り返った。
「えっ何…あの車…」
普段見かけることのない真っ黒の高級車が道の端に停まっていた。
なんだか視線を感じる…
いや、気のせいだよ。
そうは思っても足取りは早くなる。
なに…あの車…
まさか…!いや大丈夫。個人情報は守られてるでしょ。私が一万票持ってるなんてバレないはず。
必死に心を落ち着かせる。
『黒い考えを持つ者がいれば、一万票を持つ人物に危険が及ぶ』
だが、いつの間にか私の手の中は、じっとりと汗で湿っていた。
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「あと一週間っ早くっ!」
今日も足早に学校へ向かう。
選挙カーが笑顔で通る横を、私はうつ向き顔を隠す。
相変わらず、視線を感じる。
もう、耐えられない…
町の人が選挙カーに手を振る中、私は涙をこらえた。
「もう、いやだ…」
暗い路地に倒れたままの私に、影が重なる。
「大丈夫…?」
顔を上げると気の弱そうな男性が心配そうに、こちらを見下げていた。
「大丈夫…?立てる?」
男性は私に手を差し出す。
「あっえっ、大丈夫ですっ!」
私は慌てて、自力で立ち上がった。まだケガをした所が痛かったが、情けない姿を見られた恥ずかしさが勝った。
「そうですか…でもケガしてる!」
「いえっ!大したケガじゃないので!心配無用ですから」
私のケガを気にして、泣きそうな顔で、こちらを見る男性…あれ…?どこかで…?
「…もしかして!立候補者の!」
そうだ、今回の知事選の立候補者の一人だ!
今までの立候補者の中では最年少で、注目されていた。こんな若者に任せるなんて、いけすかん!て皆から言われてたかな…?
「えっあっ、よくご存知ですね。でも僕この通り、頼りなくて…今日は開票日で、事務所に居なきゃいけないのに、プレッシャーに耐えれなくなってしまって…情けないですね。」
男性はうつ向いた。
「いえっそんなことないですよ!私のケガを心配してくれていますし…」
「いえ、ケガしたあなたに何もしてあげれない…あっ!」
泣き出しそうな男性は、真っ黒な肩掛けバックを引っ掻き回し始めた。
「あった!これ使って下さい!」
男性は両手をこちらに差し出した。
「えっこれ」
私はそれをまじまじと見る。
それは、とっても可愛いウサギのイラストが描いてあるピンクの絆創膏だった。
「あっこれは妹が好きな絵で…あっ!でもこれをあげると賄賂扱いになるのかなっ?」
一人あたふたする男性。
その姿を見て、
「あははっ!」
私は思わず笑ってしまった。
「ありがとうございます!気持ちだけ頂きます。」
「あっえとすみません。結局僕何もしてない…」
彼はガクッと肩を落とした。
「何か…分かる気がします。あなたを応援する人の気持ち。」
「へっ?」
驚く彼に私は笑いかける。
「あの良かったら握手してもらっていいですか?」
私は彼に右手を差し出した。
「あっ!はいっ!」
力強い握手がかわされる。
「ありがとうございます!」
「いえ、こちらこそありがとうございます。あっ、投票会場の学校はあっちですよ!」
「えっ?ありがとうございます…」
あれ…この人、間違えなかった…
私は自然と一歩後ろに下がった。
男性は曖昧な笑みを浮かべている。
「ううん、大丈夫。」
私は首を振った。考え過ぎだ。
「では、行きますね!頑張って下さい!」
「ありがとうございます!ケガ…ちゃんと治して下さいね…」
「はいっ!」
上の白い服は汚れてしまったが、私は光の差す大通りへと、元気よく足を踏み出した。
「…」
途中振り返り、暗い路地にたたずむ彼に目をやると、ぎこちないが手を振ってくれた。
私は軽く会釈をし、走り出した。足の痛みはもう、気にならなかった。
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私の県では今までの中で一番最年少の知事が当選した。
経験値が低すぎる!と心配されていた…が県民の不安要素を確実に取り除いていく彼の姿に、皆認めざるをえなくなった。
他の県でも一万票制度で当選した立候補者が目覚ましい活躍をしていた。
そう、一万票制度は正しかったのだ。
与党の判断に国民は称賛を送った。より一層与党は安定した支持率を獲得し、日本の未来は安泰を約束された。
いや、待ってるのは破滅だった。
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暗い路地に残された男性
うつ向き、肩を震わせ…笑っていた。
「クククっ、あーバカで良かったー!こんなに上手くいくとは。」
はぁーと息吐く。
しかしいいタイミングでこけてくれたよな~。まぁ、他にも方法があったけど、楽したな。
「全く、この日本って国は呑気だな~いい人ヅラすればすぐコロっだ。」
深く考えず、与えられた優しさにしがみつく。そこに自分の意思はない。
ただ、ただ無関心。もっと知ろうともしない。
「アハハっ、どうせどいつもこいつも、自分に関係ないならどうでもいいんだろ?」
男はニヤっと笑う。
その笑顔は少女と話していたものと違い、歪んだものだった。
「なら、俺はこの制度で上にのしあがる。」
今回の制度は総理が自身の安泰のために作ったものだ。国民の政治に対する無関心を利用して…
「上手く考えたな~そこは評価しよう。でも、総理…その椅子はもう俺のものだ。」
低く不敵な笑い声が響く。
「さあ…行くか。まだしばらくは善人ヅラしないといけないしな。」
はぁとため息をつき、暗い路地の奥へと足を踏み出した。
「そう言えば…」
男は立ち止まる。
「一ついい忘れてた。」
首を後ろに回し、光の差す方へと顔を向けた。
「清き一万票をお願いします。ってね。」
読んで頂きありがとうございました!