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07話 人と非なるモノ

「あった……これだ……!」


 再びルドフォード邸に訪れたおれは、さっき自分で二階のリビングの机に置いた羊皮紙を手に取った。

 『ディヨン砦創立史』。

 そう書かれた羊皮紙は、ところどころ痛んで色あせ、相当に年期が入っていることが見てとれる。

 ディヨン村の創立時の記録。正確には、ディヨン砦の記録だ。

 およそ二〇〇年前、隣国のとの関係が悪く、いつ侵攻があっても不思議はなかった時代の記録。あの祠がその当時に建てられたものなら、その起源について書かれていてもおかしくない。

 おれはアキラは生唾を飲み、緊張した手でパラパラと羊皮紙をめくった。


 ラルグ歴六年三月。

 砦の建立が開始された。王国から派遣されたのは、大工と輸送の商人計二〇名、護衛の傭兵一〇名、統率の騎士団兵五名。これからこの丘に砦を作る。長い工事になると思うが――。


 ……違う。悠長に眺めている余裕はない。目的の所だけを見なければ。

 関係のなさそうなところを読み飛ばす。

 声の正体がわかれば、何か対策ができるかもしれない。

 少なくとも、心構えはできるはずだ。

 わずかでもいい。何か記載はないのか……!


「ディヨンの祠について。これだ……!」


 精霊少女の言う通りだった。羊皮紙には、あの祠と、その主についての事が書かれていた。


 ◇


 一方、アキラに置いて行かれたユイは、アキラを探して必死に村の出口へ向かう坂を下っていた。


「も~! アキラってば……! どこいっちゃったの……!」


 傭兵の加勢しに森へ行った? 剣も握れないのに? そうは思えない。だとすれば、誰かの畑の手伝いだと思うけど……。全く、行き先くらい言ってってくれてもいいのに。

 あちこちをキョロキョロしながら、村の入り口へと続く坂道を下る。

 さっきのアキラには何か、無理に動いている様な、そんな感じがした。

 このままアキラを行かせてはいけない。そんな、嫌な予感がした。

 長い坂を下り、村の入り口まで来たところで、キィ……という木のきしむ音が耳に入る。

 音の方を見てみれば、自分の家の扉が開き、風で揺れていた。


「アキラ……?」


 ユイは、吸い込まれる様に、家の中へと入って行った。



 ◇



「うそだろ……こんなの……。本当かよ……!」


 そこには、精霊少女の言う通り、祠の真実が書かれていた。

 あの声の主がこの祠に関係のある存在である事。そして人ならざる存在である事を決定づける、そんな記述だった。

 羊皮紙を持った両手が、ワナワナと震える。


「残念じゃが、本当じゃろうの。あの声が聞こえたことが、何よりもそれが真実じゃと物語っておる」


 横……というか斜め上から羊皮紙を覗き込んでいた精霊少女が言う。

 まさか。そんなものが本当にいるわけがないだろ。

 感情が、そう思いたいと真実を拒絶する。

 しかし今、自分のすぐ横にいる存在が、言葉と、己自身でそれを肯定する。


「クソッ! はやくあの傭兵達を止めないと!!」


 おれはすぐさま森へと向かう。

 屋敷の螺旋階段を降りようとすると、下から登ってきたユイと鉢合わせた。


「アキラ~? どうしたの、そんな血相変えええっ!?」

「ごめんユイ! 俺、森へ行く!」


 ここは狭い螺旋階段。悠長にすれ違えるほどの幅も、心の余裕も今はない。

 おれは少し乱暴にユイを抱き寄せ、くるりと一八〇度回転し、先を急いだ。

 ユイは急遽訪れた抱き寄せイベントに思考が追い付かず、瞬時に思考が停止する。

 ホーゼンとしたその横を、精霊少女が「すまんの~」とスイ~と浮かびながらすり抜けて行った。

 あっという間に気配が遠ざかる。

 数秒の後。我に返ったユイは、ただ一言だけ呟いた。


「え。あのコ……浮いてた……?」



 ◇



 勝手知ったる森を、おれは一目散に走った。

 さっきの声が聞こえた方へ、最短距離を。


