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一章 三人の美少女たち 忘れ得ぬ思い出と耐えがたい孤独

わずか十六才で、未亡人になってしまったアイラ姫は実質上グランツ領の領主になった。


周囲の者は果たしてこの若さで大丈夫なのだろうかと不安に思ったが、その不安は杞憂だった。


アイラ姫は涙に暮れる間もなく、行政、司法、そしてそれにともなう人事など、やや不安定だった領内の改革を行った。


その柔和な口調からの的確な指示と、優しげな雰囲気からは想像できないほどの辣腕らつわんで、あっという間にグランツ領をまとめてしまった。


容姿端麗なその姿と、平民にまでもこだわりなく優し気に接するその様子から、


”グランツ領に舞い降りた天使” などと称された。


領民たちの人気は絶大で、誰もが姫を褒め称えた。


もちろんニコもその一人だった。


ニコは十八才。


父親とともに農夫で生計を立てていたが、父親が悪辣あくらつな詐欺に騙されてしまって、莫大な借金を背負わされてしまった。


所有していた農地も借金の(かた)に取り上げられ、仕事もない。


借金の取り立て人は連日のように家に来て、父親とニコとを責め立てる。


父親とニコは命すら危うい他国の過酷な仕事場へ、妹のミアは怪しげな娼館へ紹介してやると、金が返せねえなら覚悟を決めな、などと言って容赦なく取り立てをしてくる。


もう一家で心中でもするしかないと追い詰められていた時に、助けてくれたのがアイラ姫だった。


どこからかニコの一家の窮状を聞きつけたアイラ姫は、まず詐欺業者を捉えて牢に入れ、領民が困っているならと、父親の借金まで建て替えてくれた。


第三者の手に渡っていた農地までは取り返せなかったが、哀れに思われたのか、父親には良い仕事を紹介してくれた。


贅沢しなければ少しずつ借金を返しながら、妹のミアを、また学校に通わせることができる。


父親は大喜びだ。

アイラ姫に、神様以上に感謝して、領民の誰よりも大げさに褒め称える。


ニコは父親の感謝感激ぶりを少し恥ずかしく思いながらも、内心は父親と同じ気持ちだった。


そんなニコにアイラ姫は、こう提案した。


「ニコさんには、もし良ければですけど、わたくしの(そば)で従者となってもらえませんでしょうか? ニコさんならば信頼できますし、男の人が近くにいると私も安心ですので」

 

邪気の無い純真無垢な笑顔でニコに頼んでくる。


ニコからすれば、夢のような提案だ。


文字通り、自分と家族の命を救ってくれた、憧れのアイラ姫のそばで働ける。


勿論不埒(ふらち)な思いなどないが、ニコの心は浮つく。


「姫様、本当に私でよろしいのですか」


勿論もちろんです。私の(そば)で仕えて頂けますか」

 

ニコは涙をこらえ、込み上げる想いに胸を熱くさせながらアイラ姫に答える。


「姫様、身命をして仕えさせていただきます」

 

ニコは深く頭を下げる。


「ニコさん、顔を上げて下さい」


アイラ姫の神々しいまでに美しい顔が正面に見える。アイラ姫が微笑みながらニコに挨拶する。


「ニコさん。これから宜しくお願いします」


「はい」


ニコは涙声で答える。


ニコは心底幸せだった。







そんな日もあった。


「ニコ」


アイラ姫が苛立ったようにもう一度呼びかける。


「ニコ!」


立ったまま、思い出にひたってしまっていた。


大失態だ。

ニコは大慌てで返事する。


「申し訳ありません。なんでしょうか? 姫様」


「なんでしょうかじゃないわよ。ニコ。私の呼びかけを無視するなんていい度胸ね。貴方の父親の借金の証文は私が持っているのよ。これを他業者に売り渡したら一体どうなるのかしらね」


ニコは恐怖に身がすくむ。


そんなことをされたら一家離散だ。


ニコと父親は命懸けの過酷な労働を、妹は娼館に売り飛ばされてしまうだろう。


「申し訳ありません。姫様。それだけはお許し下さい」


「ニコ、あなた、ちょっと私に対する感謝が足りないんじゃないの?」


「決してそんなことはありません。常に感謝しております」


「ふうん。あまりそういう風には見えないんだけど。どう思う? セーラ、リズ」


アイラ姫の寝室の隣には、アイラ姫から信頼された友人と認められた者だけが立ち入ることを許された部屋がある。


今は午後のお茶会で、その部屋のテーブルでアイラ姫と紅茶を飲んでいるのは、姫のお付きのセーラとリズだ。


セーラはアイラ姫の遠い親戚で、その美しさもアイラ姫に引けを取らない。


年齢もアイラ姫と同い年だと聞いている。


ただアイラ姫は明るい金髪で柔和で優しげな印象を他人に与えるのに対して、セーラは美しい黒髪で容姿もどこか超然とした美しさがある。


どちらの方が美しいかは完全に好みの問題だが、ニコはどちらも同じように性格が悪いことを知っている。


セーラは答える。


「そうですね。確かに最近のニコの態度は目に余るものがありますわ。姫様に対する感謝の心など、微塵も感じ取れませんし、姫様の親切心など当たり前だと思っているのに違いありません。それもこれも、姫様がニコに対して甘すぎるからだと思われます。姫様はニコに対して、もう少し厳しい態度で臨むべきだと思いますわ」


