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04話 契約の剣といたずら精霊

 翌朝。

 おれはルドフォード卿の屋敷へと急いだ。昨日酒場で話していた、屋根裏の倉庫で探し物をするためだ。

 貴族の屋敷と言っても、この狭い村の中にある家なので決して広くはない。

 四階建てに屋根裏、地下という、言葉だけでは豪勢なものの、各階はそれぞれ一部屋しかなく、狭い螺旋階段がそれらをつなぐ。

 面白いのは、ディヨンは坂の村であるため、ルドフォード邸は、坂の下である一階と、三階にも入口があった。

 一応一階が玄関、三階が裏口ではあるが、侯爵の人柄もあり、皆裏口から入るのがあたりまえだった。


「おはようございます! ジャンさん来ましたよー!」


 おれもその例に漏れず、三階から入る一人である。

 三階にある小さな庭を越えコンコンと来訪を伝える合図をしたのは、身体が入った後だった。


「おおアキラ君。すまないな、こんな日に」

「いやいや、ジャンさんの頼みじゃ断れないですよ。……それで、何を探せばいいんです?」

「これくらいの羊皮紙の束だよ。そんなに無いから、見ればわかると思う」


 優しい近所の老紳士といった風貌の男が出迎える。この人がジャン・T・ルドフォード辺境伯だ。

 深緑色のジュストコールというコートを着込み、いかにも貴族といった風貌だ。

 普段よりも貴族らしい風貌でもあることから、今日の式典のための衣装である事が見てとれる。

 ルドフォード卿がジェスチャーで大きさを伝えながら言う。


「悪いね。本当はもっと前に見つけておきたかったんだけど、どうもお願いする時間が取れなくてね」

「しょーがないですよ。こんな、村の一大事に領主がヒマなワケがないですし。ちなみに、何が書かれてるんですか?」

「この村の歴史書の様なものだよ。今回の様な大きな祭事は、追加で記しておかなければと思ってね」

「おー。なるほど」

「私は祭事の前の準備があるから、先に広場に行っているよ。羊皮紙が見つかったら書斎の机に置いておいておくれ」


 おれは「了解~」と軽く返事して、倉庫のカギを受け取った。

 ジャンさんが家を出てからすぐに、おれは螺旋階段の二つ上である屋根裏へと向かった。


「おじゃましまーす」


 扉を開けながら、おれは屋敷に入る時には言わなかった言葉を発した。

 扉の向こうには、チェストに机、花瓶や本が、つみあがって埃をかぶっていた。


「……すげえ……高そうな物がいっぱいだ……」


 存在こそ知っていたが、なんちゃって使用人であるおれも、実際にここに来るのは初めてだった。

 どれも村の人たちの物とは違い美しさがある様に見え、そしてどれも等しく、埃が積もっていた。

 金属製のカギのついた、高そうな木箱。金箔があしらわれた、装丁の丁寧な本。そのどれもが、普段お目にかかれない、貴重なものに見えた。


 バタン! と勢いよく窓を開ける。

 空気の動きで埃が舞い、日差しが差し込む。

 その陽ざしに埃が照らされ、キラキラと反射し、神秘的とも錯覚するような光景が目の前に広がった。



 ◇


 一方。

 広場の教会では、ペストロが午後の式典を前に、女神アレナに祈りを捧げていた。

 女神アレナよ。ご加護を。

 無事今日という日を迎えられたことを感謝いたします。

 願わくば、我が栄光なる第一歩に、祝福の有らんことを。

 決して広くも、美しいとも言えないその教会の、最後の祈りとならんことを。

 祈りの最中、何度もにやけそうになってしまう。


「……いけませんね。司祭たる私が、神への祈りを散漫にしてしまうとは」


 ポツリと呟いたペストロの顔は、にやけがこぼれていた。


 ◇



「あった! ……アレ……だよな? こりゃ……ちょっと奥にやりすぎじゃないか……?」


 目的の羊皮紙は、わりとすぐに見つかった。倉庫の入り口から一番奥側の、乱雑に積み上げられた木箱タワー向こう側の、机の上。

 見つかったはいいものの、あそこまでたどり着くには、木箱タワーを解体するか、頑張って手を伸ばすかが必要だ。

 木箱のてっぺんを見上げる。それは歪に、数箱が重ねられている。全ての中身が空なら良いが、ここは倉庫。そんなことは考えにくい。一人でこのタワーを解体するには、ちょっと骨が折れそうだ。