「の。アレを見といてよかったじゃろ?」


 精霊少女はおれの横を飛びながら、呑気な口調で言う。


「……ああ。まさかだよ……! まさか|あの声の主が≪・・・・・・≫、|祠の主≪・・・≫だったなんて――ッ!」


 そう、あの羊皮紙には、この声の主こそが、祠の主であると書かれていた。

 封印ではなく、祀るべき存在として。

 これが本当なら、そもそも刃を向けていい相手ではない。勝てる相手ではないし、勝っていい相手ですらない。

 急がなければ。間に合わなければ。

 手遅れになる前に――。


 おれがあの声の主のもとにたどり着くのは、そう時間はかからなかった。

 毎週訪れていた森だから、迷うこともない。

 あの声が聞こえた大体の位置に向かって、まっすぐ走った。

 その予想は的中。

 その場所の近くまで来ると、森の木々の向こうからバキィという轟音が聞こえた。


「あっちか!!」

「いよいよじゃな。人と非なるモノとの戦じゃ。心置きなく妾を振るうがよい」


 音を確認するや否や、そちらの方へと方向を微修正して走る。

 『妾』というのはもちろん、精霊少女自身の事ではない。

 おれが背負った、この精霊少女の宿る鉄の剣、クレイモアの事だ。


「……悪いけど遠慮する。俺は傭兵を止めに来ただけだ。傭兵を説得して、逃げる。それで終わり。この剣の出番はねえ」


 おれは半ば自分に言い聞かせるように言った。

 相手は異形。到底人の身で相手にしていい存在ではない。無理に戦う必要はないのだ。生きて帰れれば、それで十分だ。


 ガサッと、すぐ近くの草むらが揺れる。

 すぐさま足を止め、息をひそめて身を屈める。

 相手は、あの傭兵達か。祠の主か。……はたまた小動物か――。


「おわっ!? 腰抜け小僧じゃねえか!?」

「キール……さん!?」


 飛び出してきたのは、傭兵のキールだった。

 そうおれに言葉を向けるキールだが、左手には弓を持ち、後ろを警戒している様子だ。対象(・・)に矢を射るために、距離を取ったのだろう。


「こんなところでガキ連れて何してんだ! 早く逃げろ死にてぇのか!」


 当然の言葉だろう。剣が持てないと村でも有名な少年がこんなところにいれば、邪魔以外の何者でもない。おまけに、十歳にも満たない少女を連れているのだから。

 しかし、おれは逃げる訳にはいかない。理由があってここにいる。あの声の主との戦いを、やめさせなければならないのだ。


「違うんです! 聞いてください! あの声の主とは、戦わなくていいんです!」

「アァ……? 何だお前? ったら、あのバケモンに村が襲われてもイイって事か?」

「違う! 何でそうなるんだ! こんな、無意味な戦いをしないでほしいだけだ!」

「無意味じゃねえだろ!! アレは村に向かってンだぞ! 俺たちが止めねえで、誰が止めるってンだ!」


 おれがいきなりそんなことを言ったところで、キールには届かない。

 でも、今ここでゆっくり説明している暇もない。

 キールは叫び、弓を構える。


「……ったく、とんだ初戦だゼ……。ほらよ、お出ましだ。逃げ遅れたな、小僧」


 キールが睨みつけるように見つめた方向の、茂みが大きく揺れる。キールのその表情は、とてもやりきれないと語っていた。

 尋常じゃない緊張感が走り、一瞬の間の後、「ジャアアアアアアアアアアアアアアア!!」という、さっきと同じ咆哮が響いた後。ソレ(・・)が現れた。


 美しい人間の女性。しかしすぐに人ではないとわかる。

 鋭く冷たい、黄色い瞳。

 少しウェーブした、腰のあたりまである赤毛の髪。

 美しく、引き込まれそうなほどに整った顔。

 豊満な胸だが、筋肉が付き、引き締まっていることがわかる腹筋。

 しかしそれは上体までで、下半身が人のそれとは決定的に違った。

 足は無く、代わりに桜色の鱗で覆われた、七・八メートルはある尾。

 ゆらりゆらりとうねるその尾の先端には、ガラガラ蛇のそれと同じ、抜け殻の様なものが積み重なっている。


 羊皮紙に書かれていた古の人々は、つんざくような咆哮と共に姿を見せたこの美しくも恐ろしい存在を、『ラミア』と名付けていた。