ニコは発言を許されていない。


アイラ姫は我が意を得たりとばかりに答える。


「そうね。確かに優しすぎるところは私の欠点ね。反省しなければいけないと思うわ」


「そうですよ。姫様。ニコったら、生意気なんです。私が呼び掛けても、どこか嫌々そうに返事をすることがあります。いえ、私はいいんです。でも姫様のお付きの私に対してそんな態度をとるということは、姫様に対してもいい加減な態度を取ってるんじゃないかと心配してたんです。今のニコの態度で確信しました。姫様、かわいそう」


ニコは発言を許されていない。


今、姫様に返事をしたのはリズだ。


セーラ様と同じ、姫様のお付きの一人で年齢はまだ十二歳だ。


髪色はアイラ姫と同じような明るい金髪で、アイラ姫の従姉妹らしい。


思春期前の少女の愛らしさを全て体現したような外見をしている。


将来はグランツ領どころか、国一番の美しさになるだろうと噂されている女の子だ。


しかし性格は最悪だ。


三人の中で一番陰険で、残酷かもしれない。


「御免なさい。リズ。嫌な思いをさせて。従者の責任は私の責任よ。許してね」


「そんな、とんでもない。姫様。悪いのは全部ニコなんです。姫様が謝ることはありません。頭をお上げ下さい。ニコが悪いんです」


ニコは黙って立っている。酷い言われようだ。


これからどういう話の展開になるのだろう。想像するだに恐ろしい。


内心震えていると、とうとう姫様がニコに呼びかける。


「ニコ」


「はい、なんでしょう。姫様」


「なんでしょう、じゃないわよ。ニコ、私の可愛いリズに、貴方、一体何をしてくれたの。謝りなさい」

 

何もしてない。本当に何もしていない。


しかし姫様に言われては仕方がない。


ニコは謝ることにした。


「申し訳ありませんでした。リズ様」


「許さないわ。絶対に許さない。私、傷ついたんだから」


ニコに向かって涙目で抗議している。


本当に見た目だけは嫌になるほど可愛らしい。


アイラ姫が口を出す。


「ニコ、リズに手をついて謝りなさい。そしてリズに許しをもらうまで顔を上げることを禁じます」


ニコは流石に躊躇ためらった。


ニコも年上の男としてのプライドは人並みにある。


何故、何もしていないのに十二歳の女の子に土下座して謝罪しなくてはいけないのか?


「ニコ、姫様の言うことが聞けないの? 早くリズに謝りなさい」


セーラが強い口調でニコに言う。


「ニコ、私に恥をかかせるつもり?」


アイラ姫が追い討ちをかける。


リズは椅子に深く腰掛け、心持ちふんぞり帰った様子で腕を組んでニコを見ている。


涙はもう乾いたようで、薄く笑みを浮かべている。


ニコはなぜか今、喉が乾いているのを自覚した。


姫様たち三人は紅茶を飲んでいるが、ニコには水一杯も与えられていない。


お人好しの父親と、ニコにとっては世界一可愛い妹のミアの顔を思い浮かべる。


そうだ。俺は家族を守らなければいけない。


こんな屈辱など小さなことだ。


ニコはリズの椅子の前に膝をつき手を揃えて、深々と頭を下げる。


「リズ様、申し訳ありませんでした」

 

リズの返事は聞こえない。


しばらく待ってもリズの声が聞こえないので、ほんの少し、下げた頭を動かしたところ、後頭部に何か乗っかった感触がした。


「私、まだ、許してないんだけど」


リズの声が聞こえた。


なんと今、リズはニコの後頭部を上履きの裏で踏んでいるようだ。


あまりの屈辱に涙があふれる。


下を向いていて顔が見られないのだけが幸いだ。


アイラ姫の声がする。


「ニコ、私はさっき、リズに許してもらうまで顔を上げるのを禁じます、と言ったわよね。本当に私の言うことが聞けないのね。リズ、御免なさいね。私の躾が行き届いてなくて」


「そんな、姫様が謝ることではありません」

 

視認できないがどうやらリズは立ち上がったようだ。


ニコの後頭部に体重がかかる。


ニコの顔面が床に押し付けられる。


「ニコがあまりにダメダメ過ぎて、もしかしたら聡明な姫様の手にも負えなくなっているのかもしれません。そこで私に提案があります。私やセーラにもニコの躾の苦労を(にな)わせていただけないでしょうか?」


セーラが発言する。


「リズ、それはいい提案だわ。ニコの躾の責任を、姫様一人に負わせるなんて私もどうかと思っていたの。これからは姫様だけではなく、私やリズもニコの躾に協力するということね」

 