 となれば、とる選択肢は一つ。


「そーっと、そーっと……、も、もちょい!」


 木箱の脇から、ゆっくりと手を伸ばし、羊皮紙を掴み取る事にした。

 そしてそれは、測ったかのように、あと数センチ届かない。


「ふ、ぬぬぬぬぬぬ……!! ぬおおおおおお!!」


 身体をそびえ立つ木箱に密着させ、ぷるぷると震えながらも手をめいっぱい伸ばす。

 チッと中指が羊皮紙の束に触れた! だが引き寄せつかむにはまだ足りない。

 どこかの言葉には、「急いでいるのなら安全にちゃんとやるのがよろしかろう」といった言葉があるらしいが、そんな事は知らない。なんとなく、行けそうな気がするのだ。

 もう少し! もうちょい!

 気合を入れ、限界を超えて手を伸ばした次の瞬間。


「ぎゃああああああああああああああ!」


 がらっしゃーんと音を立て箱のタワーが崩壊し、前のめりにすっ転んでしまった。

 直後に上空から襲い来る中身の入った複数の木箱。そしてそれを追うかのように視界を埋め尽くす大量の埃。

 すっ転んだまま痛みを堪えつつ、これらの動きが収まるのを待つことしかできなかった。


「あでっ!?」


 トドメと言わんばかりに、どれかの木箱の中に入っていたのだろう鉄の棒が、かいん! と頭部を殴打した。

 頭を押さえる。目に星が飛んだぞ? 絶対コブできただろう、これ。


「った~~~ぁ……クソ~、ついてな……」


 そこまで言いかけて、最後に降ってきた鉄の棒に目が行った。そこで初めて、それが何かを認識する。


 ――剣、だ。


 収められた紺色の鞘は、先端の方には金色の箔で蔦の様なレリーフが施されている。

 崩れた拍子に舞った埃を演出に、その金箔が窓からの光を強く反射させた。

 神秘的? 神々しい? 普通の剣とは何かが違う。

 何故かその剣に魅かれるものを感じ、その剣を手に取りたいという衝動に駆られた。

 おもむろに、手を伸ばそうとする。だけど思う様に動かない。嫌な感覚を憶え、右手の方を見てみれば、その手は震えていた。

 案の定、過去のトラウマが、拒絶反応を起こしているのである。

 左手で右手を抑え、震えを止める。大丈夫、手に取るだけだからと自分に言い聞かせ、改めて剣に手を伸ばした。

 何故恐怖を抑えてまで手に取りたいと思ったかは本当にわからない。

 ただ、呼ばれている様な、もとから知っていたかの様な、不思議な感覚だった。

 手に取った剣を横に構え、スラリと鞘から引き抜く。


「すげ……なんだ? これ……」


 とても美しい剣だった。

 長さはロングソードよりも長い、両手剣の様だ。呼称としてはクレイモアのそれだろう。材質は、おそらく鉄製。

 目立った錆も傷も無く、刃こぼれ一つないその刀身は、鉄製であるにも関わらず、おれの顔を写しだす。

 何か話しかけられている様な、そんな錯覚すら憶えてしまいそうだ。

 こちらは鞘とは逆に、柄の方に金色のレリーフが施されている。

 午前中の陽と、冷たい石の壁で隔離されたこの倉庫という空間が、そうさせただけかもしれないが。

 その美しさに息を飲んだ次の瞬間である。

 バシュっという音と共に、剣の柄から金色に光り輝く鎖が伸び、その先端についた金の手錠が手首に噛みついた。


「うぉわっっ!?」


 驚いて剣から手を放すと、ジャラララと鎖の音を立てながら剣は落下し、カン! という音と共に石の床に落ちた。

 ジャラリ……と自然な形に落ち着いた鎖が、一瞬の静寂を生む。


「え……え、手錠……?」


 事態の呑み込めずに右手の手錠と剣を交互に見ていると、突然手錠が光彩を放ち、次の瞬間、鎖と共に飛散して消えた。

 そして。


「ぱんぱかぱ~~ん! お~めでと~~!!」


 瞬時に心臓が跳ねる。


「うわああああああああああああああ!?」

「あ。」


 背後からの声に、おれは尋常じゃなく驚き、幸いにも先ほどは倒れていなかった木箱のタワーに手をつく。そして哀れ、その重さに木箱のタワーは耐えきれず、荷物と埃が再びどんがらがっしゃんとおれの上に降り注いだ。