「よく見ろ小僧! これがディヨンの森に潜んでいたバケモンだ! これが村に向かってるってのに、お前は戦いをやめろっていうのか!?」

「……っ!」


 おれの目の前に、ラミアが立ちはだかる。

 尾の部分で立ち上がり、背丈を人間のそれよりもずっと高くし、尾の先端を小刻みに震わせ、ガラガラと音を立てている。ヘビが見せる、威嚇のポーズだ。

 その場から動かず、じっとおれを見下ろしている。

 それは、両の頬にそれぞれ、三つの赤い点があることがわかるほどに近い。


 羊皮紙を見たから正体がわかってはいたものの、いざ目の前にするとその恐ろしさに思わずたじろいでしまう。


「そうだろ。そうなるよな。わかったらさっさと逃げろや。そんくらいの時間なら、無理すりゃ作れるかもしれねえ」


 弓を構えラミアを睨みつけたままキールが言う。その表情は、自分は無事では済まないことを悟っている様だ。

 それでも自分は、大人で、傭兵だから。自分を逃がすくらいの役目は買ってやると、そう思ったのかもしれない。


「キール! 無事か!」


 それからすぐだった。キールもラミアも攻撃する間もなく、茂みの向こうから、ガイムがとゴンゾが飛び出して来る。

 キールが弓なのに対し、ガイムはロングソードを。ゴンゾは戦斧――バトルアックス――を持っている。


「ガイムさん! ゴンゾ! 全く、遅いッスよ!」

「っと、おん? ボウズじゃねぇか。何でこんなところにいる? やっと剣を持つ気になったのか?」


 キールから安堵の声が漏れる。

 二人もおれの存在に気づき、少しだけ緊張を解いた。


「き、聞いてくださいガイムさん! 俺は、この戦い止めに来たんです!」

「……あん?」

「言ってやってくださいよガイムさん。この小僧共、俺達に戦いをやめてもらいに来たらしいんスわ」


 キールが首でおれを指して言う。

 やはりガイムにとってもおれの言葉は予想外だったのか、何を言っているのか理解できていない様子だ。


「世迷いごとを。……俺には、お前には剣の経験がある様に見えたんだが……見込み違いだったか?」


 ガイムが言う。その声には、失望した様な、そんな感情がこもっていた。


「そうじゃない! そういう事じゃないんです! この魔物は……ラミアは――」


 そう言いかけた時。


「あぶねえ!!」


 それまで威嚇したまま様子を伺っていたラミアが、場の空気が淀んだのを察知したのか、ぞん! と、尾で五人のいる位置を薙ぎ払った。

 間一髪、全員が避けることができたが、ギリギリだった。

 こんなものを一撃喰らえば、アバラ程度なら数本持って行かれてしまう。


「ち……! バケモンがあああ!!」


 ゴンゾが叫び、ラミアの尾に向かって戦斧を打ち付ける。だがその攻撃は堅い鱗に阻まれ、がきんという音と共に跳ね返されてしまう。


「おらぁっ!」


 続けて、ガイムもその刃を打ち立てる。しかしやはりそれも、尾の堅い鱗は突破できない。


「ひるむなゴンゾ! とにかく攻撃しろ!」

「応!」


 ガイムは剣で。ゴンゾはバトルアックスで。それぞれ攻撃を繰り出す。

 しかしどれもその攻撃は尾で防がれ、ラミアにダメージを与えられない。

 キールも少し離れたところから矢を射るが、その鏃はラミアに届くことなく、尾で払われてしまう。


「やめろ……やめてくれ……」


 おれはただ、必死に攻撃を繰り出す三人を見ている事しかできない。戦いを、やめさせる力が、自分にはない。


「アキラ!! 戦わねえなら消えろ! 戦うなら動け! てめえの持ってるソレは飾りじゃねえんだろ!」


 わかってる。わかってるんだ。何も知らないくせに。勝手な事言いやがって――。


 無意識に、右手が剣の柄に向かう。しかしそれを握りはしない。

 そして横でそんな様子を見ていた精霊少女は、うっすらと、笑みを浮かべていた。


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