05話 喧騒
「あ、アキラに、かかか隠し子がああ~~~~っ!?」
「おおおおい!? いくらなんでもぶっ飛びすぎだろソレ!?」
酒場の前で合流したユイは、精霊少女を見るや否や絶叫した。
すかさずツッコミを入れる。……あ、ダ~メだ聞こえてない。顔面蒼白になりながら、おれと精霊少女を交互に指さし、ぷるぷると震えている。ほぼ白目だし、口は動いているけど声は出てない。大丈夫かコレ泡を吹いて倒れたりしないだろうな。
この精霊。精霊だというのに『他の人には見えない』とか『触れず素通りする』とかはないそうで。他の人にもガッツリバッツリ見えるし触れるらしい。
となれば、一たび外に出てしまえば、『見ず知らずの少女を連れた少年』の図を回避するのは不可能だった。
とはいえ、ユイのこのどうしようもない暴走を放っておくわけにもいかない。
「いやよく見ろ!? 俺の歳でこのくらいの歳の娘がいるわけねェだろ!?」
「じゃ、い、妹……? 言われてみれば似てなくも……!」
「俺親いないよね!?」
「ででででも、目と鼻の数とか、そっくりじゃない!!」
「落ち着け!?」
なんたるテンプレだろうか。このコ、ダメかもしれない。
そう、おれには親はいない。記憶の限り生まれの親を知らない。あの戦争まで育ててくれた人はいるが、生みの親ではない。
この点はユイも養子なので、気軽に触れられる。
「村には行商人も来てるんだぞ!? このコはその行商人の子供だって! 迷子になってたから、広場まで連れてくんだよ!」
ここで満を持して、精霊少女が口を開いた。
「ん? ……そうなのかの?」
「そうなの!」
ああ。勝手に取りついたコイツのために苦労しているのに、ダメだ。コイツは確実にアレなコだ。
だがここで引くわけにはいかない。幸い今日は式典。外来がいる以上、理由は立つ。
「な、なんだ……なんだ…………。そ、そうよね……」
あ、はい、そうです。ユイの黒目が帰ってきました。今のやりとりは聞こえていなかったのか。よかった、上手く騙せた。
「ふむ? いや、妾はずっと村におったぞ? 外に出たのはこれが初め……」
「よしユイちょっとそこでステイで」
おれは、のほほんと真実を述べようとした精霊少女の首根っこを超速で掴み、スタスタとユイから離れたところへ連行した。
「オマエ何を言うつもりだ?!」
「何って、事実じゃよ? 間違いは正さねばならん!」
「正さねば! じゃない!」
ユイには聞こえない様、精いっぱいの小声で叫ぶと、精霊少女はエッヘンと胸を張った。一切の悪気はない様だ。
そんな正義いらない。世の中には優しい嘘とか、社交辞令とか、なんかそんなのがいっぱいあるのだ。
少なくとも、今このコは剣の精霊らしいという真実を説いたところで、それが伝承の中でしか聞いたことない存在である以上、今度は自分がおつむの残念なヤツ認定されることは容易に想像できる。
そして全く残念ながらこの精霊少女も、自らを妖精さんなのと言って周りが優しくしてくれる見た目はギリギリ通り過ぎた見た目だ。 それこそ本当に優しい目で見られかねない。
「いいか? ちゃんとした紹介はまた後でするから、とりあえず今は、話を合わせてくれ? でないと、いろいろと面倒なことになりかねないんだ」
「え~……」
「え~じゃない!」
ホント、頼むよと思った。
精霊少女はちょっとむくれたものの、なんとか従ってくれたようで、これ以上の反論はしてこなかった。
ただでさえ持っていたくもない剣を持っているのだ。これ以上の苦労は本当にご勘弁いただきたい。
ちなみに、当該のその剣はと言えば、離れられない以上、倉庫にあった布でぐるぐる巻きにして手に持っている。
あまり見たくもなかったし、そのままでは持てもしない。
それに剣を持とうとしただけで手が震えてしまう事は、村人ならみんな知っている事なのだ。
見られれば、面倒なことになる事は容易に想像できる。
「ねー! どしたのアキラ~?」
「い、いや! このコがさ、お父さんの服装を思い出したっていうからさ」
「えーなら私にも教えてよ! 私も探すの手伝ってあげるよ!」
流石にちょっと長かったか、ユイが遠くから声をかけてきた。
ユイがやる気になっている。少しだけ罪悪感を憶える。でも構わない。これが取るべき対応だと、自分に言い聞かせた。
「あ、ああ。えーと、紫の……マントに、ピンクのブーツ、黄色のシャツに……青のズボン……だって」
「ス……スゴいセンスのお父さんだね……」
とにかく適当に。目を明後日の方向に向けたまま、有り得なさそうな配色のコーディネートを言う。
ユイは目を点にしている。
自分が言ったコーディネートを改めて頭の中で描いて思う。うん。そうだね。おれもそう思う。
そこまで奇抜な配色の人物は、行商人にはいやしないだろう。
下手にいそうな服装を言って似た配色の人がいようものなら、その人に迷惑をかけてしまうからな。だからその方がいいんだと、これも自分に言い聞かせた。
「でもそこまでの鮮やかな色だから、きっとお金持ちなんだね!」