「っっだだ……」

「だ、大丈夫かの?」

「ああ……まあ、……だ、大丈夫じゃない……って、誰!?」


 痛みをこらえながら目を開けると、見覚えのない女の子がおれを覗き込んでいた。

 大体八つほどだろうか。碧く、吸い込まれそうな両の瞳。腰の方まで伸びたサラサラな白銀の髪。白く透き通るような肌。それはもう、この世の者とは思えない様な、かわいく美しい少女だった。

 村の者であれば知らないはずがないのだが、こんな得も言われぬ雰囲気を纏った少女に、見覚えはない。

 おれは、少女の顔……とても整った顔つき。から胴……起伏が全くない。足……はだし。ふわふわと浮かんでいる。と視線を落としていく。ひらひらした薄い水色のローブの裾が風に舞い、窓から差し込む光に舞った埃が反射して、余計に神秘的に魅えた。



 ……………………………………………ふわふわと、浮かんで?



「うっ!? うえをわああああああああああああああああああ」


 有り得ない。少なくとも、自分の知る限り、空を飛べる人間など見たことが無い。聞いたことがあるのは、霊的な何かだ。

 この世のものとは思えないじゃない。この世のものじゃない!

 ではこのコはいったいなんだろうか。屋敷で過去死を迎えた少女か何かか。わからない。脳の処理が追いつかない。唯一取れた行動は、恐怖し、思わずその場から逃げ出す事だった。

 おれは脱兎の如く走り出した。

 こんな、築二〇〇年だらけの村の、貴族の屋敷の鬱蒼とした倉庫の中だ。何かが出ても何ら不思議ではない。

 本当に勘弁していただきたい。お気づきだろう。さっきからまともな言葉を発していない。


「げ!? ちょ、まっ……!」


 得体の知れない何かが背後から声をかけてくる。ここで立ち止まってはならない。

 倉庫から螺旋階段への扉を抜け、一気に階段へ走る。一刻も早くここから脱出しなければ、取り憑かれたら大へん……


「ぶべっ!?」

「ぶべらっ!?」


 階段へと一歩を踏み出そうとしたところで、見えない壁のようなものに激突し、足が止まった。

 同時に、背後からも同じような声が聞こえる。

 べちゃっとしたまま、恐る恐る眼だけを動かしてみれば、少女の幽霊(仮)もまた、何か見えない壁にぶつかったのか、べちゃっとしたポーズで硬直していた。


「ひょっひょふらい……待ふのひゃ……!」

「……ふぁい」


 見えない壁をずりずりと下りながら、言葉を交わす。それが、おれと少女の、初めて会話だった――。



「何だ、お前は……?」


 仕方なく倉庫の中に戻ったおれは、恐る恐る少女に問いかけた。

 恐怖し緊張したおれとは逆に、少女は木箱に腰掛け、足をぷらぷらさせている。


「そ~~んなに驚かなくてもよかろう? 少しショックじゃぞ?」

「えー……」

「えー?」


 少女はよくわからないというように小首をかしげた。

 いや、驚くわ。

 普通であれば、行商人と一緒についてきた少女だろうとか、そう思って終わりなのかもしれないが、馬鹿にしないでもらおう。おれは城下町に住んでいた事があるのだ。都会の人が浮かない事くらい、知っている。


「んー、まあええじゃろ!」


 あ。めんどくさくなったな?


「それでは改めて! ……こほん。ぱんぱかぱ~ん! お主は(わらわ)の所有者として登録されました~! お~めでと~~う!」


 少女は満面の笑みで両手を広げて祝福した。

 おれはドン引きしたまま、頭の中で思考を巡らす。

 俺が?

 『所有者』に?

 選ばれたの?

 どう見ても?

 八歳程度の女児の?

 ……。

 アレか? 村の人たちにそう説明すんのか?

 この口で?


