09話 揺らぐ信仰
「ケッ。やっと抜きやがったかアキラ。サマになってるじゃねえか、もったいぶりやがって」
ガイムがやれやれと言った口調で言う。でも、嬉しそうな表情は駄々洩れだった。
覚悟を決めたおれは、クレイモアに該当するその剣を右下に構え、堂々とラミアに対峙している。
ガイムの言う通り、この剣はいやに手に馴染んでいた。考えてみれば、あの内戦の時に握っていたのは大人用のロングソード。十歳の少年にはその剣は長かった。
身長と剣の長さの比率が、今握っている両手剣と似たようなものである。
子供用両手剣なんて、そんなものは本来無いのにな。と考え、おれは少し面白くなった。
「アテにして、いいんだよな?」
「どうでしょう……。人外は相手したことないですし」
ガイムの言葉に、素直に答える。
それは紛れもない事実ではあるが、その表情には覚悟を浮かべていた。少なくとも、軽口が叩ける程度には、真剣だという事だ。
「奇遇だな、俺もだ。……やるぞ」
その言葉に、ガイムはフッと笑い、ラミアの方へと視線を戻した。
おれに剣を引き抜かせた精霊少女は「それじゃ、妾は様子を見ておるぞ」と嬉しそうに笑って、スゥっと剣の中に戻って行った。
「っせいっ!!」
「おらぁっ」
「……ッ!」
おれとガイム、ゴンゾの三人が、ラミアに斬撃を繰り出す。
ラミアは時々「ウウ……ウア……!」と呻くが、その斬撃は全て尾に阻まれ、やはり堅い鱗には刃が通らない。
「ア……キラ……」
「ユイッ!? 大丈夫か!? しっかりしろ!」
再度ユイがおれの名を呼ぶ。まだ意識を失うほどのダメージにはなっていない様だが、さっきよりも弱々しい。時間の問題だろう。
それに例え絞め殺さなくても、ラミアがその尾を地面にたたきつければ、人間なんて無事で済むはずがない。
おれの脳裏に、最悪の結果が浮かぶ。
冗談じゃない。こんなことでユイを失ってたまるか。堅い鱗がなんだ。せっかく剣を抜けたのに、たかだかこんなものに阻まれて、護れませんでしたとか、あるか!
「くそっ! ユイを、離せぇえええええええッッ!!!!」
渾身の力を込めてラミアの尾に切りかかる。
その一閃だった。
振りかぶった剣の刀身はぞん! という音と共に青白い光を放ち、振り下ろした剣閃がラミアの尾に一筋の赤い線を入れる。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
「一撃が入った!?」
「やあるじゃねえか小僧!!」
「尾が緩むぞ! ボウズ受け止めろ!」
「ユイッ!」
おれの一撃にラミアは絶叫し、思わず締め上げていたユイを放す。
ガイムの指示が先か、おれは慌てて剣を放って走り、落下してくるユイを抱き留めた。
「悪い……遅くなった」
「アキ……ラ……」
腕の中で、ユイがおれの名を呼ぶ。よかった。弱々しくはあるが、意識はあるようだ。
おれは少し離れた倒木のところまで行き、ユイを座らせた。
ここならラミアの間合いの外だろう。
「大丈夫か? ユイ」
「ゲホッ、うん……大丈夫。ちょっとまだ、苦しいけど。あんなのが……村の近くに潜んでいたなんて……」
「ああ……俺も驚いたよ。頑張って、止めなきゃな」
そう言って、おれはラミアと傭兵のもとへと戻り、剣を拾い構えた。
ラミアは怒り狂ったのか、ユイを放し自由になったその巨大な尾が、スキのない鞭のような動きで周囲を薙ぎ払う。
「ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」
バキィ! 叫び、薙いだその尾は、巨木をいとも簡単になぎ倒す。
あんなのまともに受けたら、ひとたまりもない。
おれはユイの方を振り返り、一つお願いしてみることにした。
「あー……ユイ。わりぃけどもっかい縛られてくんね?」
「「「賛成」」」
「嫌」
悲しいかな、ユイに巻き付いていた時は、この尾の攻撃が無かったのは事実なのだ。
「クソッ! 尾でしか攻撃してこねえのに、捌くので精いっぱいかよ!」
「おいアキラ! さっきの一撃、もう出せねえか!?」