なんたるポジティヴスィンキンだろうか。そりゃあ確かに服はセピアな色合いが一般的で、鮮やかな色というのは貴族や大商人でないと高くてそうそう買えない物ではあるけれども。
「さ、それじゃ早く探してあげようよ!」
「あ、……おう」
かくして三人は、いもしない人物を探しながら広場に向かった。
剣の精霊少女はおれに憑りついているのだから、今日だけ一緒という訳ではない。
少なくとも当分、離れてはくれないだろう。
手遅れになる前に真実を話しておかなければならない。
『いもしないお父さん』を探してきょろきょろとしているユイとは反対に、おれはどのタイミングで真実を告げようかと頭を悩ませながら広場に向かっていた。
「ああっ! アレ見てアキラ!」
ふいに、ユイが前方を指さした。
「おん……? ……………………えぇ!?」
その先を見て、状況の理解におれは数秒を要した。
紫のマントに、ピンクのブーツ、黄色のシャツに青のズボン。
さっき言った適当なトンデモ配色の人物が、路地に入っていくのが見えたのである。
「……う……そぉ……?!」
当たり前だが、その人はずえったいに『お父さん』なんかではない。
しかし、人違いだろうとは言えなかった。
ここが超大きな街ならまだしも、こんなド田舎村にそんな奇抜な格好の人が複数いるとは到底思えない。それはユイも一緒だろう。
……そもそも、一人だっているとは思わなかったのだから、引き留めるのはかえって不自然だ。
駆け足で「すいませ~ん」とかけていくユイの後姿を見ながら、おれはただ茫然と見ている事しかできなかった。
「ふぁ~あ。妾、飽きたから寝る」
「……は? 寝るって? え、ここで?」
ユイを追うか待っているか判断に迷っていると、他人事極まりない精霊少女が、あくびをしながら聞き捨てならない事を口走った。
ちょっと待たんかい。誰のためにこんな無駄な苦労をしていると思ってるんだ。勘弁してくれ。幼児の座り込み駄々か。
小さな姉妹を散歩に連れてきて二人の面倒に困り果てた父親の気分だ。
ところが、次に発した精霊少女の言葉は、この苦労をすべて無駄だったと告げる物だった。
「もちろん、その中でなのじゃ」
精霊少女はぴっと布でぐるぐる巻きにした剣を指さした。
「へ? 剣……?」
「そうじゃよ~? 妾はこの剣の精霊じゃからの、出入りくらいワケないのじゃ。ほいじゃの~」
精霊少女はおれの理解を待たずに、しゅるん! と、消えた。
何も無くなったその空間に、一枚、どこからか飛んできた葉が落ちる。
「…………ン消えれんのかよッッ!!」
なんてこった。触れるし見れるけど、そもそも消えれるなら早く言ってくれ。さっさとそうしてもらえばよかった。あーもう無駄に自由で実によろしい。
奇しくも後顧の憂いの一つが解消された。もうユイを誤魔化す必要もない。
精霊である事を万が一聞かれても、こうやって消えるのを見せれば、信憑性もあるというものだ。
そうとわかれば、さっさとユイを追いかけて、奇抜な服装の人に人違いだったことを説明し、退散しよう。
「ユイっ! うぉっと!?」
「あ、アキラ、遅いじゃない。違ったよ。お姉さんだった」
ユイを追いかけて路地を曲がると、思わず躓きそうな場所でユイはしゃがみ込んでいた。熱心に何かを見ていた。
ユイが見ている先には、広げられた布の上に、いくつかの小物があった。
そしてその布の反対側には、あの奇抜な格好をしたお姉さんがいた。
「やあ。聞いたよ。迷子のお父さんを探しているんだって? お店として目立つためにこんな格好したけれど、まさかモロ被りの人がいるとは思わなかったよ。すごいセンスだね」
どうやら行商人の露店の様だ。ディヨン村の式典の噂を聞きつけ、商売に来たのだろう。
いや、すごいセンスとか、自分でいうのか。
ついでに、目立ちたいならこんな日陰の路地で店を開かなくたってとも思ったが、一先ず飲みこんでおいた。
「さ! 私は交易都市フレイルの行商人さ! これも何かの縁。小物でも一つお嬢ちゃんにどうだい? かわいいからきっと似合うよ!」
「かわいいって。アキラ、私、かわいいって!」
「あーはいはい。そうねカワイ痛って!?」
ユイはあからさまにムッとしておれの太ももにぐーを入れた。力の入れ方に慣れていないので大して痛くはないが、実に暴力的でよろしい。
「ふんだ! お姉さん、それなに? なんか珍しい花びらだね」
「ああ、これかい? これはサクラの花びらだよ。東方の国ので咲く花らしい。フレイルじゃあこういった珍品も入るのさ。どうだい? お嬢ちゃんのキレイな黒髪にも、きっと似合うと思うよ」
「へ~……」
ユイが紺色のバレッタを手に取った。薄いピンク色した花びらがアクセントになっている。
ユイは手に取ったバレッタをマジマジと見て、そのカーブをゆっくりとなぞり、そして。
「へ~……」
おれの方を意味ありげに見た。どうやら気に入ったらしい。
……買えと言う事だ。
「あはは。三〇クランでどうだい、少年」
「あはは……」
おれは若干引きつりながら、愛想笑いを返した。