「あの、え~と……おれ、そういう趣味は……」


 ありません。ええ、ありませんとも!

 しかし少女は、おれキラの言葉など全く気にせず、説明を続ける。


「そう! これでお主は妾、エター……エター……エ……。エターなんとかソードの所有者になったのじゃ! おめでとう!」

「…………は?」


 ふむ。どうやら性愛的な何とやらではない様だ。

 ならよかった。そうかなんとかソードの所有者か……ん? ソード……??


「ソードって……まさか、この剣の事?」

「そうじゃよー! 妾はこの! 決して折れる事のない剣、エターなんとかソードの精霊なのじゃよ~!」

「そっかー精霊だったか~! アハハハ!」

「そうじゃよ~すごいじゃろ~きゃっきゃきゃっきゃ!」



 なるほど。少女が浮いていた理由に合点がいった。

 二人して腰に手を当て、大声で笑いあう。

 そっかー。なるほどねー。精霊かー……。


「ってわかるかあっ!」


 二人して笑い合って、意思疎通ができたと思ったら大間違いだ!


「なんだ精霊って! そんなの、信仰の深い司祭様や、シスターさんが長年祈って、初めて会えるかどうかの存在なんだろ!?」


 話に聞く精霊ってのは、大精霊なんとか様とか、かんとか様とか。それはもう女神アレナ様に近しい、荘厳な存在だ。

 そんなのがこんなところにいてたまるか!


「大体自分がそうだってンなら、名前忘れるとか有り得ないだろ!!」

「忘れたモンは仕方ないじゃろ!? それに構わん! 妾がわからずとも伝説になってるハズじゃ!! 『空に暗黒が立ち込める時』とか『人々が光を求める時』とか! そんなイイカンジで! そのソレじゃよ! 妾は! あるじゃろ!? 何か、そんなんが!!」