ニコはまだリズに後頭部を踏まれて顔面を床に押し付けられている。


頭を上げることは許されてない。


冗談ではない。

セーラ様はともかく、リズにまで。


姫様、お願いです。断って下さい。


ニコの心の叫びも知らずにアイラ姫が答える。


「そうね。お願いしようかしら。でもニコの躾は大変よ。本当にお願いしていい?」

 

リズが答える。


リズはニコの後頭部を踏みつけたままだ。


「大丈夫です。お任せ下さい。私の手で、ニコを立派に躾けて見せます」


セーラも答える。


「私もニコを本格的に躾けてみようと思うわ。ちょっと楽しみね」

 

ニコは最後に強く頭を踏みつけられるのを感じた。


リズの足が離れる。


リズから声をかけられる。


「私に対する無礼は許してあげるわ。顔を上げなさい」

 

ニコは顔を上げる。


「酷い顔ね。もしかして泣いてたの? この部屋の絨毯じゅうたんは高いのよ。貴方の涙で汚していいと思ってるの? また罰を与えなきゃね」

 

リズが最高に愛らしい顔でニコをいたぶる。


アイラ姫がニコに話しかける。


「ニコ、貴方も耳があるなら聞こえたでしょう。今日から貴方の躾は私だけではなく、セーラとリズにも頼むことにしたわ。私はちょっと甘すぎるみたいだからね。貴方からもこれから宜しくお願いします。どうか私を厳しく躾けて下さいと、セーラとリズにお願いしなさい。今、ちょうどいい姿勢になっているじゃないの。そのまま頭を下げればいいわ」

 

ニコは声が出せない。

あまりの屈辱に体が震える。


「あら、どうしたのかしら。私の言うことが聞けないの? どこまでも私の命令に逆らうつもりね」

 

アイラ姫が立ち上がり、ニコの方に近づいてくる。


ニコの(そば)にしゃがみこみ、顔を近づけ、ニコの(あご)に指を添えて、美しく微笑みながらこう言う。


「ニコ、貴方の妹が可哀想だわ」


ニコは妹のミアの顔を思い出す。


そうだ俺は妹を守るんだ。


ニコは開き直ったように頭を下げる。


「セーラ様、リズ様、これから宜しくお願いします」

 

三人の反応がない。


しばらく待っているとリズがまた強く後頭部を踏みつけてきた。


「どうか私を厳しく躾けて下さい、でしょう。何を忘れているの。一番大事な言葉じゃないの。それとも忘れた振りをしているのかしら。まったくどうしようもないわね」

 

踏みつけられたままニコは何とか口を聞く。


「ど、どうか、わたしを、きび、きびしく、躾けてく、ください」

 

何とか話し終えることができた。


リズの足はまだニコの後頭部を踏んでいる。


「ぷっ」

 

リズが吹き出すと、それを合図に三人が声を合わせて大笑いする。


三人ともこの部屋の外では決して人に聞かせることのないような笑い声だ。


三人とも笑い終わって一息ついた頃セーラ様が言う。


「ニコ、これからは姫様だけではなく、私やリズも貴方を躾けてあげるわ。躾けて貰えることの感謝を片時も忘れず、何を言われても素直に言うことを聞くのよ。それが貴方の為なんだから」

 

リズも言う。まだニコの後頭部を踏みつけている。


「そうよ。私は姫様と違って厳しいんだから。例え、どんなことを言われても大喜びで素直に言うことを聞くように躾けてあげるからね。反抗的な態度を取ると承知しないんだから」

 

姫様や、セーラ様はまだいい。


リズなんか妹よりも年下の十二歳の子供じゃないか。


どうしても年上の男のプライドが邪魔をしてしまう。

悔しくてたまらない。


アイラ姫がニコに声をかける。


リズの足がニコの後頭部から離れた。


「ニコ、二人が話しかけているわよ。返事は?」


ニコは姫様に(うなが)されてやっと返事する。


「ふ、二人ともどうか、宜しくお願いします」

 

アイラ姫が溜息をつく。


「御免なさいね。二人とも。ニコがこんなんで」

 

リズが答える。


「おいたわしい。姫様。ニコのせいで謝ってばかり。でもこれからは謝ることなんてないわ。ニコの躾の責任は私たちの責任でもあるのですもの」

 

セーラも答える。


「リズの言う通りです。ニコの躾はこれから、私とリズの責任でもあるのですから。姫様は安心して公務にお勤めください」

 

アイラ姫は感極まったように二人に答える。


「ありがとう。セーラ、リズ。私の従者はポンコツだけれど、お付きのものについては本当に恵まれました。二人ともニコを見捨てずにどうか厳しく躾けてやってね」

 

アイラ姫は二人に頭を下げる。

セーラが答える。


「そんな、姫様、頭をお上げ下さい」

 

リズも答える。


「姫様、お願いですから、頭を上げて。ああ、本当に、ニコのせいで」


「二人とも、本当にありがとう」

 

三人の美少女たちが顔を寄せ合い、励ましいたわりあっている。


(かたわ)らから見れば大変美しく、絵になる光景なのだが、ニコは暗澹あんたんたる気持ちになっていた。


ニコはまだ立つことを許されてはいない。


お茶会はまだ続く。

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