「ダメです! 同じようにやってるのに通る気配がない! あの一発が何で通ったのかわからない!」
こうか? こうか? と、さっきの様に剣を繰り出すが、全く鱗を貫通する気配が無い。この堅い鱗に何故一撃が入ったか、全くわからない。
「化けヘビめが。尾さえ何とかできりゃ、上半身は生身だってのに! 背後を取ろうとしてもまるで隠れられねえ!」
キールが言う。そう、キールはさっきから何度も距離を取り、視覚からの攻撃を試みているが、ラミアはその視線をキールに向けてもいないのに、飛んでくる矢を払い落としていた。
「ん? 尾でしか攻撃してこない……? まさか」
「おいどうした小僧! 休むな! 死にて……」
「すいません! ちょっと持ちこたえてください!」
「あ、おい!!」
おれはラミアから少し距離を取り、三人が攻撃する様を眺めた。そしてすぐに、ある事に気づく。
「やっぱり……!」
「何がやっぱりだ! てめえサボってんじゃねぇぞ!」
キールが叫ぶ。だがおれはそのまま、更に傭兵達を逆なでする言葉を吐いた。
「ごめん。やっぱり、この魔物は殺すべきじゃない」
「ふ、ふざけんな!! 村に向かってるってさっきも言っただろうが!」
キールがすかさずおれを否定する。
「剣を抜いてちっとは覚悟が決まったかと思えばこれだ。ちょっと期待したのによ!」
「違うんです! 聞いてください! ラミアは、上半身は女性とはいえ、動く時はヘビの動きをしている! 伝承でも、人を喰うとされている! それなのに、このラミアは俺達に捕食行動をしていないんだ!」
そう、ラミアは、少なくともおれが来てから一切、上半身での攻撃――すなわち、捕食行動はとっていなかった。
「それが! どうしたっていうんだ?!」
フン! とゴンゾが斧を振り下ろしながら言う。やはり、堅い鱗が阻む。
「俺らなんて尾だけで十分だって事か……!? ナメやがって……!」
「……いや、たぶん違う……! このラミアは、俺たちを殺したいんじゃなくて、掃いたいんだ」
「掃いたい……? 遠ざけたいだけってことか!?」
「そうです! だって、このラミアは……彼女は、長年村を護ってくれていた、祠の神様なんだよ!」
「…………は?」
「え?」
その場にいた全員が口をぽかんとあけた。さすがのユイも衝撃が隠せない様子だ。
「何言ってんだおまえ。おめーらの祠は、女神様じゃなかったか? ああ、そうか、祠の女神の力で、このバケモンを封印したって事だな?」
初めにリアクションしたのは、ゴンゾだった。
「違う……そうじゃない」
「……じゃあアレか? あの村は揃いも揃って、魔物を崇拝をしていたってことか!? 何かの間違いだろ!?」
キールも言う。
でもそれこそが、羊皮紙に書いてあった真実だった。
あの祠は|ラミア≪彼女≫を祀る祭壇であり、彼女が村人が女神と呼んでいた存在そのものであると。
「そ、そうだよアキラ? 信じられないけど、あの祠で、このバケモノを封印してたとか……そういうのでしょ?」
ユイも口を開いた。この中で一番、その真実を受け入れられないのは、あの祠と共に過ごしていた村人。ユイだっただろう。
しかし、おれはそれも無言で首を横に振って見せる。
「ハン! なら丁度よかったじゃねえか! おめえら村人は今、その祠の取り壊しをしてえンだろ! ここで仕留めっちまえば、それこそ異教の神を殺したって、教会も万々歳だろ!」
傭兵達は攻撃を受け流し、そして繰り出しながら、口々に言う。
それはその通りだ。司祭は祠の神は女神アレナの配下と言っていたが、この魔物に神々しさは無い。おそらく間違いだろう。であれば、異教というだけでなく、その対象が魔物であると教会が知った日には、それこそ教会は村人全員を悪魔崇拝者として魔女裁判にかけかねない。
せっかく祠を壊そうという時だ。この機会に殺し、決別してしまうのが正解なのかもしれない。
精霊少女が俺に憑りついたのも、こういうモノと戦う運命にあるからと言っていた。ならば、ここでこの魔物を倒すことが運命に従うことになるのかもしれない。
これが運命なら、それに従えばいい……はず、なのに――?
おれは、未だその決断をしかねていた。