「……………………? いや、知らない」


 知らない。存じない。


「…………アァハン?」

「いやホント」

「ノぉぉぉぉ……。なんッッて事……!」


 精霊少女は頭を抱えガッデムガッデムと天井に向かって悶え、うめき声をあげた。

 ……元気な精霊だ。


「ン! しかたなかろう!」


 そんな悶絶もつかの間。少女はシャキッと開き直りなされた。

 素晴らしい切り替えだ。

 もしその『折れない剣』ってのが名前の由来だとすれば、エターナル・ソードとかだろうか。そんな安直な名前はだいぶ恥ずかしいので、いっそ忘れていた方がいいと。


「とにかく! お主は妾の持ち主として『登録』されたのじゃ! 光栄に思うがよい!」


 精霊少女はずびし! と、ちまくてもちもちした指で指さしのジェスチャーつきで言い切った。


「お主はこれから、人と非なるモノと戦う運命が待っておる。妾が目覚めるというのは、そういうことなのじゃ」

「人と非なるモノ?」

「そうじゃ! 吸血鬼とか、悪魔とか。……ドラゴンとか? 流石にそっちは聞いた事くらいあるじゃろ?」

「いや、そりゃああるけど……」


 本当に何を言っているのやら。あるのは聞いたことのみ……だ。そんな、伝説や童話でしか聞いたことないような存在、いるわけがない。


「……そんな伝説の存在と戦って、それこそ伝説の英雄にでもなれってのか?」

「英雄とは限らんがの。悪魔が悪いというのは、先入観でしかないからの」


 なるほどなるほど。何言ってるかわからないな。悪い魔物だから、悪魔なんじゃないか。コイツあれか? アレなコか? ……それに。


「そんなの、いるわけが――」


 そう言い終わる前に、自称精霊は、ニッコリと笑顔で、こっちに向けていた指先を、自分に向けなおしていた。再びふわりと浮かぶ、おまけつきだ。

 そう。精霊の妾がおるじゃろ? と。


「……」


 いやいやいやいや、だとしても。だとしても、だ。


「仮に悪魔もドラゴンもいるとして! この剣はそんな、人知を超えた力を持っているって事か? そんな絶対な存在に、勝てるほどの――」

「ないぞ? 折れないだけじゃ」


 食い気味に否定された。……せめて、言い終わらせて欲しかった。


「……ないの?」

「そうじゃ」

「本当に?」

「そうじゃ」

「……ってことは? 俺はただ折れないだけの普通の鉄の剣を使って? そのどこにいるかもわからない、魔物と戦う役目を負いましたと、そういう?」

「そうじゃ」


 …………………………うわぁお。じょうだんじゃねえゼ♪


「まあ、厳密にはそれだけじゃないけどの。特殊って言うか。うーん、でも……お主大丈夫かの~? 妾を使いこなせそうな感じには見えんがの~」


 ……そりゃあ悪うござんしたな。

 右に左に首をかしげる精霊少女。リアクションがオーバーなのがまた腹立つ。


「ま、ええじゃろ! 選ばれたってことは、そういうことであろう! それにお主は少し特別な様じゃしの」

「特別? おれがか?」

「なんじゃ? 知らんのか? 主、親は?」

「いや、知らない。小さいころ、森で育ての親が拾ったって聞いた。何? おれの親、おまえの前回の所有者だったとか?」

「なんじゃ知らんのか。まあよいわ。残念じゃがそもそも妾に前回の所有者などおらんわ。前例などないわ。お主が初! 開拓者おめでとうじゃ!」


 そう言って、自称精霊はカッカッカと腹を抱えてオーバーに笑った。

 何かを知っている素振りだが、どうやら教えてはくれないらしい。


 どういう事だよ。もう、どうしたらいいのか。本当にそうなるのか?

 ふと剣に目をやる。ダメだえずきそうだ。おれの脳裏に焼き付いた光景がフラッシュバックする。精霊の言うことが不可能たる根拠には十分じゃないか。


「……。やっぱり、ダメだな。すまないけど、他をあたってくれ」

「えー!? 何故じゃ!? こんな名誉な事、他にないぞ!?」


 何の変哲もない鉄の剣のくせにどの口がと思ったが、とにかく理由を伝えることにする。


「俺は、剣が握れないんだ。怖いんだよ。握ろうとすると震えちまう。なんとか持ったところで、対峙なんてとてもできない。悪いけど、さっきの手錠、解除してくれ」

「えー……。ムリ」

「いや、ムリじゃなくて」

「やり方わからんもん」

「……はァ?」


 別にこっちだって嘘をついているわけではない。伝えているのはやりたくない理由じゃない。できない理由なんだ。


「大・丈・夫! 選ばれたってことは、相応の理由がある! そうそう簡単に負けるような輩ではないという事じゃ」


 こっちの事情を無視して、素質という言葉で役目を押しつけてくる精霊少女。

 剣さえ握らなければ、夢で苦しむことはなかった。剣さえ握らなければ、戦う事は無かった。友を斬る事はなかった。自分のせいで冷たくなっていく友を、看取る事は無かった。

 俺にまた、あんな思いをしろって言うのか? ふざ……け……ん……な!


「できるわけないだろ!! わかるか!? 家族の様に慕っていた人を斬る辛さが!!」


 おれは思わず叫んでいた。一番触れられたくないところに振れられ、感情が溢れてしまった。なおも、溢れた感情は収まらない。


「身体から消えていく体温が! 手についた赤い血が!! 剣を握るからあんなことになる! この村で静かに、剣さえ握らなければ、あんな思いはせずに――」


 そこまで言った時。刹那、氷の様に冷たい視線を感じた。一瞬で全身の毛がそばだつのがわかる。

 それは、この精霊少女が向けた、心底人を軽蔑する様な、そんな目だった。

 昂った感情が強制的に鎮静化される。


「……あ」


 二の句が継げない。

 だが精霊少女は次の瞬間にはもう、何事もなかったかの様な無邪気な笑顔を向けて。


「これからヨロシクの!」

「あ……、ああ……」


 ポン! と、おれの肩に手を置いた。


「ああ、そうそう! それともう一つ!」


 強制的に課せられた枷に不安を憶えていると、精霊少女は何かを思い出した様に言う。


「最初もそうじゃったが、お主はこの剣が視界に入る範囲しかいけないからの! 妾もお主が視界に入る範囲にしか行けぬ。素晴らしい盗難防止セキュリティじゃろ?」

「………………。は?」


 まさかの物理的な枷の存在の、通知だった。

 そしてこれが、これから先長い付き合いとなるおれと精霊少女の、出会いだった。


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